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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十九章 谷底Ⅶ

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第百三十七話 温泉卵

新しい鶏の木が見つかった。


見つけたのは、またルヴァナだった。


鶏の木の群生地から少し外れた場所で、伸び始めた草を抜いていた時のことである。


「姉ちゃん」


「なに?」


「なんか、すごいのいる」


ネイラが顔を上げた。


鶏の木そのものが既に十分すごいのだが、ルヴァナがわざわざそう言うからには、普通の個体ではないらしい。


二人で草をかき分けて進むと、すぐに見つかった。


大きさは若い成木ほど。


太い幹から枝を広げ、その先には白や薄茶色の卵状果実がいくつも実っている。


そこまでは普通の鶏の木だった。


問題は、全身が濡れていたことである。


幹も。


枝も。


葉も。


卵状果実も。


透明で粘り気のある液体に覆われ、葉先からは粘液が糸を引いて落ちている。


そして。


「んお゙ぉ゙……っ! ぐぅ゙ぶぅ゙……っ!」


ネイラとルヴァナが同時に止まった。


木が鳴いている。


普通の鶏の木なら、


「コケッ」


「コッコッ」


である。


幼木なら、


「ピヨ」


「ピヨピヨ」


である。


目の前の木は違った。


「んお゙ぉ゙ぉ゙……っ! ぐぅ゙ぶぅ゙……っ!」


風もないのに、絶えず妙に艶めかしい呻き声を上げている。


しかも、臭いまでひどかった。


鼻へ最初に届くのは、温泉地のような硫黄臭だった。


しかし、それだけではない。


湿って生々しい、女の股間を連想させるような臭いにも思える。


それでいて、熟成の進んだチーズのようでもある。


三つをまとめて嗅がされているような、何とも形容しづらい臭気が周囲一帯へ充満していた。


ルヴァナが鼻を押さえた。


「くっさ!」


ネイラも顔をしかめる。


「硫黄臭……だけではないね」


「絶対ほかのも混ざってるって!」


「発酵臭もある」


「それもあるけど!」


「んお゙ぉ゙……っ!」


木がまた鳴いた。


二人は黙って木を見る。


粘液まみれ。


異臭。


絶えず上げられるオホ声。


ネイラとルヴァナの頭へ、同じものが浮かんだ。


第五で見た、あの妙な植物群。


太陽光を蓄えて、夜になると震え出した電動トウモロコシ。


さらに、それを見たクロエとアスラが余計な技術競争を始めたことまで思い出す。


ルヴァナが小さく言った。


「……またエロ植物?」


ネイラはすぐには答えなかった。


「まだ断定しない方がいいと思う」


「でもさ」


その時だった。


木の声が変わった。


「んお゙ぉ゙……っ、んぐぅ゙……っ!」


枝が震える。


葉が揺れる。


粘液の滴が飛ぶ。


そして。


「ぃ゙ぐぅ゙っー!」


ばさっ、と枝全体が大きく跳ねた。


次の瞬間。


ぽとん。


ぽとん。


ぽとぽとん。


枝に実っていた卵状果実が、一斉に地面へ落ちた。


二人は固まった。


卵は割れていない。


高さのある枝から落ちたにもかかわらず、殻にはひび一つ入っていなかった。


ルヴァナが言った。


「……産んだ」


ネイラが答える。


「木だけどね」


「いや、今のは産んだって」


「表現としては否定しづらい」


木は急に静かになった。


先ほどまで続いていた呻き声も弱まり、


「んぉ゙……」


と満足したような小さな声を一つ出しただけだった。


二人は顔を見合わせた。


ネイラが訂正した。


「かなり疑わしいね」


         ◇


当然、ティセラが呼ばれた。


当然のようにスージーもついてきた。


そして、その二人を放置すると何を始めるか分からないので、リーゼも来た。


「新種の鶏の木ってこれ?」


スージーの猫耳が立っている。


その直後。


「んお゙ぉ゙……っ! ぐぅ゙ぶぅ゙……っ!」


猫耳が跳ねた。


「何この声!?」


ルヴァナが木を指差した。


「これ」


「木が!?」


「ずっとこんな感じ」


ティセラは既に幹の表面を観察している。


「通常個体と比較して、表面分泌物が極端に多いですね」


スージーも近づく。


「この粘液、木自身が出してる?」


「その可能性が高いです」


リーゼが言った。


「触るなよ」


スージーが振り向く。


「まだ触ってない」


「その顔は触る顔だ」


ティセラが採取器具を出す。


「少量だけ採取します」


「教授まで当然のように始めるな!」


そこへクロエとアスラも来た。


二人は木を見る。


粘液を見る。


臭いを嗅ぐ。


声を聞く。


そして揃って黙った。


クロエが言う。


「第五に似ている」


アスラも頷いた。


「ああ。方向性が近い」


