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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二十章 谷底Ⅷ

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第百四十八話 バナナは、バナナだった

谷底で、新しい果樹が見つかった。


最初に見つけたのはシズクだった。


畑から少し離れた、日当たりの良い場所。大きな葉が何枚も広がり、その中央から太い花茎が伸びている。


そして、その先に。


房になった黄色い実。


シズクはしばらく眺めた後、近くにいたリーゼを呼んだ。


「リーゼ」


「何だ」


「新しい果物があります」


リーゼの足が止まった。


最近。


その言葉にろくな思い出がない。


新しい魚がいました。


若い男の声で喘ぎながら焼けた。


新しい筍がありました。


男性器そのものの形をしていた。


育てると黒くなり、血管にしか見えない道管と師管が浮き上がった。


そこへ陸生アワビが張りついた。


さらに黒くなった男根筍同士が絡み、その近くでは陸生アワビが妙な具合に熟成していた。


新しい栗がありました。


毬が陰毛だった。


新しい鶏の木がありました。


粘液まみれで呻きながら、出汁入り温泉卵を産み落とした。


リーゼはもう学習している。


谷底で「新しいもの」が見つかった時。


まず疑え。


「……どんな形だ」


「見た方が早いと思います」


「その答えが一番怖い!」


それでも行った。


         ◇


現物を見たリーゼは。


立ち止まった。


黄色い。


細長い。


少し曲がっている。


房になっている。


リーゼは無言で眺めた。


スージーも一緒に来ていた。


「バナナね」


ノアも頷く。


「バナナだね」


ティセラは葉と実を観察している。


「少なくとも外見上は、その呼称で問題なさそうです」


リーゼは腕を組んだ。


「……なるほど」


スージーが見る。


「何、その顔」


「分かった」


「何が?」


リーゼはバナナを指差した。


「どうせ、ここからだろう」


全員がリーゼを見る。


「どうせ皮を剥けば、男根の形をしているとかだろう」


スージーが言った。


「バナナって元からちょっとそういう形じゃない?」


「そこではない!」


リーゼは続けた。


「あるいは、一本と一本の間に、腐りかけにしか見えない熟成した生き物が挟まっている!」


ティセラが首を傾げる。


「現在のところ、そのような生物は確認できません」


「まだだ! どうせいる!」


「大尉、最近だいぶやられてるわね」


「貴様も全部見てきただろう!」


リーゼは止まらない。


「それから色だ!」


まだ青みの残る房を指差す。


「青い時!」


次に。


黄色く熟した房。


「熟した時!」


さらに、少し褐色の斑点が出始めたもの。


「完熟!」


リーゼは確信を込めて言った。


「知っているぞ。どうせ青い時は若い男の高い声で鳴くんだ」


誰も答えない。


「切れば、『んっ……!』とかだ!」


シズクが困ったようにバナナを見る。


リーゼは熟した実を指差す。


「そして熟すにつれて声が低くなる!」


スージーの口元が緩む。


「低くなるの?」


「なる! この谷底なら絶対になる!」


リーゼはさらに声色までつけた。


「青いうちは、『んっ……あっ……!』」


黄色。


「熟したら、『ん゛お゙ぉ゙……』」


褐色斑点。


「完熟すれば、『お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙……っ!』だ!」


ルヴァナが腹を抱えた。


「大尉、詳しすぎ!」


「経験則だ!」


「そんな経験則ある?」


「ここにはある!」


ティセラが真面目に記録板へ手を伸ばした。


リーゼが即座に止める。


「今のは記録するな!」


         ◇


さらに。


リーゼは鼻を近づけなかった。


むしろ。


風上へ回った。


「臭いも知っている」


ノアが聞く。


「どんな?」


「どうせイカ臭い」


断言。


「あるいは硫黄臭」


断言。


「あるいはチーズ臭とイカ臭さを合わせたような、鼻の奥へ残る最悪の臭い!」


