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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第五章 世界壁Ⅱ

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第三十二話 初めて自分から選ぶ夜【一般公開版】

翌日、リーゼは二日酔いだった。


そして、昨夜の記憶は全部残っていた。最悪だった。


「おはようございます」


シズクが言う。


「……おはよう」


「覚えていますか?」


「聞くな」


「全部?」


「聞くな!」


エヴァは朝から楽しそうだった。


「好きなんだってな」


「殺すぞ」


「銃は俺が持ってる」


「返せ!」


「この状況で返す馬鹿がいるか」


「うがあああっ!」


だが、三日経っても、五日経っても、リーゼの気持ちは消えなかった。ノアと距離を取っている時も。夜、一人の部屋にいる時も。飛行機の残骸を整理している時も。


思い出す。


作業している横顔。自分の説明が通じた時の笑顔。危険だと思えば、こちらが言う前に離れるところ。


そして。


リーゼはようやく認めた。


フェロモンだけではない。


ある夜、リーゼはエヴァの部屋を訪ねた。


「話がある」


エヴァは一目で察した。


「決めたか?」


「……ああ」


「本当に?」


「ああ」


「聖者じゃなく、俺に先に言うんだな」


「貴様が正妻を自称したのだろう!」


「自称だけどな」


「うがあああっ!」


エヴァは笑った。それから、真面目になる。


「じゃあ最後に確認する」


「何だ」


「聖者に近づいたからじゃないな」


「ああ」


「数日離れてても?」


「ああ」


「やりたい?」


リーゼの顔が赤くなる。


「……ああ」


「よし」


エヴァは立ち上がった。


「じゃあ行ってこい」


「それだけか?」


「何を期待してた」


「お膳立てすると言っただろ!」


「してほしいのか?」


「違う!」


「じゃあ行け」


「貴様……!」


結局、リーゼは一人でノアのところへ行った。館から離れた作業場。ノアは工具を片づけていた。


「リーゼ?」


「ああ」


「どうしたの」


「話がある」


「うん」


リーゼは深呼吸する。航空任務より緊張している。世界壁へ向かった時より。墜落する時より。どうかしている。


「私は」


一度止まる。


「小官は――」


「緊張してる?」


「黙れ!」


ノアが少し笑った。


リーゼは睨む。


そして、言った。


「私は、貴様が好きらしい」


ノアの表情が止まった。


「らしい?」


「確定的な物言いをさせるな!」


「ごめん」


「だから」


リーゼは拳を握る。


「今夜、貴様と関係を持ちたい」


沈黙。


ノアはすぐには答えなかった。


「リーゼ」


「何だ」


「本当に?」


「ああ」


「僕の影響じゃなく?」


「ああ」


「嫌になったら」


「止める」


「途中でも?」


「止める」


「何もしないで一緒にいるだけでも」


「構わん」


ノアはようやく頷いた。


「分かった」


その夜、リーゼは、帝国航空隊大尉でも、世界壁越えの飛行士でも、小官でもなかった。


ただ、一人の女として自分で選んで、ノアの部屋へ入った。


夜が来た。


リーゼは自分の部屋の前で、三度深呼吸をした。それから背筋を伸ばし、まるで上官の執務室へ向かうような足取りで廊下を歩き始める。


ノックは三回。規則正しく、間隔も正確に。


「開いてるよ」


聖者の声がして、リーゼは扉を開けた。


聖者は窓辺に立っていた。月明かりが黒い角と黒髪を照らし、金色の目が静かにリーゼを見つめている。二メートルの巨躯が、夜の闇の中で輪郭を浮かび上がらせていた。


「約束通り、来たぞ」


リーゼは言った。声は震えていなかった。少なくとも、自分ではそう思った。


「ああ」


聖者は窓辺から離れ、ベッドの端に腰を下ろした。手で隣を示す。リーゼはベッドの反対側に座り、膝をぴったりと揃え、両手を腿の上に置いた。軍服の襟は正され、ボタンは一つも外れていない。


「その」


リーゼが口を開いた。


「小官は、本日、お前に、その、夜に部屋に行くと、伝えた。それはつまり、そういう意味であり、その、軍人として言ったことは守らねばならず、しかし、小官には経験がなく、いや、ある。あるぞ。知識としては」


