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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
断章Ⅶ

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第百六十話 羊毛と蟹

人数が増えた。


それ自体は、喜ばしい。


問題は。


服だった。


「雪が降る前に、冬物を増やさないといけません」


シズクが、衣類を広げながら言った。


谷底にも季節はある。


今はまだ暖かいが、寒くなれば雪も降る。館には以前から冬物があるものの、住人は増えた。さらに、昔作った衣服には今の人数や体格へ合わないものも多い。


特に。


エヴァ。


シズクが、エヴァの肩へ布を当てた。


足りない。


次。


胸。


足りない。


腕。


足りない。


腰。


やっぱり足りない。


シズクが言った。


「エヴァの分は、作り直した方が早いですね」


エヴァが自分の身体を見る。


「そんなに違うか?」


リーゼが即答した。


「違う」


スージーも頷く。


「大きいもの」


「お前らも食って鍛えろ」


「そういう問題ではない!」


シズクは採寸紐をまとめた。


「それで、羊毛が必要です」


リーゼが少し身構えた。


「羊毛」


「はい」


「……何から取る」


シズクがリーゼを見る。


リーゼもシズクを見る。


スージーも。


ティセラも。


ネイラも。


ルヴァナも。


誰も。


「羊」


とは言わなかった。


しばらく。


沈黙。


ルヴァナが最初に言う。


「木?」


リーゼ。


「可能性は高い」


スージー。


「岩から生えてたり?」


ネイラ。


「水中という可能性もあるわね」


リーゼ。


「巨大な毛虫ではないだろうな」


シズク。


「鳴く植物かもしれません」


リーゼの眉が動く。


「それは嫌だ」


ノアが苦笑した。


「普通に羊かもしれないよ」


全員が。


ノアを見る。


リーゼが言った。


「聖者」


「何?」


「谷底生活が長いのに、まだそんな甘いことを言うのか」


「僕が注意される側なの?」


         ◇


羊毛が取れる場所については、エヴァが知っていた。


館から少し離れた草原。


林と岩場の間。


そこにまとまって生えているという。


「ただし、狼に気をつけろ」


出発前。


エヴァが言った。


リーゼが頷く。


「普通の狼か?」


「でかい」


「どのくらいだ」


「二メートルくらい」


リーゼが一瞬黙った。


「それを先に言え!」


「今言っただろ」


「二メートル級を狼の一言で済ませるな!」


エヴァは笑った。


「羊毛のところには寄ってくる。気配がしたら固まるなよ」


スージーが長い棒を持つ。


「了解」


ルヴァナも腕を回した。


「狼くらいなら大丈夫っしょ」


ネイラが言う。


「油断しない」


「はーい」


今回。


巨獣たちも一緒だった。


黒。


キマイラ。


鵺。


ユニコーン。


ペガサス。


理由は特にない。


最近、この辺りへ行くと聞いて。


ついてきた。


四メートル級が五体。


リーゼは最初。


「狼除けとしては過剰では?」


と思った。


その判断が。


後で。


少し違っていたと分かる。


         ◇


目的地へ着いた。


最初に聞こえたのは。


「メー」


だった。


全員。


止まった。


さらに。


「メー」


「メェー」


「メー」


リーゼの顔が。


少し。


緩んだ。


「……羊だ」


スージーも。


猫耳を立てる。


「羊ね」


シズク。


「羊です」


ルヴァナ。


「普通じゃん」


リーゼは。


感動すらしていた。


「最近、おかしなものが続いたからな」


男根筍。


陰毛栗。


陸生アワビ。


温泉卵の木。


白濁石油。


熟れた女魚。


例のマンゴー。


その後。


羊毛を取りに来て。


「メー」


である。


リーゼは胸へ手を当てた。


「……普通だ」


「メー」


「普通の鳴き声だ」


「メェー」


「安心する」


スージーが言った。


「まだ姿見てないけどね」


「鳴き声が羊なら十分だ!」


そして。


草地を抜けた。


リーゼが。


止まった。


「……木だ」


そこにいたのは。


羊ではなかった。


正確には。


羊だけでもなかった。


低い木。


あるいは。


巨大な草本のような植物。


地面から太く柔軟な茎が伸び。


その先に。


羊。


白い羊毛。


四本脚。


頭。


耳。


顔。


「メー」


ただし。


腹の辺りから。


茎。


地面と接続。


羊が歩こうとするたび。


茎が。


ぐにーっ。


と曲がる。


「メー」


リーゼは。


しばらく。


見ていた。


「……まあ」


スージーが見る。


「大尉?」


リーゼは。


意外にも。


落ち着いていた。


「この程度なら普通では?」


全員が。


少し考える。


そして。


最近の谷底を思い出す。


「……普通かも」


スージー。


「かなり普通寄りね」


ルヴァナ。


「全然鳴き声エロくないし」


ネイラ。


「異臭もないわ」


シズク。


「白い汁も吹きません」


