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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十三章 普通Ⅰ

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第百六十九話 夜は目を閉じ、耳を塞ぎ、鼻を塞ぎ、廊下へ出るな

その夜。


レティ、アデラ、麗華の三人には、ひとまず一つの部屋が与えられた。


突然三人も増えたので、それぞれの個室を整えるところまでは間に合っていない。


使うことになったのは和室だった。


広さは十分にある。


聖者仕様の館なので、三人で使っても余裕があった。


問題は。


「……寝台がありませんわ」


麗華が部屋の中央で言った。


「ないな」


アデラも見回す。


レティも畳を見下ろした。


「拙者のところにも床へ座る部屋はあるが……ここで寝るのでござるか?」


三人とも寝台で眠る文化の出身だった。


そこへシズクが三組の寝具を運んでくる。


「こちらを使います」


床へ広げられたのは布団だった。


アデラがしゃがむ。


手で押す。


「これを?」


「はい」


「床に?」


「はい」


麗華が眉を寄せた。


「その下は床ですわよ?」


「畳ですから、板張りへ直接寝るのとは違いますよ」


レティも敷布団を押してみる。


「……思ったより柔らかいでござる」


アデラはそのまま横になろうとした。


麗華が止める。


「靴!」


「あ」


「何故そこからですの!」


シズクが静かに言った。


「この部屋では履物を脱いでくださいね」


「すまん」


アデラは素直に靴を脱いだ。


レティも脱ぐ。


麗華は最初から脱いでいた。


「わたくしだけ、妙なところで常識人になっている気がいたしますわ」


寝具だけではない。


三人には、館にあった寝間着も渡された。


簡素な上下のパジャマだった。


レティが広げて見る。


「これを着て寝るのでござるか?」


「はい」


シズクが答える。


アデラも布地を確かめる。


「動きやすそうだな」


麗華は自分の舞踏会用ドレスを見る。


「少なくとも、この服で眠るよりは遥かにましですわね」


一緒に来ていたリーゼとスージーが、着替え方や館での夜の決まりを説明するため、そのまま部屋に残った。


三人がそれぞれ着替え始める。


もちろん。


身につけている下着は、三人で違った。


レティは自分の文化で普通のもの。


褌。


アデラも、自分の中世的な文化の衣服に合った下着。


麗華も、舞踏会用のドレスの下に着る、自分の世界ではごく普通の下着だった。


そして。


リーゼが止まった。


「…………」


スージーが横を見る。


「大尉?」


リーゼは三人を見ていた。


レティ。


アデラ。


麗華。


三人とも成人女性として、ごく普通の体格だった。


胸も。


普通。


シズクやリーゼと同じくらい。


スージーのように、明らかに大きいわけではない。


リーゼの目が震えた。


「……ついに」


スージーの猫耳がぴくりと動く。


「嫌な予感がするんだけど」


「ついに……!」


リーゼが拳を握った。


「胸まで普通だ!」


三人が一斉に振り返った。


「何を見ておりますの!?」


麗華が胸元を隠す。


アデラも眉を寄せた。


「そこ確認してたのか、お前」


レティは自分の胸を見る。


「何故そこに感動するのでござる?」


「シズクくらい!」


シズクが自分を見る。


「私ですか?」


「小官くらい!」


スージーが腕を組んだ。


「大尉」


リーゼがスージーを見る。


それから三人を見る。


もう一度スージーを見る。


「違う」


「何がよ」


「明確に違う」


「だから何が」


「胸が」


スージーの猫耳が横へ倒れた。


「そこで私を比較対象にしないでもらえる?」


「だが分かりやすい!」


「分かりやすくしなくていいの」


麗華が冷たい目を向ける。


「普通という言葉を、これほど失礼に使う方は初めてですわ」


「褒めている!」


「褒め言葉ではありませんわ!」


リーゼはまだ感動していた。


そして。


三人の下着を見る。


止まった。


「……下着も」


スージーが嫌そうな顔をする。


「まだあるの?」


