第百七十三話 洗濯物を見れば、この館の普通が分かる
朝食が一段落した頃。
リーゼは、レティ、アデラ、麗華の三人を呼び集めた。
隣にはスージーもいる。
リーゼは腕を組み。
妙に誇らしげに言った。
「よし」
アデラが嫌そうな顔をした。
「何だ、その顔は」
「今日から貴様ら三人に、谷底での生活を教える」
麗華が眉を上げる。
「昨日から随分教えていただいておりますけれど?」
「断片的な説明では駄目だ」
リーゼは三人を順番に見る。
「小官が上官として、新兵に必要事項を教育する」
アデラが即座に言った。
「俺はお前の部下じゃない」
レティも続く。
「拙者も冒険者でござる」
麗華は胸へ手を置いた。
「わたくしに至っては軍人ですらございませんわ」
リーゼは頷いた。
「分かっている」
「なら新兵と呼ぶな!」
「便宜上だ!」
スージーが隣で苦笑する。
「大尉、新しい人が三人も来たから張り切ってるのよ」
「張り切ってはいない!」
「昨日からずっと嬉しそうだけど」
「普通の人間が三人増えたからな!」
麗華が冷たい目を向けた。
「その普通という言葉、まだ続けますの?」
「重要な分類だ」
「分類にしないでくださる?」
ともかく。
三人はリーゼに連れられ、館の中を一通り見ることになった。
まず。
自分たちが寝た和室。
廊下。
調理場。
食料を置く場所。
浴室。
洗濯場へ続く場所。
共同作業に使う場所。
そして。
昨日から何度も使っている屋根付きバルコニー。
リーゼが説明する。
「ここが共同食事場所だ」
麗華が頷く。
「そこはもう分かりますわ」
「三方を開けて風を通している」
レティも頷く。
「聖者殿が皆と一緒に食事するためでござるな」
「そうだ」
アデラがバルコニーを見る。
「昨日も同じ場所にいたな。離れてはいたけど」
「体質上、安全距離は必要だからな」
スージーが補足する。
「でも、別の場所にいるわけじゃないの。同じ食卓よ」
麗華は少し離れた卓の端を見る。
「なるほど。あの方のために、最初からこういう形にしたのですわね」
リーゼが頷く。
「館そのものも聖者仕様だから、何を作っても大きい」
アデラが天井を見る。
「確かにな」
レティも梁を見る。
「拙者のところの宿より、随分高いでござる」
麗華が言った。
「昨日はそれどころではありませんでしたけれど、改めて見ると本当に大きな館ですわね」
「慣れろ」
リーゼが言う。
「この谷底では、大きいことにいちいち驚いていると疲れる」
アデラが聞いた。
「お前がそれを言うのか」
リーゼが止まった。
スージーが笑う。
「大尉、一番驚いてたものね」
「過去の話だ!」
「今も驚いてるでしょう」
「内容が更新され続けるからだ!」
一通り館を回り。
外へ出たところで。
シズクの姿が見えた。
洗濯物の籠を抱えている。
「シズク」
リーゼが声をかける。
シズクが振り返った。
「はい?」
「これから干すのか」
「はい」
リーゼは三人を見る。
「ちょうどいい」
アデラが嫌な予感のする顔をする。
「何がだ」
「生活実習だ」
「洗濯物を干すだけだろ」
「それも生活だ!」
シズクが笑った。
「手伝っていただけるなら助かります」
レティはすぐ頷いた。
「世話になっておるからな。手伝うでござる」
麗華も少し考える。
自分の世界なら。
洗濯物を干すのは侍女の仕事だった。
自分でやったことはない。
だが。
ここでは。
誰もそれを気にしない。
「では、教えてくださいませ」
アデラも肩をすくめた。
「俺もやる」
洗濯物が。
次々と籠から出された。
最初は。
普通だった。
布。
シャツ。
パジャマ。
シズクの衣類。
リーゼの衣類。
スージーの衣類。
三人も見よう見まねで干していく。
麗華は最初こそ手間取ったが。
「こうですか?」
「はい。大丈夫です」
シズクに教えられれば、それほど難しいことではない。
アデラは早かった。
「紐に掛けて留めればいいんだな」
「はい」
レティも。
