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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十三章 普通Ⅰ

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第百七十話 ここが天国と言われたら納得する

翌朝。


アデラは、目を覚ましてからしばらく天井を見ていた。


低い寝台がない。


正確には。


寝台そのものがない。


昨夜は床に敷いた布団で寝た。


最初こそ落ち着かなかったが、疲れていたらしい。


思ったよりよく眠れた。


隣ではレティがまだ布団にくるまっている。


麗華も静かに眠っていた。


昨夜。


リーゼから。


音がしても廊下へ出るな。


忍者たちの方へ行くな。


そんな妙な忠告を受けた。


実際。


遠くから何か聞こえた気もする。


だが。


三人とも無視した。


それで朝になった。


少なくとも。


何事もなかった。


アデラが廊下へ出ると、ちょうどシズクと会った。


「おはようございます」


「ああ。おはよう」


シズクは既に着替えていた。


アデラは首を回す。


「身体を動かしたいんだが、水浴びできる場所はあるか?」


「でしたら、お風呂へ行きますか?」


「風呂?」


「はい。露天風呂があります」


アデラが少し考えた。


「湯を沸かすのか?」


「もう入れますよ」


「朝から?」


「はい」


アデラは眉を上げた。


貴族の館でも。


朝起きて。


好きな時に大量の湯へ身体を沈めるなど、そう簡単にできることではない。


「……いいのか?」


「もちろんです」


シズクに案内され。


アデラは露天風呂へ向かった。


脱衣場で服を脱ぎ。


身体を流し。


そして。


湯船へ入った。


「…………」


思わず声が漏れた。


広い。


湯が惜しげもなく使われている。


しかも。


外だ。


空が見える。


谷底の森。


遠くの岩壁。


水の流れる音。


朝の空気。


身体は熱い湯に沈んでいるのに、顔へ当たる風は涼しい。


「……なんだ、これ」


アデラは湯船の縁へ腕を置いた。


気持ちいい。


あまりにも。


気持ちいい。


昨日の夕食を思い出した。


肉。


野菜。


汁物。


パンとは違う主食。


見たことのない料理もあった。


どれも。


驚くほど美味かった。


一度の宴でもない。


祝いでもない。


あれが普通の食事だという。


しかも。


聞けば。


朝。


昼。


夜。


一日に三度。


毎日。


食べる。


アデラは湯へ肩まで沈んだ。


「……貴族でも、こんな暮らししてねえぞ」


少なくとも。


自分の知る貴族では。


朝から。


大量の湯へ好きに入り。


景色を眺め。


腹いっぱい美味いものを日に三度食う。


そんな生活はできない。


しかも。


ここには。


領土争いがない。


隣の領主が兵を集めたという報せもない。


税を巡る揉め事もない。


攻城戦も。


略奪も。


徴兵もない。


少なくとも。


昨日一日聞いた限りでは。


戦争そのものがない。


アデラは空を見上げた。


「……ここが天国だって言われたら、納得するな」


死んではいない。


たぶん。


だが。


そう言われても信じそうだった。


その時。


脱衣場の方から声が聞こえた。


「だから母さん、それ昨日も言ったじゃん!」


ルヴァナの声だった。


「お前の数え方がおかしい」


クロエ。


「何故私まで巻き込まれている」


アスラ。


「三人とも朝から元気ですね」


ネイラ。


アデラが振り返る。


忍者親子四人が入ってきた。


「あ」


ルヴァナがアデラに気づく。


「おはよー」


アデラも返す。


「おはよう」


ネイラが少し頭を下げた。


「よく眠れましたか?」


「ああ。床で寝るのは落ち着かなかったがな」


クロエが言う。


「初日なら仕方ない」


アスラも続く。


「そのうち慣れる」


四人とも。


昨日から何度か話している。


どうにも妙な連中だが。


挨拶は普通。


こちらが分からないことを聞けば、きちんと答える。


困っていれば気を遣う。


今も。


アデラから少し距離を取って湯へ入ってきた。


新入りが落ち着けるようにしているのだろう。


人格だけを見れば。


かなりまともだった。


ただ。


アデラは四人を見て。


少しだけ別のことにも納得した。


長身。


細身。


全体にすらりとしている。


なのに。


胸だけが妙に大きい。


四人が並ぶと。


昨日。


リーゼが。


レティと麗華と自分を見て。


胸まで普通だ。


と感動していた理由が。


何となく分かった。


「……なるほど」


