【一般公開版】第百四十話 母と娘
何がどうして、こうなったのか。
後になって四人で思い返してみても、誰一人として最初の一手を正確には説明できなかった。
クロエが何か言った。
アスラがそれに張り合った。
ネイラが「そこまでやるなら条件を揃えましょう」と言った。
ルヴァナが「じゃあ全員同じでよくない?」と笑った。
そこまでは覚えている。
「反応速度、二倍」
アスラが言った。
クロエが即座に返す。
「低い。十倍」
「貴様、自分にも掛けるのだろうな」
「当然だ」
「じゃあ、あたしも」
「公平にするなら、四人とも同条件です」
それが最後に聞こえた、まともな会話だった。
競技は全員対全員の模擬戦。魔力で作った柔らかな触手を使い、相手の肩、背中、腰につけた三つの標的を先に全部叩けば勝ち。ただし、自分自身も三人から同時に狙われる。
誰か一人が触手を増やせば、別の誰かが増やす。
「それ、ずるくない?」
「同数にすればよい」
「じゃあ増やすね」
「私も追加します」
結果、数える意味がなくなった。
最初の触手が動いた。誰が放ったものかは分からない。気づけば床から、壁から、天井から、色とりどりの術式が伸びていた。
クロエは三人を同時に狙う。
だがクロエ自身も三人から狙われる。
アスラも、ネイラも、ルヴァナも同じだ。
常に一対三。
それが四人分、同時に進む。
「背中、一つ!」
「甘い!」
「こっちも取ったよ!」
「左から来ます!」
触手が空を切り、標的札が弾け、回避用の煙幕が訓練場を覆う。誰かが誰かを集中して狙うのではない。全員が全員を攻め、全員が全員に追われていた。
クロエは電子機構で軌道を予測する。
アスラは魔法陣を重ねて数で押す。
ネイラは最小限の動きで死角へ回る。
ルヴァナは笑いながら正面突破する。
「まだまだ!」
アスラが触手を増やした。
「負けるか!」
クロエが空中へ足場を作る。
「あたしも!」
ルヴァナが壁を蹴る。
「最後まで諦めません!」
ネイラが三人の隙を同時に突いた。
四人の標的は一枚、また一枚と減っていく。誰かが残り一枚になれば、他の三人もほぼ同時に残り一枚になる。条件を揃えすぎたせいで、いつまでたっても差がつかない。
そこでクロエが言った。
「第二段階だ」
訓練場の床から、今度は無数の光る球が現れた。触手で自分の球を守りながら、相手の球を場外へ運ぶ追加競技らしい。
「聞いてないぞ!」
「今決めた」
「ならば受けて立つ!」
「また条件を揃えないと」
「全員十個でいいよね!」
さらに混沌が増した。
自分の標的を守り、三人の標的を狙い、自分の球を守り、三人の球を奪う。誰の触手がどこへ向かっているのか、もう本人たちにすら分からない。
それでも四人は笑っていた。
「これが、うちのやり方だ!」
「忍者流だ!」
「根性と気合!」
「全員で限界突破です!」
最後は四人が同時に最後の標的へ手を伸ばし、同時に最後の球を場外へ放り出した。
訓練場に警報が鳴る。
勝敗表示は、四人とも『判定不能』。
四人はその場に崩れ落ちた。
◇
朝。
露天風呂から湯気が上がる。肩まで湯に浸かった四人は、そろってぼろぼろだった。
温かい湯。
朝の空気。
遠くで水車と水槌ポンプの音。
「コケッ」
鶏の木。
四人は同時に息を吐いた。
「限界訓練の後の露天風呂は気持ちいい」
声まできれいに重なった。
少しして、ルヴァナが聞く。
「で、誰が勝ったの?」
沈黙。
クロエが答える。
「私だ」
アスラも即答する。
「私だ」
ネイラも。
「私だと思います」
ルヴァナも。
「あたしでしょ」
四人の目が合った。
そして、全員が同時に言った。
「再戦だな」
露天風呂の外から、リーゼの声が飛んできた。
「やるなああっ!」




