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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十九章 谷底Ⅶ

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第百三十六話 鶏の木

翌朝。


「コケケッコォォォォォー!」


館の外から、朝を告げる声が響いた。


少し遅れて。


「ピヨ!」


「ピヨピヨ!」


「ぴよー!」


幼木たちまで鳴き始める。


スージーの目が開いた。


猫耳が立つ。


布団の中で数秒止まり。


そして。


起き上がった。


「今日こそ調べる」


隣の部屋からリーゼの声がした。


「朝一番から言うな!」


         ◇


朝食。


鶏の木から採れた卵のような果実が、目玉焼きになって並んでいる。


スージーは皿を見る。


白身。


黄身。


匂い。


どう見ても卵。


一口食べる。


「……卵ね」


ティセラが訂正した。


「果実です」


スージーが教授を見る。


「これが、あの鳴く木になるの?」


「正確には、この果実から直接発芽するわけではないようです」


「じゃあ種は?」


「現在まで明確な種子は確認できていません」


スージーの猫耳が立った。


リーゼが嫌そうな顔をした。


「始まった」


ティセラは続ける。


「地下茎で増殖します」


スージーが止まる。


「地下茎?」


「はい」


「じゃあ、この卵みたいなのは?」


「食用果実です」


「繁殖用じゃない?」


「少なくとも主要な増殖手段ではないようです」


「鶏みたいに鳴く必要は?」


「不明です」


「幼木がひよこみたいに鳴く必要は?」


「不明です」


「朝だけ雄鶏みたいに大声で鳴く理由は?」


「気流との関係までは確認しています」


スージーが身を乗り出す。


「そこ!」


リーゼが机を叩いた。


「食べてからにしろ!」


二人が見る。


「朝食だ!」


スージーは目玉焼きのような果実を見る。


食べる。


「卵ね」


ティセラ。


「果実です」


「そこはどっちでもいい!」


リーゼの声が食堂へ響いた。


         ◇


朝食後。


結局、調査へ行くことになった。


参加者は。


スージー。


ティセラ。


リーゼ。


シズク。


ネイラ。


そしてルヴァナ。


ルヴァナは別に研究へ興味があるわけではない。


「キマイラ来るかもしれないし」


とのことだった。


鶏の木までの道は、以前よりさらに分かりやすくなっている。


幅十メートル近く。


低木は左右へ押し倒され。


若木も何本か折れている。


地面は巨大な足によって踏み固められていた。


スージーは道の中央で立ち止まった。


「やっぱりこれ、初見だと道路だと思うわ」


ルヴァナが笑う。


「キマイラ道」


「正式名称みたいに言わないで」


リーゼが言った。


「地図上では鶏の木方面経路だ」


「大尉がちゃんとした名前つけてくれて安心した」


「当たり前だ!」


「でも作ったのはキマイラ」


「それは言うな」


歩く。


遠くから。


「コケッ」


「ピヨ」


声が聞こえ始める。


スージーの猫耳が左右へ動いた。


「やっぱり鳥の声に聞こえる」


シズクが頷く。


「最初は私もそう思いました」


「鳴いてる場所まで特定できる?」


「耳で?」


リーゼが聞く。


「できると思う」


スージーは立ち止まった。


目を閉じる。


耳だけを動かす。


風。


葉。


枝。


水の音。


遠くの生き物。


そして。


「コケッ」


右耳が動く。


「そこ」


一本の木を指す。


少し離れた場所から。


「ピヨ」


左耳が動く。


「あっち」


幼木。


ティセラが興味深そうに見る。


「音源定位の精度がかなり高いですね」


スージーが目を開く。


「猫耳だから」


「測定しても?」


リーゼが即座に言った。


「スージー本人を研究対象に切り替えるな!」


ティセラは少し残念そうだった。


「後でならいいわよ」


