第百六十七話 軍馬は四メートルもないし、人も食べないでござる!
レティの世界について一通り聞き終わった。
冒険者ギルド。
モンスター。
レベル。
ギルドへ行かなければ正確には分からない、自分自身の強さを表す数字。
レティ本人にはゲームという概念すらないのに、聖者や忍者たちから見ると妙にゲームじみている世界。
さらに。
レティの世界ではモンスター扱いされるゴブリンが、ティセラや忍者たちの世界では普通の隣人だった。
逆に忍者たちがモンスターと聞いて思い浮かべるのは、卵を植え付けたり、苗床にしたり、触手を伸ばしてきたりする妙な生き物。
レティは途中から頭を抱えていた。
「拙者の世界の方が普通でござる……」
リーゼが言った。
「比較対象を選べ」
「何故でござる!」
「忍者世界と比較すれば大抵の世界は普通寄りになる!」
クロエが反応した。
「失礼だな」
アスラも腕を組む。
「私たちの世界にも普通の動物はいる」
リーゼは黙った。
「……本当に?」
「いる」
「本当だな?」
「何故二回聞く」
同じ屋根付きバルコニー。
同じ食卓。
聖者も少し離れた位置に座っている。
風向に合わせて距離は取っているが、同じ卓の一部だった。
シズクが食後の茶を配り終える。
「では、次はアデラさんでしょうか」
アデラが自分を指した。
「俺?」
「はい」
麗華も頷いた。
「わたくしも気になりますわ」
レティも身を乗り出す。
「拙者もでござる。スキルだけがあるというのが、どうにも分からぬ」
アデラは眉を寄せた。
「俺はお前のレベルの方が分からん」
「何故またそこへ戻るのでござる!」
「鍛錬したら自分が強くなったか分かるだろ」
「レベルとは別でござる!」
「だからそれが分からん!」
リーゼが卓を軽く叩いた。
「そこは後だ!」
二人が止まる。
リーゼはアデラを見た。
期待していた。
かなり期待していた。
「アデラ」
「何だ」
「最初から頼む」
「何をだ」
「貴様の世界をだ」
「普通の世界だぞ」
リーゼの目が輝いた。
スージーが横を見る。
「大尉」
「今、普通と言ったな」
「言ったけど」
「自分から普通と言った!」
「何で喜んでるんだよ!」
アデラは少し考えた。
「何から話せばいい」
エヴァが肉を摘まみながら言った。
「国」
「ある」
「王」
「いる」
「領主」
「いる」
「貴族」
「いる」
「騎士」
アデラが自分を指した。
「俺だ」
エヴァが頷く。
「戦争」
「ある」
「何で戦う」
「理由はいくらでもある」
アデラは指を折る。
「領地の境界。継承。税。水。道。森。鉱山。商いの権利。婚姻。昔の約束。王位争い」
エヴァが頷いた。
「普通だな」
リーゼも頷いた。
「普通だ」
アデラが二人を見る。
「お前らの普通、戦争から始まるのか」
麗華が静かに言った。
「そこは少々嫌な共通点ですわね」
アデラは茶を一口飲んだ。
「俺の国だけが特別に戦争ばかりしてるわけじゃない。ずっと戦ってるわけでもない」
「平時もある?」
スージーが聞いた。
「当然だ」
「普段の騎士は?」
「領地の警備。訓練。巡回。護衛。徴税の付き添い。揉め事の処理。領主から命令があれば使者にもなる」
リーゼが何度も頷く。
「いい」
アデラが嫌そうな顔をする。
「何が」
「普通の騎士だ」
「騎士は普通の騎士だろ」
「その言葉だけで安心する」
スージーが苦笑した。
「もう大尉には好きにさせてあげましょう」
「何だ、その扱いは」
ティセラが尋ねた。
「戦争では、どのような兵が中心になるのです?」
「領主による」
アデラは答える。
「騎士。従士。歩兵。弓兵。徴集兵。金があれば傭兵も雇う」
「攻城戦も?」
「ある」
「城壁を魔法で破壊したりは?」
「しない」
「飛行戦力は?」
「ない」
「魔術通信は?」
「ない」
ティセラが少し考えた。
「伝令?」
「馬か徒歩」
リーゼの表情がますます明るくなる。
「そうだ」
アデラがとうとう聞いた。
「何がそんなに嬉しいんだ」
「戦争の仕組みまで普通だからだ!」
「戦争が普通って言われても嬉しくねえよ!」
