第百八十二話 土俵では体格差も技術で埋めます
館の前に。
丸いものができた。
土。
固めた地面。
その上へ引かれた円。
屋根付きの食事用バルコニーから。
ちょうどよく見える位置だった。
朝食の後。
麗華は。
茶を飲みながら。
それを見ていた。
「……あちらは、何ですの?」
シズクが答える。
「土俵です」
「どひょう?」
「相撲を取る場所です」
麗華は。
さらに見る。
円。
それだけ。
「そこで何を?」
「押したり、投げたりして、相手を外へ出すのです」
アデラが。
すぐ反応した。
「面白そうだな」
ルヴァナも。
「やる!」
エヴァは。
もう立っていた。
「俺も」
リーゼが。
三人を見る。
「待て」
一拍。
「何故、そういう話だけ即座に参加者が決まる」
スージーの猫耳が揺れる。
「分かりやすい三人だからじゃない?」
エヴァ。
力。
ルヴァナ。
力。
アデラ。
騎士。
リーゼは。
土俵を見る。
次に。
エヴァを見る。
「……勝負になるのか?」
アデラも。
エヴァを見上げた。
約二メートル。
筋肉。
肩幅。
腕。
脚。
全部。
大きい。
対するアデラ。
普通の成人女性としては。
鍛えられている。
だが。
大きさが。
違う。
アデラは。
少しだけ。
口元を上げた。
「正面から押し合わなきゃいい」
エヴァも笑った。
「いいな」
ルヴァナも。
拳を握る。
「そういうの燃える!」
リーゼは。
嫌そうに言った。
「何故、全員楽しそうなんだ」
◇
土俵を作ったのは。
ノア。
シズク。
それから。
暇を持て余した何人か。
地面を均し。
土を締め。
円を作る。
周囲には。
少し余裕を取る。
バルコニーからは。
全体がよく見える。
食事をしながらでも。
観戦できる。
ノアは。
風向きを見ながら。
いつものように。
同じバルコニーの中で。
少し離れた席。
「土俵、もう少し遠い方がよかったかな」
リーゼが答える。
「いや。砂埃がこちらまで来ないなら、この距離でいい」
エヴァが。
土俵へ上がる。
「シズク」
「はい」
「ルール」
シズクが。
少し考えた。
「簡単にします」
土俵の外へ出る。
負け。
足の裏以外。
手。
膝。
背中。
尻。
身体のどこかが地面へつく。
負け。
殴る。
蹴る。
なし。
目。
喉。
急所。
危険な関節攻撃。
なし。
「投げるのは?」
アデラが聞く。
「はい」
「足を掛ける?」
「危険でなければ」
「組みつく?」
「はい」
アデラが。
完全に。
騎士の顔になった。
「なるほど」
ルヴァナも。
肩を回す。
「姉ちゃん、見ててね」
ネイラが。
バルコニーから答える。
「怪我しない程度にね」
「余裕余裕」
アスラが言った。
「そう言う奴ほど飛ぶぞ」
クロエも。
「記録しておこう」
ルヴァナが振り返る。
「何の!?」
「敗北映像」
「クロエ母さん!」
◇
最初。
ルヴァナ対アデラ。
二人。
土俵へ。
ルヴァナ。
大きい。
アデラより。
頭半分以上。
身体も。
厚い。
腕。
太い。
脚。
強い。
アデラは。
少し低く構えた。
ルヴァナが笑う。
「アデラ、正面から来る?」
「行くわけねえだろ」
「だよねー」
シズクが。
二人の間を見る。
「では」
少し間。
「始め!」
ルヴァナ。
前。
速い。
見た目以上に。
一気に距離を詰める。
アデラは。
受けない。
横。
半歩。
ずれる。
ルヴァナの手が。
肩を捕まえようとする。
アデラ。
腕を取る。
引く。
身体を。
回す。
ルヴァナの勢いを。
そのまま。
前へ。
「うおっ!?」
一歩。
二歩。
土俵際。
だが。
ルヴァナ。
踏ん張る。
足。
