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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十章 谷底Ⅷ

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第百五十三話 マンゴーは、マンゴーだった

新しい果物が見つかった。


それを聞いた瞬間。


リーゼは、驚かなかった。


むしろ。


妙に落ち着いていた。


シズクが共同調理場へ、楕円形の果実を一つ持ってきた時もそうだった。


赤。


黄。


少し緑。


表皮には艶がある。


大きさは両手に収まる程度。


甘い香りもしている。


スージーが見るなり言った。


「マンゴーね」


ノアも頷く。


「マンゴーだね」


リーゼは椅子に座ったまま、静かに果実を見た。


そして。


深く。


深く。


頷いた。


「分かってるとも」


スージーが猫耳を傾ける。


「何が?」


「マンゴーなんだろ」


「そうだけど」


「知っている」


リーゼは、やけに優しい目でマンゴーを見た。


「バナナくらいだったな。普通なの」


シズクが困ったように言う。


「まだ、このマンゴーも何もしていませんよ」


「いい。説明しなくていい」


「ですが」


「小官には分かる」


リーゼは。


悟った者の顔をしていた。


非常に。


嫌な方向へ。


         ◇


リーゼはマンゴーを指差した。


「まず、あれだろ」


スージーが聞く。


「何?」


「熟れた熟女がうまいとか、若い青い実がうまいとか、そういうやつだろ」


沈黙。


ティセラが眼鏡を直した。


「成熟段階による食味の差でしたら、一般の果実でも――」


「普通の話に戻そうとするな、教授!」


「普通の話ですが」


「ここでは普通で終わらない!」


リーゼは止まらない。


青いマンゴー。


黄色くなり始めたマンゴー。


赤みの差した完熟果。


順番に見る。


「青い時は、若い男の声で鳴く」


スージーが吹き出す。


「またそこから?」


「知ってる知ってる。もう驚かん」


リーゼは青い実を指差す。


「切ったら、『んっ……!』だ」


次。


少し熟れた実。


「これが、『ん゙お゙……っ』」


そして。


完熟。


「最後は、『お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!』」


ルヴァナが腹を抱えた。


「大尉、完全にパターン覚えてんじゃん!」


「学習能力を侮るな!」


「学習するところそこ?」


「谷底で生き延びるために必要だ!」


ティセラが真面目に言う。


「発声音程と糖度の相関があるなら興味深いですが」


「教授まで乗るな!」


         ◇


リーゼは。


さらに。


マンゴーの木を見に行くことにした。


「念のためだ」


スージーが聞く。


「何の?」


「全体像を確認する」


「ただの果樹だと思うけど」


「その油断が命取りになる」


長い棒まで持っている。


シズクが聞く。


「マンゴーを見るのに必要でしょうか」


「谷底だぞ」


それだけだった。


妙に説得力があった。


現地。


果樹。


普通だった。


大きな葉。


枝。


果実。


いくつもぶら下がっている。


リーゼは。


まず。


木の根元を見る。


何もいない。


次。


枝の間。


何もいない。


幹。


普通。


地面。


普通。


リーゼの眉間に皺が寄る。


「……ないな」


スージーが聞く。


「何が?」


「男根的なやつ」


「何でマンゴーの木にある前提なのよ」


リーゼは真剣だった。


「どうせ男根的なやつへ、マンゴーがひっついて育つと思っていた」


「普通に枝から生えてるけど」


「あるいは」


リーゼは周囲を見る。


「男根的なやつ同士の間に挟まって、オホ声を上げながら熟す」


「マンゴーが?」


「マンゴーか、その周りにいる何かが」


ルヴァナが笑う。


「陸生アワビ引きずりすぎ!」


「引きずりもする!」


リーゼは竹林の方向を指差した。


「あの黒い男根筍同士が絡み合っていたところに、何がいた!」


「陸生アワビ」


「しかも何をしていた!」


「熟成」


「そうだ!」


リーゼはマンゴーを見る。


「だったら、次にマンゴーが何かへ吸いついていても小官は驚かん!」


スージーが言った。


「今のところ普通に枝から下がってるけど」


リーゼは。


少し寂しそうに。


「……そうだな」


         ◇


