第百四十四話 陸生アワビは、七輪で焼くとよく喘ぐが美味い!!
男根筍の竹林に。
何かがいた。
最初に見つけたのはスージーだった。
黒く育った竹の表面。
縦横無尽に浮き出た道管と師管の筋。
その一本へ。
べったり。
何かが張り付いている。
「……大尉」
「今度は何だ」
リーゼは、最近この言葉を聞くたびに疲れるようになっていた。
スージーが竹を指差す。
「何かいる」
リーゼも見る。
止まる。
平たい。
楕円形。
肉厚。
黒褐色。
下側には大きな吸着面のような部分。
それが。
よりによって。
男性器にしか見えない黒竹へ。
ぴったりと吸い付いていた。
スージーが言う。
「……アワビ?」
ノアも見る。
「似てるね」
ティセラが眼鏡を直した。
「ただし、完全な陸生生物です」
リーゼはしばらく黙った。
竹を見る。
張り付いている生物を見る。
もう一度竹。
「何故だ」
ティセラが聞く。
「何がでしょう」
「何故、男根筍にアワビが吸い付く!」
ルヴァナが後ろから覗き込んだ。
「あ、ほんとだ」
「言うな!」
「そのまんまじゃん」
「だから嫌なんだ!」
◇
調べる。
まず。
棒。
当然だった。
シズクが長い棒の先で、陸生アワビらしき生物へ軽く触れる。
つん。
反応。
ぎゅっ。
さらに竹へ張り付いた。
スージーの猫耳が立つ。
「吸着力、結構強い」
ティセラも観察する。
「外敵に触れられると、吸着面を強く収縮させるようですね」
「貝なの?」
「まだ分類はできません」
ノアが言う。
「でも動きはかなり貝っぽい」
放っておくと。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
黒竹の表面を移動する。
数分見て。
ようやく位置が少し変わったと分かる程度。
その通った跡。
竹の表面がわずかに湿っている。
ティセラが見る。
「何かを摂取していますね」
スージーがしゃがむ。
「竹を削ってる?」
「大きな傷はありません」
竹の表面。
白濁液が滲んだ古い跡。
樹液。
表面に付着した微細なもの。
陸生アワビは、そのあたりを舐め取るように移動している。
ノアが言う。
「竹の分泌物を食べてるのかな」
ティセラが頷く。
「その可能性が高いと思います」
リーゼが竹を見る。
「竹への害は?」
「今のところ、大きな損傷は確認できません」
「なら放っておけ」
リーゼは即決した。
非常に平和な判断だった。
その時。
エヴァが言った。
「食えそうだな」
リーゼが振り向いた。
「何故そうなる!」
「アワビだろ」
「似ているだけだ!」
シズクも生物を見る。
「身は厚そうですね」
「シズクまで!」
スージーも。
「でも、見た目だけなら確かに可食部多そう」
「考古学者は食味へ参加するな!」
「考古学者だって食べるわよ!」
◇
当然。
すぐには食べなかった。
毒性。
寄生虫。
魔力反応。
刺激性。
既知の危険成分。
内臓。
体表。
慎重に確認する。
その間。
採取した一匹は。
石の上へ置かれていた。
しばらくすると。
ずる。
動く。
ずる。
また動く。
向かう先。
男根筍の黒竹。
リーゼが言った。
「戻ろうとしているな」
ティセラが頷く。
「かなり依存度が高いのかもしれません」
スージーが聞く。
「食べ物として?」
「あるいは生息場所として」
「交尾相手として」
ルヴァナが言った。
リーゼが即座に振り向く。
「余計な仮説を追加するな!」
「見た目的に」
「見た目で生態を決めるな!」
最終的に。
少量の試食なら問題なし。
そう判断された。
採取した一匹だけ。
食用試験。
リーゼは遠い目をした。
「何故こうなる」
ティセラが答える。
「食料資源としての評価も重要です」
「最近、その言葉で何でも食べるようになっていないか!」
◇
調理担当。
シズク。
道具。
七輪。
炭。
網。
非常に普通。
そこへ。
陸生アワビ。
載せる。
じゅう。
普通だった。
香りも。
最初は普通だった。
海産物に近い。
少し甘い。
焼けた身の香ばしさ。
エヴァが鼻を動かす。
「うまそうだな」
リーゼも否定できない。
「匂いだけならな」
身が。
少しずつ縮む。
じゅう。
その時。
「ん゙っ……」
全員が止まった。
シズクの手も止まる。
リーゼが七輪を見る。
「……今のは」
ティセラが答える。
「この個体ですね」
「言わなくても分かる!」
さらに。
じゅう。
「んお゙ぉ゙……っ」
スージーの猫耳が跳ねた。
「鳴くの!?」
ティセラは真面目に観察する。
「加熱に伴って内部圧が上昇しているようです」
シズクが少し位置を変える。
じゅっ。
「ぁ゙……んお゙……っ!」
リーゼが叫んだ。
「何故、焼かれるたびに喘ぐ!」
ノアが口元を押さえた。
「内部の空気が抜けてるんじゃないかな」
「仕組みは分かる! 問題は声だ!」
身がさらに縮む。
内部に溜まった液体が。
縁へ。
ぷく。
膨らむ。
ティセラが言った。
「来ます」
リーゼが聞く。
「何がだ」
次の瞬間。
「お゙ほぉ゙っ!」
ぴゅっ。
液体が飛んだ。