ルヴァナが見る。


「何が?」


「いや」


アデラは視線を景色へ戻した。


「何でもない」


言わない方がいい。


昨日のリーゼのようになる。


四人は湯へ入った。


クロエとアスラ。


ネイラとルヴァナ。


母親が二人。


娘が二人。


血は繋がっていないと聞いている。


それでも。


娘たちは二人を母と呼ぶ。


アデラの感覚では。


どういう家族なのか、まだよく分からない。


だが。


「クロエ母さん、そっち詰めて」


「広いだろう」


「そこがいいの」


「なら勝手に来い」


「アスラ母さん、髪入ってる」


「後で洗う」


「先に上げてください」


「ネイラは細かいな」


「湯に髪を浸けないでください」


「姉ちゃん、昨日も言ってたよ、それ」


「昨日も入れていたからです」


見ていれば。


仲がいいことだけは分かった。


アデラは少し笑った。


「いい家族だな」


四人が一度こちらを見る。


ネイラが微笑む。


「ありがとうございます」


ルヴァナも笑った。


「でしょ?」


クロエは何も言わない。


だが。


少しだけ満足そうだった。


アスラは堂々と頷いた。


「当然だ」


アデラは思う。


昨日の説明は。


いささか極端だったのではないか。


リーゼは。


忍者たちに近づくな。


巻き込まれるぞ。


などと言っていた。


だが。


こうして普通に話している分には。


親切な人たちだ。


その考えは。


数分で崩れた。


クロエが言った。


「しかし、昨日のは私の方が耐えただろう」


アスラが即座に反応した。


「何を言っている。最後に先に止めたのは貴様だ」


「止めたのではない。条件を変更した」


「負けた奴の言い訳だな」


「貴様こそ途中で術式を弱めただろう」


「弱めていない」


「弱めた」


「証拠は?」


「記録がある」


「見せろ」


「後でな」


アデラは景色を見たまま。


耳だけ二人へ向けた。


何の話だ。


ネイラが溜息をつく。


「また始まりました」


ルヴァナも湯船の縁へ頬を乗せた。


「昨日からずっとこれ」


アデラが尋ねた。


「何を競ってるんだ?」


ネイラが普通に答えた。


「昨晩のエロ拷問ですね」


アデラの動きが止まった。


「…………」


ルヴァナが頷く。


「どっちが最後まで耐えたかで揉めてんの」


アデラはゆっくり二人を見る。


クロエ。


アスラ。


二人はまだ言い合っている。


「感度条件が同じでなければ比較にならない」


「だから同じだと言っている」


「途中から違う」


「貴様が先に音を上げただけだ」


「上げていない」


アデラは。


昨日の夜。


リーゼの言葉を思い出した。


忍者たちの方には行くな。


巻き込まれるぞ。


「…………」


ああ。


これか。


アデラは納得した。


かなり納得した。


「リーゼが言ってたのは、これか」


ルヴァナが笑う。


「大尉、何か言ってた?」


「近づくなって」


ネイラが少し困ったように笑った。


「そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」


「本人が望まなければ巻き込まない」


クロエが言った。


アスラも頷く。


「当然だ」


アデラは二人を見る。


本当に。


その部分は真面目らしい。


だからこそ。


余計に分からない。


普通に気を遣う。


普通に親切。


家族仲もいい。


朝風呂で穏やかに挨拶もする。


なのに。


数分後には。


どちらがエロ拷問に長く耐えたかで本気の議論を始める。


アデラは思った。


理解しようとするからいけない。


おそらく。


これは。


そういう文化なのだ。


クロエが言う。


「少なくとも最後の段階では私の方が――」


アスラが遮る。


「だからその前の時点で貴様は――」


アデラは二人から視線を外した。


森を見る。


岩壁を見る。


朝の光を見る。


湯気を見る。


いい景色だった。


本当に。


いい景色だった。


アデラは深く息を吐く。


「……景色を楽しむことにしよう」


ネイラが隣で静かに頷いた。


「それがいいと思います」


ルヴァナも頷く。


「母さんたち、始まると長いから」


背後では。


「なら再現して確認するか」


「望むところだ」


という声が聞こえた。


アデラは。


さらに遠くの景色を見ることにした。


ここは。


朝から温かい風呂に入れる。


日に三度。


驚くほど美味い飯が食える。


戦争もない。


景色もいい。


天国と言われれば。


たぶん納得する。


ただし。


住人については。


少し考えない方がよさそうだった。

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