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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
断章Ⅷ

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第百八十四話 ユニコーンも見ないよね?

キマイラが妊娠していた。


その事実が判明してから数日、館の住人たちの間では、巨大生物たちについて改めて話題になることが増えていた。


黒はいる。最近は妊娠中のキマイラのところへ足繁く通い、食べ物を運んだり、近くで寝そべったりしている。


鵺もいる。


ペガサスもいる。


キマイラは妊娠中なので、森の近くに作った寝床で休んでいる。


そして昼食後。


バルコニーで茶を飲んでいた麗華が、ふと顔を上げた。


「そういえば、ユニコーンも最近お見かけしませんわね?」


レティが首を傾げる。


「言われてみれば、拙者も見ていないでござる」


アデラも少し考えた。


「……そういや、いねえな」


ルヴァナが果物を食べながら、何でもないことのように答えた。


「生んだよ」


三人が止まった。


リーゼも止まった。


スージーの猫耳が、ぴん、と立った。


麗華がゆっくりルヴァナを見る。


「……何を?」


「子供」


「いつですの?」


「ちょっと前」


リーゼが勢いよく立ち上がった。


「待てえええええっ!」


ルヴァナが驚く。


「何!?」


「またか! 何故、小官の知らないところで四メートル級の巨大生物が次々と妊娠したり出産したりしている!」


ルヴァナは本気で不思議そうな顔をした。


「だって大尉、忙しそうだったし」


「報告しろ!」


「何の報告?」


「出産だ!」


「大尉に?」


リーゼが止まった。


確かに、自分へ報告する義務はない。


ルヴァナが首を傾げる。


「大尉、ユニコーンの上官じゃないよね?」


「違う……!」


リーゼはものすごく悔しそうだった。


スージーが笑う。


「そこは認めるのね」


「だが、共同生活圏周辺に存在する大型知性生物の個体数が増えたなら、管理上の情報として共有すべきだろう!」


ティセラが静かに茶を飲みながら言った。


「記録にはありますよ」


リーゼが教授を見る。


「教授!」


「はい」


「貴様も知っていたのか!」


「出産時にも立ち会いました」


リーゼは両手で頭を抱えた。


「また小官だけ知らない!」


スージーがそっと手を上げる。


「私も知らなかった」


リーゼが顔を上げた。


「スージー!」


猫耳が、ぴこ、と動く。


「今回は一緒ね」


「そういう意味ではない!」


         ◇


レティは、まだ別のところで混乱していた。


「ユニコーン殿は、雌だったのでござるか?」


ルヴァナが答える。


「うん」


「一人称が『僕』でござるが」


「女でも僕って言う人いるじゃん」


「……なるほど」


レティは自分の世界の常識を一つ脇へ置いた。


アデラはもっと単純な疑問を口にした。


「で、何が生まれた?」


「ユニコーン」


「普通だな」


妙な沈黙が落ちた。


全員がアデラを見る。


「何だよ」


リーゼが少し考えてから答えた。


「いや。この谷底で親がユニコーンで、子もユニコーンだったことに、小官も今ちょっと安心した」


スージーも頷く。


「分かる」


麗華も同意した。


「わたくしもですわ」


レティまで深く頷いた。


「親と同じものが生まれる。それだけで安心するようになってしまったでござる」


ルヴァナが笑う。


「みんな基準おかしくなってるって」


「貴様らに言われたくない!」


そこでアデラが、もう一つ気づいた。


「そういや、父親は?」


ルヴァナは即答した。


「黒」


また沈黙が落ちた。


今度は少し長かった。


リーゼがゆっくり聞き返す。


「……黒?」


「うん。黒との子」


麗華も目を瞬く。


「キマイラのお腹の子のお父様も、黒でしたわよね?」


「そうだよ」


アデラが森の方を見る。


「黒、二頭とも相手にしたのか」


ルヴァナが頷く。


「そういうこと」


レティが何とも言えない顔になる。


「黒殿、随分と……その……」


言葉を探している。


エヴァが代わりに言った。


「モテるんだな」


「そういうまとめ方でよいのでござるか!?」


ティセラが淡々と補足した。


「ユニコーンの子の父親が黒であることは確認しています。キマイラの妊娠についても、相手は黒です」


リーゼは額を押さえた。


「そこまで明確なのか……」


「はい」


スージーの猫耳が揺れる。


