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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第九章 分かつ河Ⅰ

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第六十一話 二人の忍者は、再会してまず相手を肉ダルマにしようとする

翌朝、クロエは知らない天井の下で目を覚ました。


身体を起こすより先に周囲を確認し、次に自分の状態を確かめる。切断されていた脚は繋がっている。身体を覆う紫色の膜も戻っていたが、背中の太刀は少し離れた場所へ置かれていた。


そして、何より先に気づいたことがある。


「……ネットワークがない」


部屋の反対側にいたリーゼが顔を上げた。


「昨日もそれを言っていたな」


クロエは身体を起こし、周囲を見回した。


「本当に何もないのか。中継網も、広域網も、緊急回線も?」


「少なくとも、小官が知る限り、そのようなものはここにはない」


クロエはしばらく黙った。


「何処の秘境だ」


「谷底だ!」


その横では、ティセラがすでに紙を用意している。


「起きたところで、いくつか確認しても?」


「勝手にしろ」


「昨日、切断された脚から伸びていた細いものは何です?」


「神経ケーブルだ」


ティセラの筆が動く。


「銀髪とは別のものなのですね」


「ああ。髪は外部との接続に使う。切断面から出るものは身体の再接続用だ」


「では、昨日、日光へ髪を広げていたのは――」


クロエが答えようとしたところで、急に顔を上げた。


館のどこかに、覚えのある気配がある。


嫌というほど知っている。


何度も追い、何度も追われ、何度も殺し合った相手のものだった。


「……嘘だろ」


「どうしました?」


クロエは答えず、立ち上がった。


同じ頃、別の部屋でもアスラが目を覚ましていた。


シズクは少し離れたところに座り、エヴァは壁際で腕を組んでいる。


「気分はいかがですか?」


「最悪だ」


アスラは身体を起こし、まず左腕を動かした。


指を握る。


開く。


肩を回す。


問題なく繋がっている。


「……貴様らが繋いだのか?」


エヴァが答える。


「勝手に戻った」


「そうか」


アスラは短く答え、それから動きを止めた。


知っている気配がある。


「まさか」


立ち上がる。


シズクも腰を上げた。


「まだ休んでいた方が――」


「どけ」


「どこへ行くのです?」


「殺す相手がいる」


シズクが困った顔でエヴァを見る。


「元気そうですね」


「そうだな」


二人がそれぞれ部屋を出て、廊下の曲がり角へ来た。


銀髪。


紫髪。


互いの姿を認めた瞬間、二人とも足を止める。


「何で貴様がいる!」


声まで重なった。


リーゼがクロエの後ろから追いつく。


「知り合いなのか?」


「敵だ」


クロエが即答した。


アスラも同時に言う。


「宿敵だ」


そして二人は、ほとんど同時に構えた。


武器は取り上げられている。それでも止める理由にはならないらしい。


クロエがアスラの腕を見る。


「まず両腕を落とす」


アスラはクロエの脚を見る。


「私は脚からだ。貴様は逃げ足だけは速いからな」


「切った部位は離して捨てる」


「当然だ。近くに残せば繋がる」


リーゼが二人を交互に見る。


「待て。何の話をしている?」


クロエは平然と答えた。


「こいつを肉ダルマにする手順だ」


シズクが首を傾げる。


「肉ダルマ、とは?」


アスラが不思議そうにシズクを見る。


「手足を全部なくして、胴と頭だけにすることだ」


「……その意味なのですね」


「他に何がある」


リーゼが額を押さえた。


「いや、今のところ小官たちの知っている意味と同じだ」


「なら問題ないだろう」


「問題しかない!」


しかし、二人の話はそこで終わらなかった。


クロエが薄く笑う。


「動けなくした後は、前より丁寧に神経へ繋いでやる。痛覚も触覚も、まともに考えられなくなるまで感度を引き上げてやる」


