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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十四章 妖精Ⅰ

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第百八十六話 気づけば、そこら中に妖精がいた

妖精は、水辺に住む。


少なくとも昨日まで、リーゼはそう理解していた。


水車の近くには、古い日本の農村を思わせる小さな集落。


バルトリの近くには、北欧の水辺の村。


生け簀のそばには、アメリカの湖畔にありそうな釣り人の村。


水槌ポンプの周囲には、ノア曰く昭和期の日本を思わせる農村。


どこも手のひらほどの妖精たちが、水のある場所へ住み着き、自分たちなりの故郷を作っていた。


「共通点は水だな」


朝食後、リーゼは昨日書き足した設備点検表を眺めながら言った。


ティセラが茶を飲みながら答える。


「現在確認されている集落だけを見れば、そうですね」


リーゼが顔を上げた。


「教授。その言い方はやめろ」


「何故です?」


「今日中に例外が見つかる言い方だからだ!」


スージーの猫耳が楽しそうに揺れた。


「大尉、谷底で嫌な予感だけはよく育ったわね」


「育てたくて育てたわけではない!」


アデラがパンをちぎりながら笑った。


「でも、水辺にしかいねえなら分かりやすいだろ。妖精を探したきゃ水を見ればいい」


「アデラ!」


「何だよ」


「断定するな! 谷底では断定すると例外が出る!」


「俺のせいじゃねえだろ!」


そこへ、露天風呂の方から戻ってきたエヴァがバルコニーへ上がってきた。


「何騒いでんだ?」


「妖精の分布だ。今のところ、水辺に――」


「露天風呂にもいるぞ」


リーゼが止まった。


アデラが勝ち誇ったように言う。


「ほら、水あるじゃねえか」


「まだ小官は負けていない!」


         ◇


露天風呂へ向かうと、昨日までは意識していなかった小さな町が、石組みの外側にできていた。


木造の旅館。


細い坂道。


小さな石段。


軒先へ下がる提灯。


のれん。


湯気を上げる小さな湯壺。


妖精たちは浴衣のような衣服を着て、桶を抱えて行き来していた。


一人は頭へ手拭いまで載せている。


シズクの表情が柔らかくなった。


「温泉場ですね」


ノアも少し離れた場所から眺める。


「僕の前世でいうなら、日本の山奥にある秘湯の温泉街みたいだな」


麗華が小さな旅館の玄関を見る。


「これほど小さいのに、きちんと宿になっておりますのね」


妖精が一人、のれんをくぐって出てきた。


「お風呂?」


リーゼが答える。


「いや、今日は確認に来ただけだ」


「入ればいいのに」


「我々が入る風呂はそっちだ」


妖精は人間用の露天風呂を見上げる。


「でっかい」


「貴様らから見ればな」


別の妖精は、湯上がりらしく小さな瓶を飲んでいる。


ルヴァナがしゃがみ込んだ。


「風呂上がりの飲み物まであるじゃん!」


「あるよ」


「いいなー!」


リーゼは腕を組んだ。


「ここまでは理解できる。温泉の近くに温泉街だ。むしろ筋が通っている」


スージーが横から言う。


「大尉、だいぶ許容範囲が広がったわね」


「昨日一日で鍛えられた!」


         ◇


次に見つかったのは、化け物植物園の水辺だった。


第五とは別に、安全性をある程度確認できた奇妙な植物を集めて観察している場所である。


その池のほとりに、小さな壁と回廊ができていた。


花壇は幾何学的に区切られ、鉢植えが並び、妖精たちがじょうろや剪定鋏で植物を手入れしている。


植物ごとに札まで立っていた。


ティセラが足を止める。


「……パドヴァ」


リーゼが横を見る。


「何だ?」


「パドヴァの植物園に似ています」


教授の目が明らかに輝いている。


リーゼは即座にティセラの肩を掴んだ。


「持って帰るなよ」


「何をです?」


「妖精も植物も庭もだ!」


「庭は持ち帰れません」


「そこだけ現実的に答えるな!」


ティセラは妖精たちの作業から目を離さない。


一株ずつ状態を確認する者。


葉を切る者。


水を与える者。


記録らしきものを取る者。


「研究活動にも見えますね」


