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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十九章 谷底Ⅶ

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第百三十五話 調べたい

午後。


午前中に滝壺から回収した品のうち、最初に作業場へ持ち込まれたのは、細い線が幾重にも巻かれた円筒形の部品だった。


砂と水気を落とし、採取地点を書いた札を付けたまま、木の台の中央へ置く。


その隣には、最近この谷底で作った小型発電機が並べられている。


スージーは椅子へ座るより先に、二つを交互に見た。


「似てる」


リーゼも腕を組んで頷く。


「少なくとも、電磁気を利用する機械という線はかなり濃い」


「巻線がある。軸もある。固定方法は違うけど、考え方は分かる」


「そうだ」


「いいわね」


「何がだ?」


スージーは笑った。


「分かるものがあるって、いいわね」


リーゼは一瞬だけ黙った。


それから、かなり深く頷いた。


「分かる」


二人とも、朝から理解できないものを見すぎていた。


巨大な滝。


異常な生態系。


鳴く木。


四メートル級のキマイラ。


クロエの世界では神経と機械が直接繋がり、同じ世界の別系統ではアスラが魔法陣を空中へ展開する。


その中で、銅線らしきものが巻かれた機械部品は、実に安心する姿をしていた。


リーゼが指を差す。


「ここを見ろ。巻線の外側に何か挟んである」


スージーが顔を近づける。


「絶縁材?」


「おそらく」


「紙じゃない」


「樹脂にも見えるが、劣化がひどい」


「削る?」


「待て。先に記録だ」


スージーが笑う。


「言うと思った」


「貴様も同じだろう」


「もちろん」


リーゼが寸法を取り、スージーが図を描く。


外径。


長さ。


軸の太さ。


巻線の幅。


破損位置。


腐食。


欠損部。


二人が作業を始めると早かった。


測る側と書く側を途中で入れ替えても、説明する必要がほとんどない。


「二十二と少し」


「こっちでは?」


「二十二・四」


「誤差範囲ね」


「軸は九・一」


「こっちも九前後。かなり削れてる」


「元は九・五か十かもしれん」


「断定しない」


「当然だ」


そこへティセラがやってきた。


手には魔力測定用の器具がある。


リーゼの顔が曇った。


「教授」


「はい」


「まだ何もするな」


「まだ何もしていません」


「その道具を持ってきた時点で信用していない」


スージーが聞く。


「魔力反応を見るだけなら壊れないんでしょ?」


「通常は」


ティセラが答える。


リーゼがすぐ割り込む。


「通常は、を付けたな」


「未知物なので」


「なら先に言え!」


スージーが真面目に頷いた。


「大尉が正しい」


リーゼが少し嬉しそうになる。


「そうだろう」


ティセラは少し離れた位置へ器具を置いた。


「では、触れずに測定します」


「それならいい」


「私も見たい」


「貴様は本当に教授側へ行くのが早いな」


「安全ならいいでしょう?」


「それはそうだが!」


測定の結果。


目立った魔力反応はなかった。


ティセラが記録する。


「少なくとも、現在活動している魔術式は確認できません」


スージーが円筒を見る。


「こっちは安心する結果」


リーゼも頷いた。


「電気機械らしさが増した」


「電圧をかけてみたい」


リーゼが振り向く。


「早い」


「低いところから」


「まず導通だ」


「分かってる」


「……本当に話が通じる」


リーゼがまた嬉しそうになる。


その時。


作業場の入口からクロエが言った。


「内部を見ればいいだろう」


リーゼの顔から笑顔が消えた。


「来たか」


クロエは銀髪を揺らしながら入ってくる。


ネイラも一緒だった。


「クロエ母さん、勝手に触らないでね」


「分かっている」


「本当に?」


「大尉とスージーがうるさい」


リーゼが言った。


「貴様が言わせているんだ!」


クロエは部品の前へ立った。


「分解前に内部構造を確認する」


スージーの猫耳が立つ。


「できるの?」


「ああ」


「どうやって?」


「複数方法がある」


「複数?」


リーゼが先に止める。


「全部聞くな」


「何で?」


「自信を失うからだ」


「でも気になる」


「小官も気になる。だから困る」


クロエは二人を無視し、携帯していた小さな器具を台の横へ置いた。


