【一般公開版】第百五十話 知性は種としてですわ
夕方。
谷底が赤く染まり、リーゼは館の前で静かな景色を眺めていた。
「いい夕方だ」
「それ、最近言うと危なくない?」
スージーが猫耳を動かす。
「今日は大丈夫だ」
「根拠は?」
「ない」
どん。
地面が揺れた。
草原には、四メートル級の黒い軍馬と、同じほど巨大な白いペガサスがいた。地上の黒と低空を飛ぶペガサスが、並んで競走している。
黒が鼻を鳴らす。
「ぶひひひーん!」
そして。
「ヴォオオオッ!」
「後半が分からん!」
一方、ペガサスは大きな翼を広げ、凛々しく叫んだ。
「この程度で私が遅れるなどあり得ませんわ! 誇り高き天馬の飛翔をご覧なさい!」
直後、低い枝に翼を引っかけた。
「んおっ!」
姿勢を崩しながらも、どうにか飛び続ける。
リーゼが言った。
「言っていることと結果が釣り合っていない」
館の皆も騒ぎを聞いて集まってきた。ルヴァナは笑い、ネイラは風向きを読み、ティセラは記録板を取り出す。
「測るな」
「まだ何も言っていません」
「飛行速度と地面の振動を測りたい顔をしている!」
「興味深くはあります」
エヴァだけは平然としていた。
「黒は元気だな」
「貴様は毎回それだな!」
やがて競走は、障害物の多い竹林の脇へ入った。
ペガサスは高貴さを主張しながら枝へぶつかり、黒は馬らしく走りながら時々どう聞いても馬ではない声で吠える。
スージーがふと思い出したように言った。
「ペガサスって、知性とか詩とか、そういう高尚なものの象徴じゃなかった?」
ノアがうなずく。
「僕の前世の伝承では、詩の泉や神々の役目に結びつく話があったね」
夕焼けを背負う白い翼馬は、確かに神話的で優美だった。
そのペガサスは今、進路を間違えて同じ岩を二周している。
リーゼは遠くへ声を張った。
「おい、ペガサス! 貴様は知性の象徴ではないのか!」
白い耳がぴくりと動いた。
ペガサスは少し考え、非常に堂々と答える。
「私が、ではなく! 種としてですわ!」
全員が黙った。
最初にルヴァナが崩れた。
「自分で言った!」
リーゼは額を押さえる。
「今、自分は知性の象徴ではないと認めたな」
「違いますわ! 種として高度な象徴性を持つことと、個体が常時それを体現するかは別問題です!」
クロエが言う。
「論理としては正しい」
アスラもうなずいた。
「種の象徴性と個体差は分けるべきだ」
「そこを理論武装してやるな!」
ペガサスは勝ち誇り、前方不注意でまた枝に翼を引っかけた。
「私は十分に知的ですわ!」
スージーが笑う。
「説得力が毎回、自分の行動で消えていくのよね」
最後の直線、黒が地上を駆け、ペガサスが空から追う。二頭はほぼ同時にゴールへ飛び込んだ。
勝敗を巡って両者が騒ぎ始める。
「ぶひひひーん! ガオオオオッ!」
「私の翼が一枚、先でしたわ!」
リーゼは夕焼けを見た。
少し前に見つけた、普通のバナナを思い出す。黄色くて、甘くて、走らず、知性を主張しない。
「……明日の朝」
「はい?」
シズクが振り返る。
「バナナを出してくれ。普通のやつを」
「普通のバナナですよ」
リーゼは深くうなずいた。




