第百七十四話 卵は木になり、米はにんじんから出る
洗濯物を干し終えると。
リーゼは、そのまま三人を畑へ連れていった。
レティ。
アデラ。
麗華。
シズクは収穫用の籠を持ち、スージーも一緒についてくる。
アデラが畑を見た。
「今度こそ普通そうだな」
リーゼの足が止まる。
「その言葉はまだ早い」
「畑だろ?」
「畑ではある」
「じゃあ何があるんだよ」
リーゼは答えなかった。
スージーが苦笑する。
「大尉、三人が驚くの楽しみにしてない?」
「新兵教育だ!」
「やっぱり楽しみにしてるじゃない」
レティが周囲を見回す。
「昨日の食事に出ていた野菜も、ここで採れるのでござるか?」
シズクが頷いた。
「はい。全部ではありませんけれど、よく使うものはこの辺りにあります」
麗華も畑を見る。
「朝食も夕食も、本当に美味しかったですものね」
「今日のお昼に使うものも、少し採って帰りましょう」
「では、お手伝いいたしますわ」
アデラも頷く。
「俺もやる」
レティも。
「拙者も働くでござる」
リーゼは三人を見て満足そうに頷いた。
「よし」
スージーが横から言う。
「上官の顔しないの」
「教育中だ」
「部下じゃないって昨日から言われてるでしょう」
その時。
林の方から。
「コケッ」
鶏の声がした。
アデラが顔を上げた。
「鶏いるのか?」
麗華も周囲を見る。
「朝も聞こえておりましたわね」
レティも耳を澄ます。
少し離れたところから。
「コケ、コケッ」
確かに。
鶏の鳴き声にしか聞こえない。
シズクが言った。
「ちょうど卵の実も少なくなっていますし、先に採っていきましょうか」
三人が止まった。
アデラが聞き返す。
「何の実?」
「卵の実です」
「卵は実じゃないだろ」
「ここのは実ですよ」
リーゼが腕を組んだ。
「行けば分かる」
アデラが嫌そうな顔をした。
「昨日から、その言葉の後にろくなものが出てこないんだよな」
「今回は食料だ!」
「それは安心材料にならないでござる」
レティが言った。
少し歩く。
林へ入る。
また。
「コケッ」
近い。
麗華が木々の間を見る。
「声はこの辺りからですわ」
「そうですね」
シズクが答える。
「ですが、鶏はいません」
三人が止まった。
「いない?」
アデラが聞く。
「はい」
「では、今鳴いたものは何でござる?」
レティが周囲を見る。
風が吹いた。
葉が揺れる。
枝が揺れる。
「コケッ」
三人が。
一斉に。
木を見た。
沈黙。
もう一度。
風。
別の枝から。
「コケ、コケッ」
麗華がゆっくりリーゼを見る。
「……木が鳴きましたわ」
「鳴いたな」
「随分と落ち着いておりますのね」
「小官も最初は驚いた」
スージーが笑う。
「かなりね」
「過去の話だ!」
レティが木へ近づく。
「鳴く木?」
「葉や枝の一部に空洞があるんです」
スージーが説明した。
「風が通ると、鶏の鳴き声みたいな音になるの」
「意図的に鳴いておるわけではない?」
「少なくとも、今のところはそう考えてるわ」
アデラが木を見上げた。
「じゃあ鶏はいないんだな」
「一羽もいません」
シズクが答える。
「それなのに、これは鶏の木と呼んでいます」
麗華が眉を寄せる。
「鳴き声だけで?」
シズクが枝を指した。
「それだけではありませんよ」
三人が見る。
枝の先。
葉の間に。
白。
薄茶色。
楕円形。
いくつもぶら下がっている。
レティが止まった。
アデラも止まった。
麗華も。
しばらく。
誰も喋らなかった。
やがてアデラが言った。
「卵だろ」
シズクが答える。
「実です」
「卵だ」
「果実です」
「どう見ても卵だぞ」
リーゼが遠い目をする。
「小官も同じところを通った」
レティが一つへ顔を近づける。
「殻まであるように見えるでござる」
「あります」
「割ると?」
「白身みたいな部分と、黄身みたいな部分があります」
「卵では?」
「果実です」
麗華が聞いた。
「焼くと?」
「目玉焼きのようになります」
「茹でると?」
「ゆで卵のようになります」
「味は?」
「ほとんど卵です」
麗華はシズクを見た。
「卵ですわよね?」
ティセラなら訂正するところだったが。
今日はここにいない。
代わりにリーゼが言った。
「食卓では卵でいい」
スージーが笑った。
「大尉、完全に諦めたわね」
「分類など教授に任せる!」
シズクが熟した実を選ぶ。
枝から外す。
こつん。
硬い殻。
そのまま籠へ入れる。
「普通の卵より長く保存できますよ」
アデラが反応した。
「どれくらい?」
「かなり長く」
「割れにくい?」
「普通の卵よりは」
