第百七十八話 美食の宝庫は第五
収穫祭の翌朝。
レティ、アデラ、麗華の三人は、館の前に並べられた装備を見ていた。
厚手の防護服。
長靴。
手袋。
顔を覆う防護面。
口と鼻を覆う濾過具。
さらに、小型の警報用魔術具。
その横には、長い棒まで六本並んでいる。
アデラが腕を組んだ。
「今日は何と戦うんだ?」
ティセラが答えた。
「戦いません」
「この装備で?」
「戦闘は原則禁止です」
レティが防護服を見る。
「では毒の沼か、瘴気の出るダンジョンでござるか?」
「似たようなものではあります」
麗華が警報器を見た。
「昨日までの案内と、明らかに扱いが違いますわね」
リーゼが大きく頷いた。
「その認識は正しい」
隣でスージーが防護服を着ながら笑う。
「大尉、今日は妙に生き生きしてるわね」
「第五へ新人を連れていくんだぞ。安全教育は重要だ!」
三人が同時に聞いた。
「第五?」
リーゼが答える前に。
ティセラが平然と言った。
「第五管理区域です。正式名称は、聖者自己処理池及び周辺生物災害監視区域」
沈黙。
レティが瞬きをした。
「……聖者殿の?」
「自己処理池です」
アデラがリーゼを見る。
「自己処理って、何の?」
リーゼは目を逸らした。
「教授に聞け」
「聖者が一人で性的欲求を処理するため、現在も定期的に利用している池です」
ティセラは一切ためらわなかった。
三人。
完全に止まった。
麗華がゆっくりと額へ手を当てた。
「わたくし、聞かなければよかったですわ」
リーゼが強く頷く。
「小官も初めて聞いた時にそう思った!」
アデラがまだ納得していない。
「待て。何でそんな場所が管理区域になる?」
ティセラは地図を開いた。
「周辺環境へ影響が出たためです」
「何の?」
「植物、生物、液体、土壌、魔力環境などです」
レティが嫌そうな顔をした。
「つまり、聖者殿が一人で使っていた場所の周りが、おかしくなった?」
「当初はその影響が強く疑われました。ただし現在では、区域内の全現象を聖者由来と断定していません。別系統の要因も確認されています」
スージーが補足する。
「原因と結果が全部分かったわけじゃないのよ。今は、とにかく危ないものと有用なものを生活圏から分けて管理してる場所だと思えばいいわ」
麗華が尋ねた。
「危ないものと、有用なもの?」
リーゼが低く言った。
「そこが第五の一番腹立たしいところだ」
三人が見る。
リーゼは言った。
「危険なだけなら封鎖すればいい。有用なだけなら使えばいい」
一拍。
「第五のものは、頭がおかしいのに性能が良すぎる」
スージーが笑った。
「そして美味しいものも多いのよね」
三人が止まった。
アデラが聞き返した。
「美味しい?」
ティセラが頷く。
「非常に」
レティが防護服を見る。
警報器を見る。
長い棒を見る。
「この装備で入る場所が?」
「美食の宝庫です」
教授は真顔だった。
麗華が小さく呟いた。
「もう嫌な予感しかしませんわ」
◇
第五へ入る前。
ティセラは三人へ規則を叩き込んだ。
「警報が鳴った場合は?」
レティが答える。
「即座に撤退」
「採取途中なら?」
「捨てて撤退」
「あと少しで観察が終わる場合は?」
アデラが答えた。
「撤退」
「体調に異変を感じた場合は?」
麗華が続ける。
「警報が鳴っていなくても申告し、撤退」
「結構です」
ティセラが頷いた。
「未知の植物や生物には、勝手に触れないでください」
アデラが棒を持ち上げる。
「棒なら?」
「私へ確認してからです」
レティも一本持った。
「滝壺でも使ったでござるな」
リーゼが言う。
「谷底では棒が命を救う」
麗華も自分の一本を見る。
「随分と原始的ですわね」
「小官もそう思った」
リーゼは真顔だった。
「だが、危ないものを自分の手で触るより、棒を失う方が安い」
麗華は即座に頷いた。
