↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十章 谷底Ⅷ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

154/193

第百五十四話 優しい果物

「新しいマンゴーが見つかりました」


ティセラからそう報告を受けた時、リーゼは驚くどころか、椅子へ深く座り直して余裕の笑みまで浮かべた。


「そうか。マンゴーか」


「はい。ただし、先日確認したものとは別種と思われます」


「別種でもマンゴーなんだろ?」


「マンゴー様植物ではあります」


「なら大丈夫だ」


あまりにも即答だったので、スージーの猫耳がぴくりと動いた。


「大尉が新種植物を聞いて『大丈夫』って言った」


「何だ、その言い方は。小官だって成長する」


少し前に見つかったバナナは普通だった。黄色くなれば甘くなり、皮を剥いて食べる。それだけだった。続いて見つかったマンゴーも普通だった。甘くて、柔らかくて、香りがよく、格子状に切って皮を裏返しても痙攣しなかった。


リーゼには、二回分の成功体験があった。


「小官もな、多少なら許せる大人になったんだ」


ルヴァナが首を傾げる。


「多少って?」


リーゼは指を一本立てた。


「熟れた熟女がうまい」


もう一本。


「若い青い実がうまい」


さらに一本。


「男根的なやつへひっつく」


四本目。


「男根的なやつ同士の間で何かがオホ声を上げる」


ルヴァナが吹き出した。


「多少じゃない!」


「まだある。日常的に潮を吹く、失禁する、白濁液を出す、イカ臭い。その程度ならもう受け入れる」


「受け入れちゃった!」


「次は尻の穴のやつだろ。知ってる。小官はもう大丈夫だ」


スージーが笑いを堪えながら聞いた。


「何が大丈夫なのよ」


「どうせチーズみたいな発酵食品もついてる。しかも極上のブルーチーズで酒に合う。皮を剥いてひっくり返す時には、びくびく痙攣する。全部分かっている」


ティセラが真顔で言う。


「一つも確認されていません」


「だから余裕なんだ!」


リーゼは胸を張った。


「未知ではない。想定済みだ。小官は多少の異常なら笑って許せる大人になった!」


スージーは猫耳を寝かせながら呟いた。


「その台詞、絶対あとで回収されるやつよね」


         ◇


現地へ近づいた時、最初に来たのは臭いだった。


スージーの猫耳が一瞬で後ろへ倒れ、シズクが袖で鼻を覆い、ルヴァナが「うわっ」と声を上げた。発酵臭、汗、魚介、青黴チーズ、湿った植物汁、何かの脂、それら全部を混ぜて寝具へ染み込ませ、男女が四日ほど使い続けて一度も洗わなかったような、できれば一生言語化したくない臭いだった。


リーゼは鼻を押さえながらも笑った。


「はは。臭いか。想定内だ」


スージーが聞く。


「本当に?」


「小官は多少なら許せる大人だと言っただろう」


そして木が見えた。


リーゼの笑顔が止まった。


果実の形状が、最初から全力だった。


雄型は、男の腰から腿までを植物で再現したような形をしており、その中央から不穏な突出部が伸びている。雌型は女の腰から腿を思わせる形で、中央には裂け目状の構造がある。