さらに。


リーゼは警戒を続ける。


「問題は液体だ」


ティセラが聞く。


「果汁でしょうか」


「違う!」


「まだ何も確認していませんが」


「どうせ日常的に潮を吹く!」


シズクが瞬きをする。


リーゼは続ける。


「あるいは失禁する!」


スージーが聞く。


「マンゴーが?」


「マンゴーでも木でも周辺生物でも何でもいい!」


「よくないでしょ」


「もう驚かないと言っている!」


リーゼは木の下へ立ち。


風上を確認した。


「イカ臭さも来るなら来い」


何も来ない。


甘い果実の香りだけ。


「白濁液でもいいぞ」


出ない。


「硫黄臭」


ない。


「チーズ臭」


ない。


「若い男の喘ぎ声」


ない。


風。


葉。


さらさら。


それだけ。


リーゼは。


だんだん。


不安になってきた。


「……おかしい」


スージーが呆れる。


「普通だからおかしいってどういうことよ」


         ◇


リーゼは。


さらに先を読んだ。


「分かってる。大丈夫だ」


ルヴァナが聞く。


「何が大丈夫なの?」


「あれだろ」


リーゼは。


完全に覚悟を決めた顔で言った。


「この後、尻の穴のやつも見つかるんだろ?」


沈黙。


シズクが。


少し困った顔をした。


ノアも。


何とも言えない顔になる。


スージーが聞く。


「何の予想?」


「男根が来た」


リーゼは指を一本立てる。


「アワビが来た」


二本。


「陰毛も来た」


三本。


「なら、次は尻の穴だ」


ティセラが言った。


「その分類には、生物学的な必然性がありません」


「教授、小官もそう思いたい!」


「では何故」


「谷底だからだ!」


ルヴァナが笑い転げる。


「大尉、もう完全に壊れてるじゃん!」


「壊したのは小官ではない! 谷底だ!」


リーゼはマンゴーを見る。


「いいぞ。来い。尻の穴みたいな実でも、何かが尻の穴みたいな部分へマンゴーを詰めて熟成していても、小官は驚かん」


スージーが言う。


「今、普通のマンゴー見てるだけなんだけど」


「先に心を作っておくんだ!」


         ◇


リーゼの予測は。


まだ続いた。


「それから発酵食品」


シズクが聞く。


「マンゴーの?」


「どうせ何か付いている」


「何がでしょう」


「チーズだ」


リーゼは断言した。


「どうせ極上のブルーチーズなんだ」


スージーが笑う。


「マンゴーの木に?」


「そうだ!」


「何で?」


「知らん!」


リーゼは。


もう勢いだった。


「マンゴーの表皮か、木の股か、根元か、周辺生物の腹か知らんが、青黴の生えた何かが付着している!」


ティセラが言う。


「それは先に毒性検査が必要ですね」


「しかも食えば、とんでもなく美味い!」


「そこまで決まっているのですか」


「決まっている!」


リーゼは拳を握った。


「塩気が強く、濃厚で、香りが深く、酒に合うやつだ!」


エヴァが聞きつけて寄ってきた。


「酒に合うのか?」


リーゼが叫ぶ。


「まだ存在していない!」


「何だ」


「残念そうな顔をするな!」


「極上のブルーチーズって言っただろ」


「小官の予想だ!」


エヴァはマンゴーを見る。


「じゃあ普通に食えばいいだろ」


リーゼが止まった。


「……そう簡単にいくと思うか」


「果物だぞ?」


「それを陰毛栗の前でも言えるか!」


エヴァは少し考えた。


「陰毛栗はうまかったぞ」


「だから困っているんだ!」


         ◇


いよいよ。


収穫。


シズクが熟した一個を取る。


ぷつ。


普通に取れた。


鳴かない。


震えない。


吹かない。


リーゼが見ている。


じっと。


シズクが聞く。


「どうしました?」


「……まだだ」


「何がでしょう」


「皮を剥く時だ」


リーゼは知っている顔をした。


「それも知ってる」


スージーが聞く。


「今度は何?」


「皮を剥いて」


リーゼは手振りまで交える。


「ひっくり返す」


「うん」


「そこで痙攣する」


全員。


黙る。


リーゼは。


本気だった。


「びくっ、びくっ、とだ」


ルヴァナが笑う。


「何で!」


「知らん!」


「じゃあ何で断言すんの!」


「谷底だから!」


シズクが包丁を入れる。


すっ。


リーゼが身構える。


皮を切る。


普通。


さらに。


皮を剥く。


普通。


甘い香り。


黄色から橙色の果肉。


普通。


シズクが半分に切る。


大きな種。


普通。


そして。


