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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第三章 世界壁Ⅰ

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第十八話 世界壁の底で、私もこうして助けられた

治療がひと通り終わると、エヴァは真っ先に館の戸という戸を開け放った。


「シズク。そっちの窓も開けろ」


「……はい」


「返事だけじゃなくて動け。聖者のが籠もってる」


「何がですか」


「フェロモンだか何だか知らんが、あれだ。さっさと外へ追い出せ」


大広間へ風が抜ける。


外から入ってきた冷たい空気が、長いあいだ籠もっていた熱を少しずつ押し流していった。


ノアはすでに服を着直している。


エヴァも新しい下着と衣服へ着替えながら、何事もなかったように動いていた。


一方。


シズクは着替えだけは済ませたものの、床へ座り込んだままだった。


膝を揃え。両手を腿の上へ置き。ぼんやりと虚空を見ている。


エヴァが横目で見る。


「おい」


「……はい」


「生きてるか?」


「生きています」


「なら窓」


「少し待ってください」


「十二日前はあれだけ聖者を怖がってた奴がなあ」


シズクの眉がぴくりと動く。


「何ですか」


「いや別に」


エヴァは笑いを堪える気もない。


「オーガの影響ってのは怖いなと思ってな」


「……そうですね」


「右手まで使ってたし」


シズクの顔が一気に赤くなった。


「忘れてください!」


「無理だろ。目の前でやってたんだから」


「忘れてください!」


「いやらしい巫女だな」


「誰のせいですか!」


「聖者のせいだろ」


「エヴァもです!」


「俺は忠告したぞ。外へ出ろって」


「倒れている方を置いて出られるわけがないでしょう!」


「だから残った結果が、あれか」


「エヴァ!」


声を上げたところで。


シズクは、ふと止まった。


右手を見る。それから、長椅子へ横たわる女を見る。そしてノアを見る。


「……待ってください」


エヴァが服の留め具を締めながら振り返った。


「何だ」


「私も」


嫌な予感がする。まただ。この谷底へ来てから、この予感だけはよく当たる。


「私が落ちてきた時も、聖者の……その、回復するものを使ったのですよね」


「ああ」


エヴァは何でもないことのように答えた。


シズクはさらに尋ねる。


「どのように?」


「お前は外傷自体はそれほど酷くなかった」


「はい」


「ただ、鼓動が止まりそうだった」


シズクの表情から少しずつ色が消えていく。


エヴァは続けた。


「だから、とにかく身体の中へ入れた方が早いだろうってことで、俺が口移しで飲ませた」


シズクが停止した。


「…………」


「残った分は、傷や身体にも使った」


「…………」


「まあ、ぶっかけたと言った方が分かりやすいか」


完全に止まった。


ノアがそっと視線を逸らす。


エヴァは少し首を傾げた。


「シズク?」


「…………」


「おーい」


「…………私に?」


「ああ」


「聖者のを?」


「ああ」


「口移しで?」


「ああ」


「エヴァが?」


「ああ」


沈黙。


外から入る風だけが、大広間を抜けていった。


そして。


「なんで言ってくださらなかったのですか!」


シズクの声が館中へ響いた。


エヴァが耳を押さえる。


「うるさい!」


「大事なことでしょう!」


「死にかけてる奴に説明してどうする!」


「助かった後があります!」


「起きたばかりのお前に、『ちなみにお前、聖者の精液で助かったぞ』って言えと?」


「言い方を選んでください!」


「どう選んでも内容は同じだろ!」


「もっとこう、治療をしましたとか!」


「治療したぞ」


「今それを知ったのです!」


ノアが小さく手を上げた。


「僕も、説明した方がいいとは思ってたんだけど」


シズクが振り返る。


「聖者もです!」


「ごめん」


「謝るなら早く教えてください!」


「でも、目を覚ました直後のシズクに説明するのは……」


「十二日ありました!」


「……はい」


ノアが素直に引き下がった。


エヴァは腹を抱えて笑っている。


「笑わないでください!」


「いや、お前の顔が」


「誰のせいですか!」


「生きてるんだからいいだろ」


「そういう問題ではありません!」


シズクは頭を抱えた。


だが。


その手が、途中で止まる。


長椅子の女を見る。


弱かった胸の動きが、先ほどよりはっきりしている。


自分も。


十二日前には、あそこにいた。


死にかけて。何も知らなくて。


二人が勝手に助けた。


方法を知った今は、色々と言いたい。本当に色々と言いたい。


けれど。


胸へ手を置けば。


とくん。


とくん。


確かに鼓動がある。


シズクは深く息を吐いた。


「……感謝はしています」


エヴァが笑う。


「だろ?」


「それと、今まで黙っていたことへの抗議は別です」


「細かいな」


「細かくありません!」


再び声を上げて、ようやくシズクも立ち上がった。


窓を開ける。


外の風がさらに流れ込んできた。館に籠もっていた聖者の気配が、少しずつ薄れていく。治療が終わった頃には、陽はかなり傾いていた。


シズクは長椅子の横へ座った。腕が重い。肩も痛い。


だが女の胸は、ゆっくり規則正しく上下している。


「息をしています」


「ああ」


エヴァも見る。


ノアが脈を取る。


「かなり戻った」


「助かりますか?」


「まだ断言できない。でも、さっきよりずっといい」


シズクは大きく息を吐いた。


女の唇にも色が戻ってきている。出血もかなり減っている。普通の治療では説明できない。


ノアは状態を確かめ終えると、すぐ立ち上がった。


「僕は外に出る」


シズクが振り返る。


「もう?」


「ここに長くいる方が良くないから」


そうだった。


助けるために必要だから、ノアは館内へいた。もう今すぐ手を出す必要はない。なら、女性二人の近くへ居続ける理由もない。それに今は、知らない女性が一人増えている。


ノアが距離を取る理由は、むしろ以前より増えた。


「何か変わったら呼んで」


「はい」


エヴァが言う。


「聖者」


「何?」


「とりあえず、生きたな」


ノアは女を一度だけ見た。


「まだ安心はできないよ」


そう言って外へ出ていった。


シズクはその背中を見送った。


自分から女へ近づかない男なのに、なぜか女ばかり助けている。不思議なものだと思った。


少しして、エヴァが立ち上がる。


「俺、もう一回行ってくる」


「どこへ?」


「あれだ」


墜落した飛行機。


「燃えるのでは?」


「だから様子を見てからだ。聖者も行く」


「何をしに?」


「回収」


エヴァは当然のように答えた。


「聖者の話じゃ、あれは金属の塊だ」


「全部?」


「全部かどうかは知らん。だが相当使ってるらしい」


エヴァの目が少し光る。


「あれだけ金属があれば、どれだけ道具が作れると思う」


シズクも何となく理解した。


谷底では、曲がった釘一本も捨てない。なら、空を飛ぶほど巨大な物体。それがエヴァの言う通り大量の金属を使っているなら、宝の山に近い。


「燃えないと分かってからにしてください」


「分かってる」


しばらくノアとエヴァは、墜落地点を遠くから確認した。火は出ない。煙も増えない。危険な臭いも少しずつ薄くなっている。そこで必要最低限のものだけ回収しに戻った。


シズクは女のそばに残った。

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