リーゼの顔が引きつった。


「やはりそこへ行くのか!」


スージーが聞く。


「第五って何?」


「今は知らなくていい!」


「そう言われると余計知りたい!」


ティセラが口を開く。


「正式には第五管理区域――」


「教授、説明するな!」


         ◇


問題は卵状果実だった。


見た目だけなら、普通の鶏の木がつけるものとほとんど変わらない。


ただし。


触れると、わずかに温かい。


スージーが枝へ実った一つへ手を伸ばす。


「これを一個取って比較しましょう」


リーゼが言った。


「記録してからだ」


「分かってる」


採取位置を記録し、外見も確認する。


スージーが果実を手で包んだ。


軽く引く。


すると。


「あ゙ぁ゙ぁ゙っ!」


全員が止まった。


スージーの手も止まる。


「……今の何?」


ルヴァナが木を見る。


「取られた時の声?」


リーゼが顔をしかめる。


「もう一度やるなよ」


ティセラが言う。


「再現性の確認は必要ですが」


「教授!」


「一本だけでは断定できません」


スージーが木を見る。


「でも採取比較には、もう一個必要よね」


「貴様まで教授側へ行くな!」


別の枝。


今度はティセラが、成熟度の近い果実を慎重に選ぶ。


手袋をした指でつかみ、枝から外す。


「あ゙ぁ゙ぁ゙っ!」


枝がびくっと揺れた。


スージーとティセラが顔を見合わせる。


「再現した」


「再現しましたね」


リーゼが両手で顔を覆った。


「確認するなとは言わんが、その顔で喜ぶな!」


果実そのものは問題なく採取できた。


しかし木はしばらく、


「んお゙……っ、ぐぅ゙……っ」


と、先ほどより少し低い声を上げていた。


ルヴァナが言う。


「嫌がってない?」


ティセラが答える。


「苦痛反応かどうかは確認できません」


「声だけ聞くとめっちゃ嫌そう」


「その評価は主観的です」


「誰が聞いてもそうだって!」


リーゼが言った。


「意味を与えるな。植物だ」


その瞬間。


別の枝から。


「あ゙ぁ゙ぁ゙っ!」


全員が振り向く。


エヴァが果実を一つ持っていた。


「取れたぞ」


リーゼが叫んだ。


「勝手に取るな!」


「食うんだろ?」


「比較用の条件を揃えているんだ!」


「同じ木じゃねえか」


「成熟度も記録している!」


「面倒くせえな」


スージーがエヴァを指差した。


「考古学者の前で発掘層を混ぜるタイプね」


「何の話だ?」


リーゼが深く頷いた。


「やはり貴様とは話が合う」


         ◇


そして。


自然に落ちる時を待った。


木は相変わらず、


「んお゙ぉ゙……っ! ぐぅ゙ぶぅ゙……っ!」


と声を上げている。


やがて、一つの枝の震え方が変わった。


「来るよ」


ルヴァナが言った。


スージーとティセラが記録板を構える。


リーゼは嫌そうな顔で見守る。


「んお゙……っ!」


枝先が細かく震える。


「ぐぅ゙ぶぅ゙……っ!」


卵状果実が揺れる。


そして。


「ぃ゙ぐぅ゙っー!」


枝全体が大きく跳ねた。


ぽとん。


一つの果実が落ちる。


さらに。


ぽとん。


もう一つ。


どちらも割れない。


ルヴァナが言った。


「産んだ」


リーゼが即座に訂正する。


「自然落果だ!」


「声まで出して?」


「自然落果だ!」


スージーは落ちた一つを拾った。


「あったかい」


ティセラも測定する。


「枝から直接採取したものより温度が高いですね」


リーゼが記録を見る。


「差は明確か」


「はい」


「なら味も比較する」


スージーが笑った。


「大尉も完全に参加してるじゃない」


「ここまで来たら最後まで条件を揃える!」


         ◇


安全確認の後。


まず、枝から直接採取した果実を割った。


殻の中。


白身は柔らかく固まり、黄身は半熟。


そこへ出汁のような液体も含まれている。


見た目だけなら十分美味しそうだった。


スージーが一口食べる。


「美味しい」


エヴァも食べる。


「うまいじゃねえか」


しかし。


スージーが別の場所を匙ですくう。


「……あれ?」


「何だ」


リーゼが聞く。


「こっち、ちょっと薄い」


さらに別の場所。


「こっちは濃い」


ティセラも確認する。


「確かに。塩味と旨味の分布が均一ではありません」


黄身の一部には出汁がよく染みている。


別の場所は薄い。


白身にも場所によって味の差がある。


エヴァが言った。


「混ぜりゃいいんじゃねえか?」


スージーが答える。


「食べるだけならそれでいいけど、今は比較してるの」


「面倒だな、研究って」


リーゼが言う。


「貴様には向かん」


次に。


自然落下したものを割る。


殻が割れた瞬間、わずかに湯気が上がった。


白身の固まり方は枝採りより均一。


