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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十二章 冒険Ⅱ

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第百五十九話 気をつけて、行ってらっしゃい

その日の夕方。


 リーゼとスージーは、館から少し離れた露天温泉に来ていた。


 理由そのものは、何も特別ではない。


 新種マンゴーの分布調査で林の中を歩き回り、地面へ這いつくばって根の位置を確認し、果汁の飛沫を避けながら測量し、風向きまで記録していたせいで、二人とも汗と土埃まみれになっていた。


 途中。


「お゙ほー……」


 と例の声が聞こえるたびにリーゼの手が斧の幻影を求めて動いたが、スージーがそのたびに背中を撫でたので、今日は一株も伐採されていない。


 非常に平和な調査だった。


 少なくとも谷底基準では。


「今日はよく耐えたわね」


「何の話だ」


「マンゴー」


「小官は軍人だ。感情に任せて貴重な調査対象を破壊したりはしない」


「昨日、斧と松明持って走ってたけど」


「あれは昨日だ」


「便利な言葉ね」


 そう言いながら二人で露天温泉まで来た。


 そして。


 脱衣場で。


 止まった。



         ◇



 スージーが服へ手をかける。


 リーゼも服へ手をかける。


 二人。


 止まる。


 目が合う。


 逸らす。


「……」


「……」


 昨夜。


 二人は。


 裸で寝た。


 それどころではない。


 朝になって寝具を見れば、何があったか忘れたふりなどできない程度には、いろいろあった。


 お互いの身体も。


 見た。


 触れた。


 抱きついた。


 それなのに。


 素面。


 夕方。


 明るい。


 これだけで。


 服を脱げない。


 スージーの猫耳が横へ倒れた。


「……大尉」


「何だ」


「先、入る?」


「何故、小官が先なんだ」


「じゃあ私が先?」


「それも……」


「何?」


「いや」


 また。


 沈黙。


 スージーが顔を赤くした。


「昨日、裸見てるのにね」


「言うな!」


「大尉も見たでしょ」


「見た!」


「私も見た」


「だから言うな!」


「なんで今さら恥ずかしいのよ!」


「小官が知るか!」


 二人とも。


 同じことを思っていた。



         ◇



 結局。


 背中合わせで脱いだ。


「見るなよ」


 リーゼが言う。


「大尉もね」


「当然だ」


 衣擦れ。


 布を畳む音。


 金具。


 ベルト。


 靴。


 それだけなのに。


 妙に。


 意識する。


「……もういい?」


 スージー。


「まだだ」


「分かった」


 少しして。


「……今度こそ」


「待て!」


「何してるのよ!」


「髪が引っかかった!」


「手伝う?」


「いい!」


「そう」


 また少し。


「……よし」


「いい?」


「ああ」


 二人。


 同時に振り返った。


 そして。


 同時に。


 視線を上へ逸らした。


「……」


「……」


 スージーが言った。


「昨日は、もっと近かったよね」


「頼むから今は言うな」


「ごめん」


「謝るくらいなら最初から言うな」


 しかし。


 スージーは。


 ちょっと笑っていた。


 リーゼも。


 笑いたくなって。


 余計に困った。



         ◇



 露天温泉は、谷底の岩場から湧き出す湯をノアが簡単に整備したものだった。


 石で囲った広い湯船。


 湯温は少し高め。


