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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十三章 普通Ⅰ

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第百七十二話 風が気持ちよくて、ご飯が美味しい

麗華が目を覚ました時。


部屋には、もう誰もいなかった。


見慣れない高い天井。


畳。


昨夜初めて使った布団。


そして。


左右に敷かれていた二組の布団は、空だった。


「……置いていかれましたわ」


別に置いていかれたわけではない。


アデラも。


レティも。


先に目が覚めただけだろう。


それくらいは分かる。


分かるのだが。


麗華は自分の身体を見る。


昨夜渡されたパジャマのまま。


「問題は、ここからですわね」


自分一人では。


昨日の舞踏会用ドレスへ着替えられない。


留め具。


紐。


背中側。


貴族令嬢の服とは、そもそも一人で着るようには作られていない。


普段なら侍女がいる。


当然のように。


呼べば来る。


それが当たり前だった。


だが。


ここには侍女はいない。


少なくとも。


自分付きの侍女などいない。


麗華はしばらく考えた。


そして。


パジャマのまま部屋を出た。


「……仕方ありませんわ」


誰も知らない場所。


昨日来たばかり。


今さら寝間着姿を見られた程度で何だというのか。


一度。


首まで落とされた女である。


麗華はそう自分へ言い聞かせた。


廊下へ出る。


朝の館は静かだった。


昨夜。


リーゼから。


音がしても部屋を出るな。


忍者たちには近づくな。


などという、意味の分からない注意を受けた。


実際。


何か聞こえたような気もする。


だが。


麗華は眠った。


そして。


朝になった。


生きている。


首も繋がっている。


十分だった。


「おはようございます」


声がした。


麗華が振り向く。


シズクだった。


「おはようございますわ」


シズクは麗華の格好を見る。


「まだ着替えていませんでしたか」


「ええ」


麗華は少しだけ気まずそうに言った。


「わたくしの服は、一人では着られませんの」


「ああ」


シズクはすぐ理解した。


「それなら後でお手伝いしますよ」


「よろしいの?」


「はい」


あまりにも普通に答える。


「その前に、朝ご飯にしますか?」


麗華は少し迷う。


自分の格好を見る。


「このままで?」


「大丈夫ですよ」


「食事の席ですわよ?」


「皆、朝はそこまで気にしませんから」


麗華は黙った。


自分の世界なら。


あり得ない。


寝間着姿のまま。


人前へ出る。


しかも。


食事の席へ。


王妃候補だった自分なら。


誰かが見ている。


誰かが評価する。


姿勢。


髪。


服。


化粧。


誰と話したか。


何を食べたか。


どれほど笑ったか。


全部。


見られている。


そして。


どこかで言われる。


陰口。


噂。


評価。


だが。


ここでは。


誰も。


麗華がパジャマ姿だからといって気にしない。


シズクも。


本当に。


何とも思っていないらしい。


麗華は少しだけ肩の力を抜いた。


「……では、いただきますわ」


「はい」


シズクに案内され。


共同食事用の屋根付きバルコニーへ向かう。


朝の風が通っていた。


まだ全員は揃っていない。


だが。


そこには既に。


「麗華殿。おはようでござる」


レティがいた。


何かを食べている。


麗華は少し驚いた。


「レティ」


「先にいただいておる」


「あなたも早かったのね」


「腹が鳴ったのでござる」


麗華が少し笑う。


「正直ですこと」


「隠しても鳴るものは鳴る」


シズクも笑っていた。


麗華は席につく。


「アデラは?」


「露天風呂でござる」


レティが答えた。


「朝から?」


「朝から」


麗華は少し考えた。


「……随分と贅沢ですわね」


「拙者もそう思った」


シズクが食事を運んでくる。


朝食。


昨日の夕食ほどではない。


それでも。


麗華の感覚では十分に豪華だった。


温かい料理。


肉。


野菜。


果物。


汁物。


そして。


見慣れない料理まで。


屋根の向こうから。


鶏の鳴き声が聞こえた。


朝。


鳥の声。


風。


食事。


それだけだった。


麗華は。


料理を一口食べた。


「…………」


もう一口。


「美味しいですわ」


シズクが嬉しそうに言う。


「よかったです」


麗華は昨日から。


何度もそう思っている。


