第百三十五話 調べたい
午後。
午前中に滝壺から回収した品のうち、最初に作業場へ持ち込まれたのは、細い線が幾重にも巻かれた円筒形の部品だった。
砂と水気を落とし、採取地点を書いた札を付けたまま、木の台の中央へ置く。
その隣には、最近この谷底で作った小型発電機が並べられている。
スージーは椅子へ座るより先に、二つを交互に見た。
「似てる」
リーゼも腕を組んで頷く。
「少なくとも、電磁気を利用する機械という線はかなり濃い」
「巻線がある。軸もある。固定方法は違うけど、考え方は分かる」
「そうだ」
「いいわね」
「何がだ?」
スージーは笑った。
「分かるものがあるって、いいわね」
リーゼは一瞬だけ黙った。
それから、かなり深く頷いた。
「分かる」
二人とも、朝から理解できないものを見すぎていた。
巨大な滝。
異常な生態系。
鳴く木。
四メートル級のキマイラ。
クロエの世界では神経と機械が直接繋がり、同じ世界の別系統ではアスラが魔法陣を空中へ展開する。
その中で、銅線らしきものが巻かれた機械部品は、実に安心する姿をしていた。
リーゼが指を差す。
「ここを見ろ。巻線の外側に何か挟んである」
スージーが顔を近づける。
「絶縁材?」
「おそらく」
「紙じゃない」
「樹脂にも見えるが、劣化がひどい」
「削る?」
「待て。先に記録だ」
スージーが笑う。
「言うと思った」
「貴様も同じだろう」
「もちろん」
リーゼが寸法を取り、スージーが図を描く。
外径。
長さ。
軸の太さ。
巻線の幅。
破損位置。
腐食。
欠損部。
二人が作業を始めると早かった。
測る側と書く側を途中で入れ替えても、説明する必要がほとんどない。
「二十二と少し」
「こっちでは?」
「二十二・四」
「誤差範囲ね」
「軸は九・一」
「こっちも九前後。かなり削れてる」
「元は九・五か十かもしれん」
「断定しない」
「当然だ」
そこへティセラがやってきた。
手には魔力測定用の器具がある。
リーゼの顔が曇った。
「教授」
「はい」
「まだ何もするな」
「まだ何もしていません」
「その道具を持ってきた時点で信用していない」
スージーが聞く。
「魔力反応を見るだけなら壊れないんでしょ?」
「通常は」
ティセラが答える。
リーゼがすぐ割り込む。
「通常は、を付けたな」
「未知物なので」
「なら先に言え!」
スージーが真面目に頷いた。
「大尉が正しい」
リーゼが少し嬉しそうになる。
「そうだろう」
ティセラは少し離れた位置へ器具を置いた。
「では、触れずに測定します」
「それならいい」
「私も見たい」
「貴様は本当に教授側へ行くのが早いな」
「安全ならいいでしょう?」
「それはそうだが!」
測定の結果。
目立った魔力反応はなかった。
ティセラが記録する。
「少なくとも、現在活動している魔術式は確認できません」
スージーが円筒を見る。
「こっちは安心する結果」
リーゼも頷いた。
「電気機械らしさが増した」
「電圧をかけてみたい」
リーゼが振り向く。
「早い」
「低いところから」
「まず導通だ」
「分かってる」
「……本当に話が通じる」
リーゼがまた嬉しそうになる。
その時。
作業場の入口からクロエが言った。
「内部を見ればいいだろう」
リーゼの顔から笑顔が消えた。
「来たか」
クロエは銀髪を揺らしながら入ってくる。
ネイラも一緒だった。
「クロエ母さん、勝手に触らないでね」
「分かっている」
「本当に?」
「大尉とスージーがうるさい」
リーゼが言った。
「貴様が言わせているんだ!」
クロエは部品の前へ立った。
「分解前に内部構造を確認する」
スージーの猫耳が立つ。
「できるの?」
「ああ」
「どうやって?」
「複数方法がある」
「複数?」
リーゼが先に止める。
「全部聞くな」
「何で?」
「自信を失うからだ」
「でも気になる」
「小官も気になる。だから困る」
クロエは二人を無視し、携帯していた小さな器具を台の横へ置いた。
細い光が部品の周囲を走る。
表示された内容を、スージーは読めない。
だが、線が立体的な形を組み始めたことは分かった。
外装。
軸。
内部の巻線。
固定部。
空洞。
細い接続部。
スージーが固まった。
「……中身、見えてる」
クロエが答える。
「概略だ」
「これ概略なの?」
「解像度は低い」
リーゼがスージーの肩へ手を置いた。
「聞くな」
「大尉」
「何だ」
「私たち、すごく昔の人みたいになってない?」
「言うな」
クロエが平然と続ける。
「材質推定もできる」
スージーが振り向いた。
リーゼが止める。
「聞くな!」
「でも!」
「その先へ行くと戻れん!」
ネイラが笑う。
「大尉、もうかなり慣れてますよね」
「慣れたから止めているんだ!」
クロエの解析では、部品内部に明確な永久磁石らしい構造は確認できなかった。
リーゼとスージーが同時に首を傾げる。
「じゃあ発電機じゃない?」
「まだ分からん。外側に別部品があった可能性もある」
「電磁石式?」
「それもある」
「あるいは励磁用の別回路」
「そうだ」
クロエが言った。
「外部構造が欠落している」