止まる。
腰。
捻る。
アデラの腕ごと。
持ち上げる。
「重っ!」
「そっちが軽い!」
アデラが。
即座に。
手を離す。
後ろ。
離れる。
バルコニー。
リーゼが。
少し身を乗り出す。
「ほう」
スージー。
「大尉、楽しんでる?」
「技術を見ている」
「楽しんでる顔よ」
土俵。
二人。
再び。
構える。
今度は。
ルヴァナが慎重。
「さっきの、投げる気だった?」
「そりゃな」
「体格差あるのに?」
「だからだ」
アデラが。
足を見る。
腰を見る。
肩を見る。
「でかい奴を腕だけで投げるわけじゃない」
一歩。
「崩す」
もう一歩。
「足を動かす」
さらに。
「重心をずらす」
ルヴァナ。
笑う。
「いいじゃん」
突っ込む。
今度は。
フェイント。
右。
左。
アデラが。
読み違える。
肩。
掴まれる。
「捕まえた!」
押す。
アデラ。
下がる。
一歩。
二歩。
土俵際。
だが。
そこで。
腰を落とす。
ルヴァナの腕。
内側。
潜る。
身体。
回る。
ルヴァナの上体が。
前へ。
崩れる。
「ちょっ!」
アデラ。
脚を。
引っ掛ける。
ルヴァナ。
浮く。
だが。
倒れない。
空いた手。
地面へ。
つきかける。
止める。
腹筋。
背筋。
力だけで。
身体を戻す。
アデラが叫ぶ。
「そこから戻るのかよ!」
ルヴァナも。
「忍者なめんな!」
今度は。
アデラを。
腰から。
押し返す。
二人。
もつれる。
足。
土俵際。
そして。
同時。
外。
シズクが。
見る。
「……同時ですね」
二人。
止まる。
ルヴァナ。
「引き分け?」
アデラ。
「もう一回」
「やる!」
リーゼが。
バルコニーから叫ぶ。
「休め!」
◇
二回目。
アデラ。
勝ち。
ルヴァナの力を。
横へ流して。
足を払う。
ルヴァナ。
土。
手。
つく。
三回目。
ルヴァナ。
勝ち。
今度は。
アデラに考える時間を与えず。
真正面。
速さ。
力。
押し切る。
四回目。
また。
長い。
押す。
引く。
回る。
崩す。
踏ん張る。
最後。
両方。
土俵外。
リーゼが言った。
「同等だな」
クロエも。
「現時点では」
アスラ。
「力はルヴァナ」
ネイラが。
続ける。
「技術と経験の使い方はアデラ」
アデラが。
肩で息をしながら。
ルヴァナを見る。
「お前、力だけじゃねえな」
ルヴァナも。
笑う。
「アデラもね」
拳。
こつん。
二人。
合わせる。
リーゼが。
少し笑った。
スージーが。
すぐ見る。
「大尉」
「何だ」
「今、いい顔してた」
「試合内容を評価しただけだ!」
◇
そして。
エヴァ。
土俵へ。
アデラ。
ルヴァナ。
二人が。
同時に。
顔を上げる。
エヴァは。
何もしていない。
ただ。
立っただけ。
なのに。
でかい。
アデラが言った。
「……やっぱりお前だけ別だろ」
エヴァが笑う。
「来いよ」
ルヴァナも。
少し引きつる。
「師匠、相撲でもそれ?」
「それって何だ」
「身体」
「俺の身体はどこでもこれだ」
リーゼが。
遠くから。
「当然のことを言っているのに腹立たしい!」
まず。
ルヴァナ。
シズク。
「始め!」
ルヴァナ。
最初から。
全力。
低く。
腰。
入る。
エヴァの胸元。
ではなく。
腹。
押す。
「うおおおおおっ!」
エヴァ。
動かない。
ルヴァナの脚。
土。
削る。
「……っ!」
さらに。
押す。
エヴァ。
一歩。
下がった。
ルヴァナの目。
輝く。
「動いた!」
エヴァも。
笑う。
「やるじゃねえか」
次の瞬間。
エヴァの手。
ルヴァナの肩。
腰。
ほんの少し。
回す。
「え」
ルヴァナ。
身体。
浮く。