エヴァは別のところに興味を持っていた。
「強い奴は?」
「いる」
「どれくらい」
「どれくらいと言われてもな」
「一人で何人倒す」
「強い騎士なら何人か相手にして勝つことはある」
「百人は?」
「無理だ」
「千人」
「もっと無理だ」
「城門を一人で壊す」
「人間にできるわけないだろ」
「馬ごと敵陣を吹き飛ばす」
「何の話だ」
エヴァが少し残念そうな顔をした。
ルヴァナが笑う。
「世紀末覇王はいなさそう」
アデラが見る。
「何だ、それ」
「一人で軍隊と戦えそうなやつ」
「いねえよ」
エヴァが自分を指した。
「俺ならいけるぞ」
「お前は本当に人間なのか?」
「人間だ」
アデラがエヴァの身体を見る。
二メートル近い。
明らかに自分の世界の人間より大きい。
「……俺の世界の人間を基準にした話だからな」
リーゼが力強く頷いた。
「その基準を守れ」
「何でお前に言われるんだ」
レティがアデラへ尋ねた。
「しかし、スキルはあるのでござろう?」
「ああ」
「それで一人で百人を?」
「無理だ」
「スキルなのに?」
「スキルを何だと思ってるんだ」
今度はレティが首を傾げる。
「特殊な技能でござろう?」
「そうだけど」
アデラは腰の剣へ軽く触れた。
「俺が使えるのは剣技だ」
「例えば?」
「踏み込みが速くなる。崩れた姿勢からでも斬撃を繋げやすくなる。受けから反撃へ移る技もある」
リーゼが聞いた。
「発動すれば、身体が勝手に動く?」
「完全に勝手じゃない」
「では?」
「俺が技を使おうとする。そうすると、普段より正確に身体が動く」
「失敗は?」
「する時はする」
「疲労は?」
「する」
「怪我をしていても?」
「動けなきゃ使えない」
リーゼが頷いた。
「……かなり普通に近い」
アデラが怒った。
「さっきから何なんだ、その評価!」
レティは逆に納得できない。
「レベルがないのにスキルだけ覚えるのでござるか?」
「ない」
「ギルドで確認も?」
「しない」
「誰が習得を判定するのでござる?」
「誰も」
「では、どうやって覚えたと分かる?」
「使えるようになるからだ」
「何故?」
「知らん」
レティが固まった。
「知らぬのか」
「誰も知らないと思う」
アデラは当然のように言った。
「昔からそういうものがある」
レティが少し考えた。
「……そなたの世界も十分おかしいのでは?」
リーゼが即座に言った。
「スキル一個だ!」
「一個ではないでござろう!?」
「種類は複数あっても、世界のおかしい仕組みとして一系統だ!」
「何故必死なのでござる!」
スージーがリーゼの肩を軽く叩いた。
「大尉、アデラの世界を守ろうとしなくていいのよ」
「普通を守っているんだ」
「本人より必死じゃない」
アデラが言った。
「俺は別に普通じゃなくても困らん」
リーゼが衝撃を受けた。
「何故だ!」
「俺に聞くな!」
ノアが少し離れたところから笑っていた。
「リーゼ、かなりアデラの世界を気に入ったみたいだね」
「聖者」
「うん?」
「スキル以外、何もないんだぞ」
「何もないって言い方は失礼じゃない?」
「そういう意味ではない!」
麗華がアデラへ尋ねた。
「女性の騎士は珍しいの?」
「珍しくはある」
「禁止されてはいない?」
「領主によるが、俺のところではな」
「あなたは貴族?」
「騎士家の出だ」
「なるほど」
麗華には、その辺りが一番理解しやすかったらしい。
「わたくしの国にも騎士はおりますわ」
「女も?」
「おりますけれど、多くはありません」
「そこは似てるな」
麗華が少し頷く。
初めて。
新しく来た三人の世界同士にも、分かりやすい共通点があった。
エヴァが話を戻した。
「軍馬は?」
アデラが見る。
「いる」
エヴァが少し身を乗り出した。
「どれくらいでかい」
「普通の馬だ」
「だから、どれくらい」
「俺が乗れるくらいだ」
「四メートル?」
「あるわけねえだろ!」
即答だった。
リーゼが満面の笑みになる。
「そうだ!」
アデラがリーゼを見る。
「何でお前が答え合わせしてるんだ!」
エヴァはさらに聞く。
「三メートル」
