第百七十七話 収穫祭、もう一度
三人が谷底へ来てから。
数日。
館での生活にも、少しずつ慣れてきた。
布団。
朝風呂。
共同食事用のバルコニー。
木になる卵。
にんじんから出てくる米。
海と呼びたくなる滝壺。
巨大な鳥。
巨大な魚。
理解したわけではない。
ただ。
そういうものだと受け入れ始めただけだった。
そんな朝。
ノアが言った。
「収穫祭をやろうか」
レティが聞き返す。
「収穫祭?」
「うん」
ノアはいつものように、同じ屋根付きバルコニーの同じ食卓で、風向きを見ながら皆から少し距離を取って座っている。
「前にも一度やったんだけど、新しく三人も来たし」
シズクが嬉しそうに頷いた。
「いいですね」
ルヴァナがすぐ手を挙げる。
「やる!」
ネイラも。
「賛成」
エヴァが言う。
「肉も多めな」
「はい」
アデラが聞いた。
「要するに、今日は美味いものを腹いっぱい食える?」
「そういう日です」
シズクが答えた。
アデラは即座に頷いた。
「賛成」
レティも。
「拙者も異議なしでござる」
麗華も。
「こちらのお食事でしたら、期待できますわね」
三人とも。
谷底の食材には。
まだ警戒している。
だが。
料理には。
もうかなりの信頼を置いていた。
リーゼだけが。
少し遠い目をした。
「……そうだな」
スージーの猫耳が動く。
「大尉、何その顔」
「三人には、先に忠告しておく」
アデラが嫌そうに見る。
「何だ」
「調理中に、おかしな声がしても作業を止めるな」
三人。
黙る。
レティが聞いた。
「食材から?」
「そうだ」
麗華も。
「何故?」
リーゼは。
一拍。
「食材だからだ」
アデラが言った。
「全然説明になってねえぞ」
◇
朝から。
共同調理場は忙しくなった。
今日は。
レティ。
アデラ。
麗華。
三人も最初から手伝う。
シズクが役割を振った。
「レティはこちらをお願いします」
「承知」
「アデラは焼き物を」
「任せろ」
「麗華は盛り付けと配膳をお願いできますか?」
麗華は。
少しだけ止まった。
自分で料理を皿へ盛る。
自分で運ぶ。
王妃候補だった頃なら。
ほとんど経験のないことだった。
だが。
今は。
「分かりましたわ」
普通に頷いた。
誰も。
鷹司家の令嬢だからと座らせない。
誰も。
アデラが騎士だからと剣だけ持たせない。
誰も。
レティが龍神だからと特別扱いしない。
皆。
できることをする。
三人も。
同じだった。
最初。
米。
もう。
これは平気だった。
にんじん状の根を抜く。
葉の根元を引く。
ポン。
逆さにする。
さらさらさらさら。
白い米。
レティが言う。
「これはもう便利な食材としか思えぬ」
アデラも。
ポン。
さらさらさら。
「水田も脱穀もいらねえしな」
麗華は受け容器を持ちながら言う。
「未開封なら、そのまま保存容器にもなるのでしょう?」
リーゼが頷く。
「そうだ」
麗華は根を見る。
「でしたら、外見がにんじんであることなど大した問題ではありませんわ」
リーゼが黙った。
スージーが笑う。
「大尉、三人とも順応早いね」
「まだだ」
「何が?」
「まだ本番ではない」
三人が。
一斉にリーゼを見る。
◇
次。
栗。
黒い。
細い。
縮れた植物繊維が。
毬全体を覆っている。
ルヴァナが籠いっぱいに運んできた。
「陰毛栗ー」
リーゼが即座に振り向く。
「大声で言うな!」
アデラが籠を見る。
「……その名前、本当に使ってんのか」
「通称だ!」
レティが一つ持つ。
「棘は?」
「柔らかいです」
シズクが答える。
触る。
痛くない。
割る。
大粒。
麗華が言った。
「普通の栗より扱いやすいですわね」
「甘みも強いですよ」
「見た目以外、優秀では?」
リーゼが天を仰いだ。
「そうなんだ……」
米。
栗。
塩。
水。
炊く。
しばらくして。
甘い香りが広がる。
アデラが鍋を見る。
