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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
断章Ⅶ

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第百六十二話 オホ声粒子

 発見したのは、ティセラだった。


 きっかけは、例のマンゴーである。


 リーゼにとっては、それだけで嫌な予感しかしなかった。


「大尉。少しよろしいですか」


「嫌だ」


「まだ何も言っていません」


「教授が例のマンゴーの試料瓶を持っている。その時点で嫌だ」


 ティセラの手には、透明な蓋付き容器があった。


 中には、新種マンゴーの花粉でも果肉でも菌体でもない、薄く光る埃のようなものが入っている。


 非常に細かい。


 光へかざさなければ見えないほど細かく、容器を傾けると、白とも金ともつかない粒がふわりと舞った。


 リーゼが一歩下がる。


「開けるなよ」


「開けません」


「絶対だぞ」


「はい」


「『少量なら』も駄目だ」


「分かっています」


「『観察のため』も駄目だ」


「大尉」


「何だ」


「かなり学習しましたね」


「誰のせいだ!」


         ◇


 ティセラが最初に異変へ気づいたのは、新種マンゴーの分布調査記録を整理していた時だった。


 マンゴーの群生地。


 白濁石油の水槌設備周辺。


 温泉卵の木。


 男根筍の一部。


 その他、妙な音響現象を伴ういくつかの生物や設備。


 それぞれ。


 まったく別のものに見える。


 植物。


 菌類。


 液体。


 水力設備。


 食用生物。


 しかし。


「共通して、大気中に極微量の浮遊物があります」


 ティセラが記録板を広げた。


 リーゼ。


 スージー。


 ノア。


 クロエ。


 アスラ。


 ネイラ。


 ルヴァナ。


 シズク。


 エヴァ。


 いつの間にか。


 全員集まっていた。


 こういう時。


 谷底では。


 大発見か。


 大事故か。


 大馬鹿のどれかである。


「浮遊物?」


 スージーが猫耳を立てた。


「花粉みたいなもの?」


「最初はそう考えました。ただし植物由来の花粉とは構造が異なります」


 ティセラが容器を机へ置く。


「魔力があります。ただし単純な魔力粒子でもありません。物質として存在していますが、魔力場へ反応します」


 リーゼが顔をしかめる。


「待て。物質なのか、魔法なのか」


「両方の性質があります」


「その答えが一番嫌いだ!」


 アスラが容器を覗き込む。


「魔術式にも反応したぞ」


 クロエも淡々と付け加える。


「電荷も持つ。一定条件では電磁場で偏向できる」


 リーゼが止まった。


「……何?」


 クロエ。


「機械的に捕集可能だ」


 アスラ。


「魔術的にも拘束できる」


 ティセラ。


「魔法による結界でも濃度を下げられます」


 三人。


 別々の技術体系。


 同じ答え。


 リーゼが。


 少しだけ。


 顔を上げた。


「つまり」


「はい」


「抑え込める?」


「可能です」


 リーゼの目が。


 輝いた。


「教授」


「はい」


「それを早く言え!」


         ◇


 問題は。


 名前だった。


 ティセラの正式記録には。


『未知浮遊性魔力反応微粒子・仮称第一種』


 と書いてあった。


 リーゼは。


 それでよかった。


 非常によかった。


 軍人としても。


 技術者としても。


 何も問題がない。


 だが。


 ルヴァナが言った。


「でもさ」


「言うな」


 リーゼが先に止める。


「まだ何も言ってないじゃん」


「貴様が今から何を言うか分かる!」


「これが多いとさ」


「言うな!」


「オホ声するんでしょ?」


「言ったああああっ!」


 スージーが。


 猫耳を伏せながら笑う。


「オホ声粒子?」


「命名するな!」


 ネイラが記録板を見る。


「でも、識別名称としては分かりやすいわね」


「ネイラ!」


 クロエ。


「短い」


 アスラ。


「悪くない」


「忍者親子まで賛成するな!」


 ティセラは。


 少しだけ考えた。


 そして。


 記録板へ。


 追記。


『通称:オホ声粒子』


「教授おおおおおっ!」


「正式名称ではありません」


「記録に残すな!」


「現場呼称は統一した方が安全管理上便利です」


 正論だった。


 リーゼは。


 崩れ落ちた。


         ◇


 しかし。


 発見そのものは。


 本当に大きかった。


 オホ声粒子は、どこにでも存在するわけではない。


 谷底全体へ薄く広がっているわけでもない。


 特定の異常生物。


 特定の異常植物。


 特定の液体生成地点。


 特定の設備。


 そうした場所の周辺で、明らかに濃度が高い。


「では、こいつが全部の原因なのか?」


 エヴァが聞いた。


 ティセラは首を振る。


「そこまでは断定できません」


「違うのか?」


「因果関係が逆かもしれません。粒子が生物を変化させている可能性もありますし、異常生物が粒子を生成している可能性もあります。あるいは、双方が同じ別の要因から生じている可能性もあります」


