【一般公開版】第百三十九話 姉と弟
第五の危険地帯、その一角。
森の中に造られた採取場で、聖者は石床の中央に立っていた。周囲には厳重な結界が張られ、外へ力が漏れないようになっている。
ティセラは記録用紙を手に、いつも通りの冷静な声で説明した。
「本日は魔力の定期採取です。前回から十三時間四十八分。かなり蓄積しているはずです」
「ああ、分かった」
「今回は感情喚起型の負荷試験も同時に行います。私が厳しい姉を演じ、ノアくんには弟役として耐えてもらいます」
「姉と弟?」
「役割が明確な方が、反応を比較しやすいので」
ティセラが手をかざすと、光の帯が聖者の両手首へ巻きついた。そのまま腕を頭上で固定し、足元には揺れる小さな足場が現れる。
「動けば採取効率が落ちます。姿勢を保ってください」
「これは、かなり難しそうだな」
「お姉ちゃんの言うことが聞けないのですか?」
「もう始まってるのか」
「当然です」
声色まで変わった。冷たく厳しい姉の役を、ティセラは驚くほど真面目に演じている。
第一段階は、姿勢保持。
左右から風の魔法が吹きつけ、足場がゆっくり傾く。聖者は巨体を揺らしながらも、つま先で均衡を保った。
「弟のくせに、ずいぶん余裕がありますね」
「お姉ちゃんこそ、もう少し手加減を」
「採取量が足りません。負荷を上げます」
今度は小さな光球が四方から飛んでくる。触れれば痛くはないが、体勢を大きく崩される。聖者は腕を固定されたまま肩と足だけでかわした。
第二段階は、魔力制御。
足場を保ちながら、手を使わずに魔力を一定量ずつ結晶へ送る。多すぎれば結晶が赤くなり、少なすぎれば消える。
「乱れています」
「風のせいだ」
「言い訳です」
「厳しい姉だな」
「そういう設定ですから」
ティセラは淡々としていたが、記録用紙の端には小さく『反応良好』と書き込まれていた。
第三段階は、耐久。
森の各所に置かれた採取器が一斉に起動し、聖者の余剰魔力を少しずつ吸い上げる。採取器へ流れる光が、何本もの川のように石床を走った。
聖者の膝がわずかに曲がる。
「ノア。まだ立てますか」
「立てる」
「無理は禁物です。中止の合図を」
「大丈夫だ。続けてくれ」
役の声ではない、姉としての確認だった。聖者がうなずくと、ティセラは再び冷たい表情を作る。
「では続行。お姉ちゃんに心配をかけた罰として、最後の課題を追加します」
「追加するのか」
「弟は黙って挑戦してください」
最後の課題は、頭上に浮かぶ三つの輪へ同時に魔力を通すことだった。姿勢を保ち、飛来する光球を避け、採取器への流れも乱さず、そのうえ三系統の術式を維持する。
聖者の金色の瞳が細くなる。
一本。二本。三本。
光の輪が順番に輝き、最後には森全体を淡い金色が包んだ。採取器の表示が満量を示す。
「採取完了。拘束を解除します」
光の帯が消えた途端、聖者はその場に座り込んだ。ティセラはすぐに水筒を渡し、脈と魔力の状態を確認する。
「ご協力ありがとうございます。姿勢固定、連続妨害、感情喚起、三系統同時制御。すべて興味深いデータが取れました」
「姉役は必要だったのか?」
「効果はありました」
「次回も?」
「五日後を予定しています。同じ設定でよろしいですか」
聖者はしばらくティセラを見つめ、小さく息を吐いた。
「せめて次は、優しい姉にしてくれ」
「検討します」
ティセラは採取結晶を抱え、いつもの冷静な足取りで森を去っていった。




