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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十二章 冒険Ⅱ

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第百五十七話 気をつけて、行ってらっしゃい

朝。


スージーが目を覚ました時、最初に見えたのは見慣れない天井だった。


次に感じたのは、右腕の重さ。


誰かが腕を枕にしている。


頭が痛い。口が乾いている。昨夜、かなり酒を飲んだことだけは、嫌でも身体が教えてくれていた。


スージーはしばらく天井を見つめた後、恐る恐る横を見る。


短い金髪。


閉じた目。


整った横顔。


リーゼロッテ・ヴァイス。


帝国航空隊大尉。


その大尉が、スージーの腕を枕にして眠っていた。


そして二人とも。


裸だった。


「……あー」


声を出した瞬間、断片的な記憶が戻ってきた。


新種マンゴーの調査結果。


見た目も、音も、臭いも最低だったくせに、果肉は美味い。菌体は極上の発酵食品。酒に合う。


それを聞いたリーゼが、自棄酒を始めた。


スージーも付き合った。


愚痴を聞いた。


笑った。


泣いた。


抱きついた。


その後は、ところどころしか覚えていない。


ただ。


二人とも、例の新種マンゴーを二度と馬鹿にできないくらい、馬鹿みたいな声を上げていたことだけは覚えていた。


寝具を交換した方がよさそうなくらい、いろいろと酷いことになったことも。


スージーは顔を覆いたくなった。


だが。


右腕はリーゼの枕になっている。


動かせない。


「……やったわねえ」


小さく呟く。


すると。


腕の中のリーゼが動いた。


「ん……」


スージーが固まる。


リーゼの青い目が、ゆっくり開いた。


目が合った。


二人とも。


動かなかった。


本当に。


しばらく。


何も言えなかった。


先に視線を逸らしたのはリーゼだった。


「……おはよう」


ものすごく小さな声だった。


スージーも。


「……おはよう」


と返した。


それだけ。


朝の挨拶としては、どこまでも普通だった。


状況だけが。


一切。


普通ではなかった。


         ◇


二人は無言で服を探した。


リーゼが下着を拾う。


スージーが目を逸らす。


スージーが服を着る。


今度はリーゼが目を逸らす。


昨夜までは一緒の寝台で愚痴を聞いて寝ることもあった。


疲れているリーゼへ抱きつかれても、背中を撫で、頭を撫でていた。


それなのに。


今は。


視線が合うだけで。


どうしようもなく恥ずかしい。


リーゼは制服を着た。


ボタン。


襟。


袖。


帯。


いつもの大尉へ戻るための儀式のように、一つずつ整えていく。


襟は一度直した。


さらに直した。


三回目。


スージーが言った。


「そこ、もう真っ直ぐよ」


「……そうか」


また沈黙。


リーゼは記録板を手に取った。


「小官は、分布調査へ行く」


完全に。


大尉の声。


スージーは少しだけ笑いそうになった。


恥ずかしくて仕方がないのに。


仕事の話になった瞬間。


大尉へ逃げ込んだ。


「例のマンゴー?」


「ああ。昨日より株数が増えていないか確認する。教授とも合流する」


「そっか」


「では」


リーゼが扉へ向かう。


スージーは。


その背中を見た。


いつもなら。


普通に。


「行ってらっしゃい」


と言うところだった。


でも。


今日は。


どうしてだろう。


少しだけ。


違う言葉が出た。


「リーゼ」


大尉が止まる。


振り返る。


また。


目が合う。


スージーは。


ちょっとだけ照れながら。


でも。


いつものように笑った。


「気をつけて、行ってらっしゃい」


リーゼが。


完全に止まった。


一秒。


二秒。


三秒。


耳まで。


赤くなる。


スージーも。


自分で言ってから。


ものすごく恥ずかしくなった。


「いや、その、分布調査って森の方行くんでしょ。だから普通に、気をつけてって意味で」


「……分かっている」


「うん」


「当然だ」


「うん」


また沈黙。


リーゼは。


少しだけ。


顔を逸らした。


「……行ってくる」


今度は。


大尉ではなく。


リーゼの声だった。


扉が閉まる。


スージーは。


その場に立ったまま。


両手で顔を覆った。


「……何なのよ、これ」


猫耳まで。


熱かった。


         ◇


それから。


さらに困った。


昨日までなら、リーゼを見つければ普通に声をかけられた。


今日。


無理だった。


遠くに金髪が見える。


反射的に隠れる。


自分でも意味が分からない。


昼前。


スージーはとうとう決めた。


相談しよう。


誰に。


考えた結果。


忍者家族だった。


クロエ。


アスラ。


ネイラ。


ルヴァナ。


四人いれば。


一人くらい。


まともなことを言うだろう。


たぶん。


         ◇


こんこん。


「入れ」


クロエの声。


スージーが扉を開ける。


四人ともいた。


クロエは小型機械を整備している。


アスラは魔術具を弄っている。


ネイラは記録整理。


ルヴァナは寝台の上で寝転がっていた。


