第二十二話 谷底の御伽話
リーゼに最初に任された仕事は洗濯だった。
本人は不満そうだった。
「なぜ小官が洗濯を」
「三人で暮らすからだ」
エヴァが答える。
「軍では担当がいる」
「ここにはいない」
「部下もいない」
「知ってる」
「なら自分でやれ」
リーゼは渋々、洗濯場へついてきた。
そして。
バルトリを見た瞬間。
「これは知っている」
シズクが振り返った。
「知っているのですか?」
「ああ」
木製の大きな槽上から流れ込む水。内部にできる強い渦。
リーゼは覗き込む。
「形は違うが、水流で布を揉む装置だろう」
「そうです!」
シズクはなぜか少し悔しかった。自分が十二日かけて覚えたものを、リーゼは一目で理解した。
「私の国の山間部にも似た設備がある」
「聖者の前の世界にもあったそうです」
「聖者の?」
「ああ」
エヴァが大量の布を投げ込む。
「これのおかげで助かってる」
リーゼは回る布を見る。
「合理的だ。動力が水なら燃料も不要」
シズクが首を傾げた。
「動力?」
「動かす力だ」
「水が動かしているのでは?」
「だから水力だ」
「水力」
リーゼが少し嬉しそうになる。やっと話が通じると思ったらしい。ところが、保存蔵へ行ったところで、立場が逆転した。
扉を開ける。冷たい空気。肉。魚。壺。
リーゼが中へ入り、壁を見る。
「発電設備はどこだ」
シズクが止まった。
「はつでん?」
「電線が見当たらない」
「でんせん?」
「冷却機はどこにある」
「れいきゃくき?」
リーゼがゆっくり振り返った。
シズクも見返す。
二人とも相手が何を言っているのか分からない。
エヴァがため息をついた。
「また始まった」
リーゼは壁に埋め込まれた青白い石を見つけた。
「これは?」
「魔宝石です」
シズクが答える。
「……何?」
今度はリーゼが止まった。
「魔宝石です」
「何をするものだ」
「これは冷たくします」
「なぜだ」
「そういう魔宝石だからです」
「説明になっていない!」
エヴァが笑った。
リーゼは石へ顔を近づける。
「電源は?」
「ありません」
「配線は?」
「ありません」
「蒸気管は?」
「ありません」
「では、なぜ冷える!」
シズクが困った。
「魔宝石だからでは?」
リーゼは頭を抱えた。
「そんな理屈があるか!」
エヴァが壁にもたれる。
「お前の国じゃ、こういうの無いのか?」
「無い」
「魔法は?」
「無い」
「魔物は?」
「いるわけがない」
今度は、シズクとエヴァが黙った。
「……魔物がいない?」
シズクが聞く。
「当然だ」
リーゼが答える。
「御伽話の怪物ならある。子供向けの話だ」
シズクは保存蔵の外を見る。
少し遠く、六本脚の蜥蜴が走っていった。
リーゼも見た。
沈黙。
「……ここでは御伽話が走るのか」
エヴァが笑った。
「ようこそ谷底へ」
リーゼは、心底嫌そうな顔をした。