「今、黒はキマイラの世話をしてるのよね?」


「してるよ」


ルヴァナが答える。


「でも、ユニコーンの子の父親でもあるからね。別にキマイラだけの相手ってわけじゃないよ」


これでようやく、新しく来た三人にも関係が伝わった。


黒。


キマイラのお腹の子の父親。


そして、すでに生まれたユニコーンの子の父親でもある。


リーゼは遠い目をした。


「巨大生物の家族関係まで把握する必要が出てきたのか、小官は……」


スージーが笑う。


「大尉、自分から管理しようとしてるじゃない」


「共同生活圏だからだ!」


         ◇


結局、ユニコーンの親子を見に行くことになった。


もちろん押しかけない。


大声を出さない。


子供へ触れるのも、母親が許してから。


ティセラが先に念を押す。


「出産後の母子です。興味本位で囲まないようにしてください」


麗華が頷いた。


「当然ですわ」


レティも頷く。


「承知したでござる」


アデラも同じだった。


「遠くから見るだけでもいい」


リーゼはティセラを見る。


「教授」


「はい」


「今回は普通だな?」


ティセラが少し考える。


「何を基準に?」


「そういう返しをするな!」


         ◇


ユニコーンが休んでいたのは、林の外れにある陽当たりのよい開けた場所だった。


水場にも近い。


柔らかい草と土があり、暑ければすぐ木陰へ入れる。


その中央に、白い巨体が横たわっていた。


四メートル級のユニコーン。


以前は二メートル級の狼を普通に食べていた、あの巨大なユニコーンである。


今は驚くほど静かだった。


その腹の近くで、小さな白いものが動いた。


麗華の目が少し大きくなる。


「まあ……」


レティも思わず声を落とした。


「小さいでござるな」


アデラが横から言う。


「いや、俺たちから見れば、そこまで小さくねえぞ」


母親が四メートル級だから小さく見えるだけだった。


まだ幼いのに、人間の腰よりずっと高い。


長い脚。


真っ白な身体。


ふわふわした毛。


額には、まだ完全に硬くなっていない短く丸みのある角がある。


子ユニコーンは母親の腹へ鼻先を押しつけていた。


母ユニコーンがこちらを見て、目を細める。


「静かにね。まだ寝たばっかりだから」


全員が足を止めた。


レティが小声で返す。


「承知したでござる」


アデラも声を落とす。


「ああ」


麗華は自然に微笑んでいた。


「とても可愛らしいですわ」


ユニコーンは少し嬉しそうに答えた。


「でしょ?」


その言い方は、あまりにも普通の母親だった。


リーゼも思わず肩の力を抜く。


「……平和だ」


スージーが小さく笑った。


「大尉、感動してる?」


「悪いか」


「別に」


猫耳も穏やかに揺れていた。


リーゼは子供をしばらく眺めてから、母ユニコーンへ確認する。


「ところで、その子の父親は黒なんだな?」


ユニコーンは何でもないように頷いた。


「うん。黒との子だよ」


「本人からも確認が取れた……」


リーゼは妙なところで安心した。


母ユニコーンは続ける。


「黒、今はキマイラのところにいるでしょ?」


「ああ」


「お腹大きくなってきたから、あっちについてることが多いんだ」


リーゼは額を押さえる。


「なるほど。黒は自分の子を妊娠しているキマイラの世話をしつつ、こちらにはすでに生まれた自分の子がいる、と」


「そう」


非常に分かりやすい。


分かりやすいのに、情報量が多かった。


         ◇


子ユニコーンが目を覚ました。


ぱちりと目を開け、まず母親を見る。


次に周囲。


そして、見慣れない人間たち。


麗華を見る。


じっと見る。


麗華も見返す。


少しだけ手を上げた。


「こんにちは」


子ユニコーンは首を傾げる。


それから立とうとした。


脚がぐらつく。


母ユニコーンが身体を寄せて支える。


もう一度。


今度は立った。


レティが小さく声を漏らした。


「おお……」


アデラも感心する。


「強いな」


数歩歩く。


ふらつく。


止まる。


また歩く。


そして、麗華たちの方へ少しずつ近づいてきた。


母ユニコーンは止めない。


麗華がティセラを見る。


ティセラが小さく頷いた。


子供の方から近づいてきている。


なら、そのまま待つ。


子ユニコーンは麗華の前まで来ると、鼻先を伸ばした。


くん、くん、と匂いを嗅ぐ。


麗華は動かない。


そして子供は、麗華の袖へ鼻を押しつけた。


麗華の表情が完全に緩んだ。


「まあ……」


アデラが横からにやりとする。


「麗華、顔」


麗華の表情が一瞬で戻った。


「何ですの」