「洗濯ばさみというのは便利でござるな」
「風が強い時に助かります」
そこまでは。
非常に平和だった。
アデラが籠の中から。
妙な布を引き出すまでは。
「……何だ、これ」
広げる。
三人が見る。
麗華が止まる。
レティも止まる。
布地が。
妙に少ない。
形も。
明らかに実用品としては不自然だった。
麗華が聞く。
「これは……下着?」
シズクが見る。
「ああ。それはエヴァのですね」
アデラがもう一度見る。
「これが?」
「はい」
「何を支えるんだ?」
リーゼが即座に言った。
「疑問に思うな」
「いや、思うだろ」
レティも首を傾げる。
「布が足りぬように見えるでござる」
「足りているらしい」
リーゼの声は遠かった。
麗華が別のものを持ち上げた。
今度は。
もっと妙だった。
「……こちらは?」
シズクが確認する。
「それもエヴァですね」
リーゼが額を押さえた。
「こすぷれ用だ」
レティが反応する。
「昨日聞いた、こすぷれ?」
「そうだ」
三人が。
衣装を見る。
麗華が慎重に尋ねた。
「これは、何の格好をするための服ですの?」
リーゼは答えなかった。
アデラが見る。
「大尉」
「聞くな」
「何の服だ」
「知らなくていい」
「昨日からそればかりだな」
スージーが苦笑した。
「聖者の前世の趣味が混ざってるのよ」
麗華がさらに衣装を見る。
「これをエヴァが?」
「着る」
リーゼが答えた。
「本当に?」
「着る」
レティがエヴァの身体を思い出す。
二メートル近い。
巨大。
筋肉。
そして。
胸も。
大きい。
手にしている衣装も。
当然。
大きかった。
アデラが自分の胸元を見る。
それから。
エヴァの下着を見る。
「……俺の二倍どころじゃないな」
麗華も自分と比較した。
「同じ女性用とは思えませんわ」
レティも自分を見る。
「拙者のものなら、この中へ入りそうでござる」
リーゼの表情が明るくなった。
「そうだ」
三人が見る。
「何でござる?」
リーゼは満足そうだった。
「その反応だ」
麗華が眉を寄せる。
「何がですの?」
「正常な反応だ!」
スージーが呆れた。
「大尉、それを確認したくて手伝わせたんじゃないでしょうね」
「違う!」
「今、すごく満足そうだったけど」
「結果として教育効果があっただけだ!」
アデラが次の洗濯物を取る。
そして。
また止まった。
「…………」
今度は。
服だった。
ただし。
胸の部分だけが。
左右完全に分かれている。
一つの胸元ではない。
一房。
一房。
それぞれを別々に包む形になっている。
アデラが広げた。
「何だ、この服」
リーゼが遠い目をした。
「来たか」
麗華も覗き込む。
「仕立てを間違えたのではなくて?」
「間違えていない」
「では何故、胸だけ完全に左右へ分離しておりますの?」
リーゼは言った。
「忍者世界の服だ」
レティが固まる。
「……これを?」
「着る」
「誰が?」
「クロエかアスラか、ネイラかルヴァナだ」
三人が服を見る。
そして。
思い出す。
忍者親子四人。
全員。
背が高い。
細身。
なのに。
胸だけが。
非常に大きい。
アデラは。
朝の露天風呂を思い出した。
「……ああ」
リーゼが見る。
「分かったか」
「分かった」
「何が?」
麗華が聞く。
アデラは真顔で答えた。
「昨日、大尉が俺たちの胸を普通って言った意味」
麗華の顔が引きつった。
「そこへ戻りますの?」
アデラは服を持ち上げる。
「いや、これは分かる」
レティも横から見る。
「大きいでござるな」
麗華も。
しばらく見て。
認めざるを得なかった。
「……大きいですわね」
リーゼが。
静かに。
拳を握った。
スージーが見る。
「大尉」
「三人とも同じ反応をした」
「だから何」
「普通だ……!」
「洗濯物を使って確認することじゃないのよ」
シズクは気にせず洗濯を続けている。
麗華が別の服を取った。
それも。
乳房の房が左右それぞれ分かれている。
しかも。