しかも、熟れた雌型の周囲には黒く縮れた植物繊維が密生していた。


リーゼが呟いた。


「……陰毛」


スージーが頷く。


「陰毛状植物繊維ね」


「言い換えても陰毛だろ」


その熟れた雌型が、若い雄型へ絡みついていた。


「んお゙ぉ゙ぉ゙……!」


リーゼの眉が動く。


「鳴いた」


別の枝では、熟れた雄型が若く無毛な雌型へ絡みつき、枝ごと激しく揺れていた。


「お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!」


リーゼはまだ耐えた。


「……想定内」


ルヴァナが笑う。


「顔ひきつってるよ!」


「多少なら許せる大人だ!」


そして雌型の表面を見る。


青。


白。


緑。


灰。


大量の菌体。


ティセラが採取棒を伸ばし、遠目から確認した。


「青黴系に近いですね。発酵食品様物質である可能性があります」


リーゼの目が細くなる。


「……ブルーチーズ?」


ノアも少し観察する。


「見た目と匂いだけなら、それっぽいね」


リーゼの口元が。


ゆっくり。


上がった。


「ふっ」


スージーが警戒した。


「大尉?」


「ふふっ」


「その笑い方やめて」


リーゼは突然、両手を広げた。


「きた!」


全員が止まった。


「これだ!」


リーゼが大笑いする。


「あははははははは! ほら! これなんだよ!」


雄型。


「ん゙お゙ぉ゙ぉ゙……!」


雌型。


「お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!」


リーゼは嬉しそうに木を指差した。


「小官の知ってる谷底だ! やっぱりこうなんだよ! 普通の果物が! 二回続けて見つかったくらいで!