「普通だ……」


アデラが呆れた。


「下着なんだから普通だろ」


リーゼがアデラを見た。


「その言葉を忘れるな」


「何でだよ」


「三人とも、それぞれの文化なりに普通の下着なんだぞ」


レティが自分の褌を見る。


「これは普通でござる」


「そうだ!」


「何故そなたが力強く肯定するのでござる?」


麗華が尋ねた。


「この館には、下着まで普通ではない方がいらっしゃるの?」


リーゼが黙った。


シズクも黙った。


スージーは少し遠くを見た。


レティが三人を見る。


「……いるのでござるな?」


リーゼが答えた。


「今は知らなくていい」


「またそれでござるか!」


三人はパジャマを着た。


一気に見た目が揃う。


服装まで。


普通。


リーゼはそれを見て。


深く。


本当に深く息を吐いた。


「……守りたい」


アデラが一歩引いた。


「何からだよ」


リーゼは真顔になった。


「それを今から説明する」


スージーが額を押さえた。


「大尉、お願いだから普通に説明して」


「小官はいつも普通だ!」


「その宣言からもう不安なのよ」


三組の布団を並べて敷く。


麗華が掛け布団を持ち上げる。


「朝になったら、これは?」


「畳んでしまいます」


シズクが答えた。


「寝台そのものが消えるのですのね」


「はい」


「部屋を広く使えますわね」


そこは麗華にも理解しやすかったらしい。


アデラも布団へ座る。


「慣れれば悪くなさそうだ」


レティも頷く。


「床が近いのだけは落ち着かぬが」


リーゼも言った。


「そこは慣れる」


スージーが笑う。


「大尉も最初は落ち着かなかったものね」


「小官の世界も寝台だからな」


そこまでは。


普通の説明だった。


リーゼが三人を見る。


「さて」


スージーの猫耳が動く。


「大尉」


「何だ」


「変なこと言わないでね」


「安全上必要な説明しかしない」


「その言い方がもう怖いのよ」


リーゼは三人を順番に見た。


非常に真剣だった。


「いいか」


三人も少し姿勢を正した。


「夜は、できれば目を閉じ」


アデラが眉を寄せる。


「寝るなら閉じるだろ」


「耳を塞ぎ」


レティの顔が少し険しくなる。


「何か出るのでござるか?」


「鼻も塞いで寝るんだ」


麗華が止まった。


「何故、鼻まで?」


スージーが苦笑した。


「言い方」


リーゼは構わず続ける。


「どんな声が聞こえても」


三人の表情が変わる。


「どんな振動があっても」


さらに変わる。


「部屋から出るな」


アデラが聞いた。


「敵襲か?」


「違う」


レティ。


「魔物?」


「違う」


麗華。


「火事?」


「違う」


三人は顔を見合わせた。


リーゼは指を立てる。


「決して廊下に出て、音のする方へ近づくな」


アデラが言った。


「だから何がいるんだ」


「知らなくていい」


「それが一番怖いんだよ!」


リーゼはさらに続ける。


「あと」


三人を見る。


「忍者たちの方には行くな」


レティが少し身を引いた。


「何故でござる」


「巻き込まれるぞ」


沈黙。


麗華が小さく尋ねた。


「何に?」


リーゼは答えなかった。


「何にですの?」


「知らない方がいい」


「その説明ばかりですわ!」


シズクが困ったように笑った。


「そこまで心配しなくても大丈夫ですよ」


リーゼが振り返る。


「シズク!」


「せいぜい、四人が部屋を替えながら続けているところへ鉢合わせするくらいですよ」


新人三人がシズクを見る。


シズクは平然としていた。


「リーゼも見ていますよね?」


リーゼの顔が引きつる。


「そういう問題ではない!」


「実害はありませんでしたよ」


「実害の定義がおかしい!」


リーゼは三人へ向き直った。


「いいか!」


今度は拳まで握った。


「今、ここで、防がねばならんのだ」


アデラが警戒する。


「何を」


リーゼは言った。


「普通の芽を摘んではならんのだ」


麗華が眉を寄せる。


「わたくしたちは植物ではございませんわ」


「最後の希望なんだ!」


「勝手に希望を背負わせないでくださる!?」


リーゼは麗華を指差した。


「考えてみろ!」


「嫌な予感しかしませんわ」