「もう美味そうだな」
「夕食まで待ってください」
「まだ朝なのがつらい」
少し離れたところから。
エヴァが言った。
「分かる」
アデラが見る。
「お前も待たされてる?」
「さっき肉の味見を止められた」
「仲間だな」
「飯作ってる奴には逆らわねえ方がいい」
「それも分かる」
シズクが。
二人を見る。
二人とも。
目を逸らした。
◇
次。
魚。
アデラが塩を振る。
焼き台へ。
じゅう。
「んっ……!」
アデラの手が。
止まった。
レティも。
麗華も。
振り向いた。
じゅう。
「ぁ……んっ……!」
アデラが魚を見る。
皆を見る。
また魚を見る。
「……なあ」
リーゼが答える。
「焼け」
「鳴いてるぞ」
「焼け」
「何で平気なんだ!」
周囲。
シズクは別の料理。
ネイラは皿。
ルヴァナは食材運び。
クロエは炭。
アスラは包丁。
スージーは盛り付け。
ティセラだけは声の変化を記録しようとしている。
リーゼがティセラを指差す。
「教授、今日はそれを置け!」
「調理過程における発声音程と内部温度の――」
「収穫祭だ!」
アデラが叫ぶ。
「教授以外、何で本当に普通なんだ!」
スージーが答える。
「慣れ」
「それだけ!?」
じゅう。
「んっ……あぁ……っ!」
アデラが。
魚を裏返す。
「ぁあ……っ!」
アデラの顔が引きつった。
「戦場で聞いた声より、こっちの方が気まずい」
レティが頷く。
「同感でござる」
麗華も。
「料理中に聞きたい声ではありませんわね」
焼き上がる。
静かになる。
シズクが。
味見用に少し取り分ける。
アデラが食べる。
皮。
ぱり。
身。
ふっくら。
脂。
香り。
塩だけなのに。
美味い。
アデラが。
黙った。
もう一口。
「……今まで食った焼き魚で、一番美味いかもしれん」
リーゼが頷く。
「そうなんだ」
「腹立つな」
「分かる」
◇
次。
若い男根筍。
シズクが。
まな板へ置く。
三人は。
既に名前を知っている。
だが。
実際に調理するところを間近で見るのは。
また別だった。
包丁。
ざく。
「ん゛お゙……っ!」
三人。
無言。
ざく。
「ぐぅ゙……っ!」
ざくざく。
「お゙ほぉ゙……っ!」
麗華が。
シズクを見る。
「シズク」
「はい」
「何故、何も感じていない顔をしておりますの?」
「筍ですので」
「声が聞こえていますわ」
「筍です」
「形も」
「筍です」
「名前も」
「筍です」
麗華は。
しばらく。
シズクを見る。
「……強いですわね」
リーゼが深く頷いた。
「シズクは強い」
切り終わったもの。
薄い。
白い。
瑞々しい。
レティが一切れ食べる。
しゃく。
止まる。
「……美味い」
アデラも。
「何だこれ」
麗華も。
しゃく。
甘い。
瑞々しい。
歯応え。
非常に良い。
麗華は。
もう一切れ取った。
「どうして、これほど美味しいものに、あの声をつける必要がありますの?」
リーゼが答えた。
「それを小官に聞くな」
◇
次。
陸生アワビ。
七輪。
炭。
網。
普通の個体を載せる。
じゅう。
「ん゙……っ」
三人が見る。
じゅう。
「んお゙ぉ゙……っ!」
レティが言った。
「これも鳴くのでござるか」
「鳴く」
リーゼが答える。
「そして少し下がれ」
麗華が聞く。
「何故?」
周囲の皆が。
一歩。
下がる。
三人も。
つられて下がった。
ぷく。
内部に汁が溜まる。
「お゙ほぉ゙っ!」
ぴゅっ。
飛んだ。
三人。
沈黙。
アデラが言った。
「……何だ今の」
「汁だ」
「見れば分かる!」
麗華も。
「焼かれながら声を出して、汁まで飛ばしますの?」
「そうだ」
「皆様、何故平気なの?」
スージーが言う。
「だから慣れ」
麗華は。
周囲を見た。
誰も。
大して驚いていない。
それが。
一番怖かった。
焼き上がる。
切る。
食べる。
三人。
また黙る。
アデラ。
「美味い」