細い光が部品の周囲を走る。


表示された内容を、スージーは読めない。


だが、線が立体的な形を組み始めたことは分かった。


外装。


軸。


内部の巻線。


固定部。


空洞。


細い接続部。


スージーが固まった。


「……中身、見えてる」


クロエが答える。


「概略だ」


「これ概略なの?」


「解像度は低い」


リーゼがスージーの肩へ手を置いた。


「聞くな」


「大尉」


「何だ」


「私たち、すごく昔の人みたいになってない?」


「言うな」


クロエが平然と続ける。


「材質推定もできる」


スージーが振り向いた。


リーゼが止める。


「聞くな!」


「でも!」


「その先へ行くと戻れん!」


ネイラが笑う。


「大尉、もうかなり慣れてますよね」


「慣れたから止めているんだ!」


クロエの解析では、部品内部に明確な永久磁石らしい構造は確認できなかった。


リーゼとスージーが同時に首を傾げる。


「じゃあ発電機じゃない?」


「まだ分からん。外側に別部品があった可能性もある」


「電磁石式?」


「それもある」


「あるいは励磁用の別回路」


「そうだ」


クロエが言った。


「外部構造が欠落している」


スージーが頷く。


「つまり、これだけ見ても用途は決められない」


「その結論でいい」


リーゼも記録へ書き加える。


電気機械部品の可能性。


発電機・電動機その他は未確定。


外部部品欠損の可能性。


スージーがそれを見て満足そうに頷いた。


「こういうのでいいのよ」


ティセラが聞く。


「分からないことを、そのまま残す?」


「そう。分からないものへ名前を付けると、その名前に引っ張られるから」


リーゼも言う。


「仮称を付けるなら仮称と分かるようにする」


ティセラが少し笑った。


「お二人は本当に似ていますね」


リーゼが胸を張る。


「そうだろう」


スージーも頷く。


「文明が近いから、研究の基本も近いのかもね」


「そこは非常に助かっている」


その時。


もう一人。


作業場へ入ってきた。


アスラだった。


「面白そうなことをしているな」


リーゼが振り向く。


「増えるな」


「何故だ」


「ようやく分かる技術だけで話が進んでいるんだ」


アスラは台の上の部品を見る。


「なら私には関係ないか?」


スージーが聞く。


「アスラの術でも中を見られる?」


リーゼが顔を覆った。


「聞くなと言っただろう!」


「クロエだけできるなら比較したくなるじゃない!」


アスラが笑う。


「当然できる」


掌をかざす。


魔法陣が展開した。


スージーの猫耳が立つ。


リーゼが言った。


「離れろ。もう止めても無駄だ」


「諦めたの?」


「貴様が教授と同じ目をしている」


魔法陣の光が部品を覆う。


しばらくすると、空中にぼんやりと別の像が浮かんだ。


クロエの表示ほど精密ではない。


だが。


内部の密度差らしきものが、色の違いとして現れている。


スージーが口を開けた。


「同じ世界なんだよね?」


クロエが答える。


「同じだ」


アスラも言う。


「同じ世界だな」


「何で片方は機械で中を見て、片方は魔法陣で同じことしてるの?」


アスラが肩をすくめる。


「手段が違うだけだ」


クロエも言う。


「目的が同じなら結果が近くなることはある」


スージーがリーゼを見る。


「大尉」


「何だ」


「これ、普通?」


「小官に聞くな」


「同じ世界でここまで技術体系が分かれる?」


「小官の世界ではない」


「私のところでもない」


二人は揃ってクロエとアスラを見る。


クロエが不思議そうに首を傾げた。


アスラも似た顔をしている。


スージーが言う。


「その『何がおかしい?』って顔やめて」


リーゼが強く頷いた。


「そこも同意する!」


         ◇


調査は続いた。


クロエの解析結果。


アスラの術式による内部観察。


ティセラの魔力測定。


リーゼとスージーによる構造確認。


結果。


分かったことは増えた。


だが、正体は分からなかった。


電気を利用する機械の一部である可能性は高い。


巻線は人為的に規則正しく巻かれている。


内部構造は小型発電機や電動機と一部似ている。


しかし欠損が多く、元の用途は特定できない。


魔術式らしい痕跡はない。


使用されている絶縁材も正体不明。


スージーは記録の最後へ大きく書いた。


『用途不明』


エヴァが夕方、作業場を覗き込んだ。


「まだやってたのか」


リーゼが疲れた顔で振り向く。