アスラも笑った。


「それなら私は、貴様の身体へ術を通してやろう。逃げる手足がなくなったところで、以前より長く責めてやる」


「途中で泣くなよ」


「前に先に泣いたのは貴様だ」


「泣いていない」


「いい声は出していた」


「貴様もだ」


リーゼが片手を上げた。


「待て」


二人が見る。


「今度は『拷問』という言葉の意味を確認したい」


クロエが眉を寄せる。


「何を確認する?」


「相手を苦しめるために、意図的に痛みや苦痛を与える行為、という意味で使っているのか?」


「そうだ」


アスラも頷く。


「同じ意味だ」


リーゼはしばらく黙った。


「言葉が通じているのが、こんなに嫌だったのは初めてだ」


シズクも困った顔で二人を見る。


「お二人とも、本当に仲が悪いのですね」


「当然だ」


また声が揃った。


そこでクロエが、ふと思い出したように言った。


「そういえば、ネイラはどうしている?」


アスラの表情が少し変わった。


先ほどまで相手の手足をどう切り離すか話していた女と、同じ人物とは思えないほど普通の顔になる。


「元気だ」


「そうか」


「最近、また変な機械を分解していたぞ。戻せるのかと聞いたら、構造は覚えたから問題ないと言っていた」


クロエの口元が僅かに緩む。


「私に似たな」


「そこは認める。あの子は頭がいい。口も達者だがな」


「お前が育てているからだろ」


「何だと」


一瞬、また喧嘩になりそうになったが、今度はアスラが尋ねた。


「ルヴァナは?」


「元気だ」


「力は?」


「また強くなった。先月、庭の石柱を持ち上げた」


アスラが満足そうに笑う。


「私に似たな」


「そこだけは否定しない。考える前に動くところまで似ている」


「良いことだ」


「限度がある」


その会話を聞いていた全員が、黙っていた。


最初に口を開いたのはシズクだった。


「……娘、というのは」


クロエが見る。


「何だ?」


「お二人のお子さん、という意味ですか?」


「そうだが」


アスラも頷いた。


「娘だ」


シズクは一度、リーゼを見る。


リーゼも同じ顔をしている。


「待て待て待て」


「何だ」


「お前たち二人の間に、娘がいるのか?」


クロエが答える。


「二人いる」


「二人!?」


「ネイラとルヴァナだ」


アスラが言った。


リーゼは指を一本立てる。


「確認するぞ。『娘』という言葉は、小官たちの知っている娘と同じ意味なんだな?」


「さっきから何を言っている」


クロエが呆れる。


「親から生まれた女の子だ」


「そういう意味で合っている」


アスラも答えた。


リーゼの指が止まった。


エヴァが笑い始める。


「お前ら、子供までいるのか」


二人が同時にエヴァを見る。


「だから何だ」


「別に」


エヴァは面白そうに二人を見る。


「で、どっちが育ててる?」


「ネイラは私の家だ」


アスラが答えた。


「ルヴァナは私のところにいる」


クロエが続ける。


シズクが尋ねる。


「では、離れて暮らしているのですか?」


「普段はな」


「娘には会わないのです?」


「会う」


二人が即答した。


リーゼが嫌な予感を覚えた顔になる。


「どうやって」


クロエが当然のように答える。


「家へ行く」


「誰の?」


「こいつの」


アスラも言う。


「私もこいつの家へ行く」


「互いの家を知っているのか?」


「娘に会うのに知らない方が不便だろう」


リーゼは黙った。


シズクがさらに聞く。


「訪ねた時は、お子さんに会って、そのまま帰るのですか?」


アスラが首を傾げる。


「飯くらい食う」


クロエも言う。


「遅くなれば泊まる」


「泊まる?」


「部屋は余っている」


「私の家にも、こいつが使う寝具はある」


リーゼが目を閉じた。


ティセラは興味深そうに筆を動かしている。


エヴァだけは、だんだん笑いを堪えきれなくなっていた。


シズクは真面目に確認する。


「つまり、お二人と、ネイラさんと、ルヴァナさんの四人で食事をすることもあるのですか?」


「ある」


「普通にあるな」