スージーが入った瞬間。


ルヴァナが起き上がる。


「恋バナ?」


「何で一発で分かるの!?」


「顔」


ネイラも言う。


「耳もね」


スージーは自分の猫耳を押さえた。


完全に伏せている。


「そんなに分かりやすい?」


クロエ。


「かなり」


アスラ。


「非常に」


「そっかあ……」


スージーは椅子へ座った。


そして。


四人に見られる。


「……どうしたらいいでしょうねえ」


ルヴァナが笑う。


「何その言い方」


「本当に分かんないのよ」


「相手、誰?」


スージーの猫耳がさらに下がる。


「……リーゼ」


四人。


驚かない。


スージーが逆に驚いた。


「え?」


ネイラが首を傾げる。


「何かしら」


「もっと驚かない?」


クロエが答える。


「予想範囲内だ」


アスラも頷く。


「他の名なら意外だった」


ルヴァナは笑っている。


「だってスージー、大尉とずっと一緒じゃん」


「……そんなに?」


「そんなに」


         ◇


スージーは膝の上で指を組んだ。


「昨日さ」


ルヴァナが前のめりになる。


「うん!」


「新種マンゴーの結果が出たでしょ」


「うん!」


「大尉、自棄酒して」


「うん!」


「私も付き合って」


「うん!」


「部屋に行って」


「うん!」


ネイラがルヴァナの肩を掴む。


「近い」


「姉ちゃん、今いいところ!」


「相談なんだから急かさないの」


スージーは顔を覆った。


「……朝、二人とも裸で寝てた」


ルヴァナ。


「おおー」


ネイラ。


「あら」


アスラ。


「なるほど」


クロエ。


「理解した」


「理解しないで!」


「説明したのはお前だ」


「そうだけど!」


スージーは顔を覆ったまま続ける。


「しかも私が腕枕してた」


ルヴァナが笑う。


「めっちゃいいじゃん」


「よくない!」


「何で?」


「その後どうしたらいいか分かんないから!」


         ◇


少しして。


スージーは。


さらに余計なことを言った。


「あと」


四人が見る。


「リーゼって」


止まる。


頬が赤い。


「……いい女の体してましたけど」


ルヴァナが吹き出した。


「ぶっ!」


ネイラは口元へ手を当てた。


アスラが笑う。


クロエまで一度工具を止めた。


スージーが慌てる。


「違うの!」


ルヴァナ。


「何が違うの!」


「相談の一部!」


「どんな相談!」


「だって、いつも制服じゃない! 細いっていうか、ちゃんと締まってて、軍人だから鍛えてて、その……」


ネイラが優しく言う。


「スージー」


「何?」


「それは、惚気ね」


「違う!」


ルヴァナ。


「完全に惚気!」


アスラ。


「いい女だったのだろう?」


スージー。


止まる。


少し考える。


「……うん」


ルヴァナが両手を叩いた。


「はい惚気!」


「うるさい!」


         ◇


スージーは机へ突っ伏した。


「それで、あとから顔をまともに見れなくなりましてー」


ルヴァナ。


「急に敬語っぽくなった」


「無理なのよ!」


「朝どうしたの?」


「服着て、大尉が仕事行くって言って」


「うん」


スージーが。


また顔を伏せる。


「私、『気をつけて、行ってらっしゃい』って言っちゃって」


一瞬。


四人が黙った。


ルヴァナが。


ものすごく。


にやにやした。


「嫁じゃん」


「違う!」


「それもう新婚の朝じゃん!」


「普通に森へ行くから気をつけてって意味!」


ネイラが笑う。


「リーゼは?」


「真っ赤になってた」


「スージーは?」


「……私も」


ルヴァナ。


「はい両想い!」


「まだ決めるな!」


         ◇


ネイラが落ち着いて聞いた。


「リーゼは、昨夜のことを後悔していると言った?」


「言ってない」


「嫌だったと?」


「言ってない」


「もう会いたくないと?」


「それもない」


「では、急いで答えを出す必要はないでしょう」


スージーが顔を上げる。


「答え?」


「恋人なのか。友人なのか。昨日をどういう意味にするのか。これからどうしていきたいのか」


ネイラは静かに続けた。


「全部、今日決めなくてもいいわ」


クロエも工具を置いた。


「昨日一晩で関係が生まれたわけではない」


「え?」


「お前は以前から、リーゼが疲れれば迎えに行った。背を撫で、頭を撫で、愚痴を聞いた。同じ寝台で眠ることもあった」


スージーの耳が少し立つ。


「リーゼは、お前の前では大尉でなくてもいられる」


クロエは淡々と言った。


「昨日は、その延長で少し関係が変化した。それだけだ」


アスラも頷く。


「既に積み上げたものがある。ならば急ぐ必要はない」


ルヴァナが言う。


「今日から急に『恋人です!』ってしなくてもよくない?」


「……うん」


「今まで通り、大尉がバナナとマンゴーの木の下で丸くなってたら迎えに行って」


「うん」


「泣いてたら撫でて」


「うん」


「愚痴聞いて」


「うん」


「また一緒に寝たくなったら寝れば?」


スージーの耳が。


ばっ。


と立った。


「その言い方!」


ルヴァナが笑う。


「でもそうじゃん」


ネイラも言った。


「それと」


「何?」


「スージーも、リーゼに支えてもらえばいいと思う」