リーゼが力強く頷いた。


「合格!」


ノアが言った。


「基準がおかしくなってるよ」


         ◇


ティセラだけは。


植物を見るなり。


止まっていた。


眼鏡を直す。


そして。


「プランタ・タルタリカ・バロメッツ」


と。


口にした。


リーゼが勢いよく振り返る。


「知っているのか、教授!」


「はい」


ティセラは。


普通に。


頷いた。


「私の世界にもあります」


スージーの猫耳が立った。


「本当に?」


「ええ。寒冷地では、かなり一般的です」


リーゼが。


さらに驚く。


「一般的!?」


ティセラは一本へ近づく。


若い株。


まだ羊になっていない。


茎の先に。


大きな瓢箪のような実がある。


「若い時期には、このような実をつけます」


ぽんぽん。


長い棒で確認。


「この段階で収穫すると、中に子羊肉に似た可食部があります」


シズクが興味を持った。


「お肉なのですか?」


「はい。まだ生きた羊にはなっていません」


ルヴァナ。


「実を割ったら肉?」


「そうです」


リーゼが。


少し考える。


「……まあ、植物肉だな」


スージーが見る。


「それで納得するようになったのね」


「男根筍より遥かに理解しやすい」


否定できない。


ティセラは。


次に。


成熟した株を見る。


「十分に熟すまで残すと、このように羊の姿になります」


「メー」


羊。


草を食べる。


ただし。


茎につながっているため。


届く範囲だけ。


もしゃ。


もしゃ。


「羊毛を取るなら、この段階ですね」


リーゼが近づく。


毛。


触る。


普通の羊毛。


柔らかい。


「……本当に羊毛だ」


「はい」


ティセラが。


足元も指した。


「蹄まで」


リーゼ。


「蹄?」


見る。


蹄。


のはずの部分まで。


毛。


「……羊毛?」


「羊毛です」


リーゼが。


少し。


黙った。


「蹄まで羊毛なのか」


「はい」


「歩きにくくないのか」


「地面を歩き回る生物ではありませんから」


「なるほど」


リーゼが。


妙に。


納得した。


ティセラは続ける。


「ですので、利用時には捨てるところがかなり少ないです」


スージーが聞いた。


「肉も食べるの?」


「もちろん」


「味は?」


ティセラは。


何でもないように。


「蟹に近いですね」


沈黙。


リーゼ。


「……何?」


「蟹です」


「羊なのに?」


「はい」


「植物なのに?」


「はい」


「羊で植物で、肉が蟹?」


「そうです」


リーゼは。


少し。


考えた。


そして。


「まあ、その程度ならいい」


スージーがリーゼを見る。


「完全に谷底に馴染んだわね」


         ◇


ティセラの世界では。


もっと。


身近らしい。


「寒い時期には鍋へ入れます」


シズクが反応した。


「鍋」


「はい」


「美味しいですか?」


「美味しいですよ」


ティセラは。


ちょっと嬉しそうだった。


「薄く切って煮てもいいですし、大きめに切って煮込んでもいいですね。出汁も出ます。寒い地域では定番の具材です」


ルヴァナが聞く。


「蟹味の羊鍋?」


「羊の形をした植物の、蟹味の肉ですね」


ルヴァナ。


「情報量多っ」


ネイラは。


羊を見る。


「でも、食材としては合理的ね」


「羊毛も同時に取れますから」


「冬物と夕食が同時に確保できる」


「そうなります」


エヴァが嬉しそうに言った。


「じゃあ今日は鍋だな」


シズクも。


すでに調理の顔。


「蟹のお味でしたら、白菜のような葉物があれば合いそうですね」


リーゼが。


周囲を見た。


羊。


「メー」


植物。


普通の匂い。


羊毛。


普通。


肉。


蟹味。


鍋。


「……結構、普通では?」


ノアが。


少し笑う。


「僕も、おとぎ話では知ってた」


リーゼも頷く。


「小官もだ」


スージーも。


「私も。実在するとは思ってなかったけど」


三人とも。


出身世界では。


伝説。


おとぎ話。


ありえない植物。


でも。


谷底で。


実物を見る。


感想。


「ああ、バロメッツか」


だった。


リーゼは。


それに気づく。


「……小官たち、だいぶ駄目になっていないか?」


スージーが言う。


「最近が最近だから」


遠くで。


「メー」


リーゼが頷く。


「かわいい鳴き声だ」


         ◇


そこで。


黒の耳が。


動いた。


「ぶるるるるっ」


エヴァが。


一瞬で。


顔を変えた。


「来たな」


リーゼ。


「何だ」


「狼」


スージーの猫耳も立つ。


草むら。


左右。


奥。


気配。


複数。


低い位置。


いや。


低くない。


二メートル級。


大きな灰色の狼が。


草の向こうから。


ゆっくり。


姿を現した。


一頭。


二頭。


三頭。


さらに。


後ろ。


リーゼが。


すぐに声を出す。


「配置につけ!」


全員。


動く。


エヴァ。


前。


ルヴァナ。


横。


ネイラ。


後方。


クロエとアスラも。


自然に左右へ散る。


ティセラ。


魔術準備。


スージー。