「仲間を見つけた顔をするな!」


スージーが笑う。


「教授、妖精と共同研究できそうね」


「興味はあります」


「教授!」


         ◇


館の外にある肉焼き機の周囲では、まったく別の空気になっていた。


木製の長机。


簡易椅子。


小さな旗。


樽。


日除け。


そして、いくつもの焼き台。


妖精たちが肉を焼き、皿を運び、飲み物らしきものを配り、笑いながら食べている。


ノアは一目見て笑った。


「これはアメリカのバーベキューイベントっぽいな」


ルヴァナもすぐ頷く。


「めっちゃ分かる。肉焼いて騒ぐ場所になってる」


レティが感心する。


「宴でござるな」


アデラは妖精の一人から、指先ほどの焼いた肉を差し出された。


「俺に?」


妖精が頷く。


アデラが食べる。


「うまい」


妖精が親指を立てた。


アデラも親指を立てる。


リーゼは二人を見る。


「何故、肉を焼く場所だけ異文化交流が異様に早いんだ」


エヴァが肉焼き機へ歩きながら答えた。


「肉があるからだろ」


「それで納得できるのが腹立つ!」


         ◇


畑の用水路は、さらに混沌としていた。


用水路沿いの一角には、小さな石橋と水辺の建物が並び、その間を細長い舟が滑っている。


ノアが言う。


「ヴェネチアっぽいな」


少し離れた場所では、平底船に荷を積み、長い竿で舟を操る妖精たちがいた。


船着き場。


河岸の倉。


荷役。


大きな流れと共に暮らすような景色。


ティセラが見る。


「こちらは中国の大河流域に見られる舟文化に近いですね」


リーゼが両方を見比べる。


「同じ用水路だぞ?」


ネイラが答えた。


「場所によって流れ方が違うから、それぞれ使い分けているみたいね」


妖精たちは小さな堰や脇水路まで作っていた。


ただし、人間側の農業用水を妨げるほどではない。むしろ細かく水を分けた結果、排水がよくなっている場所もある。


「勝手に改修しているのに、仕事が丁寧だから怒りづらい……」


リーゼが悩んでいる横で、さらに下流へ進む。


そこは第五ではない。


館や畑から続く、普通の生活用水路の下流だった。


水路の周囲に植物が濃くなった場所には、高床の小屋と丸木舟が並んでいた。


妖精たちは身体へ鮮やかな模様を描き、羽飾りをつけている者もいる。


樹上と水辺を行き来し、魚を捕り、舟を操り、森と川を一つの生活圏として使っていた。


スージーの猫耳が立つ。


「アマゾン河流域の原住民文化っぽいわね」


その少し先。


別の流れでは、笠をかぶった妖精たちが細長い舟を操っていた。


水上家屋。


網。


魚籠。


竹組み。


舟いっぱいの荷。


ネイラが言う。


「こっちは南ベトナムの河川文化みたい」


ティセラも頷いた。


「かなり近いですね」


リーゼは水路を見渡した。


ヴェネチア。


中国の大河流域。


アマゾン河流域。


南ベトナム。


すべて通常の水路沿いに、それぞれの流れや地形を利用して住み分けている。


「水路一本に世界を詰め込むな!」


ルヴァナが笑った。


「でも、ちゃんと棲み分けてるじゃん」


「完成度が高いから余計に訳が分からん!」


         ◇


館へ戻ろうとしたところで、麗華が足を止めた。


「あの方々は、何をなさっておりますの?」


全員が視線を上げる。


館の屋根。


小さな足場が組まれている。


妖精たちが材木を運び、柱を刻み、梁を組んでいた。


槌。


鑿。


墨壺らしき道具。


継手。


仕口。


釘に頼らず、木そのものを組み合わせて構造を作っている。


シズクが驚く。


「お寺……?」


レティが目を細めた。


「宮大工でござるな」


ノアも感心する。


「かなり本格的だな」


屋根の一角では、既に小さな寺院の骨組みが形になり始めている。


ティセラが一歩前へ出た。


リーゼが腕を掴む。


「登るな」


「構造を近くで見たいのですが」


「登るな!」


その声に、棟梁らしき妖精が気づいた。


「邪魔しないで」


リーゼは即答する。


「しない」


妖精は頷き、すぐ仕事へ戻った。


スージーが横を見る。


「大尉、素直ね」


「職人の邪魔はするものではない」


         ◇