 スージーが頷く。


「相関は確認できた。でも原因とはまだ言えない」


「その通りです」


 リーゼが。


 例のマンゴーの方向を見る。


「なら、粒子を全部除去したら、あれが普通のマンゴーになる可能性は?」


「分かりません」


「枯れる可能性は?」


「分かりません」


「繁殖できなくなる可能性は?」


「分かりません」


 リーゼの期待が。


 徐々に。


 違う方向へ向かっていく。


「……根絶できる?」


 ティセラ。


「大尉」


「何だ」


「根絶ではありません」


 リーゼ。


「……」


「隔離です」


 リーゼの顔が。


 露骨に。


 曇った。


「なんだ」


「なんだ、ではありません」


「根絶できるならと思ったのに」


「させません」


「即答!」


         ◇


 実験は。


 クロエの工作室。


 アスラの魔術工房。


 ティセラの研究設備。


 三系統で行われた。


 まず。


 ティセラ。


 魔法結界。


 薄い膜を何層にも重ね、粒子が通過する際に魔力反応を利用して捕捉する。


 透明な結界へ。


 粒子。


 触れる。


 ぱち。


 小さな光。


 止まる。


「捕捉しました」


 リーゼが身を乗り出す。


「外へ出ない?」


「この条件なら、ほぼ」


「素晴らしい!」


 次。


 アスラ。


 床へ魔法陣。


 空中にも。


 二重。


 三重。


 粒子を中心へ集める。


「物質として扱うより、魔力の癖を利用した方が早い」


 魔法陣の中央。


 ふわふわ。


 粒子が。


 集まる。


「……できてる」


 リーゼが。


 少し。


 感動した。


 アスラが鼻で笑う。


「当然だ」


「貴様に褒めたわけではない!」


「褒めていた顔だったぞ」


「違う!」


 最後。


 クロエ。


 簡易送風器。


 帯電板。


 細かな導体網。


 捕集箱。


「通す」


 風。


 粒子。


 流れる。


 ぱち。


 板へ。


 付着。


 測定値。


 下がる。


「電気集塵に近いな」


 リーゼが。


 完全に。


 技術者の顔になる。


「これなら連続運転できる!」


「電源があれば」


「ある!」


「保守は必要だ」


「する!」


「定期交換も」


「する!」


 クロエ。


「大尉が急に元気になった」


 スージーが。


 少し離れたところで笑っていた。


「マンゴーを隔離できるって分かったから」


「根絶だ!」


 ティセラ。


「隔離です」


「分かっている!」


         ◇


 最終的に。


 三つ。


 全部使った。


 ティセラの結界。


 アスラの魔術式。


 クロエのサイバー技術による監視と集塵。


 一つが止まっても。


 残りが働く。


 魔力濃度。


 風向き。


 粒子濃度。


 結界状態。


 全部。


 記録。


 異常値が出れば。


 警報。


 リーゼが。


 設備図を見て。


 満足そうに頷いた。


「よし」


 久しぶりに。


 完全な。


 大尉の顔だった。


「これなら生活圏への拡散を大幅に減らせる」


 ティセラも頷く。


「除染手順も作れます」


「服は?」


「区域外へ出る前に払います」


「水洗い?」


「有効です」


「靴底」


「別槽」


「工具」


「区域専用品」


「良し!」


 ノアが。


 少し笑う。


「大尉、楽しそうだね」


「汚染管理は重要だ!」


「オホ声粒子の?」


 リーゼの顔が。


 一瞬。


 崩れる。


「正式名称で呼べ!」


 ルヴァナ。


「でも正式名称長いじゃん」


「長くていい!」


         ◇


 そして。


 問題の。


 隔離先。


 誰も。


 迷わなかった。


「第五ですね」


 ティセラ。


「第五だな」


 リーゼ。


「第五でいいんじゃない?」


 スージー。


「第五しかないな」


 エヴァ。


 正式には。


『聖者自己処理池及び周辺生物災害監視区域』


 通称ではなく。


