第百四十五話 陰毛栗は、見た目だけが致命的に悪いが美味い!!!
最初にそれを見つけた時。
誰も。
すぐには名前を付けなかった。
栗である。
木に実る。
殻がある。
中に実がある。
そこまでは普通だった。
問題は。
毬だった。
本来なら。
外側へ鋭い棘がびっしり伸びているはずだった。
だが。
目の前のものは。
黒い。
細い。
柔らかい。
しかも。
縮れている。
一本一本が。
妙にくるくると曲がり。
密集して。
実の周囲を覆っている。
スージーが黙った。
リーゼも黙った。
ティセラも。
ノアも。
シズクも。
誰も。
最初の一言を言いたくなかった。
そして。
結局。
エヴァが言った。
「陰毛だな」
リーゼが叫んだ。
「言うなあああああっ!」
エヴァは栗を見る。
「でも陰毛だろ」
「見れば分かる!」
「じゃあ何て呼ぶんだ」
リーゼが止まった。
普通の栗。
ではない。
棘栗。
でもない。
黒毛栗。
それも何か違う。
スージーが小さく言う。
「陰毛栗」
リーゼが振り向いた。
「貴様まで!」
「分かりやすいじゃない」
「分かりやすさが最悪なんだ!」
◇
当然。
調べることになった。
ティセラが一本だけ外側の繊維を採取する。
「毛ではありませんね」
リーゼが即座に言った。
「それは分かっている!」
「植物繊維です」
「それも分かっている!」
「通常の栗であれば棘になる組織が、細く柔軟化し、さらに強く湾曲しています」
スージーが覗く。
「何で?」
ティセラが少し考える。
「不明です」
リーゼが顔を覆った。
「またか」
スージーが指で一本つまむ。
柔らかい。
刺さらない。
「でもこれ、収穫は楽そう」
リーゼが止まる。
「……何?」
「普通の栗みたいに棘が刺さらない」
実際。
握れる。
痛くない。
手袋すら必要ない。
外側の黒い縮れ繊維をかき分ければ。
中の殻へ簡単に触れられる。
ティセラが記録する。
「収穫時の危険性は低いですね」
リーゼが嫌な顔をした。
「性能だけ上げるな!」
◇
そして。
問題の中身。
殻を割る。
中から。
大きな栗。
普通の栗より。
少し大きい。
形も整っている。
シズクが見る。
「食べられそうですね」
リーゼが即座に言った。
「まず安全確認!」
最近。
この流れだけは。
全員覚えた。
毒。
寄生虫。
刺激性。
異常な魔力反応。
腐敗。
問題なし。
まず。
焼く。
火へ。
ぱち。
殻が熱を受ける。
香り。
甘い。
栗の匂い。
普通。
むしろ。
かなり良い。
リーゼが警戒する。
「鳴くなよ」
全員が栗を見る。
鳴かない。
リーゼが少し安心した。
「よし」
スージーが笑う。
「基準そこなんだ」
「最近の食材を見てみろ!」
焼き上がる。
殻を剥く。
中。
黄金色。
ほくほく。
シズクが一口。
止まる。
もう一口。
リーゼが嫌な予感を覚える。
「どうだ」
シズクが答える。
「美味しいです」
リーゼが目を閉じた。
「やはりか」
エヴァも食べる。
「甘いな」
スージーも。
猫耳が立つ。
「これ、かなり美味しい」
ティセラも試す。
「香りが強いですね」
ノアも頷く。
「水分も多すぎない。栗としてかなり出来がいい」
リーゼも。
一つ。
食べる。
ほく。
甘い。
濃い。
香り。
しっかりしている。
嫌なえぐみ。
少ない。
非常に。
美味い。
「……腹立たしい」
スージーが聞く。
「何で?」
「見た目!」
◇
焼き栗だけでは終わらなかった。
蒸す。
うまい。
煮る。
うまい。
潰す。
甘みが強いので。
砂糖を多く使わなくてもよい。
汁物へ。
合う。
菓子へ。
合う。