 その向こうには木々。


 さらに遠くには巨大な断崖。


 水煙。


 夕焼け。


 景色だけなら。


 非常に美しい。


 二人は。


 湯船の端と端へ入った。


 離れている。


 かなり。


 スージーが聞いた。


「遠くない?」


「広いから有効に使っているだけだ」


「エヴァみたいなこと言ってる」


「違う!」


「でも端と端」


「適切な間隔だ」


「昨日は?」


「昨日の話をするな!」


 ざぶん。


 リーゼは肩まで湯へ沈んだ。


 耳まで赤い。


 スージーは。


 猫耳だけ湯から出ている。


「私も恥ずかしいんだけど」


「なら黙って入れ」


「そうする」


 静かになった。



         ◇



 湯気。


 夕焼け。


 水の音。


 遠くで。


「コケッ」


 鶏の木。


 リーゼが眉を動かす。


 しかし。


 それくらいなら。


 もういい。


 少しして。


 スージーが言った。


「リーゼ」


「何だ」


「こっち見て」


「何故」


「普通に話したいから」


「今でも話せる」


「ずっと岩見てるじゃない」


「岩が興味深い」


「考古学者の私でも、あの岩にそんな興味ないわよ」


 リーゼは。


 少しだけ。


 顔を向けた。


 スージーもこちらを見る。


 目が合う。


 二人。


 今度は。


 逸らさなかった。


 ただし。


 顔は赤い。


「……」


「……」


 先に。


 スージーが笑った。


「何これ」


「小官が聞きたい」


「昨日の私たち、相当だったのに」


「だから言うな!」


「なのに今、目が合うだけでこれ」


「酒が悪い!」


「全部酒のせい?」


 リーゼが。


 止まる。


「……全部ではない」


 スージーの猫耳が。


 ぴくっ。


「そう」


「ああ」


 それだけ。


 でも。


 昨日より。


 少しだけ。


 言えるようになった。



         ◇



 しばらくして。


 スージーが湯から出た。


 リーゼは反射的に横を向いた。


「ちょっと!」


「何だ!」


「そんな勢いで逸らさなくてもいいでしょ!」


「何をしに出た!」


「身体洗うの!」


「そうか!」


「何で怒鳴るのよ!」


 スージーは笑いながら。


 洗い場へ座る。


 湯を汲む。


 身体を流す。


 少しして。


 後ろを振り返った。


「大尉」


「何だ」


「背中、流す?」


 リーゼが固まった。


「……」


「嫌ならいいけど」


「嫌ではない」


「じゃあ」


「だが」


「何?」


「……自分で届く」


 スージーが吹き出した。


「子供みたい」


「子供扱いするな!」


「じゃあ大人らしく頼めば?」


「何故そうなる!」


「昨日は頭撫でさせたのに」


「それとこれは別だ!」


「背中もいつも撫でてるでしょ」


「服の上からだ!」


「細かいなあ」


 リーゼは。


 しばらく。


 湯へ沈んでいた。


 そして。


 小さく。


「……頼む」


 スージーが。


 少しだけ。


 嬉しそうに笑った。


「はい」



         ◇



 リーゼが洗い場へ座る。


 背中を向ける。


 スージーが布へ石鹸をつける。


 泡。


 背中。


 ゆっくり。


 洗う。


 リーゼの身体は。


 細い。


 だが。


 華奢ではない。


 肩。


 背中。


 腕。


 飛行士として。


 軍人として。


 必要なところには。


 きちんと筋肉がついている。


 スージーが。


 つい。


「やっぱり、いい身体してるわねえ」


 リーゼの背中が。


 びくっ!