スージーが横へ避ける。
ルヴァナが笑う。
「潮吹いた!」
「言うと思った!」
リーゼが叫ぶ。
ティセラは冷静だった。
「体内水分の急激な排出です」
「教授の説明だけ聞けば完璧に普通なのに!」
また。
じゅう。
「んお゙……っ!」
ぷく。
「お゙ほぉ゙っ!」
ぴゅっ。
シズクが少し七輪から距離を取った。
「近づきすぎない方がよさそうですね」
リーゼが強く頷く。
「そこだけは完全に同意する!」
◇
焼き上がった。
見た目は。
普通に美味そうだった。
それが余計に腹立たしい。
表面。
香ばしい。
身。
肉厚。
少し縮んでいるが、弾力がある。
焼いている間に出た液体のせいか、表面には薄い艶。
シズクが包丁を入れる。
切る。
弾力。
エヴァが真っ先に箸を伸ばした。
リーゼが止める。
「待て」
「もう安全確認しただろ」
「そうだが!」
「じゃあ食うぞ」
一口。
エヴァが止まる。
噛む。
また噛む。
「……うまい」
リーゼが顔をしかめる。
「どの程度だ」
「かなり」
ノアも食べる。
「本当だ」
スージーも。
一口。
猫耳が立った。
「え」
もう一口。
「これ、すごく美味しい」
リーゼが嫌そうに七輪を見る。
さっきまで。
「んお゙ぉ゙……っ!」
「お゙ほぉ゙っ!」
と鳴いていたもの。
しかし。
味。
良い。
非常に。
歯応えがある。
だが硬くない。
噛む。
旨味。
さらに。
竹から取っている成分の影響なのか。
わずかに甘い。
貝類のような濃い旨味。
炭火の香ばしさ。
塩をほとんど使わなくても十分。
シズクも食べる。
「七輪焼きが合いますね」
ティセラが少量を試す。
そして記録。
『加熱調理。食味極めて良好』
リーゼが即座に言った。
「またその評価か!」
「事実です」
「最近、極めて良好ばかりではないか!」
「実際に美味しいものが続いていますので」
「何故だ!」
◇
別の調理も試した。
茹でる。
悪くない。
だが。
旨味が湯へ逃げる。
蒸す。
美味い。
柔らかい。
しかし。
香ばしさがない。
煮る。
これも良い。
だが。
一番。
七輪。
炭火。
殻に相当する部分ごと。
じっくり焼く。
じゅう。
「ん゙……っ」
じゅう。
「んお゙ぉ゙……っ!」
身が縮む。
「お゙ほぉ゙っ!」
ぴゅっ。
リーゼが避ける。
「毎回やるのか!」
ティセラが答える。
「生理構造上、そうなるようですね」
「何故、そんな生理構造なんだ!」
焼き上がれば。
また。
うまい。
結論。
七輪焼き。
圧勝。
◇
さらに数日。
竹林を調べる。
陸生アワビは。
男根筍の成長後。
黒竹に多い。
普通の竹には少ない。
若い男根筍には、ほとんどいない。
黒く。
道管と師管が太く浮き上がり。
内部へ白濁した植物汁を蓄えるようになった成熟竹。
そこへ。
集まる。
ティセラが言った。
「成熟竹の表面分泌物に、何か必要な成分があるのかもしれません」
スージーが見る。
「つまり、男根筍が育って黒くなるのを待って、アワビが吸い付く」
リーゼが眉間を押さえる。
「その説明を文章にすると最悪だな」
ルヴァナが言った。
「でも事実じゃん」
「だから最悪なんだ!」
竹。
黒い。
血管のように道管と師管。
そこへ。
陸生アワビ。
べったり。
吸着。
ゆっくり移動。
男根筍の成熟竹。
陸生アワビ。
リーゼは空を見た。
「誰がこの生態系を設計した」
ティセラが答える。
「自然発生なら、生存戦略――」
「その言葉は禁止しただろう!」
◇
最終記録。
陸生アワビ様生物。
完全陸生。
主に成熟した男根筍の黒竹へ吸着。
竹表面の分泌物、樹液、あるいはそれらに含まれる特定成分を摂取している可能性。
竹への重大な害は、現時点で確認されず。
吸着力。
強。
移動速度。
低。
食用。
可能。
最適調理。
七輪による炭火焼き。
加熱時。
「ん゙っ……」
「んお゙ぉ゙……っ!」
「お゙ほぉ゙っ!」
など。
特徴的な発声。
また。
加熱による内部圧上昇時。
体内水分を勢いよく排出する。
ルヴァナによる俗称。
潮吹き。
リーゼが記録を見た。
「消せ」
ティセラが聞く。
「どこをでしょう」
「俗称だ!」
「観察者間で既に定着しています」
「定着させるな!」
その下。
『食味。極めて良好』
リーゼがため息をつく。
「……そこは」
ティセラが見る。
「はい」
「訂正しなくていい」
スージーが笑った。
「認めた」
「美味いものを不味いとは言えん!」
その日の夕方。
七輪。
炭。
陸生アワビ。
じゅう。
「んお゙ぉ゙……っ」
リーゼが顔をしかめる。
じゅう。
「お゙ほぉ゙っ!」
ぴゅっ。
リーゼが避ける。
シズクが焼き上がった一つを皿へ載せる。
エヴァが箸を伸ばす。
スージーも。
ノアも。
そして。
リーゼも。
一切れ取った。
噛む。
香ばしい。
弾力。
濃い旨味。
少し甘い。
「……うまい」
誰にも聞こえないくらい小さく呟く。
その横で。
次の一匹が。
「んお゙ぉ゙ぉ゙……っ!」
と。
非常に嫌な声を上げながら。
非常に美味そうに。
焼けていた。