洗濯物を干す場所の近くには、古びた木造二階建ての建物までできていた。


外廊下。


細い階段。


共同の流し。


並んだ玄関。


物干し。


ノアが懐かしそうに見る。


「古い木造アパートだ……」


リーゼが聞く。


「集合住宅か?」


「うん。僕の前世の日本にあったような感じ」


玄関先では、妖精の女性が箒を持っていた。


しゃっ、しゃっ、と丁寧に掃いている。


二階では別の妖精が洗濯物を干し、帰宅してきた住人らしい妖精が管理人へ頭を下げる。


管理人も当たり前のように挨拶を返す。


スージーが呟いた。


「管理人さんね」


ルヴァナも頷く。


「絶対管理人さん」


シズクが洗濯干し場とアパートを見比べる。


「洗濯物を干す場所の近くに住まいができたのですね」


リーゼは腕を組んだ。


「説明だけなら合理的なのに、実物を見ると妙に納得できん」


その時。


スージーの猫耳が動いた。


「水の音」


「またか?」


リーゼが嫌そうに振り向く。


洗濯干し場のさらに脇。


館の屋根から落ちた雨水が、長い間ぽたぽたと同じ場所へ当たり続けていた。


大きな水たまりではない。


地面に、小さな凹みが無数にできている。


人間から見れば、雨粒ほどの窪み。


しかし妖精から見れば、一つ一つが立派な泉だった。


そして。


すべての泉に。


小さな竹が一本ずつ立っている。


リーゼが黙った。


シズクも首を傾げる。


ノアが景色を眺める。


「……中国の山奥にありそうな、妙に怪しい泉の郷だな」


小さな石段。


細い道。


無数の泉。


一本ずつ立つ竹。


それぞれの泉には、小さな札まで立っている。


ルヴァナが目を輝かせた。


「何これ。呪われてそう!」


「喜ぶな!」


そして、泉の入口。


一人だけ。


妖精が立っていた。


他の住人とは明らかに雰囲気が違う。


帽子。


長い衣。


腕を後ろへ組み、無数の泉を管理しているような顔で立っている。


リーゼが聞いた。


「貴様は何をしている?」


「管理」


「何を?」


「泉」


「何故?」


「管理人だから」


リーゼは黙った。


スージーが小声で言う。


「大尉、これ以上聞いても同じところを回る気がする」


「小官もそう思う」


ぽた。


屋根から雨水が落ちた。


地面。


まだ浅かった別の凹みへ入る。


管理人が即座に振り向く。


じっと見る。


リーゼが聞く。


「何だ?」


「新しい泉になるかもしれない」


「増えるのか!?」


「雨が降るから」


管理人は当然のように答えた。


リーゼは館の屋根を見上げた。


「雨だれで妖精の呪いの泉が増殖するな……」


ルヴァナが一つの泉へ顔を近づける。


「これ入ったらどうなるの?」


管理人がすぐ振り向いた。


「入らない方がいい」


全員が止まった。


リーゼが管理人を見る。


「何故だ?」


管理人は首を傾げる。


「管理人だから言う」


「理由を言え!」


しかし管理人は答えない。


ただ、無数の小さな泉を見張っている。


リーゼはそっとルヴァナの襟を掴んだ。


「触るな」


「まだ何もしてないって!」


「今のは小官でも嫌な予感がする!」


今回ばかりは、誰も反対しなかった。


         ◇


ここまでなら。


まだよかった。


問題は第五だった。


第五の入口へ向かうと、人間側の赤杭や警告札とは少し離れた場所に、妖精用の入口が作られていた。


そこだけ雰囲気が明らかに違う。


土嚢。


木材。


鉄板らしき板。


逆茂木。


見張り台。


遮断棒。


何重ものバリケード。


妖精が双眼鏡を構え、別の妖精が入口を監視している。


札まであった。


『ここから第五』


『変なのに触るな』


『勝手に持って帰るな』


リーゼは少し感心した。


「こいつらも第五が危険だとは理解しているのか」


ティセラが頷く。


「そのようですね」


「ならば中へ入る時も――」


その先。


第五内部を歩く妖精。


普通の服。


もう一人。


普通の服。


さらに向こう。


普通の服。


防護衣。


なし。


手袋。


なし。


顔面保護。


なし。


リーゼは見張りの妖精へ向き直った。


「待て」


「何?」


「入口はこれほど厳重なのに、中へ入る者は何故その格好だ」