スージーが。


少し。


止まった。


「……私も?」


「ええ。あなたは、ずっとリーゼを支えようとしているでしょう?」


「うん」


「なら、自分が疲れた時も頼ればいい。関係は一方通行でなくていいのだから」


スージーは。


しばらく。


黙っていた。


それから。


少しだけ笑った。


「……そっか」


肩の力が抜けた。


         ◇


ルヴァナが。


また。


にやり。


「で?」


「何よ」


「いい女の体だったんでしょ?」


「そこへ戻るな!」


「締まっててー?」


「言わない!」


「鍛えててー?」


「聞くな!」


「裸で腕枕してー?」


「帰る!」


スージーは立ち上がった。


扉へ向かう。


ルヴァナが後ろから叫ぶ。


「大尉のとこー?」


スージーが止まる。


一秒。


二秒。


「……たぶん」


四人が笑った。


スージーが振り返る。


「何!」


ネイラが優しく言った。


「行ってらっしゃい」


今度は。


朝、自分がリーゼへ言った言葉を思い出して。


スージーの猫耳がまた赤くなった。


「その言葉、今日は効くからやめて」


         ◇


部屋を出る。


廊下。


スージーは歩きながら考えた。


確かに。


昨日一晩で始まったわけではない。


リーゼが疲れれば。


自分は探した。


小さな畑。


普通のバナナ。


普通のマンゴー。


その二本の間で膝を抱えているリーゼ。


背中を撫でた。


頭を撫でた。


泣いて抱きつかれたら。


抱き返した。


同じ寝台で愚痴を聞いた。


そういうことを。


ずっと。


していた。


なら。


今日も。


同じことをすればいい。


昨日のことは。


その後で考えればいい。


         ◇


リーゼは。


やはり。


小さな畑にいた。


普通のバナナ。


普通のマンゴー。


二本の間。


柵へ座り。


記録板を持っている。


仕事をしているふりをしている。


どう見ても。


同じ一行を。


ずっと見ている。


スージーが近づく。


リーゼの肩が。


びくっ。


スージーの猫耳も。


びくっ。


目が合う。


二人。


同時に。


逸らす。


「……」


「……」


普通のバナナの葉が揺れる。


さらさら。


普通のマンゴーの葉も。


さらさら。


それだけ。


リーゼが咳払いした。


「……相談は終わったのか」


スージーが勢いよく見る。


「何で知ってるの!?」


「ルヴァナが遠くから『恋バナー!』と叫んでいた」


スージーは両手で顔を覆った。


「もうやだ」


少し。


沈黙。


リーゼが小さく聞いた。


「……何と言われた」


スージーは指の隙間からリーゼを見る。


顔。


やっぱり。


赤い。


自分と。


同じ。


「慌てなくていいって」


リーゼが黙る。


「ゆっくりでいいって」


「……そうか」


「昨日一晩で、急に全部決めなくてもいいって」


「……ああ」


「今まで通りでもいいって」


リーゼは。


少しだけ。


スージーを見る。


スージーも。


今度は。


目を逸らさなかった。


「だから」


隣の柵を。


ぽんぽん。


「ここ、座るね」


リーゼの口元が。


ほんの少し。


緩んだ。


「……許可を取る必要はない」


スージーが隣へ座る。


肩。


触れる。


どちらも。


離れない。


         ◇


しばらく。


二人で普通の木を見た。


スージーが言う。


「リーゼ」


「何だ」


「朝」


大尉の肩が。


びくっ。


スージーも恥ずかしくなる。


でも。


続けた。


「私が『気をつけて、行ってらっしゃい』って言ったでしょ」


「……ああ」


「変だった?」


リーゼは。


少し。


黙った。


「いや」


「そう?」


「あれは」


また。


少し黙る。


「……嬉しかった」


スージーの猫耳が。


完全に。


立った。


リーゼは慌てる。


「分布調査は危険が伴うからな! 安全を気遣われること自体は合理的で――」


スージーが笑った。


「はいはい、大尉」


「何だ、その言い方は!」


「嬉しかったんでしょ」


「……まあ」


「じゃあ、また言うね」


リーゼが止まる。


「……また?」


「仕事行く時」


スージーは。


少し照れながら。


笑った。


「気をつけて、行ってらっしゃいって」


リーゼの顔が。


また。


赤くなる。


「……好きにしろ」


「うん」


少しして。


スージーは。


いつものように。


リーゼの背中へ手を置いた。


ゆっくり。


撫でる。


リーゼが。


ほんの少し。


身体を預ける。


昨日までと。


同じ。


でも。


少しだけ。


違う。


それで。


今は。


よかった。


遠く。


「お゙ほー……」


リーゼの肩が。


びくっ。


スージーは。


その背中を。


もう一度。


優しく撫でる。


「大丈夫、大丈夫」


リーゼが。


小さく。


「……斧」


「駄目」


「松明」


「もっと駄目」


「……分かった」


いつもの大尉だった。


スージーは。


少しだけ。


安心した。

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