「ない」
「二メートル半」
「ない」
「じゃあ小さくないか?」
「お前の馬がおかしいんだよ!」
リーゼが卓を叩いた。
「その通りだ!」
「だから何でお前が喜ぶ!」
エヴァは納得していない。
「軍馬だろ?」
「軍馬だ」
「戦うんだろ?」
「戦場には出る」
「敵兵を食う?」
「食わねえよ!」
アデラの声がバルコニーに響いた。
全員が少し静かになる。
エヴァが本気で驚いていた。
「食わない?」
「馬だぞ!」
「軍馬だろ?」
「軍馬でも馬だ!」
「じゃあ何食うんだ」
アデラは一瞬。
何を聞かれているのか分からない顔をした。
「草」
エヴァが止まった。
「草?」
「干し草。穀物も食わせる。そういう話か?」
「肉は?」
「食わせねえ」
「人は?」
「もっと食わせねえ!」
リーゼが両手を握りしめた。
「そうだ……!」
スージーが横を見る。
「大尉?」
リーゼは感動していた。
「馬は草食なんだ……!」
「そこに感動するな!」
アデラが怒鳴る。
「常識だろ!」
「そうだ!」
「何で泣きそうなんだ!」
「正常な軍馬だ……!」
スージーが苦笑する。
「大尉、また始まったわよ」
リーゼはアデラを見る。
「敵兵を食わない」
「食わない」
「四メートルない」
「ない」
「妙な声で吠えない」
「馬の声で鳴く」
リーゼの目が潤んだ。
「完璧だ」
アデラが引いた。
「怖いぞ、お前」
エヴァはまだ納得できていなかった。
「でも、敵兵食った方が補給楽じゃないか?」
「人を食わせるな!」
「戦場にいるぞ」
「だから食わせねえんだよ!」
「もったいなくない?」
「何がもったいないんだ!」
リーゼがエヴァを指差した。
「貴様は黙れ!」
「何でだよ」
「今、小官がアデラの世界の正常性を堪能している!」
「意味分かんねえ」
「貴様の世界を普通にしたような世界なんだ!」
一瞬。
静かになった。
エヴァがアデラを見る。
王。
領主。
騎士。
兵士。
領土争い。
剣。
馬。
戦争。
城。
確かに。
似ている。
ただし。
怪物じみた巨体の戦士はいない。
巨大な軍馬もいない。
人を食う軍馬もいない。
魔物もいない。
オーガもいない。
戦争をするのは。
人間だけ。
エヴァが頷いた。
「本当だな」
アデラが眉を寄せる。
「何が」
「俺の世界を普通にした感じだ」
「お前の世界はどれだけおかしいんだ」
リーゼが即答した。
「かなり」
「大尉」
スージーが笑っている。
「そこ即答するのね」
エヴァは気にしない。
「でも戦争は同じだな」
アデラも少しだけ表情を変えた。
「ああ」
「土地を取り合う」
「ある」
「王が死んだら後継ぎで揉める」
「ある」
「隣の領主が弱ったら攻める」
「……ある」
「強い奴が欲しいものを取る」
アデラは少し考えてから答えた。
「そこまで単純じゃない」
「そうか?」
「同盟もある。婚姻もある。約束もある。法律もある。王の裁定もある」
「守らない奴は?」
「戦争になる」
エヴァが笑った。
「やっぱ同じじゃねえか」
アデラも少しだけ笑った。
「乱暴にまとめればな」
リーゼは二人を見た。
「嫌なところで意気投合するな」
麗華が静かに茶を飲む。
「領土争いに関しては、わたくしの世界にも似た話はありますわ」
全員の視線が麗華へ向いた。
麗華が止まった。
「……何ですの?」
ルヴァナが笑う。
「次、レイカじゃん」
麗華の眉が動く。
「わたくし?」
レティが頷く。
「順番でござるな」
アデラも頷く。
「俺も聞きたい」
エヴァが言った。
「第一王子を妹に寝取られて、ギロチンだったな」
麗華の目が吊り上がった。
「そのまとめ方をやめてくださる!?」
アデラが笑った。
「でも大体そうだろ」
「大体そうだから余計に腹が立ちますの!」
スージーの猫耳が楽しそうに揺れた。
リーゼだけは。
まだアデラを見ていた。
「……軍馬は草食」
アデラが振り返る。
「まだ噛み締めてたのか!」
リーゼは深く頷いた。
「素晴らしい」
「普通だ!」
「そうだ」
リーゼは嬉しそうに笑った。
「それが素晴らしいんだ」