レティ。
「美味い」
麗華。
「……非常に美味しいですわ」
リーゼが頷く。
「そこが問題なんだ」
「問題ではないのでは?」
麗華が言う。
「食べ物としては」
リーゼが。
少し考えた。
「……そうなんだ」
◇
だが。
今日は。
それより上があった。
シズクが。
別の陸生アワビを持ってきた。
大きい。
肉厚。
色が濃い。
レティが見る。
「同じもの?」
ティセラが答えた。
「熟成個体です」
アデラが眉を寄せる。
「熟成?」
「はい」
麗華が聞く。
「どのように熟成させますの?」
リーゼが。
すぐ口を挟んだ。
「知らなくていい」
ティセラは答えた。
「成熟した男根筍の黒竹が二本絡み合った場所です」
リーゼが目を閉じた。
「教授……」
ティセラは。
止まらない。
「接触面が擦れることで、白濁した植物汁の分泌量が増加します。その一部が軽く発酵し――」
三人。
無言。
「その隙間へ陸生アワビが定着します」
アデラが。
ゆっくり。
「待て」
「はい?」
「黒竹が二本絡む」
「はい」
「擦れる」
「はい」
「白い汁が出る」
「はい」
「その間にアワビが入る?」
「はい」
「そこで熟成?」
「はい」
アデラは。
リーゼを見る。
「何で平気なんだ?」
リーゼが叫んだ。
「平気ではない!」
レティも。
「これは食べ物の説明でござるな?」
「食料生産過程です」
ティセラが答える。
麗華が額を押さえた。
「聞かなければよかったですわ」
熟成個体。
七輪。
じゅう。
「ん゙……ぉ゙……」
普通のものより。
低い。
じゅう。
「んお゙ぉ゙ぉ゙……っ!」
ぷく。
全員。
下がる。
三人も。
もう自然に下がった。
「お゙ほぉ゙ぉ゙っ!」
ぴゅっ。
少量。
アデラが言った。
「俺たち、今ので一緒に下がったな」
レティが頷く。
「学習でござる」
麗華も。
「汁を浴びたくありませんもの」
リーゼが。
少し嬉しそうに頷く。
「よし」
スージーが見る。
「何の成長を喜んでるの」
やがて。
香り。
普通の陸生アワビより。
濃い。
少し甘い。
炭火。
熟成香。
シズクが切る。
三人が。
味見。
アデラ。
止まる。
レティ。
止まる。
麗華。
止まる。
アデラが。
もう一切れ。
「……普通のより美味い」
レティも。
「旨味が濃い」
麗華も。
「柔らかいのに、歯応えが残っておりますわ」
さらに。
後から甘み。
余韻。
麗華が。
熟成個体を見る。
「どうして」
一拍。
「説明を聞けば聞くほど食欲がなくなるのに」
もう一切れ。
「食べれば食べるほど美味しいの?」
リーゼが。
力強く答えた。
「小官もずっとそれで苦しんでいる!」
◇
調理は続いた。
そして。
配膳。
三人も。
皆と一緒に運ぶ。
栗ご飯。
温泉卵。
焼き魚。
熟れた女魚の刺身。
男根筍。
普通の陸生アワビ。
熟成した陸生アワビ。
肉。
野菜。
汁物。
料理。
料理。
料理。
屋根付きバルコニーの大きな食卓へ。
次々。
並んでいく。
麗華は大皿。
アデラは焼き魚。
レティは卵。
ネイラ。
ルヴァナ。
クロエ。
アスラ。
スージー。
ティセラ。
シズク。
エヴァ。
ノア。
全員。
働く。
そして。
全員。
同じ場所へ座る。
ノアも。
風向きを見て少し距離は取るが。
同じバルコニー。
同じ食卓。
料理が。
ずらり。
アデラが言った。
「すげえな」
レティも。
「祭りというだけはある」
麗華は。
料理を眺めていた。
王宮の宴席。
夜会。
茶会。
祝いの席。
高価な料理を。
いくつも知っている。
それでも。
「こちらの方が、美味しそうですわ」
リーゼが言う。
「調理過程を忘れればな」
三人が。
一斉にリーゼを見る。
アデラ。
「思い出させるな」
ノアが笑った。
「じゃあ、食べようか」
始まった。
栗ご飯。
甘い。
香り。
米。
栗。
三人。
黙る。
「美味い」
アデラ。