「四人で同じ家に泊まることも?」


「ある」


「何度も」


シズクは考え込んだ。


リーゼが代わりに聞いた。


「……『敵』という言葉は?」


クロエが眉を寄せる。


「敵は敵だ」


「宿敵だ」


アスラが続ける。


「互いに殺そうとする相手?」


「そうだ」


「手足を切って肉ダルマにする?」


「今からする」


「拷問もする?」


「当然だ」


「だが、娘が二人いて?」


「いる」


「互いの家を知っていて?」


「知っている」


「家族四人で食事して?」


「する」


「泊まりもする?」


「する」


リーゼは両手で頭を抱えた。


「言葉の意味が全部同じなのに、何一つ分からん!」


軒下から、その騒ぎを聞いていたノアが顔を覗かせた。


中には入らず、いつものように戸口から距離を取っている。


「僕も途中から聞いてたけど……」


エヴァが振り返る。


「聖者、分かるか?」


「いや」


「夫婦みたいなもんか?」


クロエとアスラが同時に叫んだ。


「誰がこいつと!」


「誰がこんな奴と!」


ノアは少し考えた。


「でも、子供がいて、お互いの家を行き来して、一緒にご飯を食べて、泊まることもあるんだよね?」


「そうだ」


「それと敵なのは別だ」


また即答だった。


シズクが小さく言う。


「私たちの知っている『夫婦』と、お二人のところの『夫婦』の意味が違うのでしょうか」


クロエが答える。


「夫婦の意味まで同じだ」


アスラも頷く。


「私たちは夫婦ではない」


「では、恋仲なのでしょうか」


「違う」


「断じて違う」


「でも、娘さんが二人」


「いる」


「家を行き来して」


「する」


「一緒に食事をして」


「する」


「泊まって」


「する」


「そして、会えば殺し合う」


「そうだ」


シズクは黙った。


ティセラも、珍しく筆を止めた。


リーゼはもう質問を諦めかけていた。


エヴァが腹を抱えて笑う。


「駄目だ。聞けば聞くほど分からなくなる」


クロエとアスラだけが、何が分からないのか分からないという顔をしていた。


そして数秒後。


クロエがアスラを見る。


「話は終わったな」


「ああ」


二人が再び構える。


「では、腕から落とす」


「私は脚からだ」


エヴァが二人の間へ入った。


「館でやるな」


「邪魔だ」


「どけ」


クロエの銀髪が伸び、エヴァの腕へ繋がろうとする。


エヴァはそれを指で掴んだ。


「うるさい」


そのまま引き抜く。


クロエが固まった。


「……抜いた?」


「抜けた」


その隣で、アスラが廊下の左右と頭上へ複数の魔法陣を展開した。


「なら先に貴様を――」


「またそれか」


エヴァが身体を捻る。


回し蹴り。


ぱりんっ、ぱりんっ、ぱりんっ。


周囲へ展開された魔法陣が、まとめて砕け散った。


アスラが叫ぶ。


「何故だ!」


「蹴ったからだ」


「それは理由ではない!」


軒下のノアが、困った顔でその光景を見る。


高度な神経接続。


高速展開される魔法陣。


何度も死線を越えてきた二人の忍者。


それを、力任せに全部止めるエヴァ。


「何というか……」


シズクが振り返る。


「聖者?」


「二人の世界は、魔とか機械とかを使って戦う忍びみたいな感じなのに、エヴァだけチカラ・イズ・パワーなんだよね」


「何だそれ」


エヴァが聞く。


「褒めてる」


「ならいい」


リーゼが叫んだ。


「よくない! まずこいつらを止めろ!」


その朝。


谷底の住人たちは、クロエとアスラがただの宿敵ではないことを知った。


互いを殺し。


互いを拷問し。


会えば手足を切ろうとする。


その一方で、二人の間には娘が二人いる。


互いの家へ遊びに行き。


四人で食卓を囲み。


時にはそのまま泊まる。


言葉の意味を間違えているのではないかと何度確認しても、間違っていなかった。


だからこそ。


誰にも、二人の関係が分からなかった。

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