美味しい。


本当に。


驚くほど。


しかも。


これを。


一日三回。


毎日。


食べられるという。


自分は貴族だった。


王妃候補だった。


当然。


食事には困らなかった。


珍しいものも。


高価なものも。


食べた。


それでも。


ここで出される料理は。


単純に。


美味しい。


シズクは女中ではない。


侍女でもない。


それなのに。


朝食を用意してくれる。


洗濯もしてくれるらしい。


着替えまで手伝うと言う。


昨日。


突然現れた。


何者かも分からない自分へ。


ずっと。


親切だった。


善意で。


「……不思議ですわね」


シズクが見る。


「何がですか?」


「あなたですわ」


「私?」


「ええ」


麗華は料理を食べながら言う。


「女中でもないのに、随分と世話を焼いてくださる」


シズクは少し考えた。


「困っているなら、そのくらいは」


「それを普通にできる方は、それほど多くありませんわ」


シズクは少し困ったように笑った。


麗華はレティを見る。


レティも。


自分と同じ。


突然。


ここへ来た。


アデラも。


そうだ。


三人とも。


世界は違う。


育ちも違う。


常識も違う。


それでも。


昨日から。


何となく。


一緒にいる。


「不思議なものですわね」


レティが聞く。


「何がでござる?」


「あなたとアデラに」


麗華は少し言葉を選んだ。


「妙な仲間意識がありますの」


レティが頷いた。


「拙者もでござる」


「まだ一日も経っておりませんのに」


「同じ日に、同じように訳も分からず飛ばされてきたのでござる」


「それだけで?」


「十分では?」


麗華は少し考えた。


そして。


笑った。


「そうかもしれませんわね」


風が通る。


気持ちがいい。


誰も。


麗華の食べ方を見ていない。


誰も。


パジャマ姿を笑わない。


誰も。


王妃候補らしくしろと言わない。


誰も。


妹と比べない。


誰も。


陰口を言わない。


少なくとも。


今。


ここでは。


好きに食べている。


麗華はもう一口。


料理を口へ運んだ。


美味しい。


「……せっかく生きているのですもの」


レティが見る。


麗華は静かに続けた。


「少しくらい、のんびりしてもよろしいのでしょうね」


レティは頷いた。


「よいと思うでござる」


シズクも。


「はい」


麗華は空を見る。


昨日まで。


自分は。


死んだと思っていた。


いや。


実際。


死んだはずなのだ。


首へ刃が落ちた。


その記憶がある。


怖かった。


苦しかった。


悔しかった。


それなのに。


今。


朝の風に当たり。


温かい食事を食べている。


昨晩。


忍者たちは。


その処刑方法について。


生命維持装置がどうの。


感度十万倍がどうの。


肉触手がどうの。


切断した身体を繋ぎ直すだの。


培養槽で二人にするだの。


好き放題言っていた。


麗華は。


あの時は。


本気で腹が立った。


だが。


一晩寝て。


朝になって。


少し考え方が変わった。


あの者たちの話す拷問と比べれば。


「……ギロチンなんて、たかが知れておりますわね」


レティが食べる手を止めた。


「麗華殿?」


「いえ」


麗華は笑った。


「少し吹っ切れただけですわ」


少なくとも。


一度で終わった。


刃が落ちた。


そこで記憶が途切れた。


忍者たちの基準では。


そこからが始まりらしい。


それに比べれば。


大したことではない。


そう思うと。


妙に。


笑えてきた。


「わたくし、かなり酷い目に遭ったと思っておりましたけれど」


レティが真顔になる。


「十分酷い目には遭っておると思うでござる」


「そうですわね」


麗華は頷く。


「そこは訂正いたしませんわ」


ただ。


その酷い目に遭った自分が。


今。


こうして。


美味しい朝食を食べている。


それでいい。


今は。


風が。


本当に。


気持ちよかった。


その時。


バルコニーから見える庭の向こうに。


何かが現れた。


麗華が目を向ける。


レティも見る。


「…………」


「…………」


エヴァだった。


全裸。


何一つ身につけていない。


堂々と。


朝の庭を歩いてくる。


長い金髪。


巨大な身体。


鍛え上げられた筋肉。


そして。


全身。


昨夜の名残らしい汗や体液で汚れていた。


男のものと思われる匂い。


エヴァ自身の汗。


身体に残った濃い匂いが。


朝風に乗って。


少し離れた食卓まで届いてくる。


麗華の口が開いた。


レティも。


完全に止まっている。