妖精が自分の服を見る。


「服着てるよ」


「第五用防護装備の話だ!」


「いらない」


「何故!」


「妖精だから」


リーゼは黙った。


ティセラが口を開く。


「妖精には第五由来の――」


リーゼが手を上げた。


「教授。まだ何も分かっていない」


「はい」


スージーがバリケードを見る。


「第五から外へ何か出てくるのは怖い。でも自分たちが中へ入るのは平気、って感覚なのかしら」


リーゼは眉間を押さえた。


「対策が入口だけ異様に正しい……」


         ◇


白濁石油の池まで進む。


こちら岸。


金。


とにかく金。


白い建物。


丸屋根。


尖塔。


絨毯。


噴水。


天幕。


宝石のような装飾。


金色の椅子。


白い衣をまとった妖精が座り、別の妖精が扇ぎ、さらに別の者が果物を運んでいる。


ルヴァナが笑う。


「前より豪華になってない?」


ネイラも呆れる。


「なってるわね」


スージーが猫耳を揺らす。


「完全に金に物を言わせてる」


リーゼは白濁石油を見る。


「やはり油があるからなのか……」


対岸。


こちらとは正反対だった。


木柵。


小屋。


見張り台。


槍。


弓。


外部を徹底的に警戒する妖精たち。


ノアが遠くから見る。


「北センチネル島みたいだな」


麗華が聞いた。


「それは何ですの?」


「僕の前世にあった、外から来る人との接触を強く拒んでいる島」


ティセラも慎重に言う。


「こちらから近づかない方がよいでしょう」


リーゼは頷く。


「そこは小官も同意する」


同じ池。


こちら岸。


富と贅沢。


対岸。


隔絶と拒絶。


第五に入った途端、妖精の文化まで振れ幅がおかしい。


リーゼが呟く。


「第五だからといって、妖精まで極端になる必要はないだろう」


ティセラが答える。


「ですが、実際に極端です」


「事実で殴るな!」


その時。


遠くから低い音が聞こえた。


きゅるきゅるきゅる。


リーゼが振り向く。


茂みの向こうから。


小さな戦車が出てきた。


妖精サイズ。


だが、どう見ても戦車だった。


履帯。


砲塔。


長い砲身。


側面には大きな文字。


『巨対委』


一両。


二両。


三両。


続いて空。


ぶうううん。


妖精サイズの戦闘機が飛んでくる。


翼にも。


『巨対委』


リーゼが叫んだ。


「何だ巨対委とは!」


ルヴァナが腹を抱える。


「巨大なのに対抗する委員会じゃない?」


「委員会が戦車と戦闘機を持つな!」


アデラは戦車を観察している。


「ちゃんと隊列組んでるな」


レティも空を見る。


「航空隊との連携も取れているでござる」


「冷静に評価するな!」


戦車隊の砲塔が一斉に回る。


その先。


オホ声マンゴー。


雄型と雌型の果実をつけた木々が、枝を絡ませながら激しく揺れている。


黒い縮れた植物繊維。


青、白、緑、灰色の菌体。


白、黄、透明の粘ついた果汁。


強烈な臭気。


そして。


「んお゙ぉ゙ぉ゙……!」


「お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!」


「いたいぃぃ……!」


「ゆるしてぇぇ……!」


リーゼの目が据わった。


「……巨対委」


「はい」


妖精の指揮官らしき者が答える。


「あれが攻撃対象か?」


「あれ」


「そうか」


リーゼは少し考えた。


「気持ちは分かる」


スージーがすぐ横を見る。


「大尉」


「気持ちだけだ! 許可したとは言っていない!」


その瞬間。


戦車が発砲した。


ぽんっ。


小さい。


だが着弾。


マンゴーの枝が大きく揺れる。


「お゙ほおおおおおおっ!」


妖精たちが歓声を上げる。


「命中!」


「二番車前進!」


「航空隊、右から入れ!」


戦闘機が急降下する。


小さな投下物。


落下。


どん。


枝が揺れ、果汁が飛ぶ。


「いやああああっ!」


前線の妖精たちは伏せる。


だが。


誰一人。


第五用の防護衣を着ていない。


リーゼが叫んだ。


「だから防護服を着ろおおおおっ!」


指揮官妖精が答える。


「大丈夫!」


「何を根拠に!」