 日常的に。


 第五。


 元から。


 普通の生活圏へ置きたくないものを扱う場所である。


 赤杭。


 結界。


 防護具。


 立入手順。


 風向き確認。


 除染。


 異常生物監視。


 全部。


 既にある。


 そこへ。


 オホ声粒子管理設備が。


 追加された。


         ◇


 結果。


 館周辺。


 畑。


 生活水路。


 普通の森。


 かなり。


 静かになった。


 粒子濃度。


 低下。


 奇妙な音響現象が完全に消えたわけではない。


 元から鳴く生物もいる。


 だが。


 明らかに。


 異常区域由来の影響が。


 外へ広がりにくくなった。


 リーゼは。


 測定板を見る。


「……下がってる」


「はい」


 ティセラ。


「昨日の十分の一以下です」


「ここも?」


「はい」


「畑も?」


「はい」


「館の庭も?」


「はい」


 リーゼの目に。


 少し。


 涙。


「静かだ……」


 普通のバナナ。


 普通のマンゴー。


 葉。


 さらさら。


 遠く。


 鶏の木。


「コケッ」


 リーゼ。


 少し。


 眉を動かす。


「……あれは?」


 ティセラ。


「通常です」


「通常?」


「鶏の木は対象外です」


 リーゼが。


 振り返る。


「何故だ」


「オホ声粒子との関連が認められません」


「でも木がコケッて鳴くぞ!」


「生態として鳴いています」


「その説明でいいのか!?」


「少なくとも粒子由来ではありません」


 さらに。


「メー」


 バロメッツ。


 リーゼ。


「あれは?」


「対象外です」


「草から羊が生えているが!」


「通常生物です」


「通常!?」


「この谷底における、という意味では」


 さらに。


「ジュオー……」


 綿雲虫。


 リーゼ。


「あれ!」


「対象外です」


「一メートルの虫が地面へ口を刺して大地を吸って、草から生えて、尻が綿花で中身がエビ味だぞ!」


 ティセラ。


「通常生物です」


「通常の意味を返せ!」


         ◇


 ティセラの分類では。


 鶏の木。


 バロメッツ。


 綿雲虫。


 これらは。


 確かに奇妙。


 だが。


 それぞれ自身の生態として成立している。


 周囲への粒子汚染。


 なし。


 特殊な浮遊性魔力反応微粒子との相関。


 なし。


 近くにいても。


 他の生物を変質させる証拠。


 なし。


「したがって」


 ティセラが言う。


「除染対象ではありません」


 リーゼ。


「鶏の木も?」


「はい」


「バロメッツも?」


「はい」


「綿雲虫も?」


「はい」


「……普通なんだな?」


「通常生物です」


 リーゼは。


 しばらく。


 何も言わなかった。


「ジュオー……」


「メー」


「コケッ」


 リーゼ。


「……まあいい」


 スージーが。


 横で。


 笑った。


「許容範囲広くなったね」


「オホ声マンゴーよりは全員まともだ!」


         ◇


 問題は。


 第五だった。


 抑え込む。


 外へ出さない。


 生活圏を守る。


 そこまでは。


 完璧。


 しかし。


 当然。


 行き場を失ったものは。


 どこかへ。


 集まる。


 第五。


 赤杭の向こう。


 新しい集塵装置。


 魔法結界。


 魔術式。


 捕集槽。


 そして。


 維持対象の異常資源。


 粒子濃度。


 以前より。


 高い。


 光の角度によっては。


 空中。


 きらきら。


 見える。


 リーゼが。


 赤杭の外から。


 中を見る。


「……舞ってるな」


 ティセラ。


「舞っていますね」


「かなり」


「はい」


「これ、大丈夫なのか?」


「防護手順を守れば」


「守らなかったら?」


「入りません」


「正しい!」


 第五の入口。


 新しい看板。


『粒子管理区域』


『風向確認』


