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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第九章 分かつ河Ⅰ

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第五十九話 巫女と元王女は、青い魔族の魔法陣を回し蹴りで割る

同じ頃、別の支流を見て回っていたエヴァとシズクも、一人の女を見つけていた。


ノアはさらに別の場所で作業をしているため、ここにいるのは二人だけだった。


「エヴァ、あそこに何かありませんか?」


シズクが木々の間を指した。


浅い水の流れる窪地の先に、長い紫色のものが見える。その下には、青い腕があった。


「人だな」


「青いですが」


「青くても人の形はしてる」


二人はすぐには近づかなかった。


谷底では、見慣れないものへ不用意に手を出さない。シズクも、もう十分にそれを覚えている。


近くに落ちていた細い枝を拾う。


「まず、これで確かめます」


「そうしろ」


少しずつ近づくと、倒れている女の姿がはっきりした。


青い肌に長い紫髪、ティセラのように尖った耳を持っているが、顔立ちも肌の色もまるで違う。


身体はすらりとして手足が長く、腰も細い。その一方で、乳房は非常に大きく、尻も豊かに張っていた。


女の身体には、紫色の忍装束らしきものが張りついている。


近くで見ると布ではなかった。長い紫髪の一部が身体へ伸び、そのまま皮膚の表面を覆って衣服の形を作っている。


そして、何故か乳房は一房ずつ包まれ、乳輪と乳首とヘソと尻と股間の線も分かりやすい。


シズクは女の格好を見て首を傾げた。


「私の知っている忍びの装束とは、かなり違います」


「忍びなのか?」


「分かりません。ただ、あの手のものは武器でしょうか」


女の両手には鉤爪があった。


エヴァが見る。


「近づいたら引っかかれそうだな」


「ですので、先につつきます」


シズクは枝の先で、女の肩を軽く押した。


一度、二度。


三度目で、女の瞼が動いた。


「起きました」


女の目が開く。


黒い眼球の中に、白い瞳が浮かんでいた。


「……貴様ら」


口が開くと、舌の先まで尖っている。


シズクが少し驚く。


「舌も尖っているのですね」


「シズク」


「はい?」


「本人の前で観察を始めるな」


「すみません」


青い女は身体を起こそうとした。


「ここは、どこだ」


エヴァが答える。


「谷底だ」


「どこの領域だ」


「知らん」


女が眉を寄せる。


「貴様は何者だ」


「エヴァ」


「所属は?」


エヴァは少し考えた。


「今は畑」


女が黙った。


シズクが横から補足する。


「以前は、かなり高い身分の方だったそうです」


「余計な情報を足すな」


「畑だけでは誤解されると思いまして」


女の視線が二人の間を動いた。


「貴様らが、私を捕らえたのか?」


「違う」


「流れていたところを見つけました」


「信用できるか」


女が指を動かす。


その瞬間、エヴァとシズクの左右、背後、頭上へ、紫色の魔法陣が一斉に展開された。


シズクが息を呑む。


「エヴァ」


「ああ」


女が低く言う。


「動くな。妙な真似をすれば、その場で焼く」


エヴァは周囲の魔法陣を見回した。


「これが攻撃するのか?」


「試してみるか?」


「分かった」


エヴァはシズクの身体を片腕で抱え、そのまま持ち上げた。


「エヴァ、私は自分で動けます!」


「今は荷物だ!」


「荷物ではありません!」


魔法陣が一斉に強く輝く。


エヴァはシズクを脇へ抱えたまま、片足を軸に身体を大きく回した。


回し蹴り。


伸びた脚が最初の魔法陣へ触れる。


ぱりんっ。


そのまま二枚目、三枚目へと脚が通る。


ぱりんっ、ぱりんっ。


エヴァの脚が大きな円を描き終える頃には、周囲に展開されていた魔法陣がまとめて砕け散っていた。


女が固まる。


「……何をした」


エヴァは足を下ろした。


「蹴った」


「見れば分かる! 何故、魔法陣が蹴りで割れる!」