「うわあああっ!」
ぽすん。
土俵外。
着地。
立ったまま。
だが。
完全に。
外。
静か。
ルヴァナが。
エヴァを見る。
「……今の何」
「押した」
「押してない!」
「ちょっと持った」
「持ってんじゃん!」
エヴァが笑う。
「次」
アデラが。
土俵へ。
◇
アデラは。
最初から。
正面へ行かなかった。
エヴァの周囲。
ゆっくり。
回る。
エヴァが。
目だけで追う。
アデラが言った。
「押し合いじゃ勝てねえ」
「ああ」
「持ち上げられても終わる」
「そうだな」
「なら」
一瞬。
入る。
腕。
取る。
肘。
肩。
腰。
全部。
一直線にせず。
エヴァの身体を。
斜めへ。
崩す。
エヴァの足。
半歩。
動く。
バルコニー。
ネイラが。
少し前へ。
「上手い」
麗華も。
「体格差を真正面から受けておりませんのね」
鵺が。
隣で。
優雅に。
「まあ。力比べではなく、立ち位置そのものを崩していらっしゃるのですわね」
麗華が。
鵺を見る。
「お分かりになりますの?」
「わたくしも身体を使いますもの」
その横。
キマイラ。
尻尾の蛇が。
欄干の方まで。
にょろ。
伸びてくる。
「わたくしでしたら、脚へ絡みついてしまいますわ」
麗華が。
即座に。
「それは反則ではなくて?」
蛇尾。
「あら。やはり?」
鵺が。
上品に。
「土俵では、持っているものを全て使えばよいというわけではございませんのね」
麗華も。
「規則の中で勝つからこそ、勝負なのでしょう」
蛇尾。
「難しゅうございますわ」
三人。
揃って。
土俵を見る。
麗華。
鵺。
蛇。
妙に。
会話が。
優雅だった。
リーゼが。
少し離れたところから。
三人を見る。
「……何だ、あの一角」
スージーの猫耳が動く。
「お嬢様席?」
「鵺と蛇まで!?」
◇
土俵。
アデラ。
エヴァ。
アデラは。
何度も。
崩す。
足。
腰。
肩。
エヴァの重心を。
一か所へ置かせない。
エヴァも。
少しずつ。
動かされる。
一歩。
半歩。
また。
一歩。
リーゼが。
本気で感心する。
「効いている」
スージー。
「勝てそう?」
リーゼが。
首を振る。
「いや」
その瞬間。
エヴァの腕。
アデラの身体。
捕まえる。
アデラ。
逃げる。
だが。
遅い。
「くっ!」
エヴァ。
そのまま。
前へ。
一歩。
二歩。
アデラは。
足を掛ける。
腰。
捻る。
エヴァの身体を。
横へ。
崩そうとする。
一瞬。
エヴァの上体。
傾く。
アデラの目。
開く。
「取った!」
エヴァ。
にや。
足。
一本。
踏む。
地面。
どん。
そこで。
止まった。
アデラ。
「……嘘だろ」
エヴァが。
普通に。
姿勢を戻す。
そして。
アデラを。
土俵の外へ。
押し出した。
アデラ。
尻餅。
土。
見上げる。
エヴァ。
「いい線だった」
アデラが。
しばらく。
何も言わない。
そして。
笑った。
「次は倒す」
「やってみろ」
リーゼが。
結果を書き込む。
「エヴァ、一強」
ルヴァナが。
横から覗く。
「その書き方ひどくない?」
「事実だ」
アデラも。
「悔しいが、今はそうだな」
エヴァ。
「今は?」
アデラが。
立ち上がる。
「ずっとだと思うなよ」
ルヴァナも。
「うちも!」
エヴァが。
楽しそうに。
笑った。
「おう」
◇
その頃。
バルコニーの。
反対側。
ペガサスと。
レティが。
土俵を見ていた。
ペガサスは。
白い翼を。
綺麗に畳んでいる。
姿だけなら。
神聖。
優雅。
麗しい。
レティも。
巫女装束。
腰に刀。
姿勢。
真面目。
二人だけ見れば。
絵になる。
ペガサスが言った。