エヴァは二人に気づいた。


片手を上げる。


「よっ!」


あまりにも普通だった。


麗華は返事ができない。


レティもできない。


エヴァはそのまま近づいてくる。


「二人とも早いな」


麗華はようやく声を出した。


「エヴァ」


「ん?」


「服は?」


「これから風呂」


「その前の話をしておりますの!」


「どうせ脱ぐだろ」


麗華は言葉を失った。


レティが小声で言う。


「合理的ではあるのでござるが……」


「納得しないでくださる!?」


エヴァは気にしていない。


そして。


麗華の前で止まった。


「ところで」


「何ですの」


エヴァは麗華を見る。


妙に真面目な顔だった。


「お前」


「はい?」


「昨日、よくあそこまで話したな」


麗華が少しだけ表情を変える。


「処刑のこと?」


「ああ」


エヴァは頷く。


「大勢の前で婚約を切られて、妹に取られて、捕まって、裁判やられて、最後は首まで落とされたんだろ」


麗華の眉が動いた。


「随分と雑にまとめますわね」


「でも話した」


エヴァは笑った。


「よくやったな」


麗華が止まる。


「……はい?」


「肝が据わってる」


エヴァは普通に言った。


「俺なら、初日にそこまで全部話すか分からん」


麗華は。


少し黙った。


まさか。


こんな状態の人間から。


そんな言葉をかけられるとは思っていなかった。


全裸。


汗。


昨晩の名残。


男の体液らしい匂い。


本人の汗と体液の匂い。


見た目と匂いだけなら。


今すぐ距離を取りたい。


なのに。


言っていることは。


まともだった。


いや。


優しかった。


麗華は少し困った。


「……ありがとうございますわ」


「おう」


エヴァは笑う。


「生きてんだから、今は好きにしろ」


その言葉は。


妙に。


麗華の胸へ残った。


だが。


シズクが。


エヴァを見る。


「エヴァ」


声が。


少し低い。


エヴァが振り返る。


「何だ?」


「食事中です」


「うん」


「皆さんの前です」


「うん」


「その格好で近づかないでください」


「今から風呂行くって」


「今すぐ行ってください」


「分かったよ」


「あと」


シズクは少し眉を寄せた。


「通る場所を考えてください。匂いもします」


エヴァが自分の肩辺りを嗅ぐ。


「そんなに?」


麗華とレティが同時に言った。


「します」


「するでござる」


エヴァが笑った。


「悪い悪い」


全く悪びれていない。


「じゃ、風呂行ってくる」


そう言って。


本当に。


全裸のまま。


歩いていった。


麗華はその背中を見る。


レティも。


見る。


しばらく。


誰も何も言わなかった。


やがて。


レティが口を開く。


「リーゼ殿の昨晩の話を思い出したでござる」


麗華も同じことを考えていた。


エヴァと聖者。


コスチュームプレイ。


どこででもする。


見つかったら。


参加させられかねない。


そして。


麗華が。


二人から求愛される遊びに溺れたらどうする。


「…………」


麗華は自分を見る。


パジャマ。


普通の身体。


普通の朝。


そして。


今。


全裸で歩いていったエヴァ。


「つまり」


レティが聞く。


「何でござる?」


麗華は小さく言った。


「リーゼの話ですと」


一拍。


「わたくしも、いずれああなる可能性があると?」


レティは考えた。


「……そういう意味にも聞こえたでござるな」


麗華は即座に首を横に振った。


「大丈夫ですわ」


「うむ」


「わたくしは、ああはなりません」


「そうでござるな」


二人とも。


強く頷いた。


シズクは何も言わなかった。


ただ。


少しだけ。


意味ありげに笑っている。


麗華が見る。


「何ですの?」


「いえ」


「何故笑ったの?」


「何でもありませんよ」


「何かありますわよね?」


「ありません」


麗華は少し疑った。


だが。


目の前には。


まだ朝食がある。


風も気持ちいい。


鶏の声も聞こえる。


朝から。


誰にも何も言われない。


好きな格好で。


好きなように食べている。


そして。


料理は。


驚くほど美味しい。


麗華はもう一口食べた。


「……まあ」


レティが見る。


「何でござる?」


麗華は風に髪を揺らしながら言った。


「今は、どうでもよろしいですわ」


「何が?」


「色々です」


生きている。


風が心地よい。


ご飯が美味しい。


今日は。


それだけで。


素晴らしい朝だった。

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