スージーが普通に房へ近づいて鼻を動かした。


「甘い匂いだけど」


「騙されるな!」


「何に?」


「熟した瞬間に来るかもしれん!」


リーゼはさらにバナナを睨む。


「それから白濁液だ」


シズクが瞬きをする。


「白濁液ですか?」


「出る!」


「まだ切っていませんが」


「だから切ったら出る!」


リーゼは完全に確信していた。


「皮を剥いた瞬間、白濁した粘液がぬるっと出る。あるいは先端を切った瞬間に噴く」


ルヴァナが笑いながら聞く。


「潮吹く?」


「アワビと混ぜるな!」


「でも大尉が噴くって」


「植物汁だ!」


ティセラが言う。


「バナナ類であれば、切断部から樹液が出ること自体は――」


「教授!」


「はい」


「普通の説明をして油断させるな!」


ティセラが少し困った顔をした。


         ◇


安全確認の後。


いよいよ一本。


シズクが房から取った。


リーゼが身構える。


「待て」


「はい?」


「そのまま取れたのか」


「はい」


「鳴かなかったな」


「鳴きませんでした」


リーゼの眉が寄る。


「……おかしい」


スージーが言う。


「何がおかしいのよ」


「谷底だぞ」


それだけで説明になるつもりらしい。


シズクは実を持つ。


黄色い。


少し曲がった。


普通のバナナ。


先端。


普通。


表皮。


普通。


匂い。


普通。


シズクが皮へ指をかけた。


リーゼが一歩下がった。


スージーが聞く。


「何で離れるの?」


「飛ぶかもしれん」


「何が?」


「知らん!」


皮を剥く。


ぺり。


リーゼが目を細める。


ぺり。


ぺり。


何も起こらない。


白濁液。


出ない。


粘液。


出ない。


悲鳴。


ない。


喘ぎ声。


ない。


イカ臭。


ない。


中から出てきたのは。


白っぽい。


柔らかそうな。


誰もが知っている形の。


普通のバナナ。


沈黙。


リーゼが言った。


「……待て」


シズクが聞く。


「何でしょう」


「もう一枚剥け」


「全部剥いています」


「中に何かいるだろう」


「いません」


「中心に空洞は?」


「なさそうです」


「男根筍みたいに異常な道管は?」


ティセラが観察する。


「外見上、特筆すべきものはありません」


「魔力反応!」


「通常範囲です」


「臭い!」


スージーが嗅ぐ。


「バナナ」


「音!」


全員。


黙る。


風。


葉が。


ざわ。


それだけ。


リーゼの顔から。


少しずつ。


警戒が消えていった。


代わりに。


困惑が増えた。


「……何もない?」


ティセラが答える。


「今のところは」


「今のところ、という言い方をするな!」


         ◇


食べることになった。


もちろん安全確認はした。


毒。


なし。


危険な魔力反応。


なし。


刺激物。


なし。


寄生性生物。


なし。


リーゼはそれでも疑っている。


「口へ入れたら鳴く可能性がある」


スージーが笑う。


「どういう仕組みよ」


「知らん。この谷底に聞け」


まず。


シズクが一口。


もぐ。


飲み込む。


リーゼが待つ。


「……どうだ」


「美味しいです」


「どう美味しい」


「バナナですね」


リーゼが固まった。


「……何?」


ノアも一口。


「うん。バナナだね」


スージーも。


「バナナ」


ルヴァナも食べる。


「あ、普通にバナナだ」


リーゼが焦り始めた。


「普通というのは、どの程度普通だ」


スージーが答える。


「甘い」


ノア。


「柔らかい」


シズク。


「少しねっとりしています」


リーゼが反応した。


「ねっとり!」


全員が見る。


「来た!」


リーゼがバナナを指差す。


「やはり何かあるだろう!」


ノアが言う。


「バナナって普通にねっとりしてるよ」


リーゼが止まった。


「……そうなのか」


スージーが頷く。


「そうね」


「普通に?」


「普通に」


リーゼはバナナを見る。


恐る恐る。


自分でも一口。


もぐ。


柔らかい。


甘い。


少し青っぽい香り。


熟した果物特有の甘い香り。


噛む。