長い棒。


シズクは。


採取物を守る位置。


ノアも前へ出る。


狼。


低く唸る。


羊。


「メー」


狼たちの視線。


バロメッツ。


やはり。


羊を狙っている。


リーゼが言った。


「来るぞ!」


一頭が。


地面を蹴った。


二メートル級の巨体。


跳躍。


口。


牙。


一直線。


そして。


「いただきまーす!」


横から。


もっと大きな口が。


出た。


ぱく。


狼。


消えた。


リーゼ。


「……え?」


         ◇


黒。


キマイラ。


鵺。


ユニコーン。


ペガサス。


四メートル級。


五体。


狼が。


飛びかかってきた。


はずだった。


だが。


狼側から見れば。


さらに倍ほどの巨大生物五体の前へ。


自分から。


飛び込んだだけだった。


黒。


「ぶひっ!」


ぱく。


一頭。


キマイラ。


獅子頭。


「いただきー!」


ぱく。


山羊頭。


「そっちウチのー!」


竜頭。


「まだいるじゃん!」


蛇尾。


「お兄ちゃんの分も残してー!」


鵺。


「まあ。こちらにもいらっしゃいましたわ」


ぱく。


「お゙ほ……失礼。美味しゅうございます」


リーゼ。


「今オホ声を抑えただろ」


さらに。


ユニコーン。


「僕もいただきまーす!」


ぱく。


ペガサス。


「くっ……殺せ!」


狼へ。


「ですが、今回は貴方が食材ですわ!」


ぱく。


数秒。


静か。


草。


風。


バロメッツ。


「メー」


リーゼたち。


戦闘配置。


その前。


巨獣五体。


もぐもぐ。


リーゼが。


ゆっくり。


構えを解いた。


「……終わった?」


エヴァ。


「ああ」


ルヴァナ。


「一瞬だったね」


スージーも。


長い棒を下ろす。


「私たち、いらなかったわね」


リーゼが言う。


「というか」


見る。


ユニコーン。


白。


一角。


神聖。


美しい。


空想上。


純潔。


高貴。


その口。


肉。


次。


ペガサス。


白い翼。


天空。


英雄。


神話。


その口も。


肉。


リーゼが聞いた。


「……ユニコーンもペガサスも肉を食べるのか?」


ユニコーンが。


きょとん。


とした。


「何言ってんの?」


「いや」


ユニコーンは。


本当に。


不思議そうだった。


「僕の身体を維持するには、適度な運動と野菜とお肉だよ?」


リーゼ。


「……」


ユニコーン。


「栄養偏ったらよくないじゃん」


リーゼ。


「……」


ペガサスも。


上品に頷く。


「当然ですわ。翼を動かすにも相応の栄養が必要でございますもの」


リーゼ。


「……そうですよねー」


完全に。


受け入れた。


スージーが。


横を見る。


「大尉、諦めた?」


「いや」


リーゼは。


バロメッツ。


見る。


蟹味の植物羊。


次。


肉食ユニコーン。


肉食ペガサス。


さらに。


狼を食べている黒。


「ぶるるるるっ、ぶひひーん」


そして。


「ヴォー」


リーゼは。


静かに。


言った。


「今日は、全部かなり普通だ」


スージー。


「普通?」


「少なくともオホ声マンゴーよりは」


全員。


少し考えた。


「……普通だな」


エヴァ。


「普通ですね」


シズク。


「普通かも」


ルヴァナ。


「普通の範囲ね」


ネイラ。


ティセラまで。


「比較対象を限定すれば、そうですね」


ノアだけが。


少し。


遠い目をした。


         ◇


その日の収穫。


羊毛。


大量。


蹄部分まで羊毛。


若い瓢箪状の実。


数個。


鍋用。


成熟したものから取れた肉。


蟹味。


夕食。


大鍋。


湯気。


ティセラの世界でよくあるという食べ方を参考に、シズクが味を整えた。


リーゼが一口。


噛む。


蟹。


目の前。


素材。


羊。


植物。


「……蟹だ」


スージーも。


「蟹ね」


シズク。


「美味しいです」


エヴァ。


「もっと入れろ」


ルヴァナ。


「これ冬めっちゃいいじゃん!」


ティセラが。


少しだけ。


誇らしげに。


「ですから、一般的な鍋の具材だと言ったでしょう」


リーゼは。


もう一口。


食べた。


美味い。


普通に。


美味い。


しかも。


羊毛も大量に取れた。


冬服。


寝具。


防寒具。


エヴァ用の大きな衣服。


全部。


少し余裕ができる。


リーゼは。


珍しく。


素直に頷いた。


「有用だ」


そして。


少し考える。


「見た目も、まあ羊だ」


「メーでしたね」


スージーが言う。


「臭くもない」


「はい」


「変な汁も出ない」


「はい」


「妙な場所へ刺さっていない」


「はい」


「鳴き声も普通」


「メーですからね」


リーゼは。


深く。


深く。


頷いた。


「良い植物だ」


最近。


基準が。


著しく下がっていた。


だが。


誰も。


それを指摘しなかった。


今夜の鍋は。


普通に。


美味しかった。

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