そして。
ご飯。
シズクが言った。
「栗ご飯にしましょうか」
リーゼが止まる。
「米は?」
「穀物畑から」
その時点で。
リーゼはさらに嫌な予感を覚えた。
穀物畑。
色とりどりのニンジンのような作物。
白いものを抜く。
葉の根元を。
ポン。
外す。
さらさらさら。
中から米。
リーゼはその光景を思い出した。
「……待て」
シズクが見る。
「何でしょう」
「陰毛栗と、ニンジン米を組み合わせるのか」
「はい」
「料理名だけ聞いたら事故だぞ」
シズクは少し考える。
「でも、栗ご飯です」
「結果だけ普通にするな!」
◇
炊く。
米。
水。
栗。
塩。
少し。
それだけ。
湯気。
甘い香り。
栗の匂い。
炊き上がる。
蓋を開ける。
見た目。
完全に。
立派な栗ご飯。
リーゼが黙る。
スージーも笑う。
「普通だ」
「見た目だけな」
茶碗へ。
白い米。
黄色い栗。
湯気。
シズクがよそう。
エヴァが最初に食べる。
「うめえ」
ルヴァナも。
「おいし!」
ネイラも頷く。
「栗の甘み、強いね」
クロエも。
アスラも。
ノアも。
ティセラも。
普通に食べる。
リーゼも。
一口。
止まる。
栗。
甘い。
米。
ほかほか。
香り。
良い。
塩気。
ちょうどいい。
「……うまい」
スージーが聞く。
「大尉」
「何だ」
「今、うまいって言った」
「言った」
「陰毛栗なのに」
リーゼが机を叩いた。
「名前を付けたのは貴様らだ!」
◇
さらに。
収穫量も悪くなかった。
むしろ。
多い。
しかも。
棘がない。
柔らかい。
だから。
子供でも収穫できる。
手を傷つけにくい。
殻も割りやすい。
中の実は大きい。
味は良い。
保存性もある。
ティセラが記録をまとめる。
『新規栗様植物』
リーゼが見る。
「そこまではいい」
『外皮部。通常の毬栗に見られる棘が、黒色・細毛状・強湾曲の植物繊維へ変化』
リーゼが頷く。
「いい」
『触感。柔軟』
「いい」
『収穫性。極めて良好』
「……いい」
『食味。極めて良好』
リーゼが黙る。
その下。
『通称:陰毛栗』
「そこを消せ!」
スージーが笑う。
「もう定着してる」
「定着させるな!」
ルヴァナが言う。
「だって陰毛栗じゃん」
「植物繊維栗と呼べ!」
エヴァが言う。
「分かりにくい」
「では黒毛栗!」
スージーが首を振る。
「陰毛栗の方が一発で分かる」
「何が一発で分かるんだ!」
ティセラが真面目に言う。
「現物を知る者同士では識別性が高い名称です」
リーゼが教授を見る。
「学術的に援護するな!」
◇
夕方。
また。
収穫。
シズクが木の下へ籠を持ってくる。
黒い。
縮れた。
もじゃもじゃした毬。
一つ。
二つ。
三つ。
手で普通に取れる。
痛くない。
エヴァが見ている。
「楽だな」
「はい」
スージーも。
「普通の栗より全然取りやすい」
ティセラが頷く。
「収穫効率は高いですね」
リーゼは。
もう何も言わない。
籠いっぱい。
陰毛栗。
見た目。
最悪。
性能。
優秀。
味。
絶品。
夕食前。
シズクが一つ割る。
焼く。
食べる。
「美味しいです」
エヴァも。
「うまい」
スージーも。
「甘い」
リーゼも。
一つ。
食べる。
黙る。
そして。
小さく。
「……本当にうまいんだよな」
ティセラが聞く。
「生存戦略でしょうか」
リーゼが即座に叫んだ。
「その言葉を禁止しただろうがああああっ!」
木の枝では。
黒く。
細く。
縮れた植物繊維に包まれた栗が。
風に揺れていた。
見れば見るほど。
陰毛だった。
そして。
信じたくないくらい。
美味かった。