「合理的ですわ」
「そうなんだ」
リーゼが悔しそうに言った。
「谷底では時々、最先端の魔法と機械と、ただの長い棒が同じ現場で正式装備になる」
スージーが笑う。
「いいじゃない。役に立つんだから」
「技術者として微妙な気分になるんだ!」
赤い杭。
一つ目。
その先。
二つ目。
さらに遠く。
三つ目。
入口には新しい看板。
『粒子管理区域』
『風向確認』
『防護具着用』
『区域内装備持出禁止』
『退出時除染必須』
その下。
小さく。
『オホ声粒子注意』
リーゼが指差した。
「最後の一行は正式名称ではない!」
レティが読む。
「オホ声粒子?」
アデラ。
「何だ、それ」
麗華。
「聞きたくありませんわ」
ティセラが説明する。
「正式には未知浮遊性魔力反応微粒子・仮称第一種です」
アデラが即答した。
「オホ声粒子でいい」
リーゼが叫ぶ。
「よくない!」
レティも。
「短い方が現場では便利でござるな」
「レティ!」
麗華まで。
「わたくしも、正式名称を覚える自信がありませんわ」
「麗華まで!」
スージーが笑う。
「大尉、もう諦めなさい」
「小官はまだ正式名称を守る!」
風向き。
確認。
空気。
採取。
粒子濃度。
測定。
魔力値。
確認。
警報器。
作動確認。
ティセラは一つも省略しなかった。
「入ります」
六人は。
第五へ入った。
◇
最初に三人が気づいたのは。
空気だった。
光の角度によって。
細かな何かが。
きら。
きらきら。
漂っている。
麗華が立ち止まる。
「……綺麗ですわね」
リーゼが即座に言った。
「綺麗だから吸い込んでいいとは思うな!」
「思っておりませんわ!」
スージーが測定器を見る。
「管理通路なら濃度は低いわ。結界と集塵設備が動いてる」
少し離れた場所には。
ティセラの魔法結界。
アスラ系の魔術式。
クロエが設置した集塵設備。
異なる技術が。
同じ区域を囲っている。
レティが興味深そうに見る。
「魔法陣は分かる。しかし、あの箱は?」
リーゼが答える。
「電気で粒子を集める」
「電気?」
「後で説明する。今日は第五だけで頭がいっぱいになる」
「既に少しなっているでござる」
さらに進む。
最初に聞こえたのは。
低い水音。
ぱん。
少し間。
「んお゙ぉ゙……」
さらに。
「ヌボボ」
三人の足が止まった。
アデラが言う。
「今の何だ」
リーゼは歩き続ける。
「水槌ポンプ」
「ポンプ?」
「水を汲み上げる設備だ」
もう一度。
ぱん。
「んお゙ぉ゙……」
「ヌボボ」
麗華が眉を寄せる。
「設備が声を出しておりますけれど」
「出す」
「何故?」
「白濁石油を汲んでいるからだ」
三人。
止まる。
アデラが聞く。
「石油?」
「燃料になる液体だ」
「白濁?」
「白い」
「何で声が?」
リーゼが振り返った。
「小官が知るか!」
スージーが笑う。
「大尉、そこはもう説明を放棄したのね」
「使える燃料が出る。それを安全に汲める。生活圏へ持ち帰る時は除染する。それで十分だ!」
レティが言った。
「確かに、冒険者なら使えるか使えないかの方が重要でござるな」
リーゼの顔が少し引きつる。
「お前までその考え方へ行くのか」
「昨日の収穫祭で学んだ」
「学習する方向を考えろ!」
◇
もう少し進む。
風。
枝。
低い声。
「ん゙お゙ぉ゙ぉ゙……!」
別の場所。
「お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!」
三人の動きが。
完全に止まった。
リーゼの顔も。
険しくなる。
「来たか」
アデラが言う。
「何がだ」
リーゼは。
前方を指差した。
「オホ声マンゴー」
そこには。
前日の食卓で。
既に切り分けられた果肉として食べた。
あの果物の。
本体があった。
雄型。
女型。
枝。
黒く縮れた植物繊維。
