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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第八章 教授Ⅱ

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第五十三話 洗濯物は、昨夜のことをよく覚えている【一般公開版】

朝食の後、シズクは洗濯場へ向かった。


籠は二つあった。


昨日の草刈りで汚れた作業着。泥の付いた手拭い。汗を吸った上衣。


一つ目は、いつもの洗濯物だった。


問題は、二つ目である。


シズクは籠の前で止まった。


「…………」


昨夜、エヴァと聖者が使っていた寝具。


それだけなら、もう何度も洗っている。この谷底へ来たばかりの頃なら、籠の中身を見るたびに顔を赤くしていた。


今では。


「また多いですね」


で済む。


だが、今日は違う。シーツを持ち上げる。昨夜、そこにいた自分も。


シズクは静かにシーツを戻した。


「……何をしているのでしょう、私は」


「洗濯だろ?」


背後から声がした。


シズクの肩が跳ねた。


「エヴァ!」


「何だよ」


エヴァが籠を覗く。


「ずいぶん考え込んでたな」


「何でもありません」


「昨日のこと思い出してたか?」


「思い出していません」


「嘘つけ」


「嘘ではありません」


「顔真っ赤だぞ」


「朝から働いていますので」


「まだ洗濯始めてないだろ」


シズクは答えなかった。


エヴァが笑う。


「昨日は覗くだけじゃ済まなかったもんな」


「エヴァ!」


「呼んだら来たのはシズクだろ」


「それは……」


「嫌だったか?」


シズクが止まる。


嫌だった。そう言えば、話は簡単だった。だが、昨夜、扉の隙間から見ていた。見つかった。呼ばれた。逃げることもできた。それでも、自分から部屋へ入った。そして、二人の前にいた。