「いや」


レティも少し笑っている。


「麗華殿にも、そのようなお顔ができるのでござるな」


「できますわ!」


         ◇


その時、森の方からペガサスがやってきた。


白い翼。


優雅な巨体。


子ユニコーンを見るなり、翼を少し広げた。


「まあ! もう立てるようになったのでございますのね!」


母ユニコーンが答える。


「うん。まだふらふらだけどね」


ペガサスはものすごく嬉しそうだった。


「立派でございますわ!」


レティが横を見る。


「ペガサス殿も知っていたのでござるか」


「もちろんでございますわ」


「拙者には?」


「申し上げておりませんでしたか?」


「聞いていないでござる」


ペガサスは少し考えた。


「では今、申し上げましたわ」


「その理屈はおかしいでござる!」


リーゼが少し離れたところから声を上げた。


「珍しくレティがまともだ!」


「珍しくとは何でござる!」


         ◇


アデラが母ユニコーンへ聞いた。


「体調はどうだ?」


「大丈夫」


「食えてる?」


「食べてるよ。肉も」


リーゼの眉が少し動いた。


アデラは納得する。


「……まあ、そうだよな」


レティが子供を見る。


「子は?」


「まだ乳だよ」


全員が少し安心した。


レティも頷く。


「そうでござるか」


母ユニコーンは続ける。


「もう少ししたら、柔らかい肉からかな。野菜も食べさせるよ」


リーゼが目を開く。


「肉へ移るのが早くないか?」


「そう?」


ペガサスが上品に言う。


「成長期には、偏りのない食事が大切でございますもの」


リーゼがペガサスを見る。


「何故、神話上の聖獣二頭から妙に現実的な栄養論を聞かされているんだ、小官は」


ペガサスは当然のように答えた。


「健康は騎士道の基本でございますわ」


レティが力強く頷く。


「その通りでござる!」


リーゼが指差した。


「レティ、そちらへ行くな!」


         ◇


しばらく、皆で母子を眺めた。


子供は少し歩き、疲れると母親へ寄り添って寝る。


それだけだった。


変な声は出さない。


妙な汁も飛ばさない。


電気も出さない。


人間の身体の一部にも似ていない。


腹の内側から何かが突き破って出てくることもない。


ただ、母親と子供がいる。


リーゼはものすごく穏やかな顔になった。


「……普通だ」


スージーが横を見る。


「ユニコーンだけど」


「親と同じ種が生まれて、母親が子供を世話している。父親も黒だとはっきりしている。十分普通だ」


ティセラが言う。


「黒とユニコーン、黒とキマイラという異種間で、どの程度父系形質が――」


リーゼが即座に止めた。


「今日は研究の話をするな」


「まだ途中ですが」


「教授の顔で分かる!」


         ◇


帰り道。


麗華は何度か後ろを振り返っていた。


レティが気づく。


「気に入ったのでござるか?」


麗華は少し間を置いて答える。


「……可愛らしかったですわ」


アデラが笑う。


「抱きたかった?」


「そんなことは……」


麗華は少し考えた。


「母親の許可があれば、少しくらいは」


「抱きたいんじゃねえか」


「うるさいですわ!」


ルヴァナが笑い始める。


「麗華、めっちゃ普通に好きじゃん」


「可愛らしいものを可愛らしいと言って何が悪いのです!」


リーゼはそんな三人を見ながら、少しだけ安心していた。


キマイラは妊娠中。


その父親は黒。


ユニコーンはすでに出産済み。


その子供の父親も黒。


巨大生物たちにも、それぞれ生活と関係がある。


館へ毎日来るわけではない。


姿を見ないからといって、何か事件が起きているとは限らない。


リーゼはそこまで考えて、ふと足を止めた。


「待て」


スージーが振り返る。


「何?」


リーゼは指を一本立てる。


「黒は今、キマイラと、その腹にいる自分の子の世話をしている」


二本目。


「ユニコーンは、黒との間に生まれた子を育てている」


三本目を立てかけて、周囲を見る。


「では、他に最近見ていない奴はいないだろうな?」


全員が少し考えた。


沈黙。


リーゼの顔がだんだん不安になる。


「おい」


ルヴァナが、何かを思い出したような顔をした。


リーゼが即座に指差す。


「その顔をするな!」


「いや」


「何だ!」


「ちょっと思い出しただけ」


「何を!」


ルヴァナは少し笑った。


「また今度」


リーゼの声が森へ響いた。


「今言ええええええっ!」

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