「許可するな!」


         ◇


鶏の木が見えてきた。


成木。


太い幹。


大きく広がる枝。


そこから、白や薄茶色の卵形の果実がぶら下がっている。


その周囲。


幼木。


さらに小さな芽。


数日前より明らかに増えている。


「ピヨ」


「ピヨピヨ」


スージーが足を止めた。


「……可愛いのが腹立つわね」


リーゼが深く頷いた。


「分かる」


「切らなきゃいけない時、嫌じゃない?」


リーゼの表情が変わった。


「聞くな」


「何?」


ルヴァナが答える。


「間引く時、絶命の声出すよ」


スージーが固まった。


「絶命?」


ルヴァナが真似をした。


「ぴ……よ……」


「やめて!」


「本当にこんな感じ」


「聞きたくなかった!」


ティセラが言う。


「ただし、それが苦痛表現かどうかは分かっていません」


スージーが教授を見る。


「音が止まるタイミングが悪すぎるのよ!」


リーゼが言った。


「だから後味が悪いんだ!」


スージーは幼木へ近づいた。


しゃがむ。


触る前に。


一瞬止まる。


近くにあった棒を取る。


つん。


幼木。


「ピヨ?」


スージーの動きが止まった。


幼木がもう一度。


「ピヨ?」


「……返事した?」


ティセラが答える。


「刺激に応じて発音しました」


「私を見て?」


「視覚認識の有無は不明です」


スージーは棒をもう一度近づける。


幼木の葉へ触れる。


「ピヨ」


少し強く押す。


「ピヨッ」


スージーが棒を引いた。


「触った強さで声変わってない?」


ティセラが記録する。


「可能性があります」


リーゼが聞く。


「以前調べなかったのか?」


「調べました。ただ、音の再現性にばらつきがありました」


スージーが幼木を見る。


「風で鳴くのと、刺激で鳴くのは別?」


ティセラが頷く。


「その可能性を考えています」


猫耳が立つ。


「面白い」


リーゼが額を押さえた。


「その言葉を聞くたび嫌な予感がする」


         ◇


まず。


風による発音を調べた。


成木の葉。


枝。


幹。


ティセラが以前確認した通り、一部には空洞がある。


スージーは細い枝を一本見る。


「楽器みたいな構造?」


「近いです」


ティセラが答える。


「風が穴へ入ることで発音します」


「じゃあ偶然?」


「それだけなら可能性があります」


「でも、ニワトリの声に似すぎてる」


リーゼが言う。


「そこだ」


スージーは枝を覗く。


「空洞の形が自然にできたとは思えないくらい整ってる」


ティセラが頷く。


「成長に伴って形成されます」


「切って断面を見た?」


「落枝では確認しました」


「生きてる枝は?」


「必要以上に傷つけていません」


スージーが教授を見る。


少し意外そうだった。


「ちゃんと自制するのね」


リーゼが即座に言った。


「教授を何だと思っている!」


ティセラが眼鏡を直す。


「必要なら切ります」


「やっぱり!」


成木の枝へ風が通る。


「コケッ」


スージーの猫耳が動く。


「今、ここの穴」


次。


「コケコケッ」


「今度は二本」


さらに太い枝。


「コォォォ」


スージーが顔を上げる。


「複数の空洞を通って一つの鳴き声になってる?」


ティセラが記録する。


「その可能性は高いです」


リーゼが言う。


「仕組み自体は、笛の集合体みたいなものか」


「なら」


スージーは成木を見上げた。


「何で鶏なの?」


全員が黙った。


「そこが分からない」


リーゼが答えた。


「環境に鶏はいないんでしょ?」


「少なくとも我々は見ていない」


「じゃあ擬態?」


ティセラが言う。


「何に対する擬態なのかが不明です」


「捕食者?」


「鶏の声を嫌う捕食者がいる可能性」


「繁殖相手?」


「植物です」


「分かってるわよ!」


リーゼが笑いそうになる。


スージーが続ける。


「他の生物を呼ぶため?」


ティセラが顔を上げた。


「それは検討する価値があります」


「果実を食べてもらう?」


「しかし地下茎で増えます」


