第三十三話 だいぶ谷底に慣れてきた【一般公開版】
湯気が、月明かりに白く立ち上っていた。
谷底の一角、聖者が掘り当てた天然の湯が、岩をくり抜いた湯船に満ちている。広さは四人が余裕で手足を伸ばせるほど。湯の縁からは温かい水がさらさらと溢れ、苔むした岩肌を伝って流れ落ちていた。
エヴァは湯船の縁に両腕を広げてもたれかかり、天を仰いでいた。金の髪が湯に浮き、鍛え上げられた裸身が湯気の向こうでゆらめいている。満足げなため息が、白く染まった。
「全員でのプレイもいいな!」
声は上機嫌そのものだった。湯の表面を手のひらで叩き、水しぶきを上げる。
「エヴァ」
隣で湯に浸かっていたシズクが、呆れたような声を出した。黒髪を湯に濡らし、頬はほんのりと上気している。
「お前も堪能したろ」
エヴァがにやりと笑った。
「まぁ」
シズクは湯の中で膝を抱え、口元をわずかに緩めた。
「二人の痴態を観ながらはよかったですし、二人がむちゃくちゃにしたあとの聖者は最高ですね」
遠慮のない物言いに、エヴァが声を上げて笑う。
「うがああっ!」
突然、湯船の反対側から叫び声が上がった。リーゼだった。湯に肩まで浸かり、顔だけを出して、金色の目をぎらつかせている。
「何でこうなってるんだ! おかしいだろ!」
リーゼは湯をばしゃばしゃと叩いた。
「部屋に呼ばれたら、すでにエヴァが聖者と! シズクはエヴァを罵ってるし! 何でそこに小官が混じってるんだ!」
エヴァが声を出さずに笑っている。シズクは顔を半分湯に沈めて、目だけをリーゼに向けていた。
「しかも、シズクに尻を! 聖者にめちゃくちゃにされるし! シズクとキスするし!」
「いいキスでした」
シズクがぽつりと言った。
「うがああっ!」
リーゼは頭まで湯に沈み、ぶくぶくと泡を吹いた。それから勢いよく浮上し、濡れた短髪をかき上げる。
「だいぶ谷底に慣れてきたなー」
エヴァがしみじみと言った。
「そうですねー」
シズクも同じ調子で返す。
「関係ないだろ!」
リーゼの叫びが、湯気の立ち上る夜空に吸い込まれていった。月だけが、四人の入る湯船を静かに見下ろしている。
聖者は少し離れた湯船の端で、金色の目を細めてその光景を眺めていた。何も言わず、ただ穏やかに、三人の騒ぎを聞いている。湯に濡れた黒い角が、月明かりを受けて鈍く光っていた。