「美味いでござる」
レティ。
麗華も。
「……美味しいですわ」
温泉卵。
半熟。
出汁。
焼き魚。
皮。
身。
熟れた女魚。
刺身。
三人とも。
一切れ目で。
止まった。
二切れ目。
スージーの猫耳が立つ。
「それ、すごいでしょ」
アデラが言う。
「これ、本当に魚か?」
「魚よ」
麗華は。
それ以上。
聞かなかった。
男根筍。
しゃき。
普通の陸生アワビ。
香ばしい。
熟成個体。
さらに。
濃い。
三人は。
食べるほど。
口数が減った。
そして。
アデラが言った。
「俺」
一拍。
「今まで食った飯の中で、一番美味いかもしれん」
レティが。
少し考える。
「拙者も」
麗華も。
ゆっくり頷いた。
「わたくしもですわ」
王宮より。
美味しい。
麗華には。
それが。
一番納得できなかった。
「どうして、あれほどおかしなものばかりなのに……」
シズクが笑う。
「美味しいなら、いいのでは?」
麗華が。
シズクを見る。
「あなたのその強さを、少し分けていただきたいですわ」
◇
料理が減る。
追加。
焼く。
魚。
じゅう。
「ぁ……んっ!」
三人。
少しだけ顔が引きつる。
だが。
アデラは。
普通に裏返した。
「もう少しだな」
リーゼが振り向く。
「声で判断するな!」
「貴様らが先にやってただろ!」
次。
陸生アワビ。
じゅう。
「んお゙ぉ゙……っ!」
麗華。
一歩下がる。
ぷく。
「来ますわ」
「お゙ほぉ゙っ!」
ぴゅっ。
麗華。
避ける。
そして。
皿を出す。
「次をお願いしますわ」
リーゼが愕然とした。
「適応が早い!」
「浴びたくないだけですわ!」
次。
筍。
ざく。
「ぐぅ゙……っ!」
レティ。
皿を構える。
「こちらへ」
ざく。
「お゙ほぉ゙……っ!」
「次も」
リーゼが言う。
「もう平気なのか?」
レティが真顔で答える。
「平気ではない」
「なら何故!」
「美味いので」
リーゼが。
言葉を失う。
スージーが。
肩を叩いた。
「大尉」
「何だ」
「それ、大尉も通った道よ」
「小官はもっと抵抗した!」
「抵抗期間の長さを誇らないの」
◇
食事も。
かなり進んだ頃。
フルーツが出た。
シズクとルヴァナが。
大きな皿を運んでくる。
甘い香り。
鮮やかな果肉。
麗華が見る。
「マンゴー?」
ノアが答える。
「マンゴー様の果物だね」
リーゼの顔が。
露骨に曇った。
三人が。
同時に気づいた。
アデラが聞く。
「何だ、その顔」
「何でもない」
スージーが笑いを堪えている。
「大尉」
「言うな」
レティが皿を見る。
「普通のマンゴーではない?」
リーゼは。
しばらく。
黙った。
そして。
「オホ声マンゴーだ」
三人。
止まった。
麗華が。
静かに言う。
「名前からして嫌ですわ」
「小官もそう思う」
アデラが聞く。
「何がそんなに酷いんだ?」
リーゼは答えなかった。
代わりに。
ルヴァナが。
楽しそうに言った。
「木で見るともっとすごいよ」
「ルヴァナ」
リーゼが睨む。
だが。
もう遅い。
「男型と女型があって」
三人。
無言。
「熟れた女型には黒い縮れた毛みたいなのが生えてて」
麗華の眉が寄る。
「毛?」
「植物繊維」
スージーが補足した。
「見た目はほぼ陰毛状だけど」
「補足するな!」
リーゼが叫ぶ。
ルヴァナは続ける。
「男と女だけじゃなくて、男同士も女同士も絡むし」
アデラが言った。
「待て」
「後ろから絡むのもある」
レティが言った。
「待つでござる」
「オホ声も出す」
麗華が言った。
「もう結構ですわ」
「『いたい』とか『ゆるして』とか言うのもあるよ」
三人。
完全に止まった。
リーゼが。
机へ額をつけた。
「小官もあそこで限界を迎えた」
スージーが笑う。
「斧と松明持ってきたものね」
アデラがリーゼを見る。
「燃やそうとしたのか?」
「消毒しようとした」
「植物だぞ」
