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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第四章 谷底Ⅱ

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第二十話 谷底の大尉

リーゼロッテ・ヴァイスが、自分の足で立てるようになったのは、それから二日後だった。


「リーゼロッテ」


エヴァが呼ぶ。


「何だ」


「長い」


「何がだ」


「名前だ」


リーゼロッテは眉を寄せた。


「人の名を長い短いで評価するな」


「今日からリーゼでいいな」


「待て」


「シズク。こいつは今日からリーゼだ」


「はい。リーゼですね」


「お前まで即座に受け入れるな!」


こうして決まった。本人の同意は、あまり関係なかった。


「横暴だぞ」


「元王族だからな」


「それは免罪符ではない」


「もう王族じゃないから安心しろ」


「何を安心しろというのだ!」


シズクは少し離れて、そのやり取りを見ていた。


リーゼ。


確かに呼びやすい。


それに、立っている姿を改めて見ると、墜落直後とはかなり印象が違った。


背はシズクより高い。身体は細いが、弱々しくはない。肩、腕、腹、脚。余分な肉がほとんどなく、全体が引き締まっている。いかにも鍛えている身体。


ただし。


シズクは自分の胸と、リーゼの胸を見比べた。


「何だ」


気づかれた。


「いえ」


「今、どこを見た」


「見ていません」


「見ただろう」


エヴァまで見る。


「おお」


「何だ」


「本当に無いな」


「何がだ!」


「胸」


「言うな!」


エヴァは自分の胸を見下ろしてから、リーゼを見る。


「空を飛ぶには便利そうだな」


「どういう意味だ!」


「風の抵抗が少ない」


「貴様!」


シズクが静かに言った。


「エヴァ。たぶんそういう仕組みではありません」


「知ってる」


「では言わないでください」


「面白いだろ」


リーゼがシズクを見る。


「……いつもこうなのか?」


「はい」


即答だった。


「慣れます」


「慣れたくない」


「私も十二日前はそう思っていました」


リーゼの飛行服は破損がひどかった。洗えるものは洗ったが、しばらく普段着にはできそうにない。そのため、館に残っていた漂着衣類から着られるものを選ぶことになった。


胸回りだけは、驚くほど調整がいらなかった。


エヴァが布を合わせながら言う。


「ここ、詰めなくていいな」


リーゼの眉が動く。


シズクは嫌な予感がした。


「エヴァ」


「何も言ってないだろ」


「これから言う顔をしています」


「シズクより手間がかからなくていいなって」


「それ以上はやめてください」


「俺の服なんか胸で取られるから布を食うんだぞ」


「聞いていない!」


リーゼが叫んだ。


エヴァは楽しそうだった。


「大丈夫だ。胸なんぞ戦場じゃ邪魔なだけだ」


「……それは慰めているのか?」


「俺はでかいまま戦ってたからな。走ると揺れるし、鎧に収めるのも面倒だった」


シズクは淡々と言う。


「この人は下着の話を始めると長いです」


「なぜそんな情報を平然と受け流せる!」


「慣れました」


「恐ろしい場所だな、ここは」


「谷底ですから」


「谷底は関係ないだろう!」


そのリーゼへ割り当てられたのは、館の西側にある空き部屋だった。


寝台。机。椅子。棚。窓。


シズクの部屋とはまるで違う。


「私の部屋には畳があります」


「タタミ?」


「床に敷くものです」


「床なら板があるだろう」


「そういうものではありません」


早くも通じない。


エヴァが寝台を叩く。


「リーゼはこっちの方が馴染みあるだろ」


リーゼは寝台を確認する。毛布を捲る。脚を揺らして強度を見る。


窓。入口。家具の配置。最後に、扉から窓までの距離まで確かめた。


「悪くない」


「まず出口を見るのですね」


シズクが聞く。