アデラの顔が変わった。
「便利じゃないか」
レティも頷く。
「旅へ持っていけるなら、かなり優秀でござるな」
麗華も。
「領地で育てられるなら、食料備蓄に良さそうですわ」
リーゼが三人を見る。
「順応が早い!」
アデラが言った。
「驚くのは最初だけだ」
レティも。
「美味くて保存が利くなら、使わぬ理由がない」
麗華も頷く。
「昨日から、見た目がおかしいことと役に立つことは別だと学びましたもの」
スージーが笑った。
「三人とも強いわね」
リーゼは少し複雑そうだった。
風が少し強くなる。
複数の枝を抜け。
「コケケッコォォォォォー!」
三人がびくりとした。
アデラが木を見る。
レティも。
麗華も。
リーゼの顔が少し明るくなる。
「よし」
スージーが呆れた。
「そこは安心するのね」
「初見なら驚くべきだ!」
籠へ卵の実をいくつか入れ。
次の畑へ向かう。
少し歩いたところで。
今度は。
三人が安心した。
地面から。
緑の葉。
その下。
土から少しだけ頭を出す。
太い根。
赤。
橙。
黄。
白。
紫。
少し青みがかったもの。
アデラが言った。
「にんじんだ」
レティも頷く。
「これは拙者も知っておる」
麗華も。
「色は妙ですけれど、根菜でしょう?」
リーゼが黙っていた。
スージーが横を見る。
「大尉、顔」
「何だ」
「すごく楽しそう」
「教育だ」
三人は気づかない。
シズクが畑へ入った。
「では、今日使う分のお米を採りましょう」
三人が止まった。
アデラが畑を見る。
もう一度。
にんじんを見る。
「……米?」
「はい」
「どこに?」
シズクは橙色の一本を指した。
「この中です」
レティが首を傾げる。
「それは、にんじんでは?」
「穀物です」
麗華が言った。
「どう見てもにんじんですわ」
リーゼが静かに頷いた。
「小官もそう言った」
シズクが葉を掴む。
土から引き抜く。
すぽん。
出てきたのは。
どう見ても。
大きめのにんじんだった。
アデラが指差す。
「ほら、にんじんだ」
「では、中身を出しますね」
「切るのか?」
「いいえ」
シズクは笊を用意した。
そして。
葉の根元へ指をかける。
「ここを引きます」
きゅっ。
ポン!
軽快な音。
三人の目が丸くなった。
シズクは開いた根を。
笊の上で逆さまにする。
さらさらさらさら。
白い粒が流れ落ちる。
アデラ。
レティ。
麗華。
三人とも。
笊を見る。
「…………」
シズクが言った。
「お米です」
レティが一粒取る。
「……米でござるな」
麗華も見る。
「今朝食べたものと同じですわ」
アデラは。
にんじん。
米。
にんじん。
米。
交互に見る。
「何で?」
リーゼが大きく頷いた。
「そうなるだろう!」
アデラが振り向く。
「何でお前が嬉しそうなんだ!」
「正常な反応だからだ!」
スージーが額を押さえた。
「大尉、新しい三人で自分の過去をやり直すのやめない?」
「小官は教育しているだけだ!」
レティがシズクへ聞く。
「米は田で育てぬのでござるか?」
「私の故郷ではそうでした」
「では何故ここでは」
レティがにんじんを見る。
「これなのでござる?」
「そういう植物ですから」
「それで済ませるのでござるか」
「便利ですよ」
シズクは普通だった。
「水田を作らなくてもいいですし、開けるまでは長く保存できます」
麗華が反応する。
「保存できますの?」
「外側が容器になりますから」
「虫は?」
「入りにくいです」
「湿気は?」
「外側が傷んでいなければ、中はかなり安定します」
麗華の顔が。
王妃教育を受けた貴族令嬢のものへ変わる。
「……かなり有用ではありませんこと?」
リーゼが言った。
「そうなんだ」
アデラも一本持つ。
「このまま運べる?」
「はい」
「米袋より丈夫じゃないか?」
「多少ぶつけるくらいなら大丈夫ですよ」
「便利だな」
レティも頷く。
「旅人にはありがたい」
リーゼが叫んだ。
「もう少し驚いていろ!」
アデラが言い返す。
「驚いた後に便利だと思ったんだよ!」
麗華も。
「驚き続けて食料を無駄にする方が愚かですわ」
レティ。
「美味い飯になるのでござろう?」
シズクが頷く。
「なります」
「なら問題ない」
三人の判断が早かった。
リーゼは少し悔しそうだった。
スージーが笑っている。
「大尉より適応が早いわね」
「小官は科学者として疑問を持つ義務がある!」
「軍人でしょう?」
「技術士官だ!」
「便利ね、その使い分け」
アデラが手にした一本を見る。
「俺も開けていいか?」
「はい」
シズクが笊を渡す。
アデラは葉元を掴む。
引く。
ポン!