「妖精だから!」


「便利な言葉にするな!」


         ◇


巨対委の指揮所まで存在した。


地図。


双眼鏡。


旗。


無線機めいた小箱。


作戦表。


壁には大書。


『巨対委』


リーゼは腕を組む。


「正式名称は?」


「巨大異常生物対策委員会」


「オホ声マンゴーは植物だ」


指揮官妖精が答える。


「巨大」


「そうだな」


「異常」


「否定できん」


「対策する」


リーゼは黙った。


「……名称として間違っていないのが腹立つ!」


遠くで再び砲声。


ぽん。


「お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!」


巨対委の妖精たちが歓声を上げた。


リーゼは頭を抱えた。


「第五では妖精まで第五なのか……」


ティセラが記録板へ書く。


「その表現はかなり正確だと思います」


「教授が認めるな!」


         ◇


夕方。


バルコニー。


昨日の妖精集落一覧へ、さらに大量の項目が増えた。


露天風呂。


日本の秘湯温泉街。


化け物植物園水辺。


パドヴァ植物園。


肉焼き機。


アメリカのバーベキューイベント村。


通常の畑用水路。


ヴェネチア風水上集落。


中国大河流域舟文化。


通常水路下流。


アマゾン河流域原住民文化。


南ベトナム河川文化。


館屋根。


宮大工による寺院建築。


洗濯干し場。


古い木造二階建てアパート。


その近く。


屋根から落ちる雨水でできた無数の小さな泉。


各泉に一本ずつ竹。


中国風の呪いの泉の郷。


謎の管理人常駐。


第五入口。


妖精側バリケード、検問、見張り。


第五内部。


妖精側防護装備なし。


第五白濁石油池。


こちら岸、アラブ富裕層風。


対岸、北センチネル島型隔絶集落。


そして。


『巨対委。戦車・戦闘機保有。オホ声マンゴーへの攻撃を確認』


リーゼは自分で書いた最後の一行を見た。


「……小官は何の報告書を書いているんだ?」


スージーが隣から覗き込む。


「妖精の生活圏調査?」


「戦車と戦闘機が出ているぞ」


「妖精の生活圏調査ね」


「そうなるのか……」


ノアがバルコニーの外を見る。


「でも、今日確認したので全部とは限らないよね」


リーゼがゆっくり顔を上げる。


「聖者」


「何?」


「それを言うな」


その時。


こん、こん。


館の屋根。


宮大工たちがまだ仕事をしている。


遠くでは露天風呂の温泉街に小さな灯りがともる。


水車では、小さな田へ水が流れている。


バルトリでは、小さな布が風に揺れる。


生け簀では、釣り人妖精の歓声。


洗濯干し場の横では。


ぽた。


雨だれ。


小さな泉。


管理人妖精が、また一つ増えそうな凹みをじっと見ている。


さらに遠く。


第五。


ぽん。


「お゙ほおおおおおっ!」


巨対委の砲撃音まで聞こえた気がした。


リーゼが額を押さえる。


「本当に、いつの間にこんなに増えたんだ……」


その時。


すぐ近くから。


ぱり。


何かを齧る音。


全員が振り向く。


バルコニーの欄干。


妖精が一人。


手のひらサイズ。


小さな果物を食べながら、普通に皆の話を聞いていた。


リーゼがゆっくり聞く。


「……貴様、いつからそこにいた」


妖精は考える。


「前から」


「前とはいつだ」


「前」


「だからいつだ!」


妖精は首を傾げる。


「覚えてない」


リーゼは長く息を吐いた。


「気づけば、そこら中にいるではないか……」


妖精は何でもないように頷いた。


「うん」


谷底には、人が増えた。


異なる世界から文化も増えた。


巨大生物もいる。


異常植物も増え続けている。


そして今度は。


誰が呼んだわけでもないのに。


手のひらほどの妖精たちが、あちこちへ自分たちなりの故郷を作り始めていた。


どうしているのか。


いつからいたのか。


何故、その土地ごとに異なる景色を作るのか。


誰も知らない。


ただ一つ、はっきりしたことがある。


妖精たちは。


もう。


谷底のそこら中に住んでいた。

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