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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
断章Ⅸ

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第百八十七話 魚と蛙と蜥蜴から化繊が採れる

妖精騒ぎが一段落した翌朝。


リーゼは、洗濯干し場に並ぶ衣類を眺めながら、珍しく平穏な気分でいた。


羊のバロメッツからは羊毛が採れる。


綿雲虫からは綿が採れる。


巨大な蚕の繭からは絹が採れる。


ガチョウバロメッツからは羽毛まで採れる。


谷底の衣料事情は、人数が増えた当初に比べればかなり改善していた。


問題があるとすれば。


「種類が増えた分だけ、欲が出てきたな」


ノアが干された布を指で触りながら言った。


リーゼが振り向く。


「欲?」


「もっと薄くて滑りのいい布とか、丈夫な紐とか、濡れても乾きやすい布とか」


「聖者」


リーゼは嫌な顔をした。


「貴様がそういうことを言うと、森から新しい化け物が出てくる気がする」


「僕が作ってるわけじゃないよ」


「分かっている。分かっているのだが、最近は因果関係を疑いたくなる」


スージーの猫耳が揺れた。


「じゃあ探してみる?」


「何故そうなる!」


ティセラは既に採取袋を持っていた。


「衣料素材の多様化は重要です」


「教授まで準備済みか!」


そして。


昼前。


本当に見つかった。


         ◇


最初は魚だった。


生活用水路から少し離れた、流れの緩い浅瀬。


水草の間に何かが光っている。


シズクが棒を持ったまま足を止めた。


「魚がいます」


エヴァが覗く。


「でかいな」


一メートル近い。


銀色の魚。


ただし泳いでいない。


水の中で尾をゆらゆら動かしてはいるが、一定の範囲から外へ出ない。


リーゼが目を細めた。


「またか」


ティセラがすぐ確認した。


魚の腹の下。


そこから細い緑色の茎が伸び、川底へ繋がっている。


「バロメッツ類ですね」


「魚まで植物に生えるのか!」


魚はリーゼの声に反応して、ぱしゃ、と尾を振った。


その尾びれから。


細いものが流れた。


白銀。


半透明。


水の中でゆらゆらと長く伸びる。


スージーがしゃがみ込む。


「糸?」


シズクが棒の先へ絡める。


魚は嫌がる様子もない。


引く。


するすると取れた。


柔らかい。


細い。


光沢がある。


ノアが指先で触れた。


「……これ、かなりレーヨンっぽいな」


リーゼが聞く。


「レーヨン?」


「僕の前世にあった繊維。元は植物のセルロースを加工して作る。柔らかくて、肌触りがよくて、光沢がある」


リーゼも触る。


確かに。


絹に近い滑らかさがある。


だが絹とは少し違う。


冷たく、柔らかく、身体へ沿うような感触。


クロエが一本取って確認した。


「吸水性が高い。乾燥状態では十分な強度があるが、濡れると少し弱くなる」


ノアが頷いた。


「ますますレーヨンだ」


ティセラは魚を見る。


「組成そのものが聖者の知るレーヨンと同一かは、まだ断定できません」


「そこは調べるとして、呼び名は?」


ルヴァナが即答した。


「レーヨン魚」


リーゼが額を押さえた。


「もう少し考えろ」


「分かりやすいじゃん」


魚が。


ぱしゃ。


尾を振る。


また繊維。


さらさら。


ルヴァナが指差した。


「ほら、レーヨン出した」


「定着させるな!」


         ◇


採取方法も簡単だった。


成熟すると、尾びれの縁から長い繊維が自然に伸びる。


一定以上伸びると水流に流されるため、その前に巻き取る。


根元を切らなければ、数日でまた伸びる。


魚本体を傷つける必要はない。


シズクが糸を巻きながら言った。


「おとなしいですね」


レーヨン魚は、水面から口だけ出した。


ぱく。


シズクが小さな木の実を落とす。


ぱく。


「かわいいです」


リーゼは魚を見る。


「鳴かない。臭くない。妙な液体を飛ばさない。こちらへ襲いかかってもこない」


少し考え。


「優良生物だ」


スージーが笑った。


「大尉の評価基準が谷底仕様になってる」


ティセラが別個体の茎を確認する。


「若い個体なら可食部も採れそうですね」


リーゼが止まる。


「食うのか」


