第五十八話 大尉と教授は、川辺で機械に繋がるダークエルフを拾う
リーゼとティセラが西側の支流を歩いていた時、先に異変へ気づいたのはリーゼだった。
この日は、谷底へ流れ込む支流の一つを調べるため、二人だけで館を離れていた。エヴァとシズクは別の場所へ出ており、ノアも別の仕事をしている。
「止まれ」
リーゼが片手を上げると、後ろを歩いていたティセラも足を止めた。
「どうしました?」
「水の中に何かいる」
普段より少し流れの強い支流には、枝や葉、小さな流木が次々と流れていた。その間から銀色の長いものが水面へ浮かび、また沈む。
ティセラが眼鏡越しに目を細めた。
「髪でしょうか」
リーゼが岸辺を少し進んだところで、今度は人の腕らしいものが水面へ現れた。
「人だ!」
二人はすぐに川岸を走り、流木に引っ掛かっていた女を見つけた。水へ入り、流れに足を取られないよう注意しながら身体を岸へ引き上げる。
女は褐色の肌をしていた。腰まで届く銀髪に、長く尖った耳、すらりとした手足と細い腰を持っている。
その一方で、乳房は非常に大きく、尻も豊かに張っていた。
ティセラがまず耳を調べる。
「エルフ系ですね」
「貴様の知り合いか?」
「エルフなら全員知り合いだと思わないでください」
「肌が濃い。ダークエルフという奴か?」
「そう呼ばれる種族に近い可能性はあります。ただし、私の知っている者たちと同じとは限りません」
リーゼは女の身体を覆っている紫色のものへ目を向けた。
服には見えるが、布ではない。縫い目もなければ、紐も金具も見当たらず、薄い膜のようなものが皮膚の表面へ直接張りついている。
「教授、これは服なのか?」
ティセラも身を屈めた。
「少なくとも、布を仕立てたものではありませんね。皮膚表面へ何らかの方法で形成しているように見えます」
「魔法か?」
「私の知る魔術とは違います。強い魔力反応もありません」
さらに見ると、何故か乳房は一房ずつ包まれ、乳輪と乳首とヘソと尻と股間の線も分かりやすい。
リーゼが眉間へ皺を寄せた。
「何だ、この格好は」
「かなり身体へ密着していますね」
「それだけではない。何故、乳房を左右一房ずつ包む必要がある?」
「分かりません」
「乳輪と乳首まで分かるぞ。ヘソも、尻も、股間もだ。それなのに、腹や腿の細かな筋肉まで同じように浮かせているわけではない」
ティセラは少し考えたが、首を振った。
「本人に聞くしかありませんね」
「本人も知っていればいいがな」
女の背中には一本の太刀があった。リーゼは武器には触れず、まず脈と呼吸を確かめる。
「生きている」
「かなり弱っていますが、呼吸は安定しています」
ティセラが傷を調べていると、女の瞼が僅かに動いた。
「リーゼ」
「ああ、見えている」
薄く開いた目の奥に、青白い光が走った。
ただ光っているだけではなく、細かな文字や記号のようなものが高速で流れている。
女の視線が、リーゼ、ティセラ、周囲の木々へと動き、そのままリーゼの腰で止まった。
そこには、小型の計器が下げられていた。
墜落した飛行機から回収した部品の一つで、リーゼが谷底で機械工作を考える時の参考として持ち歩いているものだった。
銀髪が動いた。
「何だ?」
数本の髪が束になるように伸び、先端が細く硬く変わる。
ティセラがすぐに気づいた。
「リーゼ、その計器を見ています」
「分かっている」
リーゼが手を伸ばした時には、銀髪の方が早かった。
数本が計器へ伸び、筐体の僅かな隙間から内部へ入り込む。
「おい!」
計器の針が勝手に振れた。
「小官の計器に何をしている!」
ティセラは眼鏡を押し上げ、髪と計器を交互に見る。
「接続しているようですね」
「見れば分かる!」
計器の針が端から端まで動き、内部から小さな作動音が聞こえる。リーゼは何も操作していない。
女の瞳の中では、青白い表示がさらに速く流れていた。
「……ネットワーク」
掠れた声が漏れる。
リーゼが女を見る。
「何だ、それは?」