シズクは小さく言った。


「……嫌では、ありませんでした」


「ならいいだろ」


「よくありません」


「何で?」


「恥ずかしいからです」


エヴァが笑う。


「それは俺には分からんな」


「でしょうね」


「おう」


そこだけは、エヴァも否定しなかった。


シズクは籠を抱えた。


「洗います」


「頼む」


「エヴァも手伝ってください」


「何でだ」


「原因の一人でしょう」


「聖者も呼ぶか?」


「呼ばなくて結構です!」


「ほら、やっぱ思い出してる」


「エヴァ!」


声が大きくなった。



少し離れた場所から。


「朝から何をしている!」


リーゼが来た。その後ろにはティセラ。さらにノア。


シズクが固まる。


ノアと、目が合った。昨夜、見られた。自分が。二人を見ていただけではない。二人からも。自分を見られていた。


ノアは普通だった。


「おはよう、シズク」


「……お、おはようございます」


「顔赤いけど大丈夫?」


「大丈夫です!」


リーゼが眉を寄せる。


「声が大きいぞ」


「元気ですので!」


「何故朝からそんなに挙動不審なんだ」


エヴァが口を開く。


シズクは即座にエヴァの口を両手で塞いだ。


「言わなくていいです!」


「んー」


リーゼ。


「何を隠している」


「何も!」


ティセラがシズクを見る。


「脈拍が上がっていますね」


「教授も調べなくていいです!」


「まだ何もしていませんが」


「しそうなので!」


ノアは、何となく察したのか、少し困ったように笑った。


「洗濯機の試運転、始めようか」


「はい!」


シズクは、誰より早く返事をした。


洗濯場の横には、新しい設備が組まれている。


一号機。これまで使っていたバルトリ。大量の水を木製の槽へ流し込み、内部へ渦を作る。丈夫な衣類。毛布。シーツ。大量の布を一度に洗うには強い。


だが、細かな調整はできない。


その隣。


二号機。こちらは、見るからに複雑だった。水車。回転軸。歯車。大きな木槽。水を導く管。


そして、槽の側面にはティセラが刻んだ魔法陣。


リーゼが図面を広げる。


「水車の回転を、この軸で取る」


指を動かす。


「回転数は歯車で落とす」


さらに。


「槽内の羽根を直接回転させる。ただし、一方向へ回し続けると布が絡む」


ティセラが続けた。


「そこで魔術側から水流へ補助をかけます」


「右回り」「左回り」「停止」「排水」


シズクが槽を覗く。


「全部変えられるのですか?」


「理論上は」


リーゼが言う。



ノアが笑った。


「今日それを確かめる」


「壊れませんか?」


シズクが聞いた。



リーゼ。


「壊れないように作った」


エヴァ。


「昨日一回軸飛んだぞ」


「試作だからだ!」


「壁に刺さってたな」


「言うな!」


ティセラ。


「飛距離は興味深かったですが」


「教授も記録するな!」



二号機へ。


まず、どうでもいい古布を入れた。ノアが水門を開く。水が入る。リーゼが軸を接続。


ごと。


ごとごと。


槽の中が回り始める。


「右回転」


ティセラが魔法陣へ触れる。流れが整う。


リーゼが見ている。


「速度を落とせ」


ノアが歯車を一段変える。回転がゆっくりになる。


「反転」


ティセラが術式を切り替える。


一度、止まる。そして、反対へ。


シズクの目が少し大きくなった。


「動きが変わりました」


「成功だ」


リーゼの顔が明るくなる。


「これなら薄手の衣類にも使える」


ティセラも頷く。


「魔力消費も少ないですね。主動力は水ですから」


ノア。


「魔法は補助だけ」


「非常に合理的です」


「リーゼの機械知識がなかったら、もっと雑なのになってたよ」


リーゼが少し胸を張る。


「当然だ」


エヴァが胸を見る。


「張るほどないぞ」


「何の話をしている!」


「胸」


「見れば分かることを言うな!」


シズクが小さく言った。


「少し大きくなっていますよ」


「シズク!」


ティセラ。


「以前の測定値と比較しますか?」


「しなくていい!」



その騒ぎの横で、二号機は順調に回っていた。


一号機。単純。強い。大量。


二号機。工業。魔術。調整可能。


ティセラは記録へ書いた。


『ノアの前世知識』『リーゼの機械工学』『私の魔術制御』


三つ。違う地域の知識。一つの設備。


「面白い」


ティセラが呟く。



ノア。


「でしょ?」


「はい」


シズクも、二号機を見る。自分が落ちてきた頃には、なかったもの。リーゼが来て。ティセラが来て。谷底の暮らしが、少しずつ変わっている。


ただ今日に限っては、洗濯機より洗濯物の方が、シズクには問題だった。


試運転が終わる。


「じゃあ実際の洗濯物を」


ノアが言う。


シズクが、びくりと反応した。


エヴァが笑った。


「シズク」


「何です?」


「二個目の籠持ってこい」


「一個目からです!」


「何で」


「順番です!」


「どっちでもいいだろ」


「よくありません!」


リーゼが不思議そうにする。



「何を揉めている」


「何でもありません!」


エヴァ。


「昨夜の――」


シズクが飛びついた。


「エヴァ!」


リーゼ。


「何だ!?」


ティセラ。


「昨夜?」


ノア。


「エヴァ、やめてあげて」


エヴァは、シズクに口を押さえられたまま、楽しそうに笑っていた。


結局、昨日の作業着から洗った。


二号機。右回転。左回転。排水。問題なし。


次。寝具。


シズクは一枚ずつ入れる。


昨日、この布のすぐ近くに自分もいた。


ノアの顔。エヴァの顔。二人から見られた。その時のことを思い出すたび、腹の奥が妙に落ち着かなくなる。


「…………」


シズクは、黙って洗濯物を押し込んだ。


リーゼ。


「シズク」


「はい」


「また顔が赤いぞ」


「暑いです」


「さっきも言ったが涼しい」


「水場は意外と体力を使います!」


「そういうものか?」


「そういうものです!」



ティセラが首を傾げる。


「昨夜から何か――」


「ありません!」


「まだ質問していません」


「先に答えました!」



午後、洗濯終了。


新しい二号機も、一度、軸受けが熱を持った以外は問題なく動いた。


リーゼとティセラとノアは、工房へ戻った。エヴァも、畑の様子を見ると言って去った。シズクだけが、洗い上がった寝具を干す。


白い布。風。昨日の夜とは全く違う、清潔な匂い。


けれど、シズクの頭の中から記憶は洗い流されなかった。むしろ、自分が見ていたことより、自分が見られていたことそちらの方が、強く残っていた。



部屋へ戻る。戸を閉める。背中を預ける。


「……恥ずかしい」


それなのに、嫌ではない。


昨夜、呼ばれた時、断れた。逃げることもできた。それでも、自分で部屋へ入った。誰かに命じられたわけではない。生贄でも、巫女の役目でも、村のためでもない。


ただ、自分がそうしたかった。


そして今日になっても、エヴァと聖者の視線を思い出している。


シズクは両手で顔を覆った。


「……昨日だけではなかったのですね」


自分で言って、ますます恥ずかしくなる。


二人を好きなのかもしれない。


ただ、今すぐ答えを決める必要はない。ここでは誰かに役目を決められることも、自分の気持ちを差し出すよう命じられることもない。


それだけは、もう分かっていた。


シズクは水で顔を洗い、夕食へ向かった。


夕食。


シズクは、いつも通りの顔を作って座った。


エヴァがすぐに見る。


「お」


シズク。


「何です?」


「またすっきりした顔してんな」


箸が止まる。


「洗濯で汗をかきましたから」


「二回も?」


シズクがエヴァを見る。エヴァは、完全に分かっている顔だった。


「…………」


「何だよ」


「エヴァ」


「おう」


「今夜の洗い物は、自分で洗ってください」


「何で!?」


リーゼが眉を寄せる。


「何の話だ?」


シズク。


「家事分担の話です」


エヴァ。


「違うだろ」


「家事分担です」


ティセラが、シズクを見る。


「脈が速いですね」


「教授」


「はい」


「ご飯を食べましょう」


「しかし――」


「食べましょう」


ノアは、軒下の机で何となく事情を察しているらしく、黙って食事を続けていた。


エヴァだけが、最後までにやにやしていた。

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