エヴァはもう期待していた。


「バロメッツだろ?」


夕食。


少量だけ試験調理された若い個体。


味。


甘エビ。


リーゼは箸を止めた。


「魚の姿で甘エビなのか」


エヴァが食べる。


「うまい」


シズクも頷く。


「甘いですね」


リーゼは遠い目をした。


「まあ、バロメッツならそうなるか……」


既に。


蟹。


海老。


タラバガニ。


いろいろ経験している。


魚の見た目で甘エビくらいなら。


かなり普通だった。


         ◇


二つ目は蛙だった。


翌日。


湿地。


鳴き声。


「けろ」


リーゼが止まる。


「普通だ」


もう一度。


「けろ」


「普通の蛙だ!」


嬉しそうだった。


茂みを開く。


巨大な蛙。


体長七十センチほど。


リーゼの顔から喜びが消えた。


「大きい」


だが谷底基準では、まだ小さい。


蛙は葉の上へ座っている。


動かない。


腹の下。


緑の茎。


地面。


リーゼはため息をついた。


「やはりバロメッツか」


蛙が跳ぼうとする。


びよん。


茎が伸びる。


着地。


びよん。


戻る。


ルヴァナが笑う。


「すご。紐付き蛙」


「本人は真面目に跳んでいる!」


蛙がまた跳ぶ。


びよん。


その時。


後ろ脚の指の間から。


透明な細い糸が伸びた。


葉。


枝。


別の葉。


糸が張られる。


ネイラが触る。


「強い」


引く。


かなり伸びる。


離す。


元へ戻る。


リーゼも試した。


「弾性があるな」


クロエが観察する。


「摩擦にも強い。細さの割に切れにくい」


ノアが苦笑した。


「ナイロンみたいだ」


ルヴァナ。


「じゃあナイロン蛙」


「またそのままか!」


蛙。


「けろ」


リーゼが蛙を見る。


「貴様もそれでいいのか」


「けろ」


「いいらしいぞ」


スージーが言う。


「蛙に確認を取るな」


         ◇


ナイロン蛙の糸は、レーヨン魚とはまるで違った。


柔らかさよりも強さ。


伸び。


復元性。


水に濡れても扱いやすい。


ノアが何本か束ねる。


「釣り糸、細い縄、網。衣服なら丈夫な部分に混ぜてもいい」


リーゼが引っ張る。


「落下防止用の細索にも使えそうだ。ただし強度試験は必要だな」


クロエが頷く。


「一定太さまで撚れば実用性は高い」


スージーの視線がリーゼへ向く。


「あと、靴下」


リーゼが止まる。


「何故小官を見る」


「ナイロンって聞いたから」


ノアが少し気まずそうに咳払いした。


「僕の前世だと、ストッキングにもよく使われてた」


リーゼはナイロン蛙を見る。


蛙。


「けろ」


「貴様が女性の脚を支えることになるのか……」


「けろ」


「返事をするな!」


夕方。


若い個体の可食部も少量試した。


味。


伊勢海老。


リーゼは目を閉じた。


「蛙なのに」


エヴァが殻もない肉を食べる。


「伊勢海老だな」


「蛙なのに!」


ティセラは記録する。


「バロメッツ類の甲殻類系食味傾向は、今回も維持されています」


「蛙なのに!」


スージーがリーゼを見る。


「三回言った」


「重要だからだ!」


         ◇


三つ目。


蜥蜴。


場所は乾いた岩場だった。


陽当たりがよい。


石が熱を持っている。


その上。


大きな蜥蜴。


一メートルほど。


茶色と緑。


平たい身体。


目を閉じて日向ぼっこ。


リーゼが警戒する。


「これは少し普通に見える」


エヴァが指差した。


「尻尾」


尻尾。


途中から。


植物の蔓。


岩の隙間へ。


根。


「はい」


リーゼは諦めた。


「バロメッツだ」


蜥蜴は日光を浴びる。


動かない。


しばらく。


表面の鱗が。


ぺり。


浮いた。


リーゼが身構える。


「脱皮か?」


ぺりぺり。


薄い皮膜。


剥がれる。


だが普通の脱皮殻とは違う。


透明。


均一。


丈夫。


細く裂くと。


長い繊維になる。


ノアが触った。


水。


一滴。


落とす。


染み込まない。


玉になる。


「……これはポリエステルっぽい」


リーゼが即座に蜥蜴を見る。


「言うな」


ルヴァナが口を開く。


「ポリエステル蜥蜴」


「分かっていた!」


ルヴァナが笑う。