『防護具着用』


『区域内装備持出禁止』


『退出時除染必須』


 その下。


 ルヴァナが勝手に。


 小さく。


『オホ声粒子注意』


 と書いた。


 リーゼが。


 消した。


 翌日。


 また書かれていた。


 また消した。


 三日目。


 諦めた。


         ◇


 それでも。


 異常資源を。


 全部。


 廃棄することはしなかった。


 理由。


 有用すぎる。


 白濁石油。


 燃料。


 重油相当。


 軽油相当。


 揮発性燃料。


 素材。


 温泉卵の木。


 食料。


 男根筍。


 食用。


 構造材。


 熟成個体。


 さらに食用。


 陸生アワビ。


 食料。


 その他。


 調べれば。


 役に立つものが。


 多い。


 リーゼは。


 不服そうだった。


「全撤去では駄目なのか」


 ティセラ。


「駄目です」


「減らす?」


「減らします」


「どこまで?」


「維持に必要な最小数まで」


 リーゼの目が。


 少し。


 輝く。


「オホ声マンゴーも?」


「最小限で維持します」


「一株?」


「生殖維持可能な個体群を確保します」


「一株!」


「無理です」


「二株!」


「個体群です」


「三株!」


「交渉ではありません」


「教授!」


         ◇


 最終的に。


 第五は。


 以前より。


 さらに。


 第五らしくなった。


 危険。


 有用。


 だから。


 捨てない。


 しかし。


 生活圏へは。


 出さない。


 必要最低限。


 管理下。


 観察。


 採取。


 記録。


 除染。


 出口で。


 全部。


 落とす。


 その代わり。


 赤杭の内側。


 今日も。


 空気中。


 きらきら。


 粒子。


 舞う。


 遠く。


「お゙ほー……」


 別方向。


「んお゙ぉ゙……っ」


 さらに。


 水槌。


「ぱん」


「んお゙ぉ゙」


「ヌボボ」


 リーゼが。


 防護具越しに。


 中を見る。


「……地獄を一か所へ集めただけでは?」


 ティセラが。


 隣で測定器を見る。


「隔離とは、概ねそういうものです」


「言い方!」


「生活圏は安全になりました」


「それは認める」


「資源も維持できます」


「それも認める」


「研究もできます」


「教授にとっては、それが一番だろ!」


 ティセラは。


 否定しなかった。


         ◇


 リーゼが。


 もう一度。


 赤杭の向こうを見る。


 オホ声マンゴー。


 管理区画。


 数を減らされ。


 根域を制限され。


 周囲を結界で囲われ。


 粒子は集塵。


 花粉。


 種。


 地下茎。


 全部。


 監視。


 自由に森へ広がることは。


 もうない。


 リーゼの口元が。


 少しだけ。


 上がる。


「教授」


「はい」


「やっぱり、根絶できるなら――」


「根絶ではありません」


「まだ最後まで言ってない!」


「隔離です」


「分かっている!」


 マンゴー。


 遠く。


「お゙ほー……」


 リーゼの眉。


 ぴくっ。


「……煽ったな」


「大尉」


「何だ」


「斧は区域外です」


「……」


「松明も」


「……」


「持ち込み禁止です」


 リーゼは。


 防護服の腰を見る。


 何もない。


「……この規則を作ったのは誰だ」


 ティセラ。


「大尉です」


 リーゼは。


 長く。


 黙った。


「……過去の小官は正しいな」


「はい」


「腹立つほど正しい」


 第五の向こう。


「お゙ほー……」


 リーゼは。


 深く息を吐いた。


 それでも。


 今日は。


 斧を取りには行かなかった。


 生活圏では。


 普通のバナナと。


 普通のマンゴーが。


 静かに。


 葉を揺らしていた。

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