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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第六章 牙塔Ⅰ

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第三十五話 牙塔の麓の食物連鎖

滝壺へ着いた頃。


リーゼだけが膝をついていた。


「……殺す」


肩で息をする。


「いつか……絶対……エヴァを……」


エヴァは汗一つかいていない。


「元気そうだな」


「どこを見てそう判断した!」


シズクもようやく地面へ降ろされた。乱れた上衣を直す。


「私は楽でした」


「知っている!」


「景色もよく見えました」


「貴様もだんだんエヴァに似てきたぞ!」


「それは嫌です」


「シズク?」


三人の前には、巨大な水面が広がっていた。大瀑布から落ちてきた水が作る、巨大な滝壺。


だが、滝壺という言葉からリーゼが想像する規模ではない。向こう岸が見えない。水煙。霞。遠くに巨大な大瀑布。水面は遥か彼方まで続いている。


リーゼは立ち上がった。


「……何度見ても、これは滝壺と呼ぶ大きさではないな」


「滝壺ですよ」


シズクが言う。


「湖ではないのか」


「滝壺です」


「海では」


「私は海を見たことがありません」


「比較ができん!」


エヴァは大きな岩へ腰を下ろした。


「少し休んで、それから漂着物を見るぞ」


リーゼが振り返る。


「待て」


「何だ」


「今日は行軍訓練だ」


「そうだな」


「漂着物回収訓練ではない」


「来たついでだ」


「訓練をついでにするな!」


シズクもエヴァの隣へ座った。


「今日は何か流れてきていますかね」


「水が増えてるからな。箱くらいあるかもな」


リーゼは二人を見る。完全に観光気分である。


「……小官の訓練計画は」


「帰りも歩くんだろ?」


「当然だ!」


「じゃあ帰り頑張れ」


「今も頑張らせろ!」


そんなことを言っている時だった。


シズクが水面の向こうを見る。


「あ」


エヴァも見る。


「今日は近いな」


リーゼが眉を寄せる。


「何がだ?」


遥か沖。大きな生き物が飛んでいた。翼を広げ、水面すれすれを進んでいる。鳥に、少し似ている。


だがリーゼの知る鳥としては、あまりにも大きい。


「……あれは何だ」


「鳥みたいなものです」


「みたいな?」


「正式な名前は知りません」


シズクはのんびり答えた。


「たまにいます」


エヴァも眺めている。


「今日は低いな」


リーゼは嫌な予感を覚えた。


「低いと何かあるのか?」


「食われやすい」


「何に――」


水面が盛り上がった。


「……待て」


リーゼが立ち上がる。


黒い巨大な影が、飛んでいる生き物の真下を追っている。


「おい」


エヴァとシズクは座ったまま。


「おい!」


ばしゃああああああんっ!


水面が炸裂した。巨大な魚のようなものが、空へ飛び出した。


口が開く。巨大な顎。並ぶ牙。


飛んでいた獣を、そのまま呑み込んだ。


「…………」


リーゼが指を差す。


魚のようなものは巨大な身体を捻り。再び水面へ落ちていく。


どおおおおおんっ!


