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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十章 谷底Ⅷ

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【一般公開版】第百五十一話 鵺は一頭なのか

夕方。


また地面が揺れていた。


どん。


館の窓が、かたかたと鳴る。


リーゼは夕食前の記録をまとめながら、しばらく無視していた。この程度では、もう立ち上がらない。


「ぶひひひーん!」

続いて。

「ヴォオオオッ!」


リーゼの手が止まる。

「黒か」

窓際のスージーが外を見る。

「でも、相手が違う」

「今度は何だ」

「鵺」

「確認だけする」


館の外へ出ると、四メートル級の黒い軍馬が、同じほど巨大な鵺と綱引きをしていた。


鵺は複数の獣を合わせたような身体を持ち、後ろには独立して動く蛇の尾がある。黒と鵺が引くたび、太い綱が軋み、地面が揺れた。


「黒様、少し手加減していただけますと幸いでございます!」


普段と変わらない、箱入りのお嬢様のような口調だ。


しかし後ろの蛇は騒がしい。


「兄者様ぁぁぁ! ヘビも負けないぃぃぃ!」


リーゼが蛇を見る。

「……尻尾も参加しているのか?」

「綱は本体がくわえているけど、尻尾も地面に巻きついて支えてるわね」

スージーが答える。


蛇の頭は鵺本体とは別に首を振り、黒へ声援を送り、時には本体へ指示まで出していた。


「お姉様、右! もっと右へ踏ん張って!」

「分かっております!」

「遅い!」

「あなたは尻尾でしょう!」

「尻尾だって身体でしょ!」


リーゼとスージーは顔を見合わせた。


そこへティセラがやってきた。


「測るな」

「まだ何も言っていません」

「この状況を見て、何も調べないはずがない!」

「以前から、尾部は独立した発話と意思決定を行っていますね」


ティセラは鵺本体と蛇の尾を交互に観察する。


「意識そのものは、別である可能性が高そうです」

「では身体は?」

「構造としては連続しています」

「なら一頭なのか?」

「本人たちの自己認識を確認した方がいいでしょう」


リーゼは遠くから声をかけた。


「鵺! 貴様と尻尾は別人なのか!」


本体が答えるより早く、蛇が叫ぶ。


「別です! ヘビはヘビです!」

「勝手に答えないでくださいませ!」

「だって別だもん!」

「やはり別意識か」

「間違いなさそうね」


ティセラが記録板へ書き込む。


鵺本体は綱をくわえたまま、どうにか説明した。


「ただし、身体はわたくしの身体でございます」

「ヘビの身体でもあるもん!」

「あなたは尻尾でしょう!」

「尻尾だって身体でしょ!」


鵺が黙った。


スージーが言う。

「正論ね」

「……そうでございますけれども」


次の瞬間、黒が強く綱を引いた。鵺の前脚が滑る。


「きゃっ!」

「わあっ!」


本体と蛇が同時に声を上げた。


ティセラの目が輝く。

「興味深いですね。意識は独立していても、平衡感覚や身体感覚の一部を共有している可能性があります」

「つまり頭が二つあって、考えることは別。でも身体から来る情報は両方へ入る?」

「単純化するなら」

「ややこしい!」


綱引きは続く。


「兄者様、強い!」

「黒様、わたくしどもも負けません!」

「今『ども』って言ったな」

「本体と尻尾の共同参加だからでしょう」


最後は蛇が近くの木へ巻きついたことで、鵺側が一気に盛り返した。黒の前脚が線を越える。


「ヘビたちの勝ち!」

「勝手に代表しないでくださいませ!」

「でも勝ったよ?」

「それは、そうでございますが……」


黒が悔しそうに鳴いた。


「ぶひっ! ガオー!」


いつの間にか隣にいたエヴァが言う。

「細けえこと気にすんな、だと」

リーゼは黒を指差した。

「貴様にだけは言われたくない!」


ティセラは記録へまとめる。


『複数意識、一身体型生物の可能性』

『尾部人格は高度な独立性を有する』

『本体と尾部の間に、一部感覚共有を示唆する反応あり』


リーゼは記録を眺め、うなずいた。


少し前に食べた普通のバナナは、人格が何個あるのか考える必要などなかった。


今、目の前では本体と尻尾が、勝利の名乗りをどちらが上げるかで言い争っている。


リーゼはもう振り返らなかった。

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