「見れば分かるだろう」


エヴァは台の上の部品を見る。


「で、何だった?」


スージーが答える。


「分からない」


「朝から調べて?」


「午後からよ」


「午後ずっと?」


「そう」


「で、分からない?」


スージーの猫耳が立った。


「分からないものを、分からないって言えるところまで調べたの!」


エヴァは少し考えた。


「分からないままじゃねえか」


「考古学はそういうこともあるの!」


リーゼが横から言う。


「今回は小官もスージー側だ」


スージーが嬉しそうに振り向く。


「大尉」


「未知の機械へ適当な名前を付けるよりましだ」


「そう、それ!」


二人が頷き合う。


エヴァは肩をすくめた。


「よく分からん」


「貴様は肉を焼いていろ!」


「焼くぞ」


「本当に行くな!」


エヴァは笑いながら出ていった。


         ◇


片づけに入る頃。


スージーは、クロエが出した内部構造の記録をまだ見ていた。


「ねえ、これ保存できる?」


「できる」


「紙に出せる?」


クロエが少し考える。


「直接は無理だが、再現して写せる」


「やりたい」


リーゼが言う。


「それは許可する」


スージーが驚いて振り向く。


「いいの?」


「記録に使えるものまで禁止する気はない」


「大尉、柔軟ね」


「小官は機械嫌いではない!」


「知ってる」


クロエが言う。


「なら、記録専用の装置を作ればいい」


リーゼとスージーが同時に止まった。


「何?」


クロエは続ける。


「採取地点で画像と位置を記録し、後で一覧化する」


スージーの猫耳が立った。


「それ、作れるの?」


「部品があれば」


リーゼが額を押さえる。


「始まった」


ティセラも興味を示す。


「生物試料にも使えますか?」


「使える」


「魔力反応も同時に記録できれば――」


アスラが言う。


「そこは術式を追加すればいい」


スージーが机へ戻った。


「ちょっと待って。位置情報まで入るなら、漂着物の分布を――」


リーゼが叫んだ。


「待て!」


全員が見る。


「今日は正体不明の巻線部品を調べるだけだった!」


スージーが言う。


「終わったわよ」


「終わったから帰れ!」


「でも記録装置の話が」


「明日!」


ティセラが言う。


「では明日――」


「教授は予定を確定するな!」


クロエがネイラを見る。


「使えそうな部品を確認しておけ」


ネイラが頷く。


「分かった、クロエ母さん」


「貴様らも勝手に開始するな!」


アスラまで言った。


「私は記録用の術式を考えておこう」


「同じ世界の違う技術を同時に持ち込むなああああっ!」


リーゼの声が作業場へ響いた。


その直後。


外から。


「コケッ」


スージーの猫耳が動いた。


ティセラも窓を見る。


リーゼが二人を指差した。


「見るな」


「何も言ってない」


「私も何も」


「明日、鶏の木を調べる相談を始める顔だ!」


スージーとティセラが顔を見合わせる。


スージーが言った。


「でも、鳴く仕組みは気になるわよね」


「はい」


「ほら見ろ!」


スージーは笑った。


今日分かったのは、正体不明の機械の正体ではなかった。


リーゼと自分の文明には、かなり多くの共通する技術的な常識がある。


クロエとアスラは、同じ世界にいながら、その常識の遥か先を別方向へ伸びている。


ティセラは、さらに別の世界で魔術を科学として体系化している。


そして。


誰も正体を知らないものが、滝壺から普通に流れ着いてくる。


考古学者として。


これほど面白い場所は、そうそうない。


スージーの猫耳が嬉しそうに立っていた。


それを見たリーゼは、深いため息をついた。


「貴様、もう帰る気がなくなってないか?」


スージーは少し考えた。


「帰りたいわよ」


「そうか」


「仲間も心配だし、秘宝も探したい」


「そうだな」


「でも」


スージーは作業場を見回した。


正体不明の漂着物。


発電機。


魔術測定具。


クロエの解析機器。


アスラの魔法陣。


そして、物置にはまだ山ほど未分類の品がある。


「調べたいもの、多いのよね」


リーゼが頭を抱えた。


「やはり教授が増えただけではないか……」


外で、もう一度。


「コケッ」


と鶏の木が鳴いた。


スージーとティセラが同時に窓を見た。


リーゼは机を叩いた。


「だから見るなああああっ!」

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