「騎士とは、己より強き者へ挑んでこそでございますわ」
レティが。
深く頷く。
「その通りでござる」
「たとえ敗北が見えていようとも」
「退かぬ」
「恐怖があろうとも」
「進む」
「名誉のため」
「己の信念のため」
二人。
見つめ合う。
そして。
力強く。
頷いた。
リーゼが。
遠くから。
少し感動しかける。
「……意外とまともな――」
ペガサス。
「ですので、わたくしも一度、エヴァ様へ騎乗していただいて勝負を」
レティが言う。
「拙者もペガサス殿へ乗り、馬上よりエヴァ殿へ挑めば」
リーゼ。
「相撲の話をしろ!」
二人。
同時に。
振り向く。
レティが言った。
「しかし騎士道とは」
「土俵へ馬で上がるな!」
ペガサスが。
少し不満そうに。
「わたくしは馬ではなくペガサスでございますわ」
「そこではない!」
レティも。
「では拙者が騎乗せず、ペガサス殿だけが――」
「もっと駄目だ!」
ペガサス。
四メートル級。
土俵。
完全に。
壊れる。
リーゼが叫ぶ。
「何故、騎士道を語り始めると最終的に突撃になる!」
レティが。
真顔で。
「騎士ではなく侍でござるが」
「さらにややこしくするな!」
ペガサスが。
レティを見る。
「レティ殿。わたくしたちは、理解されにくいようですわね」
「志ある者の宿命でござる」
「やかましい!」
リーゼの声が。
土俵まで響いた。
◇
午後。
勝負は。
まだ続いていた。
ルヴァナ。
アデラ。
何度やっても。
勝ったり。
負けたり。
引き分けたり。
力なら。
ルヴァナ。
体格も。
ルヴァナ。
だが。
アデラは。
足。
腰。
体重移動。
相手の力。
全部。
使う。
ルヴァナも。
何度も投げられれば。
学ぶ。
正面から行かない。
フェイント。
速度。
忍者の身体操作。
使う。
差。
埋まる。
また。
開く。
また。
埋まる。
互角。
そして。
エヴァへ。
順番に。
挑む。
ルヴァナ。
負け。
アデラ。
負け。
もう一度。
ルヴァナ。
負け。
アデラ。
負け。
リーゼが。
記録を見る。
「綺麗だな」
スージーが聞く。
「何が?」
「エヴァの勝率」
全部。
勝ち。
エヴァが。
遠くから。
「当然だろ」
リーゼが叫ぶ。
「聞こえていたのか!」
エヴァ。
「もっと来い!」
ルヴァナ。
「次!」
アデラ。
「その次、俺!」
リーゼは。
頭を抱えた。
「体力が余りすぎだ!」
ノアが。
少し離れた席で。
笑っている。
「いい運動にはなってるね」
シズクも。
茶を入れながら。
「土俵を作ってよかったです」
麗華が。
お嬢様席から。
優雅に。
「見ている方も面白いですわ」
鵺も。
「ええ。次はお茶菓子も用意いたしましょう」
蛇尾も。
「賛成ですわ」
リーゼが。
三人を見る。
「完全に観戦席を作る気だな?」
麗華は。
涼しい顔。
「せっかくバルコニーから見えますもの」
一方。
ペガサス。
「次回は槍を持ち込みましょう」
レティ。
「拙者は木刀ならば安全かと」
リーゼが。
そちらへ。
振り向く。
「貴様らは何の競技をするつもりだ!」
土俵。
エヴァ。
ルヴァナ。
アデラ。
バルコニー。
麗華。
鵺。
蛇尾。
反対側。
ペガサス。
レティ。
それぞれ。
妙に。
気の合う者が。
集まり始めていた。
新しく作られた土俵は。
その日のうちに。
館の新しい娯楽施設になった。
そして。
初日の順位だけは。
誰が見ても。
明確だった。
エヴァ。
一強。
ルヴァナとアデラ。
互角。
ただし。
二人とも。
次は勝つと言っていた。
エヴァは。
それを聞いて。
一番。
楽しそうに笑っていた。