騙されるところだった!! あはっ! あははははは!!!」


ルヴァナが笑う。


「安心する方向がおかしいって!」


         ◇


当然、それで終わらなかった。


雄型と雄型が、互いの表面を擦り合わせるように揺れている。


「ん゙お゙ぉ゙ぉ゙……!」


少し離れて、雌型と雌型も密着している。


「お゙ほぉ゙ぉ゙……!」


スージーが言った。


「組み合わせが自由すぎる」


ティセラは真面目だった。


「表面菌類の交換や成熟促進の可能性も考えられます」


リーゼが教授を見る。


「研究者って強いな」


さらに奥。


雄型の腰の後ろ側へ、別の雄型がどう見ても不穏な角度で絡みついている。


ぶるぶるぶる。


「ん゙お゙お゙お゙お゙お゙っ!」


野太い男の声。


リーゼが勢いよく指差した。


「きた!」


スージーも分かってしまった。


「大尉が予想してた尻の穴のやつ!」


「ほらああああ!」


その隣。


今度は雌型の後ろへ雄型が絡みつく。


雌型が震えた。


「いたいぃぃ……!」


全員が止まる。


続いて。


「ゆるしてぇぇ……!」


リーゼの笑顔が消えた。


「……喋るな」


「いたいよぉぉ……!」


リーゼ。


「やめろ」


「ゆるしてぇぇ……!」


「植物が被害者みたいな台詞を吐くな!」


そして。


ぴゅっ。


白い果汁。


別の枝。


どばっ。


黄色い果汁。


さらに白。


黄色。


透明。


そこら中から果汁が飛び、幹を伝い、地面の窪みへ集まり始めた。


リーゼは下を見た。


池。


白と黄色と透明の粘った液体が混じり合った、小さな池。


風が吹く。


あの臭い。


さらに濃い。


リーゼはしばらく全部を見ていた。


陰毛状繊維。


ブルーチーズ。


男型。


女型。


雄型同士。


雌型同士。


尻。


野太い声。


「いたい」。


「ゆるして」。


オホ声。


白い汁。


黄色い汁。


果汁池。


洗っていない寝具臭。


そして。


笑った。


「あは」


スージーが後ろへ下がる。


「大尉?」


「あははははははははは!」


リーゼは両手を広げた。


「きた! これだ! これなんだよ! ほら! これだよ!」


雄型。


「ん゙お゙お゙お゙っ!」


雌型。


「お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!」


リーゼ。


「あはははははは!」


そして。


唐突に。


真顔。


「……消そう」


         ◇


数分後。


リーゼは斧を持っていた。


反対の手には松明。


スージーが叫んだ。


「どこから持ってきたの!」


「多少なら許せる大人にも限界はある!」


「限界突破するの早い!」


リーゼは木へ向かって突進した。


「燃やすしかない!」


ティセラが前へ立つ。


「待ってください!」


「この森はもう駄目だ!」


「まだ森になっていません!」


「手遅れになると!」


リーゼは松明を掲げた。


「森はオホ声に呑み込まれてしまう!!!」


ノアが松明を持つ腕へ飛びつく。


「森を燃やしたら他の木まで燃えるよ!」


「では斧!」


エヴァが斧の腕を掴む。


「切らせねえ!」


「止めるなー!」


アスラが腰を押さえる。


クロエが松明を奪う。


ルヴァナまで後ろからしがみつく。


リーゼは五人がかりで止められながら暴れた。


「ヤツを! ヤツをこの世から消すんだー!」


雄型。


「ん゙お゙ぉ゙……!」


「汚物を消毒するんだー!」


ティセラ。


「植物です!」


「血の汚濁を治療するんだー!」


ノア。


「植物に血はないよ!」


「比喩だー!」


さらに暴れる。


「質的変質を淘汰するんだー!!」


ティセラ。


「意味が曖昧です!」


「ならば劣等遺伝子を駆逐するんだー!!!」


ティセラの眼鏡が光った。


「大尉。何をもって優等、劣等とするのですか」


「見ろ!」


「見ています」


「臭い!」


「確認しました」


「形!」


「形態です」


「音!」


「発声構造です」


「果汁!」


「高糖度です」


「高くなるな!」


「菌体も食用資源として有望です」


「ブルーチーズになるな!」


「繁殖も旺盛です」


「旺盛になるな!」


「つまり、生物としてはかなり成功している可能性があります」


リーゼが止まった。


「……成功?」


「はい」


雄型。


「ん゙お゙お゙お゙っ!」


雌型。


「いたいぃぃ……ゆるしてぇぇ……!」


白い汁。


ぴゅっ。


黄色い汁。


どばっ。


ティセラ。


「非常に活発です」


リーゼの顔から力が抜けた。


「……世界が間違っている」


スージーが肩を叩く。


「大尉」


「小官ではなかった。自然の方が狂っていたんだ……」


ティセラが呟く。


「生存戦略でしょうか」


リーゼが復活した。


「斧を返せえええええっ!」


         ◇


武器を取り上げられても、リーゼは諦めなかった。


木へ指を突きつける。


「小官は谷底救済のために必要なことならば、いかなることでも行う権力を手に入れたのだ!」


スージー。


「いつ!?」


「今!」


「誰から!?」


「小官から!」


「独裁よ!」


「非常時だ!」


「誰が非常事態宣言したの!」


「小官!」


「全部自分じゃない!」


リーゼは聞いていない。


「我が宿敵!」


スージー。


「今日会ったばかり!」


「我が怨敵!」


「恨みが育つの早い!」


「いま!」


雄型。


「ん゙お゙……」


「ここで!」


雌型。


「お゙ほぉ゙……」


「ヤツを倒さなければ、小官は!」


一瞬。


声が詰まる。


「小官は……!」


木の奥。


「お゙ほー……」


全員が止まった。


リーゼも止まった。


もう一度。


「お゙ほー……」


リーゼのこめかみが。


ぴくっ。


「……いま、笑ったな?」


ティセラが答える。


「空気が内部空洞を通過した音と思われます」


「小官を笑ったなあああああっ!」


「違います!」


果実。


「お゙ほー」


リーゼが爆発した。


「ちくしょー! きさまー!」


エヴァが押さえる。


「暴れるな!」


「吐いた唾は飲めんぞー!」


スージーが叫ぶ。


「何を吐いたのよ!」


「小官はヤツを倒すと言った!」


「勝手に言っただけ!」


「言った以上はやる!」


「植物相手に意地になるな!」


「やってやる!」


全員。


「駄目!」


「やってやるぞー!」


ルヴァナ。


「武器ないよ!」


「素手でやる!」


「木だよ!」


「殴れば折れる!」


「大尉の手が先に折れるって!」


果実。


「お゙ほー……」


リーゼ。


「また笑ったあああああっ!」


         ◇


その日の夜。


リーゼが消えた。


食堂にもいない。


記録室にもいない。


自室にもいない。


スージーとシズクが探し回り、ようやく見つけたのは、館の隅にある普段使われていない小部屋だった。


灯りは点いていない。


真っ暗。


その隅。


リーゼが膝を抱えて座っていた。


帝国航空隊大尉。


地図を作り。


機械を組み。


物流を整理し。


巨大生物にも対処し。


谷底で何が起きても最終的には叫びながら仕事をしてきた女が。


壁際で。


小さくなっている。


スージーの猫耳が少し下がった。


「大尉」


「……何だ」


「ご飯食べよ」


「いらん」


「マンゴーあるよ」


リーゼの肩が。


びくっ!