「知らん」


「知らん?」


「ああ」


女の顔が引きつる。


「術には構成があり、魔力の流れがあり、術式がある。それを足で蹴って割るなど――」


「でも割れたぞ」


「だから、それがおかしいと言っている!」


シズクがエヴァの腕の下から声を掛けた。


「エヴァ、そろそろ下ろしていただけますか?」


「まだだ」


「もう周りにはありません」


「また出すかもしれん」


女は実際、再び手を動かした。


今度はエヴァの足元や木々の間、少し離れた空中へ、次々と魔法陣が現れる。


エヴァが走った。


女が何かをするより先に間合いを詰め、また身体を捻る。


二度目の回し蹴り。


ぱりんっ、ぱりんっ、ぱりんっ。


近くに展開された魔法陣が連続して砕ける。


「何故だ!」


「だから知らんって」


「そんなものが通るか!」


「通ってるぞ」


何度か術を出すうちに、女の動きは明らかに鈍くなっていった。


呼吸も荒くなり、新しく現れる魔法陣も最初ほど速くない。


シズクがそれに気づく。


「エヴァ、かなり弱っているように見えます」


「ああ」


女はもう一度指を動かしたが、光は途中で揺らぎ、形になる前に消えた。


そのまま膝から力が抜ける。


エヴァは今度こそシズクを地面へ下ろした。


「ありがとうございます。次からは、できれば一言いただけると助かります」


「暇があったらな」


女は地面へ倒れた。


それとほぼ同時に、身体を覆っていた紫色のものにも変化が起きる。


髪から伸びていた部分が皮膚から離れ、順に元の長い紫髪へ戻っていった。


やがて身体を覆っていたものは完全になくなる。


「服が髪へ戻りました」


「さっきの術と関係あるのかもな」


「そうかもしれません」


女は完全に意識を失っている。


そして、その時になって初めて、腹の前へ大きな紫色の魔法陣が現れた。


先ほどのものとは出る位置が違う。


攻撃の時はエヴァたちの周囲へ現れたが、今度は女自身の腹の前で静かに回転している。


エヴァが見る。


「これも割るか?」


シズクはすぐに首を振った。


「エヴァ、少し待ってください。先ほどのものとは違うように見えます」


「攻撃じゃねえのか?」


「こちらへ向けられていませんし、この方が意識を失ってから勝手に出ました。しばらく様子を見た方がよいと思います」


「分かった」


二人は少し距離を取って見守った。


魔法陣から出る光は、女の身体へ薄く重なっているように見える。


そこでシズクが、少し離れた草むらに何かが落ちていることへ気づいた。


「エヴァ、あれは腕ではありませんか?」


「ああ、腕だな」


青い左腕が一本、草の間に落ちている。


二人が見ていると、女の肩の切断面から肉色の細いものが伸び始めた。


切断された腕の断面からも、同じものが伸びる。


「触手でしょうか」


「肉みたいだな」


何本もの肉触手が互いを探るように動き、やがて一本が繋がった。


続けて二本、三本。


繋がった触手が縮むにつれ、切断された腕が草の上を引きずられてくる。


「勝手に戻っています」


「便利だな」


「便利で済ませてよいのでしょうか」


腕は肩まで引き寄せられ、切断面同士が合わさった。


腹の前では、先ほどからの魔法陣が回り続けている。


しばらくすると、腕の接合部分も少しずつ閉じ始めた。


シズクがそれを見つめる。


「この魔法陣も、身体を治すことと関係があるのでしょうか」


「そう見えるな」


「ですが、本人に聞くまでは分かりませんね」


「起きたら聞けばいい」


エヴァは女の尖った耳を見る。


「こいつ、ティセラと同じ種類か?」


「耳は似ていますが、他はかなり違います」


「何なんだろうな」


「それも本人に聞きましょう」


二人は、腹の前の魔法陣を消そうとはせず、そのまま少し様子を見ることにした。


何の術なのかは分からない。


ただ、少なくとも今は自分たちへ攻撃しておらず、腕が繋がるのと同じ頃に傷も閉じ始めている。


その程度までなら、二人にも分かった。

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