【一般公開版】第百三十八話 師匠と弟子
ルヴァナがその話を思い出したのは、夕食のあとだった。
以前、エヴァの国には、向かい合って一撃ずつ技を出し合う力比べがあると聞いた。どちらか一方だけが攻め続けるのではない。交互に、同じ条件で、相手の構えを崩せるか競うのだという。
「師匠。あれ、やってみたい」
「本気か?」
「うん。手加減なしで」
エヴァは水筒の蓋を閉じ、にやりと笑った。
「泣いても知らねえぞ」
「師匠こそ」
二人はアスラに頼み、訓練場へ衝撃吸収の結界を張ってもらった。さらにルヴァナは母たちの技術を借り、腰に打撃用の柔らかな補助肢を形成する。先端は丸く、当たっても傷にはならないが、相手を押し戻すには十分な強度がある。
「私だけ装備付きじゃ公平じゃない」
「別に構わねえぞ」
「よくない。師匠にも同じの付ける」
「面白え。そうこなくちゃな」
まったく同じ長さ、重さ、弾力。条件を揃えた二人は、円形に区切られた訓練場の中央で向かい合った。
勝敗は、場外へ押し出されるか、降参するか。
「弟子に先手をやる」
「後悔しても知らないから!」
ルヴァナは腰を大きくひねり、補助肢を槍のように繰り出した。エヴァは両腕で受け止めたが、靴底が石床を削り、半歩だけ後退する。
「いいの打つじゃねえか」
「次、師匠」
「覚悟しろよ」
エヴァの一撃は重かった。ルヴァナは結界ぎりぎりまで弾き飛ばされ、片膝をつく。それでも笑いながら立ち上がった。
「まだ一回だから!」
「その意気だ」
一撃ずつ。交互に。二人は何度も打ち合った。
ルヴァナは回転を加え、エヴァは足腰の強さで押し返す。石床に靴音が響き、衝撃吸収の結界が青白く明滅した。見物に来たアスラが途中から回数を数え始めたが、二十を超えたところで諦めた。
「師匠、強すぎ!」
「お前も十分強いわ!」
「でも負けない!」
「いいぞ、来い!」
エヴァの鋭い一撃で、ルヴァナの身体が宙を舞った。今度こそ場外かと思われたが、彼女は補助肢を床へ突き立て、ぎりぎりで踏みとどまる。
「おーい。まだやるのか?」
「まだ」
「無理すんな」
「弟子が師匠を超えるまで終われない」
ルヴァナの目に焦点が戻る。構え直した姿を見て、エヴァは心底うれしそうに笑った。
「じゃあ次はお前の番だ」
「今度こそ飛ばす!」
ルヴァナは助走をつけた。エヴァも真正面から受ける。二つの補助肢が同時にぶつかり、結界全体が鐘のような音を立てた。
次の瞬間、二人とも反対方向へ吹き飛び、そろって場外に転がった。
しばらく沈黙が続く。
「引き分け、でいいのか?」
見守っていたアスラが聞く。
ルヴァナは仰向けのまま答えた。
「次は勝つ」
エヴァも空を見上げたまま笑った。
「百年早い」
その声には、弟子の成長を喜ぶ響きがあった。