「新種ではないな!?」


「普通の方」


「本当に?」


シズクが皿を差し出す。


「普通のマンゴーと、普通のバナナです」


リーゼが。


膝の間から。


ゆっくり顔を出す。


皿。


黄色いバナナ。


橙色のマンゴー。


普通。


リーゼは警戒する。


「鳴かない?」


「鳴きません」


「オホ声」


「出ません」


「陰毛」


「ありません」


「尻」


「ありません」


「ブルーチーズ」


「ありません」


「雄型同士は?」


「ただの果物です」


「雌型同士」


「ありません」


「白い汁」


「ありません」


「黄色い汁」


スージーが答える。


「マンゴーだから普通の果汁は黄色いけどね」


リーゼの肩が。


びくっ!


「吹く!?」


「吹かない!」


「池を作る!?」


「作らない!」


「痛いって言う!?」


「言わない!」


「許してって!?」


「言わない!」


リーゼは。


しばらく。


二人と皿を交互に見た。


スージーがマンゴーを一切れ差し出す。


「普通のマンゴー食べよ」


シズクもバナナを差し出す。


「バナナもありますよ」


リーゼは。


恐る恐る。


マンゴーを受け取った。


食べる。


甘い。


柔らかい。


普通。


肩の力が少し抜けた。


次。


バナナ。


甘い。


普通。


リーゼが呟く。


「……マンゴーだ」


スージーが頷く。


「マンゴーね」


「……バナナだ」


「バナナですね」


リーゼはもう一切れ食べた。


「普通だ」


「普通よ」


「……優しい」


スージーが少し笑う。


「果物に優しさを感じるようになったのね」


リーゼは膝を抱えたまま。


普通のマンゴーを食べた。


次に普通のバナナ。


暗い部屋。


静か。


甘い。


何も鳴かない。


何も吹かない。


何も絡まない。


何も発酵していない。


リーゼがぽつりと言った。


「小官はな」


「うん」


「多少なら許せる大人になったつもりだった」


スージーが頷く。


「なってなかったね」


「……ああ」


少し間。


リーゼはバナナをもう一切れ取った。


「普通って、大切なものだな」


その時。


はるか遠く。


森の方から。


「お゙ほー……」


リーゼ。


びくっ!


スージーが即座にマンゴーを口元へ差し出した。


「聞こえない」


シズクもバナナを差し出す。


「聞こえません」


リーゼは。


震えながら二人を見る。


そして。


マンゴーを食べた。


「……聞こえない」


もう一度。


遠く。


「お゙ほぉぉぉぉ……!」


びくっ!


「聞こえない!」


今度はリーゼ自身が叫んだ。


バナナを食べる。


「普通!」


マンゴーを食べる。


「普通!」


さらに遠く。


「ん゙お゙ぉ゙ぉ゙……!」


リーゼは膝を抱えたまま、両耳を塞いだ。


「普通のマンゴーとバナナは優しい……!」


スージーが背中を叩く。


「今日はそれだけ覚えて寝よ」


シズクも頷いた。


「明日のことは、明日考えましょう」


リーゼは小さく頷いた。


「……そうする」


少しして。


さらに小さな声。


「斧は?」


スージー。


「駄目」


「松明」


「もっと駄目」


「……そうか」


リーゼは諦めた。


暗い部屋の隅で膝を抱えながら。


普通のバナナと。


普通のマンゴーを。


一切れずつ。


大事そうに食べ続けた。


その夜。


普通の果物だけが。


リーゼに優しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。