「だってそれ以外ないじゃん」


ポリエステル蜥蜴は目も開けない。


日向ぼっこを続けている。


皮膜は成熟すると自然に浮き、剥がしても本体に傷は残らない。


薄い。


軽い。


水を吸いにくい。


乾きやすい。


擦れにも強い。


リーゼの目が変わった。


「……待て」


素材を持ち上げる。


「これ、飛行服の裏地に使えるのでは?」


ノアが頷く。


「用途はかなり多いと思う。外衣、作業着、袋、雨具寄りの布にもできるかもしれない」


リーゼがもう一枚を見る。


「乾燥が早いなら洗濯も楽になる」


シズクも嬉しそうだった。


「洗濯物が早く乾くのは助かります」


リーゼは強く頷く。


「非常に重要だ」


スージーが笑う。


「急に評価が上がった」


「性能がいいものは評価する!」


そして。


例によって。


食べた。


味。


シャコ。


リーゼは蜥蜴と皿を交互に見る。


「……これは何となく分かる」


スージーが驚く。


「分かるの?」


「外側が硬そうだからだ!」


「理由が雑」


「魚が甘エビで蛙が伊勢海老よりは納得できる!」


         ◇


数日後。


館の作業場には。


三種類の新しい素材が並んでいた。


レーヨン魚。


柔らかい光沢繊維。


吸水性に優れ、肌触りがよい。


ナイロン蛙。


透明で強靱な弾性繊維。


水に強く、細い糸でも切れにくい。


ポリエステル蜥蜴。


薄く丈夫で、水を吸いにくく、乾燥が早い皮膜繊維。


ただし。


クロエの分析では。


「聖者の前世に存在したレーヨン、ナイロン、ポリエステルと、完全に同一の化学物質とは限らない」


ノアも頷いた。


「だから正式には“レーヨン様繊維”“ナイロン様繊維”“ポリエステル様繊維”かな」


ルヴァナが嫌そうな顔をした。


「長い」


「研究記録では必要だよ」


「普段はレーヨン魚、ナイロン蛙、ポリエステル蜥蜴でよくない?」


ティセラが記録板へ書く。


「通称として採用しましょう」


リーゼが止める間もなかった。


「教授!」


「識別性は高いです」


「学者が雑な名前へお墨付きを与えるな!」


しかし。


名前は。


もう定着した。


         ◇


試作した布が、数日後にできた。


レーヨン魚の繊維を主体にした薄い布は、するりと柔らかい。


ナイロン蛙の糸を混ぜたものは、引っ張っても裂けにくい。


ポリエステル蜥蜴を混ぜた布は、洗って干すと驚くほど早く乾いた。


シズクが乾いた布を取り込む。


「これは便利です」


リーゼも認めざるを得なかった。


「かなり便利だ」


ノアが言う。


「これで衣類の選択肢は増えそうだね」


エヴァが布を触る。


「丈夫なら何でもいい」


麗華はレーヨン様の布を指先で確かめる。


「こちらは、きちんと仕立てればかなり美しい衣装になりそうですわ」


レティはナイロン様の糸を引く。


「弓弦には使えるでござるか?」


リーゼが即座に答える。


「試験してからだ。強いからといって、いきなり武器へ使うな」


アデラもポリエステル様の布を見る。


「雨具には良さそうだな」


「それも試験だ!」


スージーが横から言った。


「大尉、楽しそうね」


リーゼは反射的に否定しようとした。


だが。


目の前。


三種類。


使える。


変な声。


なし。


悪臭。


なし。


白い液体。


なし。


人間の身体を思わせる形状。


なし。


糸。


布。


実用品。


さらに。


食べれば。


甘エビ。


伊勢海老。


シャコ。


リーゼは少し考えた。


「……かなり優良な生物では?」


スージーが笑った。


「ついにバロメッツを褒めた」


「元から羊の方も評価している!」


遠く。


水辺。


ぱしゃ。


レーヨン魚。


湿地。


「けろ」


ナイロン蛙。


岩場。


ぺり。


ポリエステル蜥蜴。


リーゼは三方向を見た。


「谷底は、どうして化学工業まで生き物で代替し始めるんだ……」


ノアが答える。


「僕にも分からない」


ティセラが記録板を閉じた。


「ですが、衣料資源としては非常に有望です」


リーゼはため息をついた。


「頭のおかしい生態なのに、性能だけはいい」


それだけは。


今回も。


谷底のいつもの法則だった。

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