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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十四章 妖精Ⅰ

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第百八十五話 妖精は水辺ごとに故郷を作る

「今言ええええええっ!」


ユニコーンの親子を見て館へ戻る途中、リーゼの声が森へ響いた。


ルヴァナは少しだけ肩をすくめる。


「いや、大したことじゃないって。そういや、まだ見せてなかったなーって思い出しただけ」


「だから何をだ!」


「水車とバルトリ」


リーゼが止まった。


「設備がどうした?」


「そこに妖精住んでるじゃん」


今度は全員が止まった。


麗華が、ゆっくりルヴァナを見る。


「……妖精?」


「うん。こんくらいの」


ルヴァナは手のひらを広げた。


「手のひらサイズ」


レティの目が輝く。


「妖精がいるのでござるか!」


アデラは別のところを気にした。


「住んでるって、巣でもあるのか?」


「巣っていうか、村?」


「村?」


「水車のところは小さい田舎の村。バルトリのところは北の方っぽい村。あと、生け簀と水槌ポンプのところにもいるよ」


リーゼの眉間に皺が寄る。


「待て。増えたぞ」


「四か所あるし」


「何故最初に二か所しか言わなかった!」


「水車とバルトリ思い出したら、他も思い出した」


「順番に記憶を掘り起こすな!」


ネイラが、妹の隣で静かに補足した。


「私も見たことがあります。危険性は今のところ確認されていません。人間の生活設備に近い場所を好むようです」


リーゼがネイラを見る。


「貴様も知っていたのか」


「はい」


「クロエは?」


「知っている」


「アスラは?」


「もちろんだ」


「教授!」


ティセラは少し考えてから答えた。


「観察記録はあります」


リーゼは額を押さえた。


「また小官だけ知らない案件か……」


スージーが肩へ手を置く。


「私も全部は知らないわよ」


「スージー……!」


「そんなに嬉しそうな顔しないで」


         ◇


最初に向かったのは水車だった。


水路から引いた水が木製の大きな羽根板へ落ち、からん、ことん、と一定の調子で水車を回している。


その仕組み自体は、もう誰にとっても見慣れたものだった。


だが、その足元。


水車から少し離れた水際に、小さな世界があった。


細い畦。


浅い水田。


小さな稲。


茅葺き屋根の家。


竹垣。


石を積んだ祠。


小さな木橋。


畑の隅には、柿に似た実をつける木まである。


全部が、人間用のものをそのまま縮めたような大きさだった。


そこを歩いている者たちも、小さい。


人の姿。


薄い羽。


着物のような衣服。


大きさは、ルヴァナが言った通り手のひらほど。


シズクが足を止めた。


「……これは」


誰より先に反応した。


レティも、周囲を見回す。


「拙者の故郷とも少し似ているでござるな」


シズクは小さく頷いた。


「私のいた場所とも似ています。ただ、同じではありません」


自分の村ではない。


自分が仕えていた神社でもない。


けれど。


田。


畦。


水。


茅葺き。


小さな祠。


夕暮れに煙が立てば、そのままどこかで見た故郷になりそうだった。


小さな家の戸が開いた。


妖精が一人、出てくる。


こちらを見る。


「また大きいの来た」


ルヴァナが手を振った。


「やっほー」


「黒い大きいの」


「その呼び方やめない?」


麗華が少し驚く。


「お知り合いですの?」


「何回か来てるし」


妖精は麗華を見る。


次にアデラ。


レティ。


シズク。


そして言った。


「増えた」


リーゼが腕を組む。


「お前たちは、ここで何をしている?」


妖精が首を傾げた。


「住んでる」


「それは見れば分かる。何故、この形にした?」


妖精は小さな村を振り返った。


「水があるから」


「水があると、こうなるのか?」


「こうすると落ち着く」


シズクの表情が少し柔らかくなった。


「分かる気がします」


妖精も頷く。


「でしょ」


ティセラが記録板を取り出した。


リーゼが横から見る。


「教授。今日は捕獲なしだぞ」


「しません」


「解剖も」


「しません」


「村ごと持ち帰るのも」


ティセラが一瞬だけ止まった。


「しません」


「今、考えただろう!」


         ◇


次はバルトリだった。


水流を木製槽へ勢いよく流し込み、内部に強い渦を作る洗濯設備。


ごう、ごう、と水が回り、大きな布や寝具を放り込めば、水の力だけで揉み洗いしてくれる。谷底の生活設備の中でも、利用頻度の高いものだった。0


その周囲にも。


村があった。


ただし、水車の村とはまるで違う。


丸太を組んだ小さな家。


急な屋根。


屋根の上には草。


木製の柵。


小さな薪小屋。


苔むした石。


細い針葉樹。


水路に架かる小さな木橋。


窓辺には小さな赤い花。