絡み合う実。
震える枝。
青。
白。
緑。
灰。
菌体。
そして。
臭い。
三人の足が。
同時に。
止まった。
アデラが防護面越しに言った。
「……これ」
「そうだ」
「昨日食った?」
「そうだ」
レティが。
しばらく。
木を見ていた。
「食卓で聞いた説明より酷い」
「現物はいつも説明を超える」
リーゼが答えた。
麗華は。
何とか視線を逸らさずにいた。
熟れた雌型が。
若い雄型へ絡みつく。
枝ごと。
ぶるぶる。
「お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!」
少し離れて。
雄型同士。
「ん゙お゙ぉ゙ぉ゙……!」
さらに。
後方から絡みついた果実。
「いたいぃぃ……!」
別の声。
「ゆるしてぇぇ……!」
麗華の顔が。
完全に引きつった。
「植物ですわよね?」
ティセラが答える。
「植物です」
「言葉を?」
「発声しています」
「何故?」
「まだ不明です」
「調べておりますの?」
「当然です」
麗華が教授を見る。
「教授は強いですわね」
スージーが頷いた。
「それは私も思う」
ぴゅっ。
白い果汁。
どばっ。
黄色。
さらに。
透明。
地面の窪み。
液体が溜まっている。
レティが一歩下がった。
「昨日、これを?」
リーゼが答える。
「食っただろう」
「非常に美味かった」
「そうなんだ!」
アデラも。
「今見ても、昨日の味を否定できねえのが嫌だな」
麗華まで。
「……もう一度出されたら、たぶん食べますわ」
リーゼが三人を見る。
「早い!」
スージーが笑った。
「大尉も食べるでしょう?」
リーゼは。
しばらく黙った。
「……食味と生態は別問題だ」
「はいはい」
ティセラが菌体の方を示した。
「なお、あちらは発酵食品資源として利用価値があります」
麗華が止まる。
「まさか」
「青黴系です」
リーゼが叫んだ。
「そこまで有用になるな!」
◇
さらに奥。
黒い竹林。
ただし。
普通の竹ではない。
太い。
黒い。
表面には、縦横に浮いた道管と師管。
二本。
絡み合っている。
レティが言った。
「これが男根筍の成長後?」
「そうです」
ティセラが答える。
「若い段階は食用。成熟後は構造材にもなります」
アデラが黒竹を見る。
「食えて、建材になる?」
「はい」
「便利だな」
リーゼが言った。
「その評価になるだろう?」
「なる」
「小官もなった」
そして。
二本の黒竹が絡んだ隙間。
そこに。
陸生アワビ。
いくつも。
張り付いている。
普通のものより。
大きい。
肉厚。
色も濃い。
麗華が聞いた。
「……これは」
「熟成中です」
ティセラが答えた。
三人。
沈黙。
昨日。
既に食べた。
普通の陸生アワビ。
熟成したもの。
そして。
熟成個体の方が。
さらに美味しかった。
アデラが言う。
「本当に、ここで熟成してるんだな」
「はい」
「黒竹が二本絡んで」
「はい」
「擦れて白い植物汁が出て」
「はい」
「その間にアワビが入って」
「はい」
「熟成」
「はい」
アデラは。
両手で防護面を押さえた。
「現物を見ると、説明より嫌だな」
レティも。
「しかし」
アワビを見る。
「昨日のあれは、本当に美味かった」
麗華も。
「わたくし、王宮でいただいた海産物より美味しいと感じましたわ」
ティセラが少し嬉しそうだった。
「現在、熟成期間の記録も進めています」
リーゼが言う。
「食べ頃を過ぎると普通に腐る。そこだけは非常に普通だ」
アデラが聞く。
「何でそこだけ嬉しそうなんだ」
「腐るものが普通に腐ることへ安心する日が来るとは思わなかった!」
スージーが猫耳を揺らした。
「大尉、かなり追い詰められてるからね」
三人は。
もう。
否定しなかった。
◇
次に。
レティが立ち止まった。
「……何でござる、あれは」