水柱。


リーゼの指が震える。


「…………あ」


シズクは普通に見ている。


エヴァも普通に見ている。


「…………あば」


「どうしました?」


「…………あばば」


リーゼの顔が引きつる。


「あばばばばばばば!」


エヴァが横を見る。


「何だよ」


「あれだ!」


「魚だな」


「あれを魚で済ませるな!」


シズクが微笑む。


「滝壺の雄大な自然ですね」


エヴァが頷く。


「ああ」


「違うだろおおおおっ!」


リーゼが叫んだ。


「空を飛んでいた巨大生物を! さらに巨大な魚が丸ごと食ったぞ!」


「いつものことだ」


「いつも!?」


「毎日じゃないですよ」


シズクが訂正する。


「見られない日もあります」


「頻度の問題ではない!」


リーゼは頭を抱える。


「貴様ら、これを日常の景色として見ているのか!」


「綺麗だろ」


「怖い!」


「あ」


シズクが水面を指差した。


「今日は頭を食べられなかったみたいですね」


「……何?」


魚が少し離れた水面へ浮かんでいた。巨大な口。そこから、今しがた食われた獣の頭と首だけが飛び出している。残りの身体は、すでに魚の口の中だった。


「……何だ、あれ」


リーゼの声が震える。


「大きすぎたんでしょうか」


シズクは首を傾げる。


「頭が引っ掛かってますね」


「冷静に分析するな!」


巨大魚が頭を外へ出したまま潜った。


「潜ったぞ!」


「ああ」


エヴァが立ち上がる。


「少し上がっとくぞ」


「何故だ」


「波が来る」


「波?」


直後。


ざあああああああっ!


水面が大きく膨らみ、岸へ押し寄せた。


「うわっ!」


リーゼは慌てて走った。


シズクも裾を持ち上げて避難する。


エヴァは慣れた様子で高い岩へ登った。


大きな波が岸を洗う。石が転がる。砂が動く。水が引いていく。


リーゼの履き物は濡れていた。


「先に言え!」


「言っただろ」


「一息前では遅い!」


「次から早めに言う」


「次がある前提で話すな!」


水面が再び盛り上がった。


シズクが指差す。


「また出てきました」


「もう見たくない!」


巨大魚が再び水面から飛び出した。今度は獲物を狙っていない。身体そのものを水上へ踊らせる。口から、まだ獣の頭が飛び出している。


「何をする気だ」


リーゼが呟く。


空中で、魚が。


ぶるんっ!


巨大な身体を捻った。口から出た頭が振り回される。身体は魚の腹の中。首だけが、限界まで引っ張られ。


ぶちっ。


千切れた。


「……あ」


シズク。


「……お」


エヴァ。


「…………」


リーゼ。


巨大魚は水へ落ちた。


そして、千切れた獣の頭は、落ちなかった。勢いをつけられ、ぐるぐると回転しながら、空を飛んでいる。


こちらへ。


「……待て」


リーゼが言った。


エヴァが立ち上がる。


「逃げろ!」


「何でこっちへ来るんだああああっ!」


三人が走る。


数秒。


巨大な影。


そして。


どおおおおおおんっ!