「果実に種がないなら、食べてもらう意味が薄い」


「栄養交換?」


「動物を呼んで糞を落とさせる?」


ティセラが記録速度を上げる。


リーゼが二人を見る。


「始まった」


ネイラが聞く。


「何がです?」


「教授とスージーが互いに仮説を投げ始めた」


ルヴァナが笑う。


「止めなくていいの?」


「まだ害はない」


「まだ、なんだ」


         ◇


次は幼木だった。


成木とは違う。


風が吹いても。


「ピヨ」


「ピヨピヨ」


高い音。


スージーが耳を澄ます。


「空洞が小さいから音が高い?」


ティセラが頷く。


「おそらく」


「成長すると空洞も大きくなって、音程が下がる」


「はい」


スージーが固まった。


リーゼも同じことに気づく。


「待て」


スージーが幼木を見る。


次に成木。


また幼木。


「幼木だから、ひよこみたいに高い声になるんじゃない」


ティセラが顔を上げる。


「空洞が小さいため高い音になり、その結果としてひよこの声に似ている?」


「そう」


リーゼが少し安心した。


「なら説明できるではないか」


スージーが続ける。


「でも」


リーゼの顔が曇る。


「何だ」


「何で成木の音が雄鶏に似るところまで都合よく空洞が成長するの?」


沈黙。


「やっぱり分からん!」


リーゼが叫んだ。


         ◇


そして。


地下茎。


ティセラが印を付けていた場所を少し掘る。


成木から延びた太い地下茎。


途中で枝分かれ。


そこから幼木。


さらに先へ。


また芽。


スージーが地面へしゃがみ込む。


「これ、かなり増えるわよ」


リーゼが答える。


「もう増えている」


「間引いてる?」


「している」


「追いついてる?」


全員が幼木を見る。


「ピヨ」


「ピヨ」


「ピヨピヨ」


リーゼが遠い目をした。


「……今のところは」


スージーは地下茎を確認する。


「成長速度は?」


ティセラが記録を見せる。


スージーの顔が変わる。


「早すぎる」


「谷底ですから」


「その説明、何にも説明してない!」


リーゼが強く頷いた。


「そうだろう!」


スージーが立ち上がる。


「この速度なら、放置したら鶏の森になるわよ」


ルヴァナが笑う。


「それちょっと見たい」


リーゼが即座に言う。


「見たくない!」


「朝めっちゃうるさそう」


「それが問題だ!」


スージーが想像する。


数百本。


数千本。


朝。


一斉に。


「コケケッコォォォォォー!」


猫耳が伏せた。


「駄目ね」


「だろう!」


「猫耳には特にきつい」


「そこか!」


         ◇


調査が終わった。


分かったこと。


成木の鳴き声は、枝や幹内部の空洞へ風が通ることで生じる。


幼木は空洞が小さいため、より高い音を出す。


物理的刺激でも発音する。


地下茎で急速に増える。


卵状の果実は食用になる。


長期保存が利く。


果実を収穫しても木の増殖には大きな影響がない。


そして。


分からなかったこと。


なぜ鶏に似た声なのか。


なぜ成長段階によって雄鶏とひよこのように聞こえるのか。


刺激に反応して鳴く意味。


果実が卵に似ている理由。


地下茎で増えるのに、卵状果実を作る生態的意味。


そもそも。


この植物が何を目指して進化したのか。


スージーは記録板を見る。


「分かったことより、分からないこと増えてない?」


ティセラが頷く。


「良い調査でした」


リーゼが叫んだ。


「何故それで良い調査なんだ!」


スージーが言う。


「分からない場所が分かったから」


ティセラも続ける。


「次に調べるべきことが明確になりました」


二人が頷き合う。


リーゼは二人を見た。


「やっぱり同類だ!」


         ◇


帰る途中。


道の向こうから。


どどどどどど。


地面が揺れた。


ルヴァナが顔を上げる。


「あ、来た」


スージーの猫耳が立つ。


木々の向こうから、巨大な影。


キマイラだった。


四メートル級の身体で、鶏の木への道をさらに踏み固めながら歩いてくる。


