第三十一話 世界壁の底の女三人、酒を飲む
その夜。
エヴァが酒を出した。
「飲むぞ」
「なぜだ」
リーゼが聞く。
「女が三人になった記念」
「私は来て何日経っていると思っている」
「細かいこと言うな」
酒は漂着した樽から取ったものだった。
強い。リーゼの国にも酒はある。だから警戒しなかった。それが失敗だった。
「……聖者は」
三杯目。リーゼが言った。
エヴァがにやりとする。
「何だ?」
「仕事をしている時は、悪くない」
シズクが酒を口へ運ぶ。
「普段も悪くありません」
「そういう意味ではない!」
「どういう意味だ?」
エヴァが聞く。
リーゼは杯を見る。
「話が通じる」
「俺たちには通じないってか」
「技術の話だ!」
「はいはい」
「私の国で当たり前だったことを、あの男も知っている」
リーゼは少し笑った。
「機械を見て、同じところを気にする。危険な箇所も分かる。私が説明しなくても分かることがある」
エヴァは黙って聞いている。
「それに」
酒を飲む。
「気を使っている」
「聖者が?」
シズクが聞く。
「ああ」
リーゼは頷いた。
「距離。時間。視線。私が少しでも様子を変えると作業を止めようとする」
「そういう奴だからな」
エヴァが言う。
「……化け物だと思っていた」
「身体はまあな」
「だが」
リーゼは杯を置いた。
「本人が、一番その危険を警戒している」
エヴァが笑う。
「分かったか」
「ああ」
しばらく。
三人とも静かになった。
そこから、エヴァが言った。
「じゃあ抱かれたい?」
リーゼが酒を噴いた。
「何でそうなる!」
「話の流れ」
「流れていない!」
シズクが布で机を拭く。もう慣れている。
エヴァは続ける。
「別にいいぞ」
「何がだ」
「俺は正妻だからな」
「正式に結婚していないと聞いたぞ!」
「気分の話だ」
「気分で正妻になるな!」
「お膳立てしてやってもいい」
リーゼの顔が真っ赤になる。
「断る!」
「そうか?」
「当然だ!」
「じゃあ一つだけ忠告しとく」
エヴァは杯を置いた。
少し真面目な顔。
「一回聖者を覚えたら、他の男じゃ満足できなくなるかもしれんぞ」
リーゼが眉を寄せる。
「そんなに中毒性が高いのか?」
「中毒っていうより」
エヴァは考えた。
「規格が違う」
「何の規格だ」
「色々」
「具体的に言うな!」
「まだ言ってないだろ」
シズクが無言で酒を飲む。
エヴァが指を向けた。
「ほら」
「何ですか」
「神に仕えてた巫女が、今じゃ覗き魔だ」
シズクの杯が止まる。
リーゼがシズクを見る。
「……本当にそこまでなのか」
「違います」
「何が違う」
「覗き魔ではありません」
「覗いてはいるのだろう?」
「……まぁまぁ」
リーゼは頭を抱えた。
エヴァが大笑いする。
「説得力あるだろ?」
「最悪の説得材料だ!」
酒はさらに進んだ。夜も深くなる。最後には、リーゼは机へ突っ伏していた。
「私はな」
「うん」
エヴァが聞く。
「聖者が好きなのかもしれん」
シズクが目を丸くした。
リーゼは酔っている、かなり。
「作業しているところがな」
ぽつり。
「好きだ」
「へえ」
「静かで。考えて。失敗したら直して。分からないと言える」
エヴァは茶化さなかった。
「それに」
リーゼの声が小さくなる。
「私を怖がらせないようにしている」
「そうだな」
「私は軍人だぞ」
「ああ」
「怖がる必要などないのに」
「軍人だって女だろ」
「……そういうことを言う」
リーゼは顔を伏せた。
「ずるい」
しばらくして、エヴァがリーゼの杯を取り上げた。
「今日はもう終わり」
「まだ飲める」
「明日後悔する」
「小官は酒には強い」
「小官になってる時点で駄目だ」
シズクも立つ。
「寝ましょう、リーゼ」
リーゼは二人に肩を貸されながら自室へ向かった。途中、小さな声で言った。
「……考える」
エヴァが聞く。
「何を?」
「自分で決める」
エヴァは笑った。
「それでいい」




