第六十話 谷底の館に、二人の女が運び込まれる
夕方、別々の場所へ出ていた者たちが館へ戻ってきた。
先に帰ってきたのはリーゼとティセラだった。二人は銀髪の女を連れており、リーゼは玄関をくぐるなり、「寝かせる場所を空けろ、また妙な奴を拾った」と声を上げた。
「また、とは何です?」
後ろからティセラが言う。
「ここへ来てから何人増えたと思っている」
「リーゼも、その一人ですが」
「それは今関係ない!」
二人は銀髪の女を居間へ運び、敷物の上へ横たえた。川辺で地面いっぱいに広がっていた銀髪は、運んでいる間に少しずつ元の形へ戻っている。消えていた紫色の膜も、ところどころ皮膚の表面へ現れ始めていた。
リーゼがそれを見る。
「やはり戻るのか」
「何を条件にしているのかは、まだ分かりませんね」
「起きたら聞くことが山ほどある」
「尋問にはしないでくださいね」
「質問だ!」
しばらくして、今度はエヴァとシズクが帰ってきた。
エヴァの腕には、青い肌の女が抱えられている。
玄関へ入ったエヴァが、居間に横たえられている銀髪の女を見つけ、足を止めた。
「何だ。そっちも拾ったのか」
リーゼはエヴァの抱えている女を見て、しばらく黙った。
「待て」
「何だ」
「何故、貴様まで女を拾って帰ってくる」
「流れてた」
「こっちもだ!」
シズクも奥の女へ気づいた。
「こちらの方も、耳が尖っていますね」
ティセラが頷く。
「私たちが見つけた方です。そちらは青い肌なのですね」
「はい。それに、目も舌も少し変わっていました」
「後で詳しく聞かせてください」
「まず寝かせろ」
リーゼに言われ、青い女も少し離れた場所へ寝かされた。
青い女の腹の前に出ていた魔法陣は、館へ戻る途中で少しずつ薄くなり、いつの間にか消えていた。身体には、紫髪の一部が再び這い始め、少しずつ衣服らしい形を作っている。
シズクはそれを見て言った。
「こちらも戻ってきています」
「さっきは全部、髪になってたんだよな?」
エヴァが聞く。
「はい。ただ、どうして戻るのかまでは分かりません」
さらに少し遅れて、別の場所で作業をしていたノアも戻ってきた。
玄関先から居間を覗いたところで、見知らぬ女が二人寝かされていることに気づく。
「……今日は二人?」
「二人だ」
エヴァが答えた。
ノアは中へ入らなかった。
戸口から少し離れた軒下へ移り、柱のそばへ腰を下ろす。居間に集まっているリーゼ、ティセラ、エヴァ、シズクからも、寝かされている二人の女からも距離を取ったままだった。
戸は開けてあるので、互いの声は十分に届く。
リーゼが戸口の向こうへ顔を向ける。
「また外にいるのか」
「うん。二人ともまだ事情が分からないし、僕が近くに長くいる必要もないから」
「話くらいは聞こえるな?」
「聞こえるよ」
ノアは軒下から二人の女を見る。
「二人とも、同じ日に流れてきたの?」
「少なくとも、見つけた時間はかなり近い」
リーゼが答えた。
並べてみると、奇妙な共通点が多かった。
銀髪の女は褐色の肌、青い女は長い紫髪と青い肌をしている。顔立ちも種族も違って見えるが、どちらも尖った耳を持ち、細身で手足が長く、それに対して乳房と尻が非常に大きい。
さらに、身体を覆い始めている紫色の衣装も妙に似ていた。
シズクが二人を見比べる。
「青い方を見つけた時も、このような格好でした」
リーゼも銀髪の女と見比べた。
「こちらも同じだ。何故か乳房を一房ずつ包み、乳輪と乳首とヘソと尻と股間の線まで分かりやすい」
エヴァが軒下のノアを見る。
「聖者が前に言ってたチチブクロって、こういうのか?」
ノアは柱にもたれたまま答えた。
「乳房を左右別々に包むってところだけなら近いけど、それだけで同じもの扱いしないで」