果肉へ格子状に切れ目を入れる。


リーゼが言った。


「来るぞ」


ひっくり返す。


ぽこ。


果肉が外側へ開く。


いわゆる。


よくあるマンゴーの切り方。


全員。


待つ。


一秒。


二秒。


三秒。


動かない。


痙攣。


なし。


喘ぎ声。


なし。


潮吹き。


なし。


白濁液。


なし。


ブルーチーズ。


なし。


男根。


なし。


陸生アワビ。


なし。


尻の穴。


なし。


あるのは。


普通に切られた。


マンゴーだけ。


リーゼが。


ゆっくり。


口を開いた。


「……痙攣しない?」


シズクが答える。


「しませんね」


「ひっくり返したのに?」


「はい」


「何も?」


「はい」


リーゼは。


信じられないものを見るように。


マンゴーを見た。


         ◇


安全確認を済ませる。


問題なし。


シズクが。


一切れ。


食べる。


「美味しいです」


リーゼが警戒する。


「どう美味い」


「マンゴーですね」


「もっと具体的に」


「甘くて、柔らかくて、香りがよいです」


リーゼが待つ。


シズクも待つ。


何も起こらない。


ノアも一口。


「普通にマンゴーだね」


スージーも。


「マンゴー」


ルヴァナも。


「マンゴーだ」


エヴァも。


「うまい果物だな」


ティセラも確認する。


「特筆するほど異常な成分はありません」


リーゼが。


とうとう。


自分でも食べた。


一口。


甘い。


柔らかい。


独特の濃い果実香。


少しねっとりした果肉。


酸味。


甘み。


マンゴー。


普通。


何の裏もない。


もう一口。


やはり。


マンゴー。


リーゼは。


マンゴーを見た。


「……普通だ」


スージーが頷く。


「普通ね」


「美味い」


「普通にね」


「異常に美味いわけでもない」


「普通に美味しいマンゴー」


「熟れた熟女がどうとかは?」


ティセラが答える。


「単純に熟果の方が甘いですね」


「普通の果物の範囲で?」


「はい」


「青い実は?」


「未熟果です」


「若い男の声は?」


「出ません」


「男根的なものには?」


「付着していません」


「オホ声」


「出ません」


「潮吹き」


「ありません」


「失禁」


「しません」


「ブルーチーズ」


「ありません」


「ひっくり返すと?」


「果肉が開きます」


「痙攣は?」


「しません」


リーゼは。


長く。


長く。


黙った。


         ◇


夕食後。


果物として。


マンゴーが出た。


冷やしてある。


普通に。


皮を剥き。


普通に。


切る。


普通に。


皿へ盛る。


食べる。


甘い。


誰も叫ばない。


誰も研究を始めない。


何も鳴かない。


何も吹かない。


何も絡まない。


何も熟成していない。


ただ。


マンゴー。


リーゼは。


黙って。


一切れ。


食べた。


そして。


ぽつり。


「……バナナ頃が懐かしいな」


スージーが笑う。


「マンゴーも普通じゃない」


リーゼが止まる。


マンゴーを見る。


「……そうだった」


もう一切れ。


食べる。


普通。


リーゼの顔が。


少しだけ。


緩む。


「普通だった」


ノアが笑う。


「よかったね」


「ああ」


リーゼは。


深く。


深く。


頷いた。


「マンゴーはマンゴーだった」


ルヴァナが言う。


「それ当たり前じゃん」


リーゼは。


ものすごく真剣な顔で。


答えた。


「谷底では、当たり前ではない」


誰も。


反論できなかった。


バナナ。


そして。


マンゴー。


最近見つかった果物が。


二つ続けて。


普通だった。


ただ。


皮を剥いて。


食べるだけ。


甘い。


美味しい。


それだけ。


リーゼは。


マンゴーをもう一切れ取った。


「……普通って」


スージーが見る。


リーゼは。


しみじみと言った。


「本当に、大切なものだな」


外では。


遠くの鶏の木が。


「コケッ」


と鳴いた。


さらに。


竹林の方から。


「お゙ほぉ゙ぉ゙……」


と。


何かが聞こえた。


リーゼは。


マンゴーだけを見た。


「聞こえない」


そして。


普通のマンゴーを。


静かに。


味わった。

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