「当然だ」


「なぜですか」


「侵入された時の退路を確保するためだ」


エヴァが笑った。


「寝る時まで戦争か」


「軍人なら当然だ」


「俺は捕虜になってから寝台を見ると、まず縛る場所があるか確認する癖がついたぞ」


リーゼが止まった。


「……何?」


エヴァは平然としていた。


「手首と足首を固定しやすい柱があるか、とかな」


「エヴァ」


シズクが呼ぶ。


「あ?」


「リーゼが困っています」


見る。


リーゼは本当に、どういう顔をすればいいのか分からない顔をしていた。


「……それは、笑ってよい話なのか?」


エヴァは肩をすくめた。


「俺が笑って話してるんだから、好きにしろ」


「好きにしろと言われても」


「無理に笑わんでもいいぞ」


エヴァは寝台へ腰掛けた。


「昔は嫌でも縛られた。今は縛られるなら俺が頼んだ時だけだ。この差はでかい」


「何の話をしている!」


「寝台の話」


「違うだろう!」


シズクはもう驚かなかった。


「エヴァは、自分の昔のことをこういうふうに話します」


「お前は平気なのか?」


リーゼが聞く。


「最初は困りました」


「今は?」


「長くなりそうならお茶を淹れます」


エヴァが吹き出した。


「いい女になったな、シズク」


「誰のせいですか」


「俺」


「自覚があるなら少し控えてください」


「嫌だ」


リーゼは額を押さえた。


「小官は、墜落後の精神状態がまだ正常ではない可能性がある」


エヴァが笑う。


「出たな、小官」


リーゼが顔を上げる。


「何だ」


「緊張すると小官になるんだな」


「ならん!」


「なっています」


シズクが言った。


「お前まで!」


荷物も部屋へ運ばれた。


衣類。地図。書類。飛行帽。目を覆う透明な道具。工具。


ただし、一つだけ無い。


リーゼは荷物を一通り確認してから、低い声で聞いた。


「私の拳銃は」


エヴァが答える。


「俺が預かる」


「返せ」


「嫌だ」


「私物だ」


「知ってる」


「なら返せ」


「まだ怪我人だろ」


「銃の扱いに怪我は関係ない」


「お前、昨日立とうとして倒れたろ」


リーゼが黙る。


「それは……」


「倒れながら撃たれちゃ困る」


「小官は帝国航空隊大尉だぞ!」


エヴァがにやりとした。


「ほら」


「何がだ!」


シズクが頷く。


「本当ですね」


「何が!」


「小官になりました」


「貴様ら……!」


拳銃は返されなかった。弾も別の場所へ保管された。


「元気になって、ここがどういう場所か分かって、それでも必要なら考える」


エヴァはそう言った。


「敵対する気なら?」


リーゼが聞く。


「その時は返さない」


「当然だな」


「あと俺とやり合うなら銃があっても別にいいぞ」


リーゼの目が細くなる。


「随分な自信だな」


「戦場暮らしが長いからな」


エヴァは腕を組んだ。


「捕虜になった時は全部取られたぞ。武器も服も尊厳も」


リーゼの表情がまた固まった。


エヴァは続ける。


「だから今回は武器だけだ。随分待遇がいい」


「エヴァ」


「何だ」


「またリーゼが困っています」


「忙しい奴だな」


「貴様のせいだ!」


「そのうち慣れる」


「慣れたくない!」


シズクが小さく笑った。


聞き覚えがある。自分も、同じことを言った気がする。


その夜。


三人の女が、同じ館にそれぞれの部屋を持った。


巫女。元王女。航空隊大尉。


生まれた国も。身分も。知っている世界も。何一つ同じではない。


それでも谷底では。


誰が王の娘だったかより。誰が大尉だったかより。


どの部屋で眠るか。誰が明日の洗濯をするか。夕食の後片付けを誰がするか。


そちらの方がずっと大事だった。


そしてリーゼはまだ知らない。


この館では。


元王女の下ネタにどう反応するかも。


意外と重要な生活技能だった。

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