「知識として」


「そうだ。知識としてはある」


リーゼは深く息を吸い、それから吐いた。それから立ち上がる。


「座ってくれ」


聖者が言った。


「座っている!」


リーゼは叫び、そして気づいた。自分がすでに立ち上がっていることに。ゆっくりと腰を下ろす。膝を揃える。両手を腿の上に置く。


「怖くない」


リーゼは言った。


「怖くない。怖くないぞ。小官は帝国航空隊大尉だ」


聖者は黙ってリーゼを見つめていた。金色の目が、月明かりを受けて静かに輝いている。その沈黙に、リーゼの緊張が限界に達した。


「怖くない!」


三回目を言った瞬間、リーゼはいきなり立ち上がった。そして聖者の胸に両手を突き、体重をかけてベッドに押し倒す。二メートルの巨躯が、意外にもあっさりと仰向けに倒れた。


「ふ、ふは……っ」


リーゼは聖者の上に跨がり、肩で息をしていた。瞳は見開かれ、焦点が定まっていない。完全にバキバキにイッている目だった。


「落ち着いて」


「小官は落ち着いている!大変落ち着いているとも!」


明らかに落ち着いていなかった。リーゼは自分の軍服のボタンに手をかけ、うまく外せずに引っ張る。


「脱ぐ!脱げ!私が、軍隊仕込みの……ち、違う、軍隊仕込みではない……なんだ……」


言葉が混乱している。ボタンが一つ飛んで、壁に当たって跳ねた。


「私が教えてやる!こういうことは、私の方が、その、経験が……ないが……しかし小官は帝国航空隊大尉だぞ!教本があれば一晩で習得する!」


「教本はない」


「ならば実地で覚える!実地訓練は得意だ!」


リーゼはついに軍服の上着を脱ぎ捨て、続いてシャツを頭から引っこ抜いた。鍛え上げられた上半身が露わになる。小さな胸、引き締まった腹筋、いくつもの古傷。


「ど、どうだ……!」


涙目だった。それでも引き下がらない。


聖者はしばらくリーゼを見上げていたが、やがてゆっくりと手を伸ばし、リーゼの腰にそっと触れた。


「わかった。教えてくれ」


「よ、よろしい!」


リーゼはそう言ってから、何をどうすればいいのかわからず、そのまま硬直した。聖者の金色の目が、静かに細められる。


「まず、息を吸おう」


「吸っている!」


「吸えてない」


リーゼは大きく息を吸い込んだ。それから、ゆっくりと吐く。肩の力が、ほんの少しだけ抜けた。


それから、一度聖者の上から降りた。ベッドの横に立ち、震える指で軍服のベルトを外し、ズボンを脱ぎ、下着も脱ぎ捨てる。月明かりの下に、引き締まった裸身が晒された。


「小官は全裸だぞ、まだか!」


「まだだよ」


聖者はベッドに座ったまま、自分の上衣を脱いでいた。リーゼはそれを見て、再び目を見開く。


「上官より先に脱ぎ終わらないとはどういうことだ!」


リーゼは叫び、全裸のまま聖者を再度ベッドに押し倒した。上衣を脱ぎかけた聖者が、仰向けになる。


「教育してやる!貴様のような兵士は、こうしてやる!」


夜は長かった。




そして、翌朝。


シズクが洗濯場へ向かう途中、館の戸口でエヴァと会った。


エヴァは満面の笑みだった。


「どうしました?」


「いや」


「何ですか」


「洗濯物、増えるぞ」


シズクは止まった。館を見る。理解する。深く、深くため息をついた。


「……リーゼまで」


その時、館の奥から。


「エヴァアアアアアアッ!」


リーゼの絶叫が響いた。


エヴァは腹を抱えて笑った。


「元気そうだな!」


「何をしたのですか!」


「俺は何もしてない!」


「ではなぜ怒っているのです!」


「知らん!」


館の奥から、もう一度。


「貴様! 最初にもっと具体的に説明しておけええええっ!」


シズクは目を閉じた。


谷底には、また一つ日常が増えた。


そして洗濯物も、確実に増えた。

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