手のひらサイズの妖精たちは、厚手の服を着ていた。


毛糸の帽子。


小さな上着。


編み物。


金髪や赤毛が目立つ。


レティが感心する。


「先ほどとは、まるで違うでござる」


麗華も頷いた。


「同じ妖精というには、暮らし方まで違いますのね」


ノアが少し離れたところから景色を眺めた。


「僕の前世でいうなら、北欧の田舎っぽいな」


リーゼが振り返る。


「やはりそう見えるか」


「完全に同じじゃないけどね。草屋根とか丸太小屋とか、この感じはかなり近い」


バルトリの縁に妖精が一人座っていた。


足をぶらぶらさせながら、渦を眺めている。


リーゼが聞いた。


「それを毎日見ているのか?」


「うん」


「洗濯機だぞ」


「ぐるぐるする」


「するな」


「音もいい」


ごおおお。


ざばざば。


渦。


洗濯物。


回転。


妖精は満足そうだった。


「落ち着く」


リーゼは少し考えた。


「……まあ、本人が落ち着くならいい」


スージーの猫耳が動く。


「大尉、かなり妖精には甘いね」


「危害を加えてこない相手へ喧嘩を売る理由がない!」


ルヴァナが笑う。


「第五の植物にはすぐ焼けって言うのに」


「比較対象がおかしい!」


         ◇


三か所目。


生け簀。


川から直接水を引いた木製の囲いの中では、釣った魚が生きたまま泳いでいる。


必要な分だけ取り出せるので、冷蔵とは別の意味で重要な食料設備だった。1


その川岸。


今度は。


小さな桟橋があった。


木造の小屋。


板張りの家。


屋根付きの小さな物置。


桟橋には、手のひらほどの妖精用の椅子が並ぶ。


壁には小さな釣竿。


浮き。


網。


籠。


小さな木舟。


さらに。


一軒だけ。


看板まで出ていた。


文字は読めない。


だが。


何の店かは。


なんとなく分かる。


スージーの猫耳が立つ。


「釣具屋?」


ノアが周囲を見る。


「アメリカの湖畔にある釣り村というか、フィッシングキャンプみたいだな……」


アデラが聞く。


「アメリカ?」


「僕の前世にあった国」


「また聖者の前世か」


桟橋。


妖精。


何人も。


小さな帽子。


袖をまくった服。


一人は椅子へ座って。


釣竿を握っている。


糸。


水。


ぽちゃん。


アデラが。


少し嬉しそうになった。


「ちゃんと釣りしてるな」


その直後。


浮き。


沈む。


妖精が立つ。


「来た!」


周囲の妖精。


一斉に。


「来た!」


竿。


しなる。


ものすごく。


しなる。


レティが心配する。


「大丈夫でござるか?」


妖精が。


踏ん張る。


「でかい!」


「どれほどでござる?」


水面。


ばしゃっ。


魚。


十センチほど。


人間から見れば。


小魚。


妖精から見れば。


巨大魚。


妖精たち。


大騒ぎ。


「引け!」


「網!」


「そっち!」


三人。


四人。


五人。


桟橋を走る。


網。


入れる。


魚。


ばしゃばしゃ。


ついに。


小さな桟橋へ。


どん。


妖精たち。


歓声。


「大物!」


「今日一!」


「写真!」


リーゼが止まった。


「写真?」


妖精が何かを構える。


小箱。


一瞬。


ぱっ。


光。


リーゼの目が見開く。


ノアも驚いた。


「そこまで再現するの?」


ルヴァナが笑う。


「ここ、結構本格的だよ」


アデラが桟橋を見た。


「俺、ちょっと混ざりたい」


妖精たちが。


一斉に。


アデラを見る。


自分たち。


手のひらサイズ。


アデラ。


人間。


釣竿。


妖精用。


沈黙。


アデラが察した。


「……無理か」


一人の妖精が言った。


「でっかい竿ない」


「そうだよな」


少し。


寂しそうだった。


         ◇


最後。


水槌ポンプ。


水が流れる。


弁が閉じる。


圧力が上がる。


ばん。


水が押し上げられる。


しばらくすると。


また。


ばん。


リーゼにとっては、何度も点検した見慣れた設備だった。


ところが。


その周囲。


今まで意識して見ていなかった場所へ目を向ける。


リーゼは。


黙った。


ノアも。


黙った。


シズクは。


首を傾げた。


「こちらも日本のように見えます」


確かに。


日本。


ただし。


水車の妖精村とは。


違う。


瓦屋根。


木造家屋。


一部にはトタン。


小さな商店。


軒先の琺瑯看板。


用水路。


コンクリート風の小さな橋。


小さな電柱。


細い電線。


赤い丸い郵便箱。


田んぼ。


畑。


道端には小さな地蔵。


さらに。


小さなバス停。


ノアが。


ものすごく。


微妙な顔をした。


「……昭和だ」


リーゼが聞く。


「ショウワ?」


「僕の前世の日本にあった時代」


シズクが景色を見る。


「私の国と似ていますが、知らないものが多いです」


「ずっと後の時代だからね」


水車側。


シズクが知るものに近い。


