表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第六章 牙塔Ⅰ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/193

第三十六話 牙塔から落ちてきた女は、今回かなり元気です

館へ戻ると。


エヴァは拾ってきた女を、そのまま客間の寝台へ寝かせた。


もちろん、その前に全身を洗っている。何匹の腹の中を通ってきたのか分からない。そのまま寝台へ放り込む勇気は、さすがのエヴァにもなかった。身体そのものには、ほとんど傷がない。


だが服は酷い。上衣も。下衣も。靴も。何かに溶かされたようにぼろぼろになっていた。


辛うじて原形を残しているのは。鼻の上に掛かった、奇妙な眼鏡だけだった。


シズクが寝台の横から、女の顔を覗き込む。


「……大丈夫ですかね?」


エヴァが首筋へ指を当てた。


「今回は大丈夫そうだな」


「今回は?」


リーゼが振り返った。


「どうかしたのか?」


「いや」


エヴァはあっさり答える。


「シズクの時は、かなり危なかったからな」


「ああ」


リーゼも、それは聞いている。


神の大瀑布から落ち、滝壺へ流れ着いたシズクは、心臓まで止まりかけていた。


「今回は呼吸もしっかりしてる。脈も悪くない。聖者の回復薬を無理に使うほどじゃないだろ」


リーゼの眉が動いた。


「回復薬?」


シズクが固まった。


エヴァも。


一瞬、黙った。


リーゼが二人を見る。


「何だ」


「いや」


「何だ、その顔は」


シズクが小声で言った。


「説明していませんでしたか?」


「何をだ」


「リーゼを助けた時にも、聖者の回復効果のあるものを使っています」


「ほう」


リーゼは頷く。


「薬品か?」


沈黙。


「……おい」


エヴァが答えた。


「聖者の身体から出るやつだ」


リーゼが止まる。


「…………」


シズクが目を逸らす。


「濃いものほど効くそうです」


「…………」


「俺にも効いたぞ」


「…………」


リーゼの顔が、ゆっくり、赤くなった。


「貴様らあああああっ!」


館が震えた。


外からノアの声がする。


「何!?」


「聖者は来るなああああっ!」


「ええ!?」


シズクが耳を押さえた。


「リーゼ、元気ですね」


「小官にも使ったのか!」


「救命措置です」


「それは分かっている!」


リーゼは頭を抱える。


「分かっているが! 何故この館では重要な説明が毎回後から出てくるんだ!」


エヴァが笑った。


「助かったんだからいいだろ」


「そういう問題ではない!」


寝台の女は、その騒ぎでも起きなかった。




次の問題は服だった。


「着せるものがありませんね」


シズクが言った。


拾った女の服は使えない。洗濯でどうにかなる段階を越えている。


エヴァが寝台の女を見る。


それから。


シズクを見る。


「シズクより大きいな」


「そうですね」


「でも俺より小さい」


「そうですね」


二人が頷く。


シズク以上。エヴァ未満。


そこで、二人の視線がリーゼへ向いた。


「何だ」


エヴァが見る。


シズクも見る。


胸元を。


「……何だ」


もう一度、寝台の女を見る。リーゼを見る。


エヴァが結論を出した。


「戦力外だな」


「何の戦力だ!」


「服」


「小官の服だって着られる!」


シズクが首を横へ振る。


「胸のところが無理です」


「うがあああっ!」


リーゼは自分の胸を押さえた。


「最近は大きくなってきている!」


エヴァが頷く。


「ああ。それは俺も思う」


リーゼの顔が明るくなる。


「だろう!」


「シズクも大きくなってるけどな」


止まった。


シズクが自分の胸元を見る。


「そういえば」


エヴァも自分を見る。


「俺もまた増えた気がするな」


リーゼの顔から、希望が消えた。


「待て」


「何だ?」


「小官が大きくなる」


「ああ」


「シズクも大きくなる」


「そうですね」


「エヴァも大きくなる」


「そうだな」


「…………」


リーゼは震えた。


「追いつけないではないか!」


シズクが首を傾げる。


「追いつく必要がありますか?」


「ある!」


「何故です?」


「知らん!」


リーゼは頭を抱えた。


「これはあれだ!」


「あれ?」


「アキレスと亀だ!」


シズクとエヴァが同時に首を傾げる。


「誰だ?」


「亀?」


リーゼが机へ手をついた。


「速いアキレスが、先を進む亀を追う! だがアキレスが亀のいた場所へ到着した時には、亀は少し先へ進んでいる!」


「はあ」


「次の場所へ着いても、亀はまたその先へ進んでいる!」


リーゼは自分を指差す。


「小官が大きくなる!」


シズク。


「こいつも大きくなる!」


エヴァ。


「こいつも大きくなる!」


そして、絶望した。


「永久に追いつけん!」


入口から声がした。


「あ、それ知ってる」


全員が振り返る。


ノアだった。


女の状態を確認するため、十分に距離を取ったまま、戸口に立っている。


リーゼの顔が上がった。


「知っているのか!?」


「アキレスと亀だよね」


「そうだ!」


「ゼノンのパラドックス」


リーゼの顔が、ぱっと明るくなった。


「そう! それだ!」


シズクがノアを見る。


「聖者の世界にもあった話なのですか?」


「うん。かなり昔からある哲学の話」


リーゼは嬉しそうにノアへ近づきかけ。


途中で止まった。自分で決めた距離を思い出したらしい。それでも機嫌は明らかによくなっている。


「そうか」


「うん」


「そうか!」


何故か胸を張った。


「やはり貴様とは文明的な話が通じる!」


エヴァが笑う。


「さっきまで胸の話だったぞ」


「余計なことを言うな!」


ノアが困った顔になる。


「何のアキレスと亀だったの?」


「聞くな!」


「分かった」


シズクが小声で言った。


「リーゼ、機嫌が直りましたね」


「聞こえているぞ!」



結局、服はシズクのものを基準に、胸回りだけ少し余裕のあるものを選んだ。


形はノアの助言で洋風。


長いシャツ。腰を締めるスカート。その上から簡単な上着。


シズクの巫女装束では似合わない。


エヴァの服では大きすぎる。


リーゼの服では、別の意味で合わない。


「だから何故そこで小官を見る!」


「確認です」


「確認するな!」


服を着せ終える。


改めて見ると、奇妙な女だった。


長い髪。細い身体。尖った耳。そして、眼鏡。


ノアが少し離れた場所から眺める。


「もしかすると」


「何だ?」


「エルフかもしれない」


リーゼが振り返った。


「エルフ?」


「僕の前の世界の物語に出てきた種族。こういう尖った耳をしてるんだ」


リーゼは寝台を見る。


尖った耳。


それからノアを見る。


「御伽話じゃあるまいし」


エヴァが笑った。


「お前、この谷底に来てから何回それ言った?」


「今回は別だ!」


「ドラゴンも御伽話だったんだろ?」


「……そうだが」


「魔物も」


「そうだが!」


シズクが言った。


「では、エルフもいるのでは?」


リーゼは反論しようとして、もう一度、女の耳を見た。


「…………」


沈黙。


そして。


「……うがあああっ」


今日の叫びは。


少しだけ小さかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