飲み込む。


何も起こらない。


味。


知っている。


「……バナナだ」


ノアが頷く。


「バナナだね」


もう一口。


やっぱり。


バナナ。


特別甘いわけでもない。


異常な旨味があるわけでもない。


食べた瞬間に言葉を失うほど美味いわけでもない。


普通。


普通に美味しい。


普通のバナナ。


リーゼは。


しばらく黙っていた。


         ◇


青いものも調べた。


硬い。


渋い。


甘くない。


鳴かない。


数日置く。


黄色くなる。


柔らかくなる。


甘くなる。


鳴かない。


さらに熟す。


褐色の斑点。


甘みが増す。


香りも強くなる。


渋い男の声。


出ない。


白濁液。


出ない。


イカ臭。


しない。


近くに熟成する謎の生物。


いない。


根元。


普通。


葉。


普通。


実。


普通。


種について多少調べる余地はある。


だが。


食材として。


概ね。


バナナ。


ティセラが記録する。


『新規果樹様植物。果実形状、熟成過程、食味とも既知のバナナに近似』


リーゼが記録を覗いた。


「それだけか」


「現時点では」


「特徴的な発声は?」


「ありません」


「白濁した分泌液」


「確認されません」


「異臭」


「ありません」


「共生する陸生生物」


「確認されません」


「成熟すると黒くなって別個体へ絡みつくとか」


「ありません」


「食べると異常に美味い」


ティセラが少し考えた。


「普通に美味しいです」


リーゼは記録板を見た。


そして。


バナナを見る。


もう一本。


取る。


普通に皮を剥く。


ぺり。


普通。


一口。


普通。


「……本当に?」


スージーが笑う。


「何が?」


「本当に、ただのバナナなのか?」


「そうみたいね」


「谷底なのに?」


「谷底でも」


リーゼは。


もう一口食べた。


普通に美味い。


その普通さが。


今となっては。


信じられない。


         ◇


その日の夕食後。


果物として。


バナナが出た。


一人一本。


皮を剥く。


食べる。


誰も叫ばない。


誰も研究を始めない。


誰も長い棒で突かない。


誰も風上へ回らない。


何も飛んでこない。


何も鳴かない。


何も吹かない。


ただ。


バナナを食べる。


ルヴァナが言った。


「普通っていいね」


ネイラも頷く。


「安心する」


スージーは笑っている。


「大尉、最初すごかったけど」


リーゼがバナナを食べながら答える。


「仕方ないだろう」


「『青い時は若い男で、熟すと渋い声』」


「忘れろ」


「『どうせイカ臭い』」


「忘れろ」


「『白濁液を出す』」


「忘れろ!」


ノアが笑う。


シズクも小さく笑っている。


ティセラは。


バナナを半分ほど食べたところで。


じっと断面を見ていた。


リーゼが即座に気づいた。


「教授」


「はい」


「何を見ている」


「いえ、少し内部構造が――」


リーゼが立ち上がった。


「調べるな!」


ティセラが瞬きをする。


「しかし」


「今日はいい!」


「まだ分類学的には――」


「バナナでいい!」


リーゼは力強く言った。


「黄色い! 皮を剥く! 甘い! 普通に美味い! それで十分だ!」


静かになった。


ティセラも。


少し考え。


バナナを食べた。


「……普通に美味しいですね」


リーゼが深く頷いた。


「ああ」


そして。


もう一口。


何も起きない。


リーゼは。


少しだけ。


嬉しそうだった。


谷底で。


久しぶりに見つかった新しい食材は。


男根でも。


陰毛でも。


アワビでも。


喘ぎ声でも。


白濁液でも。


イカ臭でもなく。


ただ。


知っている形をして。


知っているように熟し。


知っている味のする。


普通のバナナだった。


リーゼは一本食べ終えると。


皮を机へ置いた。


そして。


しみじみと言った。


「……普通って、素晴らしいな」


その夜。


誰も。


その言葉には突っ込まなかった。

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