一定間隔で。
背の高い植物が並んでいる。
茎。
細長い葉。
太い実。
ただし。
金属光沢。
太陽へ向けて。
外葉を大きく開いている。
きら。
きらきら。
アデラが言った。
「畑?」
リーゼが答える。
「発電所」
「畑だろ」
「発電所でもある」
麗華が。
もう嫌そうな顔もしなくなった。
「両方なのですね」
「そうだ」
ティセラが説明する。
「電気と魔力を蓄積する植物です」
レティが聞く。
「魔力は分かる。電気とは?」
リーゼが少し嬉しそうになる。
「そこは小官が説明できる」
スージーが横から言う。
「大尉、急に元気になった」
「科学の話だからな!」
アデラが植物を見る。
「食える?」
リーゼが反射的に言った。
「そこへ行くな!」
「第五が美食の宝庫なんだろ?」
「これはまだ食用を主目的としていない!」
ティセラが淡々と付け加える。
「少なくとも現時点では、発電・魔力蓄積資源として管理しています」
麗華が聞いた。
「現時点では?」
リーゼが教授を見る。
「余計な含みを持たせるな!」
太陽の下。
葉。
開く。
金属光沢。
一見。
奇妙だが。
それだけ。
アデラが言った。
「これ、今までで一番まともじゃないか?」
リーゼが止まった。
スージーも。
ティセラも。
少しだけ。
黙る。
レティが気づく。
「何かあるのでござるな」
リーゼは。
低く答えた。
「夜になると」
一拍。
「葉が閉じる」
「それだけ?」
「細長い形になる」
アデラが嫌そうな顔をした。
「……それで?」
「透明な粘液を出す」
麗華が目を閉じた。
「もう結構ですわ」
「さらに振動する」
レティが。
理解した。
「……電動?」
リーゼが叫んだ。
「言うな!」
スージーが吹き出した。
アデラが畑を見る。
「これが百本並んだら?」
「想像するな!」
麗華が静かに言った。
「第五という場所の方向性が、少し分かってまいりましたわ」
リーゼが即座に答える。
「分からなくていい!」
◇
三人は。
さらに。
管理通路を進んだ。
植物が。
動物の通り道へ向けて花を向ける。
蔓が。
風とは逆へ。
ゆっくり動く。
遠くでは。
小さな獣の周囲へ。
別の植物が伸びようとしている。
レティが真顔になる。
「これはモンスターでは?」
「こちらでは植物として記録しています」
ティセラが答える。
「繁殖対象の認識が通常と異なる可能性があります」
「植物が動物へ?」
「はい」
レティは。
完全に引いた。
「拙者の世界のモンスターの方が、まだ分類を守っておる」
リーゼが。
ものすごい勢いで振り向いた。
「そうだろう!」
スージーが言う。
「大尉、仲間を見つけるたびに喜ばないの」
アデラも。
「俺の世界じゃ、植物は植物だ」
麗華も。
「わたくしの世界でもですわ」
リーゼの目に。
少し。
光。
「三人とも……」
スージーが。
リーゼの腕を引いた。
「感動しないの」
ティセラは。
淡々と歩みを止めた。
「ここまでにします」
アデラが周囲を見る。
「まだ奥がある?」
「あります」
レティが聞く。
「中央の池?」
「はい」
麗華の顔が。
強張った。
「聖者の?」
「はい」
三人。
しばらく。
沈黙。
そして。
アデラが即答した。
「行かなくていい」
レティも。
「拙者も同意」
麗華は。
最も強く。
「まったく異論ありませんわ」
リーゼが。
心の底から満足そうに頷いた。
「よし!」
スージーが笑う。
「大尉、今日一番嬉しそうね」
「正常な感覚だ!」
ティセラも頷く。
「今日は見学する必要はありません」
レティが教授を見る。
「教授は行くのでござるか?」
「必要があれば」
「研究で?」
「管理と採取です」
「……強い」
◇
帰路。
第五の管理通路。
三人は。
行きより。
静かだった。
オホ声マンゴー。
男根筍。
黒竹。
熟成する陸生アワビ。
