第百八十話 羽毛と卵と悲鳴
「新種が三種見つかりました」
朝食の後。
ティセラがそう言った瞬間。
リーゼは。
しばらく。
何も言わなかった。
スージーの猫耳が。
ぴくりと動く。
「大尉?」
「教授」
「はい」
「一種ずつにしてくれないか」
「発見されたものは三種ですので」
「そういう意味ではない!」
ティセラは。
記録板を開いた。
「一種は衣料資源として有望です」
リーゼの顔が。
少しだけ。
まともになる。
「衣料?」
「羽毛です」
「羽毛」
「はい」
「鳥か?」
ティセラは。
少し考えた。
「バロメッツ類と思われます」
リーゼは。
目を閉じた。
「もう鳥ではないな」
スージーが笑う。
「でも羽毛なんでしょ?」
「そうなんだろうな」
「次は?」
「卵です」
リーゼが。
目を開いた。
「卵」
「はい」
「木か?」
「木です」
「やはりな」
以前なら。
ここで叫んでいた。
今は。
予想できる。
それが。
少し悲しかった。
「三つ目は?」
ティセラが答えた。
「第五です」
リーゼの顔が。
完全に曇った。
「帰っていいか」
「まだ出発していません」
◇
最初。
羽毛。
場所は。
館から少し離れた水辺だった。
流れの緩い川。
岸辺には葦のような植物が生え。
ところどころ。
浅瀬が広がっている。
ぬかるんだ水際。
そこから。
「ガァ」
声。
リーゼが足を止める。
もう一度。
「ガァ、ガァ」
スージーの猫耳が立った。
「ガチョウっぽい」
「そう聞こえるな」
リーゼは。
少し嬉しそうだった。
「メーの次はガァか」
ティセラが水際へ向かう。
全員も続く。
そして。
見えた。
ガチョウ。
白い羽。
長い首。
嘴。
翼。
脚。
水辺を歩いている。
ように見える。
「ガァ」
一羽。
浅瀬へ首を伸ばす。
嘴で。
水草のようなものをついばむ。
もう一羽。
水面へ腹を浮かべる。
ぱしゃ。
ぱしゃ。
翼。
開く。
ぱたぱた。
どこから見ても。
ガチョウだった。
リーゼの顔が。
明るくなる。
「教授」
「はい」
「ガチョウだ」
「ガチョウ状ですね」
「今度こそ普通では?」
ティセラが。
ガチョウの腹の下を指した。
リーゼが見る。
そこ。
水面の下。
太い。
柔軟な茎。
腹の下から伸び。
浅瀬の泥へ。
続いている。
さらに。
水中。
根。
あるいは地下茎のようなものが。
岸辺へ。
広がっている。
リーゼは。
黙った。
ガチョウ状部分が。
少し沖へ進もうとする。
茎。
ぐにーっ。
伸びる。
一定のところで。
止まる。
「ガァ」
諦める。
岸側へ戻る。
スージーが言った。
「水辺のバロメッツね」
ティセラが頷く。
「その可能性が高いです」
リーゼは。
しばらく。
見ていた。
そして。
「……まあ」
スージーが見る。
「大尉?」
「バロメッツだな」
「受け入れた」
「羊が植物から生える」
一本。
「虫が植物から生える」
二本。
「なら、水辺にガチョウが生えていても」
三本。
リーゼは。
深く頷いた。
「系統としては一貫している!」
ノアが。
少し遠い目をした。
今日も。
エヴァ。
シズク。
ノア。
何人かが同行している。
服の材料として使える可能性があるためだった。
水際の成熟個体。
白い羽。
特に。
胸から腹。
翼の内側。
柔らかい羽毛が。
大量に生えている。
一部は。
自然に抜け。
水面へ。
ふわ。
浮かんでいる。
シズクが。
岸へ流れ着いた羽毛を拾う。
「柔らかいです」
軽い。
細かい。
指先で押す。
ふわ。
戻る。
ティセラが説明する。
「成熟個体では、一定時期になると外側の羽毛と内部の柔らかな羽毛が抜け替わります。自然脱落したものを採取できます」
リーゼも。
一つ。
確認する。
「保温性は?」
「高いです」
「重量」
「羊毛よりかなり軽いですね」
「水を吸った場合は?」
スージーが答える。
「乾燥させれば戻りは良かったわ」
リーゼの目が。
完全に。
技術者へ変わる。
「冬用上着の中綿」
「使えると思います」
「布団」
「かなり向いています」