獅子頭。


山羊頭。


竜頭。


そして蛇の尻尾。


山羊頭がルヴァナを見つけた。


「ルヴァナっちー!」


「おー!」


ルヴァナが手を振る。


キマイラが近づく。


スージーは一歩だけリーゼの後ろへ入った。


リーゼが気づく。


「まだ怖いか」


「理屈では大丈夫」


「感情は?」


「四メートル」


「そうだな」


獅子頭がスージーを見る。


少し得意そうな顔。


「あ、起きた猫」


スージーが言う。


「猫じゃなくてスージー」


山羊頭が笑う。


「スージーっち!」


「いきなりっち付けるの?」


「ルヴァナっちの友達でしょ?」


「まだ来たばっかりだけど」


「じゃあ友達候補!」


スージーは少し困った。


悪意がない。


本当にない。


むしろ。


自分を助けてくれた。


スージーは獅子頭を見る。


「この前は……ありがとう」


獅子頭が一瞬止まった。


それから横を向く。


「別に」


山羊頭がすぐ笑った。


「照れてるー!」


竜頭も言う。


「めちゃくちゃ心配してたくせに」


「してないし!」


蛇の尻尾がスージーの横から顔を出す。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん知らない?」


スージーが固まる。


「お兄ちゃん?」


ルヴァナが答える。


「黒」


「誰?」


「でっかい黒い馬みたいなやつ」


「また新しいの!?」


リーゼが言った。


「説明すると長い」


スージーが頭を抱える。


「この谷底、本当に何種類いるのよ……」


ティセラが言う。


「未確認種を含めれば、かなり」


「教授、それ嬉しそうに言わないで」


キマイラは鶏の木の方へ向かった。


歩くたび。


道の端の低木が。


ばき。


ばきばき。


押し倒される。


スージーが見る。


「……やっぱりこの道、あの子が作ったのね」


リーゼが頷く。


「主にキマイラだ」


「遺跡の古道だと思った私が馬鹿みたい」


「初見なら仕方ない」


スージーは、巨大なキマイラの後ろ姿を見る。


その向こうから。


「ピヨ!」


幼木。


そして。


「コケッ!」


成木。


キマイラが歩く。


「ピヨ!」


ばき。


「ぴ……」


スージーが止まった。


「今、一本踏んだ?」


リーゼが遠い目をした。


ルヴァナが言う。


「たぶん」


遠くで獅子頭が叫んだ。


「ごめーん!」


スージーは両手で顔を覆った。


「調べた直後に見たくなかった……」


ティセラが記録板を出した。


リーゼが取り上げた。


「記録するな!」


「大型生物による自然間伐の――」


「今日はもう終わりだ!」


         ◇


館へ戻る。


夕方。


スージーは食卓で鶏の木の卵果実を見た。


茹でてある。


殻を剥く。


白い。


切る。


黄色い。


どう見てもゆで卵。


スージーはしばらく見た。


「今日一日調べたのよね」


リーゼが答える。


「ああ」


「仕組みも少し分かった」


「ああ」


「地下茎も見た」


「ああ」


「でも」


スージーはゆで卵のような果実を持ち上げた。


「何でこれが木に生るのか、余計に分からなくなった」


リーゼが大きく頷いた。


「ようこそ谷底へ」


スージーは一口食べた。


「……卵ね」


ティセラが言った。


「果実です」


リーゼが机を叩いた。


「もう卵でいいだろう!」


外から。


「コケッ」


鶏の木が鳴いた。


続いて。


「ピヨ」


幼木。


スージーの猫耳が動く。


少し考え。


そして。


動かなくなった。


リーゼが警戒する。


「何を考えている」


「明日は――」


「駄目だ」


「まだ言ってない!」


「言わせん!」


ティセラが静かに尋ねた。


「何を調べたいのです?」


スージーの猫耳が立つ。


「卵果実の内部構造と、地下茎の栄養移動」


「興味深いですね」


「教授!」


谷底へ。


今日もリーゼの声が響いた。

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