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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十三章 普通Ⅰ

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第百七十六話 一日を露天風呂で振り返る

その日の夕方。


レティ。


アデラ。


麗華。


三人は、揃って露天風呂にいた。


昨日ここへ来たばかり。


今日一日だけでも。


館。


洗濯。


畑。


鶏の木。


米の入ったにんじん。


滝壺。


巨大な鳥。


巨大な魚。


漂着物。


覚えることが多すぎた。


アデラが湯船の縁へ両腕を乗せる。


「……疲れた」


レティも肩まで湯へ沈む。


「身体より、頭が疲れたでござる」


麗華は濡れた髪をまとめながら頷いた。


「同感ですわ」


だが。


気持ちはいい。


湯は温かい。


外気は涼しい。


視界の向こうには、谷底の岩壁と森。


遠くで水の音も聞こえる。


一日歩いた後の身体へ。


温かい湯が染み込んでいく。


アデラが長く息を吐いた。


「俺のところじゃ、こんな風呂は領主でもそうそう入れねえ」


麗華も頷く。


「わたくしの家でも、ここまで大量のお湯を毎日使うのは無理ですわね」


レティが聞く。


「二人の世界では、風呂はそこまで贅沢なのでござるか?」


「湯を沸かすだけで手間だ」


アデラが答える。


「薪がいる。水もいる。人手もいる」


麗華も。


「貴族なら入浴できますけれど、それでも好きな時間に、好きなだけ、というわけにはまいりませんわ」


レティは湯を見る。


「拙者のところでも、宿によっては湯浴み程度でござるな」


三人とも。


少し黙った。


昨日まで。


世界も。


身分も。


生活も。


全く違った。


なのに。


風呂に関しては。


三人とも同じように驚いている。


アデラが笑った。


「俺たち、妙なところで話が合うな」


麗華も少し笑う。


「普通の感覚が近いのでしょうね」


レティが反応した。


「リーゼ殿が聞けば喜びそうでござる」


三人が。


しばらく黙る。


そして。


同時に笑った。


麗華が言った。


「本当に、あの方は何故あそこまで普通に執着しているのかしら」


アデラが即答した。


「ここに住んでるからだろ」


レティも頷く。


「拙者も一日で少し分かったでござる」


鶏の声がする。


鶏はいない。


木が鳴いている。


卵が実る。


にんじんを抜く。


葉元を引く。


ポン。


米が出る。


滝壺へ行く。


湖どころか、海にしか見えない。


巨大な鳥が飛ぶ。


その巨大な鳥を。


さらに巨大な魚が食う。


アデラが額へ手を当てた。


「……今日だけで十分おかしいな」


麗華が頷く。


「昨日は人間関係の方がおかしいと思っておりましたけれど」


レティが聞く。


「どちらが上でござる?」


麗華は考えた。


「難しいですわね」


アデラ。


「忍者」


レティ。


「即答でござるな」


「木が卵を作るくらいなら、まだ食料だ」


アデラは真顔だった。


「忍者は何でエロ拷問を教育課程にしてんだ」


麗華が静かに頷いた。


「わたくしも、そこは同意しますわ」


レティも。


「拙者もでござる」


三人の意見が一致した。


アデラは。


朝の露天風呂を思い出す。


クロエ。


アスラ。


ネイラ。


ルヴァナ。


非常に親切だった。


こちらを気遣う。


挨拶も普通。


家族仲も良い。


なのに。


途中から。


昨晩のエロ拷問について。


どちらが長く耐えたかで本気の議論を始めた。


アデラが呟く。


「人格はまともなんだよな」


麗華が見る。


「忍者の方々?」


「ああ」


「それは、わたくしも思いましたわ」


レティも頷く。


「普通に話しておれば親切でござる」


「だから余計分からん」


アデラは湯へ口元まで沈んだ。


少し離れたところで。


水が流れ込んでいる。


音が気持ちいい。


麗華が言った。


「シズクも」


レティが見る。


「うむ」


「本当に親切ですわね」


「拙者も今朝、そう思ったでござる」


アデラが聞く。


「何かあったのか?」


「腹が鳴ったら、早めに飯を作ってくれた」


「いいな」


「洗濯までしてくれるそうでござる」


麗華も頷く。


「わたくしも着替えを手伝っていただきましたわ」


アデラが少し考える。


「女中でもないんだよな?」


「違うそうでござる」


「それで、あれだけやるのか」


麗華は静かに言った。


「善意なのでしょうね」


三人とも。


少し黙る。


見知らぬ相手。


昨日突然現れた。


何者かも分からない。


それでも。


食事を出す。


寝場所を用意する。


服を貸す。


洗濯する。


風呂を教える。


危ない場所を説明する。


何も求めない。


麗華は湯へ肩まで沈んだ。


「わたくしの世界では」


少しだけ声が変わった。


「親切にされれば、まず理由を考えておりましたわ」


アデラが見る。


「裏があるかって?」


「ええ」


「貴族だからか」


「それもありますわね」


誰と仲良くするか。


誰へ頭を下げるか。


誰に微笑むか。


誰へ贈り物をするか。


全部。


意味がある。


王妃候補だった麗華には。


なおさらだった。


「ここでは」