「麗華が、エヴァと聖者のコスチュームプレイを見たらどうする!」


麗華が固まった。


「…………」


レティ。


「こすちゅーむぷれい?」


アデラ。


「何だ、それ」


リーゼは説明しなかった。


「奴らは何処ででもするんだぞ!」


シズクが訂正する。


「どこででもではありませんよ」


「近い!」


「一応、場所は選んでいます」


「選択肢が多すぎるんだ!」


麗華が声を上げた。


「何故わたくしを例にするのですの!」


リーゼは止まらない。


「見つかったら参加を勧められかねん!」


「断りますわ!」


「今はな!」


「明日も断りますわ!」


「そのうち、二人から求愛される遊びに溺れたらどうする!」


麗華が立ち上がった。


「溺れませんわ!」


「悪役令嬢のように二人を左右へ――」


「わたくしは実際に悪役令嬢だったわけではございません!」


アデラが吹き出した。


麗華が睨む。


「何がおかしいのですの!」


「いや。似合いそうだなと思って」


「アデラ!」


リーゼは次にレティを指差した。


「レティ!」


「今度は拙者でござるか!」


「もし貴様が、覗きを楽しんでいるシズクを見かけたらどうする!」


レティがゆっくりシズクを見る。


「……覗き?」


「はい」


シズクは普通に答えた。


「しますよ」


レティの目が大きくなる。


「するのでござるか!?」


「します」


リーゼが叫ぶ。


「堂々と言うな!」


シズクは首を傾げた。


「隠すほどでもありませんので」


「隠せ!」


リーゼはレティを見る。


「一度でもシズクと一緒に覗いてみろ!」


「覗かぬ!」


「次の夜には二人で覗きスポットを探し回るに違いない!」


「何故、拙者まで確定しておる!」


シズクが少し考えた。


「レティなら高いところにも登れそうですし」


レティが振り返る。


「シズク殿?」


「今まで見つけられなかった場所も探せるかもしれませんね」


「誘っておるのでござるか!?」


リーゼが頭を抱える。


「今この場で勧誘するな!」


そして。


最後に。


アデラ。


リーゼは非常に深刻な顔になった。


「アデラ」


「俺は何だ」


「もし忍者たちに捕まったらどうする」


「逃げる」


「捕まった後の話だ!」


「何で捕まる前提なんだ!」


リーゼは廊下の向こうを指差す。


「朝には卵を見ながら」


アデラの顔が嫌そうになる。


「また卵か」


「『昨日の卵ほどではないな』などと言い始めるかもしれん!」


「言わねえよ!」


「あるいは」


リーゼの顔がさらに深刻になる。


「『私の産んだ卵がこうなるのか』などと感慨深そうに朝食を眺めるようになるかもしれん!」


アデラが立ち上がった。


「俺に何をさせるつもりだ!」


「小官ではない!」


「誰だ!」


「忍者だ!」


レティが言った。


「忍者への警戒が尋常ではないでござる!」


「まだだ!」


リーゼは叫ぶ。


「そのうち肉触手について熱く語り始めるかもしれん!」


アデラが頭を抱える。


「語らねえ!」


「『一本ずつ動かした方が合理的だ』とか!」


「知らねえよ!」


「『いや、束ねた方が実戦的だ』とか!」


「俺をクロエとアスラの教育論争に入れるな!」


麗華がこめかみを押さえた。


「この方、本当に何からわたくしたちを守ろうとしておりますの?」


スージーが苦笑する。


「本人は本気なのよ」


「それが一番困りますわ」


その時。


シズクが言った。


「でも」


リーゼが振り向く。


「何だ」


「今の話、一部はリーゼの経験談でしたね」


リーゼが止まった。


三人の視線が。


リーゼへ集まる。


「…………」


シズクは続けた。


「忍者の皆さんの夜に鉢合わせしたことも」


「言うな」


「聖者とエヴァを見たことも」


「言うな!」


「覗いたことも」


「シズク!」


アデラが腕を組む。


「お前も十分見てるんじゃないか」


「違う! 小官の場合は事故だ!」


麗華が冷たい目を向ける。


「ずいぶん事故の多い人生ですこと」


「事故なんだ!」


シズクが首を傾げる。


「私は最近は、覗かずに最初から聖者とエヴァと一緒にしていますよ」


沈黙。


リーゼの口が開いた。


レティも。


アデラも。


麗華も。


シズクを見る。


シズクは平然としていた。


