第二十三話 谷底の知らない世界
その日の夕食は、ほとんど異文化会議になった。
「もう一度聞く」
リーゼが言った。
「魔法が存在するのか」
「する」
エヴァが答える。
「魔宝石は天然なのか?」
「天然のもある。加工したのもある」
「魔物は?」
「いる」
「人を食う?」
「食う奴もいる」
「空を飛ぶ?」
「いる」
「火を吐く?」
「いる」
リーゼは両手で顔を覆った。
「馬鹿な」
シズクには、その反応の方が不思議だった。
「リーゼの国には、本当にいないのですか?」
「いない」
「では、夜道は安全なのですか?」
「賊や野犬はいる」
「それだけ?」
「戦争になれば人間の方がよほど危険だ」
それは、シズクにも少し分かった。
リーゼは代わりに、自分の国を説明した。
蒸気。石炭。鉄道。工場。電気。電灯。電信。飛行機。銃。大砲。
シズクには半分も分からなかった。
「蒸気なら分かります」
「そうか」
「湯気ですね」
「そこから説明するのか……」
リーゼが額を押さえた。
エヴァが間に入る。
「つまりこいつの国じゃ、魔法の代わりに道具をどんどん複雑にしたんだろ」
「乱暴だが、今はそれでいい」
「シズクのところは?」
リーゼが聞く。
シズクは考える。
「神社があります」
「それは聞いた」
「農民がいて、武人がいて、馬がいて」
「飛行機は」
「ありません」
「鉄道」
「分かりません」
「電気」
「それも分かりません」
リーゼは黙った。
エヴァが笑う。
「俺の国は二人の間くらいだな」
「貴様が通訳になるのか」
「嫌か?」
「非常に不安だ」
「失礼な奴だ」
実際、エヴァがいないと、会話は頻繁に止まった。
シズクが「神事」と言えば、リーゼには意味が薄い。
リーゼが「発電」と言えば、シズクには音しか分からない。
エヴァだけが双方へ、
「要するにこういうことだ」
と雑に橋を架ける。
夕食後、リーゼは外へ出た。
遠くに大瀑布。巨大な木々。暗くなる空。
どこかで聞いたことのない獣が鳴く。
「本当に御伽話だな」
シズクが隣に立つ。
「リーゼの話の方が、私には御伽話です」
「私の?」
「空を飛ぶ乗り物。光る線。蒸気で走る巨大な車」
「列車は御伽話ではない」
「魔宝石も御伽話ではありません」
二人は顔を見合わせた。
少しして。
リーゼが笑った。
ほんの少しだけだった。
「なるほど」
「何ですか?」
「お互い様というやつか」
「エヴァが言っていましたね」
「あの女の言葉を借りるのは癪だがな」
その夜から、シズクにとってリーゼは、空を飛んできた不思議な軍人ではなく。
自分と同じように。
知らない世界へ落ちてきた女になった。