「じゃあ違うのか」
「たぶんね」
シズクは青い女の装束を見る。
「私の知っている忍びの格好とは違います。でも、鉤爪を持っていましたし、動き方も普通の旅人には見えませんでした」
リーゼが振り返る。
「動いたのか?」
「途中で意識が戻りました」
「何をされた?」
エヴァが笑った。
「俺たちの周りに、光る輪っかを大量に出してきた」
「魔法陣です」
シズクが訂正する。
ティセラの目が変わった。
「魔法陣?」
「はい。私たちの左右や後ろ、頭の上にも、一度に何枚も出しました」
「それで、どうしたのです?」
シズクがエヴァを見る。
エヴァは何でもないことのように答えた。
「蹴った」
ティセラが止まる。
「何を?」
「魔法陣を」
「蹴った?」
「回し蹴りでまとめてな。ぱりんって割れた」
ティセラはエヴァを見たまま黙った。
リーゼも眉間を押さえる。
「小官も一応聞くが、何故割れた?」
「知らん」
「そうだろうと思った!」
軒下からノアの声がする。
「魔法陣って、蹴って割れるものなの?」
「普通は割れません」
ティセラが即答した。
「だよね」
「でも割れたぞ」
エヴァが言う。
「そこが一番分からないんだよ」
シズクが話を続けた。
「何度か術を使った後、この方は倒れました。その時、身体を覆っていたものが全部、紫色の髪へ戻ったんです」
ティセラは青い女を見る。
「今はまた身体を覆い始めていますね」
「はい。それと、意識を失ってから、お腹の前にだけ別の魔法陣が出ました」
「攻撃する時と同じものですか?」
「分かりません。ただ、攻撃する時のものは私たちの周りに出ていました。後から出たものは、この方のお腹の前から動きませんでした」
エヴァが付け加える。
「その頃、落ちてた腕が勝手に戻ってきた」
「腕?」
リーゼが聞き返す。
シズクが頷く。
「切れていました。身体と腕の切断面から肉のような触手が伸びて、それ同士が繋がると、腕が身体へ引き寄せられました。その後、傷も少しずつ閉じています」
ティセラはすぐに紙へ書き留める。
「腹部に現れた魔法陣と関係があるように見えましたか?」
「そうかもしれません。ただ、同じ頃に起きていたというだけで、私には分かりません」
「それで十分です。本人へ確認できますから」
今度はリーゼが、銀髪の女について話した。
「こっちは、小官の計器へ髪を突っ込んだ」
軒下からノアが聞き返す。
「髪を?」
「ああ。目を覚ましかけた途端だ」
ティセラが説明を引き継ぐ。
「数本の髪を細く硬く変え、計器の内部へ直接入れていました。リーゼが操作していないのに、針も動いています」
「何をしてたの?」
「分からん」
リーゼが答える。
「ただ、『ネットワーク』という言葉を何度か口にした」
軒下にいたノアの表情が変わった。
「ネットワーク?」
リーゼは、その反応を見逃さない。
「聖者は知っているのか?」
「僕の前の知識だと、機械同士を繋いで情報をやり取りする仕組みなんかを、そう呼ぶことがあるよ」
ノアはそれ以上近づかず、軒下から銀髪の女を見る。
「その人は、何て言ってたの?」
「『ネットワークがない』だ。その後、小官の計器へ入れていた髪が勝手に抜けた」
「何か繋がる先を探してたのかな」
「その可能性はあります」
ティセラが答える。
「ただし、現時点では推測です」
さらに、川辺でその後に起きたことも説明する。
「完全に意識を失った後、身体を覆っていた紫色のものが消えました。それから銀髪が地面へ大きく広がり、日の当たる方向へ向きを変えています」
リーゼが続けた。
「髪からは電気らしい反応も出ていた。日が当たっているところの方が強いようには見えたが、何をしているのかまでは分からん」
軒下からノアが言う。