「お」
逆さにする。
さらさらさら。
米。
アデラが少し笑った。
「面白いな」
レティも一本抜く。
「拙者も」
ポン!
さらさらさら。
「これは癖になるでござる」
麗華も畑へ入る。
パジャマから着替えたばかりの服の裾を気にしながら。
一本。
抜く。
「ここを?」
「はい」
ポン!
麗華の目が少し大きくなる。
逆さにする。
さらさらさら。
白い米。
「……本当に出ましたわ」
「はい」
麗華は。
少し笑った。
「妙に楽しいですわね」
リーゼが三人を見る。
「収穫だぞ」
アデラが答える。
「楽しくてもいいだろ」
レティも。
「仕事が楽なのはよいことだ」
麗華も。
「それに、わたくしはこうして畑から何かを収穫したこと自体、ほとんどございませんもの」
三人は。
次の一本を選び始めた。
シズクが止める。
「色は見てくださいね」
「何故?」
アデラが聞く。
「中身が違います」
三人が止まる。
リーゼが額を押さえた。
「そこまで説明するのか……」
シズクは黄色いものを指した。
「こちらは小麦です」
紫。
「こちらは小麦粉」
アデラが止まる。
「粉?」
「はい」
「中に?」
「はい」
レティが紫へ手を伸ばした。
シズクが止める。
「それは袋の中で開けてください」
「何故でござる?」
「粉まみれになります」
レティは静かに手を引いた。
「聞いてよかったでござる」
スージーが笑う。
麗華は橙色の空になった根を見る。
「ところで」
「はい?」
「中身を出した後は?」
「食べられますよ」
「これも?」
「はい」
シズクが一本切って。
小さく渡す。
アデラが先に食べる。
しゃく。
噛む。
「…………」
レティが見る。
「どうでござる?」
「にんじん」
麗華も一口。
しゃく。
「にんじんですわ」
レティも。
「普通のにんじんでござる」
リーゼが空を見た。
「何故そこだけ普通なんだ……」
スージーが笑った。
「全部おかしくても怒るでしょう?」
「当然だ!」
収穫用の籠には。
卵にしか見えない果実。
米を出すにんじん。
食べるための根菜。
同じ植物から。
朝食にも。
昼食にも。
保存食にもなるものが。
次々と入っていった。
アデラが籠を見る。
「昨日の軍馬よりはいいな」
リーゼが振り向く。
「比較対象がおかしい!」
「少なくとも人を食わない」
「植物だからな!」
レティが卵の実を見る。
「木から卵」
米の入った根を見る。
「にんじんから米」
少し考える。
「拙者の世界のダンジョンより妙でござる」
麗華も頷く。
「けれど」
籠を見る。
「全部食べられるのでしょう?」
シズクが笑った。
「はい」
麗華は即答した。
「では、よろしいですわ」
アデラも。
「飯になるならいい」
レティも。
「美味ければなおよい」
リーゼが三人を見る。
「貴様ら!」
スージーが笑いながら言った。
「大尉」
「何だ!」
「三人とも、この谷底でやっていけそうね」
リーゼは。
卵の木。
米のにんじん。
そして。
既に収穫を楽しみ始めた三人を見る。
少し考え。
「……そうだな」
認めた。
その時。
林へ朝の残り風が吹いた。
「コケケッコォォォォォー!」
三人が。
一斉に。
そちらを見る。
数秒。
アデラが言った。
「やっぱあれだけは慣れねえな」
レティも頷く。
「木が鳴く必要はないと思うでござる」
麗華も。
「せめて静かに卵を実らせてほしいですわ」
リーゼの顔に。
満足そうな笑みが浮かんだ。
スージーがそれを見て。
ため息をついた。
「大尉、嬉しそう」
「正常な反応だ」