「知っている!」
レティが聞く。
「他には?」
リーゼが顔を上げた。
「聞くのか!?」
「ここまで来ると」
レティは。
少しだけ諦めた顔で。
「全体像を知った方がよい気がする」
リーゼは。
指を立てる。
「白い汁」
一本。
「黄色い汁」
二本。
「透明な汁」
三本。
「そこら中へ飛ぶ」
四本。
「地面へ溜まる」
五本。
「臭い」
六本。
麗華が聞く。
「どの程度?」
リーゼの顔が歪む。
「洗っていない寝具へ、汗と魚介と青黴チーズと湿った植物汁と脂を全部染み込ませたような臭いだ」
麗華が。
黙った。
アデラも。
レティも。
言葉がない。
ティセラが補足する。
「表面菌体には、青黴系の発酵食品として利用できる可能性があります」
リーゼが机を叩いた。
「そこまで有用になるな!」
三人は。
皿のマンゴーを見る。
既に。
食べられる部分だけ。
綺麗に処理されている。
甘い香り。
鮮やかな果肉。
見た目。
非常に美味しそう。
アデラが言った。
「これが?」
「そうだ」
レティ。
「食える?」
「食える」
麗華。
「美味しい?」
リーゼは。
非常に嫌そうに答えた。
「……美味い」
三人。
顔を見合わせた。
アデラが。
一切れ。
取る。
「食う」
レティも。
「ここまで来たら」
麗華は。
最後まで迷った。
だが。
皿を見る。
今日。
あれだけおかしい食材を食べた。
全部。
美味しかった。
「……いただきますわ」
三人。
同時に食べる。
そして。
止まる。
甘い。
濃い。
香り。
強い。
果汁。
豊か。
舌へ残る甘み。
三人とも。
黙る。
アデラが。
もう一切れ。
レティも。
麗華も。
リーゼが聞く。
「どうだ」
麗華が。
本気で。
嫌そうな顔をした。
「……美味しいですわ」
「そうなんだ!」
「非常に」
「そうなんだ!」
「今まで食べたマンゴーの中でも、一番かもしれません」
リーゼが。
頭を抱えた。
「そうなんだよ!」
◇
しかも。
今日は。
採ったばかりの個体も。
少しだけ調理用に持ち込まれていた。
食べ終わった皿へ。
追加を出すため。
シズクが。
果実を一つ置く。
見た目から。
既に。
人の腰や腿を思わせる形。
三人が。
引いた。
アデラ。
「現物はもっと酷いな」
レティ。
「これは果物なのか?」
麗華。
「食卓へ持ち込んでよい形ではありませんわ」
シズクは。
普通だった。
果実の向きを変える。
ぶるっ。
三人。
止まる。
もう一度。
ぶるぶる。
アデラが言った。
「痙攣したぞ」
リーゼが答える。
「する」
「何で?」
「知らん!」
包丁。
すっ。
「お゙ほぉ゙ぉ゙……っ!」
三人。
一斉に。
身体を引く。
さらに。
刃を入れる。
「ん゙お゙ぉ゙……っ!」
ぴゅっ。
果汁。
麗華が。
素早く避ける。
「果物まで飛ばしますの!?」
リーゼが叫ぶ。
「だから小官は普通のマンゴーを育てているんだ!」
シズクは。
何事もなく。
切り分ける。
皿。
果肉。
完成。
三人が。
それを見る。
数秒。
アデラが言った。
「……食卓へ来ると普通なんだよな」
レティも。
「不思議でござる」
麗華は。
深くため息をついた。
「皆様が調理中だけ無心になる理由が、分かってきましたわ」
シズクが聞く。
「もう一切れいりますか?」
三人。
少し迷う。
「いる」
「いただく」
「……お願いしますわ」
リーゼが叫んだ。
「食うのか!」
三人が振り返る。
アデラが言う。
「美味いから」
レティも。
「美味いので」
麗華も。
「美味しいですもの」
リーゼが。
椅子へ。
力なく座った。
「小官の仲間が……」
スージーが笑う。
「大尉も食べるでしょ?」
リーゼは。
少し黙った。
オホ声マンゴーを見る。
皿を見る。
一切れ。
食べる。
「……美味い」
「ほら」
「それとこれとは別だ!」
◇
そして。
本当に。
最後。
リーゼが立ち上がった。