「貴様!」


「ごめん!」


「忍者家族にも同じことを言っただろ!」


 今度は。


 スージーが固まった。


「……何で知ってるの?」


「ルヴァナが遠くから叫んでいた!」


「どこまで聞こえてるのよ、あの子!」


「『大尉、いい女の体だったんだってー!』とな!」


 スージーが。


 両手で顔を覆った。


「殺して」


「小官も同じ気持ちだった!」


「忘れて」


「無理だ!」


「じゃあ大尉も何か言って!」


「何を!」


「私の身体!」


 リーゼ。


 完全停止。


 スージーも。


 言ってから。


 完全停止。


「……」


「……」


 湯気。


 夕焼け。


 鶏の木。


「コケッ」


 リーゼが。


 ものすごく。


 小さな声で。


「……好きだ」


 スージーが。


 止まった。


「え?」


 リーゼが。


 さらに赤くなる。


「身体の話だ!」


「あ」


「今は身体の話をしていただろう!」


「う、うん」


「だから!」


「うん」


 スージーの猫耳が。


 ぴん。


 と立つ。


「……そっか」


「ああ」


「好きなんだ」


「その言い方をするな!」


「身体が?」


「もう黙れ!」


 スージーは。


 笑いながら。


 リーゼの背中を洗い続けた。



         ◇



 交代。


 今度は。


 リーゼが。


 スージーの背中を洗う。


 猫耳。


 背中。


 尻尾。


「尻尾はどうする」


「普通に洗って」


「痛くないか」


「毛並みに沿って」


「こうか?」


「うん」


 リーゼは。


 妙に。


 真剣だった。


「大尉」


「何だ」


「仕事みたいな顔してる」


「初めて洗う構造だからな」


「構造って言わないで」


「では何と言えばいい」


「尻尾」


「尻尾だな」


「それでいいの」


 少し。


 沈黙。


 スージーが。


 ぼそっと。


「優しいね」


 リーゼの手が止まる。


「普通だ」


「そう?」


「痛くしたくないだけだ」


「それを優しいって言うんじゃない?」


「……知らん」


 また。


 洗う。


 今度は。


 少しだけ。


 力を弱くした。



         ◇



 二人で。


 もう一度。


 湯へ入った。


 今度は。


 端と端ではない。


 隣。


 ただし。


 少し間がある。


 肩が触れそうで。


 触れないくらい。


 スージーが湯を見ながら言った。


「昨日のこと」


 リーゼの身体が固まる。


「……ああ」


「後悔してる?」


 エヴァにも。


 同じことを聞かれた。


 答えは。


 変わらない。


「していない」


「私も」


 スージーが言う。


「でも」


「何だ」


「今すぐ、何か決めなくてもいいんだよね」


「……ああ」


「恋人とか」


「うん」


「どういう関係とか」


「うん」


「また寝るのかとか」


 リーゼが。


 びくっ。


「最後は今言う必要があるか」


「大事かなって」


「……」


 スージーが。


 少し笑う。


「私は、また一緒に寝たいよ」


 リーゼは。


 完全に。


 湯の中で固まった。


「普通に!」


 スージーが慌てて付け足す。


「普通に寝る方も含めて!」


「含めて、ということは!」


「そっちも嫌じゃないけど!」


「貴様!」


 二人。


 真っ赤。


 スージーは。


 とうとう。


 両手で顔を覆った。


「もうやだ」


 リーゼも。


 顔を覆いたかった。


 しかし。


 少しして。


 言った。


「……小官も」


 スージーが。


 指の隙間から見る。


「何?」


「また」


 言え。


「……一緒に寝るのは、嫌ではない」


 スージーの猫耳が。


 ゆっくり。


 立った。


「普通に?」


「両方だ!」


 言った瞬間。


 リーゼは。


 口まで湯へ沈んだ。


 スージーが。


 笑った。


「大尉、顔真っ赤」


「湯が熱い!」


「私も熱い」


「湯のせいだ!」


「そういうことにしよっか」


「そうしろ!」



         ◇



 夕日は。


 だんだん。


 山影の向こうへ沈んでいく。


 温泉の表面が。


 赤から。


 紫へ変わる。


 リーゼは。


 少し。


 肩の力を抜いた。


 スージーも。


 黙って。


 隣にいる。


 やがて。


 湯の中。


 手が。


 触れた。


 偶然。


 たぶん。


 リーゼは。


 すぐには離さなかった。


 スージーも。


 離さない。


 少しして。


 指。


 重なる。


 握る。


 それだけ。


 昨夜より。


 ずっと。


 何もしていない。


 なのに。


 昨日より。


 恥ずかしい。


 リーゼが。


 ぼそっと。


「……何なんだ、これは」


 スージーが。


 少し笑う。


「知らない」


「考古学者だろ」


「恋愛は専門外」


「小官もだ」


「航空隊じゃ教えない?」


「教えるわけがない!」


 スージーが笑った。


 リーゼも。


 今度は。


 普通に笑った。



         ◇



 その時。


 遠くから。


「お゙ほー……」


 二人。


 同時に。


 止まった。


 リーゼの手に。


 力が入る。


 スージーも。


 握り返した。


「……斧」


「温泉にないよ」


「松明」


「もっとない」


「……そうか」


「今日はここにいよ」


「……ああ」


 少し間。


 リーゼは。


 隣にいるスージーを見る。


 今度は。


 目が合っても。


 逸らさなかった。


 裸なのは。


 やっぱり。


 恥ずかしい。


 昨日はあれほど騒いだのに。


 今は。


 手を握っているだけで。


 どうにも落ち着かない。


 それでも。


 嫌ではない。


 むしろ。


 この時間が。


 もう少し続けばいいと思った。


 リーゼが。


 小さく。


「……スージー」


「何?」


「明日も調査だ」


「うん」


「例の森へ行く」


「うん」


「だから」


 スージーが。


 先に。


 笑った。


「気をつけて、行ってらっしゃい」


 リーゼは。


 少し。


 黙った。


 それから。


 湯の中で。


 握った手を。


 ほんの少し。


 強く握り返した。


「……ああ」


 普通のバナナ。


 普通のマンゴー。


 そして。


 普通にはまだなれない。


 二人。


 それでも。


 少しずつ。


 自分たちなりの普通を。


 作り始めていた。

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