こちら。


ノアが知る日本の昔。


だが。


ノアにとっても。


自分が生きた時代より。


さらに昔。


昭和の農村。


そんな風景。


水槌ポンプ。


ばん。


その音に合わせるように。


小さな商店の戸が開く。


妖精のおばあさんらしい個体が顔を出した。


「また鳴ってるねえ」


ノアが。


思わず笑った。


「ポンプだからね」


「元気でいいねえ」


ばん。


「今日も元気だ」


リーゼが。


水槌ポンプを見る。


「設備の稼働音を生き物の健康みたいに扱うのか」


ノアが答える。


「でも、ちょっと分かる」


「聖者まで!」


道の向こう。


小さな妖精の子供たちが走っていく。


一人。


紙のようなものを持つ。


一人。


小さな鞄。


一人。


棒。


何をしているのか。


分からない。


でも。


景色として。


妙に完成している。


麗華が言った。


「こちらの方々も、何故この形にしたのかは分からないのですか?」


ルヴァナが頷く。


「前に聞いたけど、水車のとこと同じだったよ」


妖精たちは。


知識として。


昭和を知らない。


アメリカも知らない。


北欧も知らない。


昔の日本も知らない。


ただ。


水のある場所へ来て。


そこが。


落ち着くように。


家を作る。


道を作る。


畑を作る。


桟橋を作る。


それが。


結果として。


どこかの世界の。


どこかの時代の。


原風景になる。


ティセラが記録しながら言った。


「興味深いですね。同一種と思われる妖精が、水利設備ごとに大きく異なる文化景観を形成している」


スージーも周囲を見る。


「模倣じゃないのよね。元になるものがここにないもの」


ノアが小さな電柱を見る。


「少なくとも、僕はこんなの作ってない」


リーゼが言う。


「小官もだ」


シズクも首を振る。


「私も知りません」


ティセラの筆が。


速くなる。


リーゼが。


嫌な予感。


「教授」


「はい」


「妖精を全部集めて比較実験しようとか考えるなよ」


ティセラが。


少し。


黙った。


「教授!」


「自然状態を維持した方が比較には適しています」


「研究を諦めたわけではない!」


         ◇


館へ戻る頃には。


四つの妖精集落について。


簡単な取り決めができていた。


水車。


日本の古い農村風。


バルトリ。


北欧の農村風。


生け簀。


アメリカの湖畔の釣り村風。


水槌ポンプ。


昭和期日本の農村風。


いずれも。


手のひらサイズ。


人間側は、妖精の家や畑を踏まないよう通路を分ける。


設備を修理する時は。


先に声をかける。


妖精側も。


水路を塞がない。


人間の設備を勝手に改造しない。


生け簀の魚を勝手に全部釣らない。


最後だけ。


アデラが笑った。


「釣ってるじゃねえか」


ルヴァナが答える。


「ちっちゃいのだけね」


リーゼが腕を組む。


「食料管理上、量を把握しておけ」


スージーが横を見る。


「大尉」


「何だ」


「妖精の漁獲量まで管理するの?」


「共同生活圏だぞ!」


「もう完全に住民扱いね」


リーゼが止まった。


少し考える。


そして。


「……住んでいるなら住民だろう」


スージーの猫耳が。


ゆっくり。


上がった。


「そうね」


         ◇


翌朝。


シズクは水車へ。


洗濯の日には。


スージーがバルトリへ。


アデラは。


生け簀へ行く用事を。


妙に増やした。


レティも。


付き合う。


麗華は。


水槌ポンプ側の小さな商店が気に入ったらしく。


時々。


妖精たちと話している。


そして。


リーゼ。


朝。


点検表。


手。


止まる。


ノアが聞いた。


「どうしたの?」


「いや」


リーゼは。


水利設備一覧を見る。


水車。


バルトリ。


生け簀。


水槌ポンプ。


今まで。


設備名だけだった。


その横へ。


小さく。


書き足す。


『妖精集落あり。踏圧注意』


ノアが。


少し笑う。


リーゼが睨む。


「何だ」


「いや。住民になったんだなと思って」


「最初から住んでいただろう。小官たちが知らなかっただけだ」


それから。


リーゼは。


少し考え。


さらに。


一行。


追加した。


『設備修繕時、事前連絡』


ノアが言った。


「律儀だね」


「勝手に家を壊されたら、小官でも怒る」


遠く。


水槌ポンプ。


ばん。


さらに。


水車。


からん。


ことん。


バルトリ。


ごおお。


川辺。


妖精たちの歓声。


それぞれ。


別の音。


別の景色。


別の暮らし。


谷底には。


世界中から人間が落ちてきた。


文化も。


技術も。


食べ物も。


そして。


何故か。


水辺には。


誰の記憶でもないはずの故郷まで。


少しずつ。


増え始めていた。

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