「枕」
「使えますね」
シズクも。
嬉しそうだった。
「人数が増えましたから、寝具に使えるのは助かります」
リーゼが。
力強く。
頷く。
「優秀だ」
スージーが。
猫耳を動かした。
「味もいいしね」
リーゼが止まった。
「今」
一拍。
「何と言った」
「味もいい」
リーゼが。
ゆっくり。
エヴァを見る。
エヴァが笑う。
「食えるぞ」
「もう食ったのか」
「ああ」
シズクも。
「試食済みです」
ティセラも。
「毒性と異常反応を確認した後、食味試験を行いました」
リーゼは。
三人を見る。
「また貴様らか」
エヴァ。
シズク。
ティセラ。
谷底において。
未知の食べ物を前にした時。
最も躊躇しない側の三人。
リーゼが聞く。
「それで」
嫌な予感。
「何味だ」
エヴァは即答した。
「タラバガニ」
沈黙。
水辺。
「ガァ」
リーゼが。
ガチョウ状部分を見る。
「ガチョウだぞ」
「形はな」
「植物だぞ」
「根元はな」
「水草みたいに水辺へ生えているぞ」
「そうだな」
「なのに」
リーゼが。
頭を抱えた。
「何でタラバガニなんだ!」
ティセラが答える。
「バロメッツ類の可食部には、甲殻類系の食味を示す傾向があります」
リーゼが。
教授を見る。
「傾向?」
「はい」
「羊型が蟹」
「はい」
「綿雲虫が海老」
「はい」
「ガチョウ型がタラバガニ」
「はい」
スージーの猫耳が。
ぴん。
「なら」
リーゼが。
嫌な顔をする。
スージーは続けた。
「別種を探せば、伊勢海老とか甘エビみたいな味も期待できる?」
ティセラの目が。
少し。
輝いた。
「十分あり得ます」
リーゼが即座に言った。
「教授、探索計画を立てるな!」
「まだ何も」
「顔で分かる!」
エヴァが水辺を見る。
「伊勢海老味がいたら食いてえな」
シズクも。
少し考える。
「甘エビもよいですね」
リーゼが叫ぶ。
「食いたい味から未知種を探すな!」
ガチョウバロメッツ。
「ガァ」
水面。
ぱしゃ。
リーゼは。
しばらく。
その姿を見る。
そして。
水面に浮く羽毛を見る。
「……羽毛は取る」
スージーが笑う。
「そこは使うのね」
「使える資源を捨てる理由がない!」
◇
二種目。
こちらは。
もっと。
穏当だった。
少なくとも。
最初は。
小さな木。
細い枝。
そこへ。
房。
いくつも。
垂れている。
房の中。
小さな。
斑点のある卵状果実。
一つ一つ。
ウズラの卵ほど。
リーゼが。
しばらく。
見る。
「……鶏の木の小型版?」
ティセラが答える。
「少し違います」
房。
色。
異なる。
一つの木に。
何色もの房。
それぞれ。
まとまっている。
レティ。
アデラ。
麗華も。
今回は同行していた。
新しい食材を見ると聞いて。
来たのである。
レティが。
房を覗く。
「本当にウズラの卵に見える」
アデラも。
「小さいな」
麗華は。
少し慎重だった。
「鳴きませんの?」
リーゼが。
麗華を見る。
「いい質問だ」
ティセラ。
「現在、発声は確認されていません」
三人。
少し。
安心。
リーゼも。
「素晴らしい」
スージーが聞く。
「大尉、まだ中身を聞いてないわよ」
「卵だろ?」
ティセラが。
色の違う房を指した。
「房の色によって、中身の状態が異なります」
リーゼが。
止まった。
「状態?」
シズクが。
既に採取済みのものを。
籠から出す。
一つ。
割る。
小さな器。
生卵。
普通。
レティ。
「生」
「はい」
別の房。
殻を剥く。
ゆで卵。
アデラ。
「もう茹でてある?」
「はい」
次。
塩気。
塩漬けゆで卵。
麗華が。
一つ食べる。
「……ちょうどよい塩加減ですわ」
さらに。
醤油漬けゆで卵。
表面。
茶色。
中まで。
少し味が染みている。
アデラが。
一つ。
「酒に合いそうだな」
リーゼが。
ゆっくり。
顔を上げる。
「木の中で誰が漬けた」
ティセラ。
「植物です」
「そういう意味ではない!」
そして。
最後の房。
シズクが割る。
器。
小さな卵黄。
卵白。