白濁石油。
発電する植物。
夜になると別の意味で酷い姿になる電動トウモロコシ。
動物を追う植物。
空中には。
オホ声粒子。
そして。
さらに奥には。
第五という場所の名前の原因になった池。
麗華が。
ぽつりと言った。
「ここは」
リーゼが見る。
「何だ」
「谷底のおかしな部分を、一か所へ煮詰めたような場所ですわね」
リーゼが。
深く。
深く。
頷いた。
「その通りだ」
レティも周囲を見る。
「拙者の世界なら、危険なダンジョンとして封鎖される」
アデラも。
「俺のところなら近寄らねえ」
スージーが言った。
「でも」
三人が見る。
猫耳が。
少し。
立つ。
「美味しいのよね」
三人。
黙る。
熟れた女魚ほどではなくても。
昨日。
熟成した陸生アワビは。
ものすごく美味しかった。
男根筍も。
美味しい。
オホ声マンゴーも。
非常に美味しい。
温泉卵。
その他の食材も。
第五とその管理対象には。
美食資源が多い。
アデラが。
しばらく考えて。
言った。
「……美味いんだよな」
レティも。
「美味い」
麗華も。
「そこだけが、本当に困りますわ」
ティセラが。
少し嬉しそうに答えた。
「食料資源としても非常に価値があります」
リーゼが叫ぶ。
「教授は嬉しそうに言うな!」
◇
第五を出る。
だが。
すぐには防護具を脱がない。
まず。
洗浄。
長靴。
手袋。
防護服。
顔面防護具。
棒。
警報器。
順番。
一つずつ。
水洗い。
付着物の確認。
魔力反応。
粒子濃度。
確認。
レティが。
自分の棒まで丁寧に洗っている。
「持ち出す方が危険」
ティセラが言った。
「その通りです」
アデラも長靴を洗う。
「面倒だな」
「面倒だから事故を減らせます」
アデラは頷く。
「それもそうだ」
麗華は。
防護面を洗いながら。
第五の方を見た。
赤い杭。
結界。
集塵装置。
その向こう。
遠く。
「お゙ほー……」
麗華の眉が。
ぴくっ。
「……まだ聞こえますわ」
リーゼが答える。
「聞くな」
「聞こえておりますもの」
「心で聞くな!」
スージーが笑った。
ティセラが。
最後の確認を終える。
「全員、異常なし。除染終了です」
防護具を外す。
外気。
普通の森。
静か。
レティが。
大きく息を吸った。
「空気が普通でござる」
アデラも。
「木が動物追ってこねえ」
麗華も。
「何もオホ声を上げませんわ」
リーゼが。
三人を見る。
その顔が。
少しだけ。
誇らしげだった。
「第五の外はいいだろう」
スージーが横から言う。
「大尉、自分の家みたいに言ってるけど、谷底全体が大尉のものじゃないからね」
「分かっている!」
三人は。
館へ向かって歩き始めた。
少しして。
アデラが聞く。
「なあ」
「何だ」
リーゼが振り返る。
「熟成アワビ、次いつ食える?」
リーゼの顔が。
止まった。
レティも。
「拙者も気になる」
麗華まで。
「収穫祭でいただいたものなら、また食べたいですわ」
リーゼは。
三人を見る。
第五を見る。
また。
三人を見る。
「貴様ら」
一拍。
「さっきまでドン引きしていただろう!」
アデラが答えた。
「それと美味いのは別だ」
レティも。
「食材の生態と味は別問題でござる」
麗華も。
「わたくしも同意いたしますわ」
リーゼが。
頭を抱えた。
スージーは。
とうとう声を上げて笑った。
ティセラだけが。
真面目に記録板を開く。
「次の適熟予定は四日後ですね」
三人が。
同時に。
「四日後」
リーゼが叫んだ。
「予定へ入れるな!」
谷底の酷さを。
一か所へ煮詰めたような第五管理区域。
危険。
異常。
厳重管理。
そして。
美味しい。
三人は。
その日。
谷底で最も近づきたくない場所の一つが。
同時に。
谷底で最も食べたいものが採れる場所の一つでもあることを知った。




