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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第五章 世界壁Ⅱ

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第二十九話 覗いてしまうと【一般公開版】

その夜。


リーゼは物音で目を覚ました。


最初は魔物かと思った。身体が先に動く。寝台から起きる。拳銃は没収中。代わりに、枕元へ置いていた棒を掴んだ。


扉を静かに開ける。暗い廊下。遠くで響き続ける大瀑布の轟音。


そして。


それとは別の、妙に規則的な音。


リーゼは眉を寄せた。


「……まさか」


昼間の記憶が蘇る。


いや、いくら何でも、夜中まで。


リーゼは音を立てず、廊下を進んだ。


大広間へ続く角を曲がる。


そこで止まった。


人影がある。


誰かが床へ伏せていた。


「……何だ?」


一瞬、侵入者かと思った。


だが違う。


黒髪。見慣れた巫女服。ただし、下半身が露出していた。


シズクだった。


館の廊下は薄暗く、窓から差し込む夕暮れの光が埃を金色に浮かべていた。


寝室の扉は、わずかに開いている。


シズクは息を殺して、その隙間から中を覗いていた。


中では、エヴァとノアが激しく交わっていた。


リーゼは数秒理解できなかった。


それから、大広間の中から、再びエヴァの声が聞こえた。


リーゼの顔が引きつる。


「…………」


さらに、規則的な床の軋み。


エヴァの声。


ノアの低い声。


そして、そのすべてを。


シズク真剣そのものの顔で覗いている。


「……お前」


小さく呼んだ。


シズクの肩が跳ねた。


勢いよく振り返る。


「っ!」


互いに固まる。


リーゼ。


シズク。


数秒。


シズクが、自分の尿や体液で濡れている人差し指を、口元へ当てた。


「しっ」


「しっ、ではない!」


リーゼも小声だった。


「何をしている!」


「見れば分かるでしょう」


「分かりたくない!」


「では見ないでください」


「私はお前を見ている!」


シズクは少し考えた。


「それなら問題ありません」


「問題だらけだ!」


シズクは再び戸の隙間へ顔を戻した。


リーゼの目が見開かれる。


「戻るな!」


「静かにしてください。気づかれます」


「気づかれて困ることをするな!」


「別に困りません」


「なら隠れるな!」


「見つかったらエヴァが話しかけてきて集中できません」


リーゼは頭を抱えた。


そこなのか。問題はそこなのか。そして最悪なことに、リーゼは戸の隙間へ目を向けてしまった。


リーゼは顔を背けることが出来ないまま固まっていた。


見なければよかった。完全に、見なければよかった。戻れ。自室へ。今すぐ。足を動かせ。動かない。なぜだ。


軍では緊急時に身体が硬直した場合、呼吸を整え、周囲を確認し――。


そういう問題ではない。


「何をやっているんだ、小官は……」


思わず小官になった。


隣から声がする。


「リーゼ」


「何だ!」


「もう少し下がってください」


「なぜだ」


「私が見えません」


リーゼが勢いよく、シズクを見る。


「貴様!」


「声が大きいです」


「誰のせいだ!」


結局。


リーゼは逃げた。自室へ戻り。寝台へ入る。目を閉じる。開く。また閉じる。忘れろ。見なかった。何も見なかった。自分は帝国航空隊大尉。世界壁越えの飛行任務へ参加した軍人。


夜中に他人の情事を覗くために訓練を受けた覚えはない。


まして。先客の巫女と場所を取り合うためでもない。


「……この館はおかしい」


誰も答えなかった。




翌朝。


リーゼはほとんど眠れないまま食卓へついた。


シズクが普通に朝食を並べている。何事もなかったような顔だった。


リーゼは睨む。


シズクも気づく。


「おはようございます」


「……おはよう」


「眠れましたか?」


「誰のせいだと思っている」


「エヴァですか?」


「お前だ!」


シズクは首を傾げた。


「私は静かにしていました」


「声が出ていた!」


エヴァはまだ来ていない。


ノアはすでに屋外の机で食事を始めている。


シズクはリーゼの向かいへ座った。そして。何でもないことのように言った。


「昨晩の二人、かなり良かったですね」


リーゼの手から匙が落ちた。


からん。


「……何?」


「昨晩です」


「分かっている!」


「エヴァ、いつもより声が大きかったでしょう。あれは見せにきてましたね。私も覗きましたが、良いものを見ました」


「知らん!」


「見ていたではありませんか」


「見ていない!」


「見ましたよね?」


「事故だ!」


シズクが少し笑った。


「最初は皆そう言います」


「皆とは誰だ!」


「私も最初は偶然でした」


リーゼの顔が引きつる。


「……最初は?」


「はい」


「今は?」


シズクは味噌汁のような汁物を一口飲んだ。


「自分から見に行くことが多いです」


「堂々と言うな!」


「リーゼも昨日来たではありませんか」


「物音の確認だ!」


「でも私とエヴァの2人を覗いていました」


「途中で身体が動かなかっただけだ!」


「分かります」


「分かるな!」


シズクは妙に嬉しそうだった。


「覗き仲間ができました」


「誰が仲間だ!」


「私一人だと、エヴァにからかわれるので助かります」


「私は助からん!」


「次から一緒に行きますか?」


「行かん!」


「良い場所がありますよ」


「場所まで決めているのか!」


シズクは少し身を乗り出した。


「昨日の場所より、廊下の反対側の柱の陰の方が見やすいです」


「情報を共有するな!」


「あと、エヴァは途中からこちらに気づいて、見せてくれます。」


リーゼが止まった。


「……何?」


「こちらも見せますが」


「待て」


「はい」


「気づいていた?」


「エヴァは結構鋭いので」


リーゼの顔から血の気が引く。昨日の自分。戸の前。シズクの隣。中を見て、動けなくなって。


「……小官は」


「はい」


「帝国航空隊大尉だぞ」


「知っています」


「軍の広報も兼ねて、世界壁越えへ挑んだ人間だ」


「立派ですね」


「それが何で」


リーゼは両手で頭を抱えた。


「谷底で元巫女と一緒に情事を覗いているんだ……」


シズクは少し考え。


「谷底に慣れてきたからでは?」


「関係あるか!」


そこへエヴァが入ってきた。


「何の話だ?」


リーゼとシズクが同時に黙る。


エヴァは二人を見る。


そして、にやりと笑った。


「仲良くなったみたいだな」


「違う!」


リーゼが叫ぶ。


シズクは静かに頷いた。


「はい。覗き仲間です」


「シズク!」


「おお、大尉殿もついにか」


エヴァの笑みが深くなる。


「違うと言っているだろおおおっ!」


朝の館に。


リーゼの絶叫が響いた。

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