さらに。
白い。
粘り。
とろ。
レティが言う。
「何か混じっておる」
シズクが。
箸で混ぜる。
ねば。
ティセラが言った。
「ヤマノイモ類に近い粘質物です」
麗華が聞く。
「つまり?」
「とろろ入り生卵です」
沈黙。
リーゼが。
木を見る。
「待て」
生。
ゆで。
塩漬け。
醤油漬け。
とろろ入り。
「木一本で?」
「はい」
「加熱まで?」
「はい」
「漬け込みまで?」
「はい」
「とろろまで?」
「はい」
リーゼは。
両手で。
顔を覆った。
「料理人の仕事を植物が奪うな!」
シズクが。
少し笑った。
「でも便利ですよ」
「便利だ!」
即答。
リーゼは。
ウズラ卵の木を見る。
「非常に便利だ!」
スージーが笑う。
「認めるの早い」
「朝食へ使える!」
ゆで卵。
「携帯食にもなる!」
塩漬け。
「酒の肴!」
醤油漬け。
「飯!」
とろろ入り。
「全部使える!」
アデラが。
ゆで卵をもう一つ取る。
「これなら俺でも料理できるな」
麗華が。
少し笑う。
「殻を剥いておりますだけですわ」
レティも。
塩漬けを食べる。
「冒険中に欲しいでござる」
リーゼが言った。
「だろう!」
また。
何故か。
自分の発見のように。
誇らしげだった。
ティセラが。
静かに。
「採取量を増やす場合は生育状況を確認してからです」
リーゼが。
即座に。
管理側へ戻る。
「そうだ。取り尽くすな。房ごとの成熟周期も記録する」
スージーが。
猫耳を揺らす。
「急に大尉」
「資源は管理してこそ資源だ!」
三人の新人も。
もう。
驚くより。
どの房が美味しいか。
選び始めていた。
リーゼが。
それを見る。
「……適応が早い」
スージーが肩を叩く。
「大尉が育てた」
「小官は育てていない!」
◇
そして。
三種目。
第五。
三人の新人は。
今回は連れていかなかった。
新種確認。
管理登録直後。
必要以上に人数を増やさない。
ティセラ。
リーゼ。
スージー。
エヴァ。
シズク。
いつもの。
食べることへの抵抗が少ない面々。
防護服。
長靴。
手袋。
濾過具。
警報器。
棒。
第五へ。
赤杭。
風向。
オホ声粒子濃度。
確認。
その奥。
「ひっ……ひっ……ふぅー……」
リーゼが。
立ち止まる。
「聞こえる」
スージーも。
「聞こえるね」
「ひっ……ひっ……ふぅー……」
リーゼは。
嫌そうに。
「何度聞いても、出産前の呼吸にしか聞こえん」
ティセラが答える。
「通常時の音響です」
「通常時にラマーズ法みたいな音を出すな」
木。
見える。
外見。
意外なほど。
普通。
葉。
枝。
幹。
ただし。
太い枝の内部。
黄色い。
丸いもの。
いくつも。
形成されている。
キンカン。
成熟した雌鶏の体内にある。
殻。
卵白。
それらに包まれる前。
卵黄だけの状態。
そのような。
黄色い球。
枝の中。
育つ。
リーゼが言う。
「この説明だけなら、かなり変だが」
一拍。
「食材としては理解できる」
エヴァが答えた。
「美味いぞ」
「知ってる」
シズクも。
「煮ても焼いても合います」
「それも聞いた」
ティセラが。
記録を見る。
「さらに」
リーゼが。
嫌な顔。
「何だ」
「個体差ではなく、複数の型があることが分かりました」
「型?」
「排出時の悲鳴が異なります」
リーゼ。
「……悲鳴」
ティセラ。
「そして、悲鳴の種類とキンカンの状態が対応します」
長い。
沈黙。
スージーが。
先に。
「つまり?」
ティセラが答える。
「声を聞けば、味が分かります」
リーゼが。
頭を抱えた。
「何でそうなる!」
◇
最初。
生。
木。
「ひっ……ひっ……ふぅー……」
枝。
少し。
膨らむ。
中の黄色い球。
移動。
「ひっ、ひっ、ひっ……ふぅぅぅ……!」
枝。
内側から。
押される。
ぐぐ。
まるで。
枝の腹の中へいる何かが。
内側から。
外皮を押し破ろうとしている。
そして。
「ぎゃああああああっ!」
ぱかっ。
ぽと。
黄色いキンカン。
シズクが。
器へ。
確認。
「生ですね」