大きい。
「これで普通に動けますの?」
シズクが答える。
「動いていますよ」
「走ったり?」
「します」
「戦ったり?」
「しますね」
アデラが言う。
「邪魔じゃないのか」
スージーが少し笑った。
「本人たちは慣れてるみたい」
レティが服の胸部分を見た。
「しかし」
少し考える。
「何故、わざわざ一房ずつ形を出すのでござる?」
リーゼが即答した。
「聞いた」
「何と?」
「昔からだそうだ」
アデラが眉を寄せる。
「それだけ?」
「伝統だとも言われた」
麗華。
「理由になっておりませんわ」
リーゼの目が潤んだ。
「そうだ!」
スージーが額を押さえる。
「新しい三人を使って、過去の自分を肯定しないで」
「全員同じところで疑問に思っている!」
「そりゃ思うでしょうよ」
さらに。
洗濯籠から。
下着が出る。
忍者世界のもの。
これも。
左右の乳房を一房ずつ支える構造だった。
レティが両手で持つ。
「…………」
アデラが横から見る。
「でかいな」
麗華も見る。
「ええ」
レティは。
自分の胸を見る。
下着を見る。
もう一度。
自分を見る。
「……拙者なら片方で足りるのでは?」
リーゼが声を上げた。
「言うと思った!」
スージーがリーゼを見る。
「嬉しそうね」
「同じことを思った人間がいた!」
「大尉、今日すごく楽しそうね」
「教育だ!」
「絶対違うと思う」
麗華が別のものを取る。
「これはスージーのでは?」
スージーが見る。
「あ、それ私」
三人が。
今度は。
スージーを見る。
スージーが止まった。
「何」
麗華。
洗濯物。
スージー。
もう一度。
洗濯物。
レティも同じ。
アデラも同じ。
スージーの猫耳が横へ倒れた。
「ちょっと」
リーゼが小さく言う。
「これも大きい」
「大尉」
「事実だ」
「何であなたまで参加してるの」
アデラが言った。
「確かに昨日から大きいとは思ってたが」
「口に出さなくていいの」
レティも頷く。
「服だけでも分かるものでござるな」
「分からなくていいから」
麗華が静かに言った。
「少なくとも、昨日リーゼがわたくしたち三人を見て感動した理由は理解いたしましたわ」
リーゼが。
満足そうに腕を組んだ。
「そうだろう」
スージーが呆れた。
「何で勝ち誇ってるの?」
「谷底の基準を正確に伝えられた」
「胸の大きさを谷底教育に含めないで」
リーゼは三人を指差した。
「いいか」
アデラが言う。
「また始まった」
「貴様ら三人は、自分たちが普通であることに誇りを持て」
麗華が即座に返す。
「嫌ですわ」
レティ。
「何故胸で誇りを持つのでござる」
アデラ。
「剣で言われるなら分かるけどな」
リーゼが愕然とする。
「何故分からん!」
スージーが笑い出した。
「分かるわけないでしょう」
シズクが次の籠を持ってきた。
「まだありますよ」
三人が見る。
リーゼも見る。
エヴァの衣装。
忍者世界の服。
スージーの下着。
さらに。
大小。
形。
文化。
用途。
明らかに。
自分たちの世界では見たことのない衣類が。
まだ大量に入っていた。
アデラが遠い目をした。
「屋敷の説明より、こっちの方が住人のこと分かるな」
レティも頷く。
「生活が見えるでござる」
麗華は洗濯物を一枚持ち上げた。
「見えなくてもよい生活まで見えている気がいたしますけれど」
リーゼが深く頷く。
「それが共同生活だ」
スージーが横から言う。
「大尉」
「何だ」
「今日一番楽しんでるの、あなたよ」
「そんなことはない」
「ずっと満足そうな顔してる」
リーゼは。
普通の胸。
普通の下着。
普通の反応。
三人を見る。
そして。
巨大な洗濯物を見る。
「……いい教育になった」
スージーはため息をついた。
「新兵教育って、洗濯物のサイズを見せることだったの?」
「結果論だ!」
朝の風が。
洗濯物を揺らした。
巨大なものも。
妙な形のものも。
普通のものも。
同じ紐の上で。
一緒に揺れていた。