麗華は空を見る。


「誰も、わたくしが鷹司家の娘だから親切にしているわけではありませんものね」


レティが頷く。


「そもそも鷹司家を知らぬ」


「そうですわ」


麗華は笑った。


「それが、少し楽ですの」


アデラも。


「俺が騎士でも、誰も気にしてねえしな」


レティも。


「拙者が龍神でも、最初に少し驚かれただけでござる」


三人は。


それぞれ。


元の世界で持っていたものを。


ここでは。


ほとんど意味のないものにされている。


身分。


肩書。


種族。


婚約。


所属。


それでも。


本人として扱われる。


麗華が静かに言った。


「悪くありませんわね」


アデラが頷く。


「ああ」


レティも。


「うむ」


少しして。


アデラが言った。


「でも、飯は一番でかい」


麗華が吹き出した。


「結局そこですの?」


「大事だろ」


レティが強く頷く。


「重要でござる」


麗華も。


一度。


考える。


そして。


「否定はいたしませんわ」


三人とも。


今日食べたものを思い出す。


朝。


昼。


夜。


どれも。


美味しい。


量もある。


毎日三回。


それが。


当たり前らしい。


アデラが言った。


「朝風呂入って」


指を一本。


「美味い飯を三回食えて」


二本。


「戦争がなくて」


三本。


「寝る場所もある」


四本。


「十分じゃねえか?」


レティも頷く。


「拙者も、依頼へ行かずに食えるなら随分楽でござる」


麗華が少し遠い目をした。


「わたくしなど、昨日まで処刑台でしたもの」


一瞬。


静かになる。


だが。


麗華自身が。


小さく笑った。


「それに比べれば」


湯。


風。


食事。


「大抵のことは、どうでもよくなりますわ」


アデラが言った。


「それ、強いな」


「昨晩、忍者の方々に拷問の改善案を出されましたので」


レティが吹き出した。


アデラも笑う。


麗華も。


少し笑った。


「ギロチンが簡単な処刑に思えてきましたわ」


「比較対象がおかしいでござる」


「分かっておりますわ」


湯気が。


ゆっくり流れる。


少しして。


レティが聞いた。


「アデラ殿」


「何だ」


「今朝、忍者親子と風呂に入ったのでござろう?」


「ああ」


「どうだった?」


アデラは。


少し考えた。


「普通だった」


麗華が眉を上げる。


「本当に?」


「途中までは」


「途中までは?」


「親二人が、昨晩のエロ拷問でどっちが耐えたか言い合い始めた」


レティと麗華が。


同時に黙った。


アデラは続ける。


「だから景色を見ることにした」


レティが頷く。


「正しい判断でござる」


麗華も。


「わたくしもそうしますわ」


三人の視線が。


自然と。


露天風呂の外へ向いた。


森。


岩壁。


水。


夕方の光。


ここから見える範囲には。


今のところ。


巨大な魚も。


巨大な鳥も。


忍者の拷問談義もない。


静かだった。


本当に。


いい景色だった。


麗華が言った。


「今日は」


一拍。


「朝から随分歩きましたわね」


アデラが笑う。


「畑仕事もした」


レティも。


「洗濯も手伝った」


「漂着物も拾いましたわ」


「風呂にも入った」


「飯も食った」


三人が。


少し考える。


昨日までなら。


一緒にするはずのなかったことばかり。


麗華が言った。


「普通の一日でしたわね」


アデラが即座に言う。


「どこが」


「言ってみたかっただけですわ」


レティが笑った。


その時。


遠くで。


「コケケッコォォォォォー!」


三人が。


同時に。


顔を上げた。


沈黙。


アデラが言う。


「木だな」


レティ。


「木でござるな」


麗華。


「木ですわね」


三人とも。


もう立ち上がらなかった。


アデラが湯船の縁へ頭を預ける。


「慣れてきたな」


レティも。


「早い気がするでござる」


麗華は夕方の空を見る。


「慣れなければ、疲れるだけですもの」


少しして。


アデラが聞いた。


「明日は何見るんだろうな」


レティが言う。


「知らぬ方がよい気がする」


麗華も。


「同感ですわ」


また。


静かになる。


湯が気持ちいい。


風も。


景色も。


身体の疲れが。


少しずつ抜けていく。


昨日。


突然ここへ来た。


三人。


まだ。


帰れるのかも。


ここが何なのかも。


分からない。


だが。


今夜くらいは。


考えなくていい。


アデラが言った。


「上がったら飯か?」


レティが答える。


「もう食事の心配でござるか」


「風呂入ると腹減るだろ」


麗華が笑う。


「本当に、あなたは分かりやすいですわね」


「悪いか」


「いいえ」


麗華は。


温かい湯へ身体を沈めた。


「そのくらいの方が、今は羨ましいですわ」


三人は。


もう少しだけ。


露天風呂にいることにした。


今日一日。


理解できないものはいくつもあった。


だが。


全部を理解する必要もない。


飯が美味しい。


風呂が気持ちいい。


親切な人がいる。


そして。


同じ日に迷い込んだ仲間が二人いる。


今のところ。


それで十分だった。

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