黄身はとろりとしている。


出汁の香りも強い。


スージーが一口。


猫耳が立った。


「こっちの方が美味しい」


ティセラも確認する。


「味のむらがほとんどありません」


シズクも食べる。


「こちらの方が、出汁が全体へ行き渡っていますね」


ノアも頷いた。


「温度もちょうどいい」


エヴァが一気に食べる。


「うまい」


ルヴァナが得意そうに言った。


「産みたてが一番!」


リーゼが反論する。


「成熟して自然落果したものだ!」


スージーが言う。


「でも結果だけ見ると、木から無理に取るより、本人が落とすまで待った方がいいわね」


「本人と言うな」


ティセラが記録へ書き込む。


「自然落果前に採取した果実は、内部の温度および味成分にむらが残る。自然落果後は温度が高く、食味も安定」


リーゼが頷く。


「それでいい」


ティセラは次の行へ書いた。


『採取時には「あ゙ぁ゙ぁ゙っ!」という特徴的発声を伴う』


リーゼが止まった。


「そこも書くのか」


「観測事実です」


「……そうだな」


さらに。


『自然落果時には「ぃ゙ぐぅ゙っー!」という特徴的発声と枝の大きな振動を伴う』


リーゼは黙った。


間違ってはいない。


何一つ間違ってはいない。


だから余計に困る。


         ◇


その後、複数の果実で比較した。


結果はほぼ同じだった。


枝に付いた状態で採取する。


「あ゙ぁ゙ぁ゙っ!」


木が鳴く。


果実は十分温かい。


食べられる。


味も美味しい。


ただし、温度と味にむらがある。


一方。


成熟するまで待つ。


木が、


「んお゙ぉ゙……っ!」


「ぐぅ゙ぶぅ゙……っ!」


と絶えず声を上げ。


最後に枝を震わせる。


「ぃ゙ぐぅ゙っー!」


ぽとん。


自然に落ちた卵状果実は割れない。


拾ってすぐ割れば、十分に温かい。


半熟状態も安定している。


出汁と塩味は内部へ均一に行き渡っている。


味。


こちらの方が明確に上。


エヴァが結論を出した。


「じゃあ取らずに待てばいい」


ティセラが頷く。


「食用目的では、それが最適でしょう」


シズクも言う。


「収穫する必要もありませんね」


スージーが言った。


「下に籠でも置いておけばいいんじゃない?」


クロエが即座に答える。


「受け台を作る」


アスラも言う。


「落下だけ検知する術式を組めば回収時期も分かる」


リーゼの顔が引きつった。


「待て」


ノアも考える。


「傾斜をつけて、落ちたものが一か所へ転がるようにすれば――」


「貴方まで始めるな!」


エヴァが笑う。


「便利になるじゃねえか」


「便利になるのが腹立たしいんだ!」


木の向こうから。


「んお゙ぉ゙……っ!」


全員が見る。


枝が震える。


「ぃ゙ぐぅ゙っー!」


ぽとん。


ルヴァナが拾う。


「産みたてほかほか!」


「自然落果直後だ!」


リーゼの訂正は、もう誰も聞いていなかった。


         ◇


その日の記録。


新しい鶏の木らしき個体。


全身に粘性分泌物。


周辺には硫黄臭、発酵臭、チーズ様臭気、その他の生々しい臭気。


通常時も、


「んお゙ぉ゙……っ! ぐぅ゙ぶぅ゙……っ!」


という特徴的発声をほぼ絶え間なく続ける。


枝に付いている卵状果実を人為的に採取すると、


「あ゙ぁ゙ぁ゙っ!」


と発声する。


成熟した果実を自然落下させる際には枝が大きく震え、


「ぃ゙ぐぅ゙っー!」


という発声を伴う。


自然落下した果実は、地面へ落ちても殻が割れない。


枝から直接採取した果実も食用可能であり、美味。


ただし、温度、塩味、出汁様の旨味にむらがある。


自然落下直後の果実はより高温。


半熟状態が安定。


味も均一。


食味評価は明確に自然落下品が上。


リーゼは最後まで読んだ。


「つまり、取るなということか」


ティセラが答える。


「少なくとも食用目的では、自然落果を待つ方が合理的です」


スージーも頷く。


「木としても、その方がよさそうね」


リーゼがスージーを見る。


「何故だ」


スージーは枝から一つ取る真似をした。


「あ゙ぁ゙ぁ゙っ!」


リーゼが頭を抱えた。


「真似するな!」


その直後。


本物の木から。


「んお゙ぉ゙……っ! ぐぅ゙ぶぅ゙……っ!」


枝がぶるぶると揺れた。


「ぃ゙ぐぅ゙っー!」


ぽとん。


また一つ。


温かな卵状果実が落ちた。


エヴァがすぐ拾う。


「食うぞ」


「少し待て! せめて記録してからにしろ!」


谷底に。


また一つ。


無理に収穫すると味が落ち。


本人――ではなく木が自ら落とすまで待つと。


妙に完成度の高い温泉卵を提供してくれる。


便利なのか。


不便なのか。


判断に困る植物が増えた。

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