返事はない。
女は計器の内部を調べているように見え、その向こうへ何かがないか探しているようでもあった。
やがて眉が僅かに寄る。
「……ない?」
もう一度、何かを確かめるように瞳の光が動く。
「ネットワークが……ない……?」
その声を最後に、瞳の光が急速に弱くなった。
少し間を置いて、計器へ入り込んでいた銀髪が自分から動き、一本ずつ内部から抜けていく。
かちり、と小さな音がした。
髪は何事もなかったように女の身体へ戻り、元の銀髪へ混ざった。
リーゼはすぐに計器を確認する。
「壊していないだろうな」
針を確認し、軽く操作する。少なくとも、見たところでは異常はない。
ティセラが言った。
「何かを探していたことは確かでしょうね。目的のものが見つからなかったので、接続を切ったように見えます」
「初めて見る機械へ、いきなり髪を突っ込んで中身を調べたのか?」
「そう見えます」
「何者だ、こいつ」
「非常に興味深いですね」
「貴様がそう言うと思った」
その時、女の紫色の忍装束に変化が起きた。
首元から膜が薄くなり、皮膚へ溶けるように消えていく。肩から胸、腹、腰、脚へと続き、数秒後には紫色のものが完全になくなった。
「何故、服まで消える!」
当然、返事はない。
女は完全に意識を失っている。
代わりに、長い銀髪がゆっくりと動き始めた。
髪は草の上へ大きく広がり、重なっていた部分まで一本一本が離れていく。さらに、日の当たる方へ向きを変えるような動きを見せた。
リーゼが目を細める。
「これは、何をしている?」
ティセラは眼鏡越しに銀髪を観察する。
「先ほどより電気的な反応が出ています」
「電気?」
「微弱ですが。それに、日光を受けている部分の方が反応が強いように見えます」
リーゼもしゃがみ、銀髪を見る。
「光と電気に何か関係があるのか?」
「その可能性はあります。ただ、何をしているのかまでは分かりません」
「本人が起きるまで保留か」
「そうですね」
そこでティセラが、女から少し離れた場所へ目を向けた。
「リーゼ、あれを」
草の間に、人の脚が一本落ちている。
流木や石に隠れていたため、引き上げた時には気づかなかったらしい。
脚の切断面から、細いものが伸び始めていた。
「……動いているぞ」
本体側の腿の断面からも、同じものが伸びる。
神経にも細い紐にも見える何本もの線が、空中を探るように動き、やがて互いへ触れた。
一本が繋がり、続いて二本、三本と接続する。
ティセラが身を乗り出した。
「繋がっています」
「まだ触るなよ」
「触りません」
細い線が縮むにつれ、切断された脚が草の上をゆっくりと引きずられてきた。
やがて腿の断面同士が合わさり、僅かに位置を調整した後、そのまま接合部が閉じ始める。
「落ちていた脚を、そのまま戻しているのですね」
「ああ。それも本人が寝ている間に勝手にだ」
リーゼは銀髪を広げた女と、繋がっていく脚を交互に見た。
機械を見つけると髪を差し込み、何かを探す。
見つからなければ自分で抜く。
意識を失うと服が消え、銀髪が日の当たる方向へ広がる。
その間に、切断された身体まで勝手に繋ぎ直す。
「……教授」
「はい」
「小官の理解できる機械と、理解できない生き物が、同じ身体に入っているように見える」
ティセラは少し笑った。
「私にも似たような感想があります」
「貴様の世界にもないのか」
「ありません」
その答えを聞いて、リーゼは少しだけ安心した。
自分だけが分からないのではない。
ただし、ティセラは明らかに楽しそうだった。
「起きたら、聞きたいことが大量にありますね」
「まず名前と、敵かどうかだ。その次に、小官の計器へ勝手に髪を入れるなと言う」
「それも重要ですね」
二人は、女をすぐには動かさず、しばらくその場で様子を見ることにした。
何をしているのかは分からない。
ただ、銀髪を日の当たる場所から退けない方がよさそうだということだけは、二人とも同じ意見だった。