「締めだ」
アデラが言う。
「まだ果物あるのか?」
「ある」
リーゼは。
小さな籠を。
大事そうに持ってきた。
黄色い。
細長い果物。
そして。
普通のマンゴー。
ノアが笑う。
「リーゼの畑のだね」
「そうだ」
スージーの猫耳も。
少し嬉しそうに立つ。
レティが黄色い方を見る。
「これは?」
「バナナ」
麗華がマンゴーを見る。
「こちらは?」
リーゼは。
胸を張った。
「普通のマンゴーだ」
三人が。
少しだけ止まる。
リーゼは続けた。
「鳴かない」
バナナ。
「痙攣しない」
マンゴー。
「絡み合わない」
「汁を飛ばさない」
「陰毛状植物繊維もない」
「痛いとも言わない」
「許してとも言わない」
「青黴チーズも作らない」
「臭くない」
一拍。
「ただの果物だ!」
三人は。
理解した。
アデラ。
「ああ」
レティ。
「なるほど」
麗華。
「ようやく分かりましたわ」
リーゼが聞く。
「何がだ」
麗華は。
普通のマンゴーを一切れ。
口へ入れる。
甘い。
柔らかい。
静か。
何も起きない。
「大尉が、何故普通のバナナとマンゴーをあれほど大事になさっているのか」
レティも。
バナナ。
一口。
「分かったでござる」
アデラも。
マンゴー。
「最後くらい静かに食いたいんだな」
リーゼは。
しばらく。
三人を見る。
そして。
「そうだ」
素直に認めた。
スージーが笑う。
「大尉にとっては優しい果物だからね」
リーゼが。
バナナを見る。
普通のマンゴーを見る。
「一度」
少し遠い目。
「小官は普通のマンゴーとバナナに救われた」
麗華が。
もう一切れ。
マンゴーを食べる。
何も鳴かない。
何も飛ばない。
何も震えない。
ただ。
甘い。
「……確かに」
一拍。
「優しいですわね」
レティも。
「優しいでござる」
アデラも。
「果物に言う言葉じゃねえと思うけど」
バナナをもう一切れ。
「今なら分かる」
リーゼの目が。
少しだけ潤んだ。
「そうだろう」
スージーが。
笑いながら言う。
「大尉、三人も仲間になってよかったね」
「この瞬間だけはな」
食卓。
ほとんど空になった皿。
七輪。
焼き台。
酒。
皆の声。
今日。
三人は。
皆と一緒に。
料理をした。
盛り付けた。
運んだ。
焼いた。
切った。
そのたび。
変な声がした。
魚を焼けば。
「ぁ……んっ!」
筍を切れば。
「お゙ほぉ゙……っ!」
陸生アワビを焼けば。
「お゙ほぉ゙っ!」
熟成個体まで。
低い声で鳴いた。
オホ声マンゴーに至っては。
生態から。
形から。
臭いから。
声から。
果汁から。
何もかもがおかしかった。
三人は。
ずっと思っていた。
何故。
皆は平気なのか。
完全に。
平気なわけではなかった。
リーゼは。
今でも叫ぶ。
スージーは笑う。
シズクは食材として処理する。
エヴァは美味ければ食う。
ティセラは研究する。
忍者たちは。
普通に受け入れる。
ノアも。
必要なら調べ。
食えるなら食べる。
三人も。
ようやく。
少しだけ分かった。
アデラが言った。
「……美味いからなんだな」
レティが頷く。
「結局、そこへ戻るでござる」
麗華も。
普通のマンゴーをもう一切れ取った。
「これまで生きてきた中で、一番美味しいお食事でしたもの」
シズクが。
嬉しそうに笑う。
「よかったです」
麗華は。
シズクを見る。
「ですが」
「はい?」
「食材そのものには、まだかなり引いておりますわ」
アデラも。
「俺も」
レティも。
「拙者もでござる」
リーゼが。
満足そうに。
深く頷いた。
「それでいい」
スージーが。
隣を見る。
「大尉も、全然平気じゃないものね」
リーゼが。
普通のバナナを食べながら。
力強く答えた。
「当然だ!」
二度目の収穫祭は。
大成功だった。
少なくとも。
味についてだけは。
誰一人。
異論がなかった。