「光と電気が関係してる可能性はありそうだね」
「ああ。だが、それ以上は本人に聞かんと分からん」
「それと、こちらも脚が切れていました」
ティセラが言う。
シズクが驚いて銀髪の女を見る。
「この方もですか?」
「はい。こちらは肉の触手ではなく、神経か細い紐のようなものが両方の切断面から伸びました。それが繋がると、脚が本体へ引き寄せられ、そのまま接合しています」
しばらく、全員が二人の女を見比べた。
ノアだけは軒下にいるので、皆と同じ輪の中にはいない。
それでも、開いた戸越しに二人の姿はよく見える。
「……ちょっと似てるね」
ノアが言った。
ティセラも頷く。
「そうですね。仕組みは違いますが、観察できた現象には対応しているように見える部分があります」
リーゼが指を折る。
「銀髪の方は髪を機械へ繋いだ。青い方は魔法陣を使った」
シズクも続ける。
「こちらは切断したところから細い紐のようなもの、青い方は肉の触手です」
「意識を失った後は、どっちも服が消えた」
エヴァが言う。
ティセラはすぐに補足した。
「ただし、それらが同じ理由で起きたとは限りません。今のところは、似た現象が見られたというだけです」
「教授らしい答えだな」
エヴァが笑う。
「断定する材料がありませんから」
さらに気になることがあった。
二人が見つかった場所は同じではない。
リーゼとティセラが銀髪の女を見つけた支流と、エヴァとシズクが青い女を見つけた流れは離れている。それなのに、二人が見つかった時刻はかなり近かった。
ノアが軒下の地面へ指で簡単な線を描いた。
皆のいる居間へ近づく代わりに、柱の外側の土へ一本の線を引き、途中から二股に分ける。
「もし二人が同じところから流されてきたなら、上のどこかで流れが分かれて、別々の場所へ出てきた可能性もあるね」
リーゼが戸口からその線を見る。
「だが、そもそも二人が同じ場所から来たかどうかも分からん」
「うん。まだ仮定だね」
ティセラも頷く。
「外見や装備に共通点があるからといって、同郷とは限りません。まず本人たちから話を聞くべきでしょう」
シズクが二人を見る。
「どこから来たのか、どうして流されていたのか、それから、お二人が知り合いなのかですね」
エヴァが腕を組む。
「仲間かもな」
リーゼは、銀髪の女に残っている脚の傷と、青い女の肩に残った傷を見る。どちらも、かなり新しい。
「仲間ならいいが」
「何だ?」
「二人とも、落ちる前か流される途中で手足を切られたらしい」
エヴァも傷を見る。
「そういや、こっちは腕だったな」
「こっちは脚だ」
軒下からノアが言った。
「同じ何かに襲われた可能性もあるし、お互いにやった可能性もあるね」
シズクは二人を見比べた。
「後者でしたら、同じ部屋へ寝かせない方がよさそうです」
「それだ」
リーゼはすぐに決めた。
二人は別々の部屋へ運ぶことになった。
銀髪の女はリーゼとティセラが様子を見て、青い女についてはエヴァとシズクが確認する。
ノアは運ぶために近づくこともせず、必要なものがあれば軒下から場所を教えたり、外で準備できることだけを手伝った。
皆が館の中を行き来している間も、ノアは基本的に軒下にいた。
今の時点で分かっていることは、ほとんどない。
二人とも、谷底の上のどこかから水に流されてきたらしい。
二人とも、見たことのない技や術を持っている。
二人とも、身体の一部が切断されても、近くに残っていた部位を再び身体へ繋いだ。
そして、妙に似た忍装束らしきものを身につけている。
それだけだった。
二人が同じ場所から落ちてきたことも、その上を流れる大河に固有の名があることも、谷底の住人たちはまだ知らない。
翌朝、二人がほとんど同じ時刻に目を覚まし、顔を合わせるまでは。