「もちろん、覗きもしていますが」


「近況報告をするなー!」


リーゼの声が和室へ響いた。


レティが呆然としている。


アデラも言葉を失っている。


麗華は額へ手を当てた。


シズクはさらに続けた。


「でも、リーゼとスージーの初心なのも、口直しに良いですよ」


今度は。


リーゼとスージーが固まった。


スージーの猫耳が一気に立つ。


「シズク」


「はい」


リーゼの顔が真っ赤になる。


「貴様!」


「はい」


「他人のプライバシーを、食べ物の感想みたいに漏らすな!」


シズクが少し考えた。


「微笑ましくて、良いと思います」


「感想を追加するな!」


スージーが苦笑しながらシズクを見る。


「シズク。そこは私からもお願い」


「駄目ですか?」


「駄目ね」


「そうですか」


少し残念そうだった。


リーゼが頭を抱える。


「何故残念そうなんだ……」


スージーは三人へ向き直った。


「まあ」


柔らかく笑った。


「大尉の言い方はかなり極端だけど」


「極端ではない!」


「極端よ」


スージーは続ける。


「ここには、それぞれの関係があって、それぞれの夜の過ごし方があるの」


麗華が少し警戒したまま聞く。


アデラも黙っている。


レティは、さっきから時々シズクを見ている。


「だから、そこは放っておいてほしいの」


スージーは穏やかに言った。


「誰かが何をしているのか、無理に確かめる必要はないし、気になる音がしても追いかけなくていい」


三人を見る。


「まず今日は身体を休めて」


その言葉で。


少しだけ空気が変わった。


レティは転送罠で飛ばされた。


アデラも突然、知らない谷底へ来た。


麗華は処刑されたはずなのに。


舞踏会のドレス姿で、ここにいた。


三人とも。


一日で受け止めるには多すぎるものを見ている。


スージーは続けた。


「明日になれば、また説明できることもあるでしょうし」


シズクも頷く。


「布団に慣れなくても、横になっているだけで違いますよ」


アデラが布団を見る。


「床だけどな」


「床ですけれど」


レティも自分の布団を見る。


「まあ、試してみるでござる」


麗華は小さく息を吐いた。


「わたくしも、今日はもう何も考えたくありませんわ」


リーゼが深く頷く。


「それがいい」


そして。


三人を指差した。


「だから廊下へ出るな」


スージーが苦笑する。


「大尉」


「重要だ!」


「せっかく綺麗にまとめたのに」


「安全管理に綺麗さは不要だ!」


シズクが襖へ手をかける。


「では、おやすみなさい」


スージーも続いた。


「おやすみ」


リーゼだけは最後まで三人を見ていた。


「いいか」


アデラが嫌そうな顔をする。


「まだあるのか」


「耳を塞げ」


「分かった」


「目も閉じろ」


「寝るんだから閉じる」


「鼻も」


麗華が言った。


「それだけは、理由を説明してくださる?」


リーゼは黙った。


麗華がさらに聞く。


「何故ですの?」


リーゼは襖を閉めた。


「おやすみ!」


「逃げましたわ!」


廊下から声が返る。


「知る必要はない!」


スージーの笑い声も遠ざかっていった。


三人だけが残った。


少しの間。


誰も喋らなかった。


三組の布団。


慣れないパジャマ。


寝台のない部屋。


アデラが自分の布団へ座る。


「……寝るか」


レティも頷いた。


「寝るでござる」


麗華も布団へ入る。


「寝ましょう」


三人は横になった。


低い。


床が近い。


逆に天井は高い。


寝台とは何もかも違う。


落ち着かない。


けれど。


疲れていた。


やがて。


どこか遠くから。


何かの声がした。


三人の目が。


同時に開いた。


沈黙。


しばらくして。


今度は。


廊下の向こうで何かが動いたような気配がした。


アデラが小声で言った。


「……出るなって言ってたな」


レティも小声で答える。


「言っておった」


麗華は掛け布団を顎まで引き上げた。


「今夜だけは、リーゼの忠告に従いましょう」


三人は。


同時に目を閉じた。


少なくとも。


最初の夜くらいは。


普通のままで眠るつもりだった。

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