獣の頭部が、三人がいた場所のすぐ近くへ落ちた。


土。石。泥。水。一斉に吹き上がった。


リーゼは地面へ伏せ。


両腕で頭を守っていた。


やがて、静かになる。


「…………」


ゆっくり顔を上げる。


巨大な頭。牙。鱗。角。千切れた首。


リーゼは震える指でそれを指した。


「どこが」


エヴァが立つ。


「ん?」


「どこが雄大な自然なんだああああっ!」


シズクも立ち上がった。


「かなり雄大でしたよ?」


「規模の話をしているのではない!」


エヴァは泥を払う。


「いいもん見たな」


「二度と見たくない!」


「リーゼ」


シズクが言う。


「滝壺に来ると、たまにこういうことがあります」


「来る前に言え!」


「聞かれませんでしたので」


「聞くと思うか!?」


エヴァが巨大な頭へ近づこうとして、止まった。


「……待て」


「今度は何だ!」


声が変わっていた。


エヴァは巨大な口を見る。半開き。牙の間。暗い奥。


「こいつ」


シズクも覗く。


「何か、まだ口に入っていますね」


リーゼが顔を引きつらせた。


「また食い物か?」


「多分」


「もう放っておけ!」


「使える物かもしれん」


「食い物を資源扱いするな!」


シズクは近くに落ちていた長い枝を拾った。


リーゼが見る。


「何をする」


「知らないものは」


シズクは棒を両手で持つ。


「まず突きます」


「その生活規則をこんな時まで使うのか!」


エヴァは剣を抜いている。


「やれ」


「はい」


シズクが、獣の口へ棒を伸ばした。


奥。


何かに当たる。


つん。


反応なし。


もう一度。


つん。


ぴくり。


動いた。


三人が止まった。


「……動きました」


「生きてるのか?」


エヴァが剣を構える。


リーゼも腰へ手を伸ばした。何もない。


「……拳銃」


「今言うな」


「だから返せと言っている!」


三人で慎重に、口の中を見る。何かがいる。細い。長いもの。いや。脚。


人間の脚。


「人?」


シズクの声が変わった。


エヴァが巨大な顎へ手を掛ける。


「開けるぞ」


「待て、罠かもしれん!」


「死にかけなら待てん」


「小官も手伝う!」


三人で顎を開く。


ねばついた液体。酷い臭い。半ば溶けた布。その中に女がいた。


長い髪。細い身体。そして耳。


「……長い」


シズクが呟いた。


人間の耳とは違う。先端が。細く尖っている。


リーゼも見る。


「何だ、この耳は」


エヴァが答える。


「知らん」


女の服は、ほとんど残っていなかった。何かに溶かされたように穴が開き。布地そのものが崩れている。


なのに、その下の身体には目立った傷がない。


「どうなってる」


エヴァが眉を寄せる。


シズクが女の顔を見る。


「これ」


鼻の上。耳へ向かって伸びる細い枠。その枠に支えられた二枚の透明な板。


リーゼの目が変わった。


「眼鏡だ」


「めがね?」


シズクが聞く。


「ああ」


リーゼがしゃがむ。


「私の国にもある。視力を補う道具だ」


「目が悪い人が使うのですか?」


「普通はな」


リーゼが触れようとして、手を止めた。


透明な板の縁。細かな文字のような光が、一瞬、走った。


「……普通の眼鏡ではない」


エヴァが女を引き出す。


どろり。


粘液が流れ落ちる。


女は裸同然。


だが皮膚には、傷一つない。


エヴァが首筋へ触れる。


「脈がある」


シズクも胸を見る。


「息もしています!」


リーゼの顔が引きつる。


「待て」


「何だ」


「こいつ」


巨大な獣の頭を見る。その口。女。溶けた服。傷一つない身体。


「これに食われていたのか?」


「そうらしい」


シズクが答える。


「その前にも、何かに食べられていたかもしれませんね」


「何故そんな発想になる!」


「口の奥に」


シズクが棒で示す。大きな半透明の膜。袋のようなもの。その中に。さらに。何かの牙。鱗。別の生き物の一部。


エヴァが眉を上げた。


「こいつが食った奴が、さらに何か食ってたのか?」


リーゼがゆっくり振り返る。


「……待て」


シズクも気づく。


「では」


三人。


女を見る。巨大獣。その腹の中に別の獣。その腹の中に。さらに別の獣。そして。最後に。この女。


リーゼの顔が引きつった。


「何匹に食われたんだ、こいつは」


返事はない。当の女は気絶したまま。


ただ、鼻に掛かった奇妙な眼鏡だけが淡い光を、一度、瞬かせた。


シズクが呟く。


「……また、拾いましたね」


エヴァが女を抱え上げる。


「ああ」


リーゼは巨大な獣の頭と、エヴァに抱えられた女を交互に見る。


「お前たち」


「何だ?」


「人間を拾うことに慣れすぎていないか?」


シズクは少し考えた。


「リーゼで二人目です」


「二人目で慣れるな!」


エヴァが笑う。


「三人目だな」


「誰を数えている!」


「俺。シズク。リーゼ。こいつ」


「貴様自身まで拾われた側に入れるな!」


「事実だろ」


リーゼは頭を抱えた。


そして、大きく息を吸った。


「うがあああっ!」


谷底へいつもの叫びが響いた。


その腕の中で、第四の漂着者の長い耳が。


ほんの少し動いた。

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