リーゼが言った。
「普通の悲鳴が生なのか」
スージー。
「普通の悲鳴って何」
「比較の問題だ!」
次。
別の木。
「ひっ……ひっ……ふぅー……」
膨らむ。
さらに。
枝全体。
ぶるぶる。
そして。
低く。
長い。
「ぐぎゃああああああああああっ!」
ぽと。
エヴァが。
少し鼻を動かす。
「味噌」
シズクも。
「味噌漬けですね」
リーゼが。
黄色い球を見る。
「枝の中で味噌漬けにするな」
ティセラ。
「味噌に近い発酵調味物質と思われます」
「結果が味噌なら同じだ!」
次。
震えるような悲鳴。
「ぎゃっ、ぎゃあああああああっ!」
ぽと。
甘い。
醤油系。
煮付け。
シズクが。
少量。
味見。
「甘辛煮付けですね」
エヴァが言う。
「飯」
リーゼ。
「すぐ飯を要求するな!」
最後。
乾いた。
鋭い。
「ぎゃあああああああっ!」
その直後。
枝の中。
ぱち。
ぱちぱち。
ぽと。
表面。
少し締まる。
香ばしい。
塩気。
リーゼが。
ゆっくり。
「……塩焼き?」
「はい」
ティセラが頷く。
「確認済みです」
リーゼは。
四本を見る。
生。
味噌漬け。
甘辛煮付け。
塩焼き。
全部。
木。
全部。
卵黄。
そして。
全部。
排出時。
まるで。
腹の中側から。
別の怪物が。
無理矢理。
腹を破って出てくるような。
悲鳴。
遠く。
「ひっ……ひっ……ふぅー……」
リーゼが言った。
「教授」
「はい」
「これ」
一拍。
「現場で悲鳴を聞き分けて収穫することになるのか?」
「最も簡単な識別方法ではあります」
リーゼの顔が。
絶望した。
「『今のは味噌漬けだ』とか言うのか」
ティセラ。
「そうなります」
スージーが。
笑い始める。
「便利ね」
「便利と言うな!」
エヴァが。
別の木を見る。
「俺、甘辛のやつ欲しい」
シズクも。
「私は味噌漬けを少し」
リーゼ。
「もう使いこなすな!」
ティセラまで。
「私は生を追加採取したいですね。成分比較を」
リーゼが。
教授を見る。
「貴様は研究だろ!」
「はい」
「そこだけは安心した!」
◇
館。
夕方。
今日の記録。
新種。
三。
一。
ガチョウバロメッツ。
水辺性バロメッツ類。
川辺。
池畔。
湿地。
浅瀬。
水辺環境へ根を張る。
成熟したガチョウ状部分から。
高品質羽毛。
軽量。
高保温。
衣類。
寝具。
極めて有用。
可食部。
タラバガニ様。
食味良好。
二。
ウズラの卵の木。
房色によって。
生。
ゆで卵。
塩漬けゆで卵。
醤油漬けゆで卵。
とろろ入り生卵。
食味。
良好。
保存。
携帯食。
調理省力化。
極めて有用。
三。
キンカンの木。
第五管理区域。
通常時。
「ひっ……ひっ……ふぅー……」
枝内部。
卵黄状可食部。
排出時。
内側から腹を破られるような激しい悲鳴。
悲鳴の種類により。
生。
味噌漬け。
甘辛煮付け。
塩焼き。
識別可能。
全種。
食味良好。
リーゼは。
記録板を。
最後まで読んだ。
そして。
机へ置く。
「教授」
「はい」
「三種とも」
「はい」
「非常に有用だな」
「そうですね」
「ガチョウバロメッツ」
「衣料資源兼食料資源です」
「ウズラ卵」
「食料資源です」
「キンカン」
「食料資源です」
リーゼは。
深く息を吐いた。
「谷底は」
一拍。
「何故、頭がおかしいものほど性能がいいんだ」
ティセラが。
少し考えた。
スージーが。
先に言う。
「生存戦略?」
リーゼが。
勢いよく振り向いた。
「今日はそれを言うな!」
その時。
遠く。
第五の方角から。
かすかに。
「ひっ……ひっ……ふぅー……」
リーゼの眉が。
ぴくっ。
そして。
「ぐぎゃああああああああああっ!」
一瞬。
静か。
シズクが。
夕食の準備をしながら言った。
「今のは味噌漬けですね」
エヴァが答える。
「取っといてくれ」
リーゼが。
机を叩いた。
「もう聞き分けるなあああああっ!」
三種の新種は。
その日のうちに。
衣料資源と。
食料資源として。
正式に管理対象へ追加された。