スージーが頷く。
「つまり、これだけ見ても用途は決められない」
「その結論でいい」
リーゼも記録へ書き加える。
電気機械部品の可能性。
発電機・電動機その他は未確定。
外部部品欠損の可能性。
スージーがそれを見て満足そうに頷いた。
「こういうのでいいのよ」
ティセラが聞く。
「分からないことを、そのまま残す?」
「そう。分からないものへ名前を付けると、その名前に引っ張られるから」
リーゼも言う。
「仮称を付けるなら仮称と分かるようにする」
ティセラが少し笑った。
「お二人は本当に似ていますね」
リーゼが胸を張る。
「そうだろう」
スージーも頷く。
「文明が近いから、研究の基本も近いのかもね」
「そこは非常に助かっている」
その時。
もう一人。
作業場へ入ってきた。
アスラだった。
「面白そうなことをしているな」
リーゼが振り向く。
「増えるな」
「何故だ」
「ようやく分かる技術だけで話が進んでいるんだ」
アスラは台の上の部品を見る。
「なら私には関係ないか?」
スージーが聞く。
「アスラの術でも中を見られる?」
リーゼが顔を覆った。
「聞くなと言っただろう!」
「クロエだけできるなら比較したくなるじゃない!」
アスラが笑う。
「当然できる」
掌をかざす。
魔法陣が展開した。
スージーの猫耳が立つ。
リーゼが言った。
「離れろ。もう止めても無駄だ」
「諦めたの?」
「貴様が教授と同じ目をしている」
魔法陣の光が部品を覆う。
しばらくすると、空中にぼんやりと別の像が浮かんだ。
クロエの表示ほど精密ではない。
だが。
内部の密度差らしきものが、色の違いとして現れている。
スージーが口を開けた。
「同じ世界なんだよね?」
クロエが答える。
「同じだ」
アスラも言う。
「同じ世界だな」
「何で片方は機械で中を見て、片方は魔法陣で同じことしてるの?」
アスラが肩をすくめる。
「手段が違うだけだ」
クロエも言う。
「目的が同じなら結果が近くなることはある」
スージーがリーゼを見る。
「大尉」
「何だ」
「これ、普通?」
「小官に聞くな」
「同じ世界でここまで技術体系が分かれる?」
「小官の世界ではない」
「私のところでもない」
二人は揃ってクロエとアスラを見る。
クロエが不思議そうに首を傾げた。
アスラも似た顔をしている。
スージーが言う。
「その『何がおかしい?』って顔やめて」
リーゼが強く頷いた。
「そこも同意する!」
◇
調査は続いた。
クロエの解析結果。
アスラの術式による内部観察。
ティセラの魔力測定。
リーゼとスージーによる構造確認。
結果。
分かったことは増えた。
だが、正体は分からなかった。
電気を利用する機械の一部である可能性は高い。
巻線は人為的に規則正しく巻かれている。
内部構造は小型発電機や電動機と一部似ている。
しかし欠損が多く、元の用途は特定できない。
魔術式らしい痕跡はない。
使用されている絶縁材も正体不明。
スージーは記録の最後へ大きく書いた。
『用途不明』
エヴァが夕方、作業場を覗き込んだ。
「まだやってたのか」
リーゼが疲れた顔で振り向く。
「見れば分かるだろう」
エヴァは台の上の部品を見る。
「で、何だった?」
スージーが答える。
「分からない」
「朝から調べて?」
「午後からよ」
「午後ずっと?」
「そう」
「で、分からない?」
スージーの猫耳が立った。
「分からないものを、分からないって言えるところまで調べたの!」
エヴァは少し考えた。
「分からないままじゃねえか」
「考古学はそういうこともあるの!」
リーゼが横から言う。
「今回は小官もスージー側だ」
スージーが嬉しそうに振り向く。
「大尉」
「未知の機械へ適当な名前を付けるよりましだ」
「そう、それ!」
二人が頷き合う。
エヴァは肩をすくめた。
「よく分からん」
「貴様は肉を焼いていろ!」
「焼くぞ」
「本当に行くな!」
エヴァは笑いながら出ていった。
◇
片づけに入る頃。
スージーは、クロエが出した内部構造の記録をまだ見ていた。
「ねえ、これ保存できる?」
「できる」
「紙に出せる?」
クロエが少し考える。
「直接は無理だが、再現して写せる」
「やりたい」
リーゼが言う。
「それは許可する」
スージーが驚いて振り向く。
「いいの?」
「記録に使えるものまで禁止する気はない」
「大尉、柔軟ね」
「小官は機械嫌いではない!」
「知ってる」
クロエが言う。
「なら、記録専用の装置を作ればいい」
リーゼとスージーが同時に止まった。
「何?」
クロエは続ける。
「採取地点で画像と位置を記録し、後で一覧化する」
スージーの猫耳が立った。
「それ、作れるの?」
「部品があれば」
リーゼが額を押さえる。
「始まった」
ティセラも興味を示す。
「生物試料にも使えますか?」
「使える」
「魔力反応も同時に記録できれば――」
アスラが言う。
「そこは術式を追加すればいい」
スージーが机へ戻った。
「ちょっと待って。位置情報まで入るなら、漂着物の分布を――」
リーゼが叫んだ。
「待て!」
全員が見る。
「今日は正体不明の巻線部品を調べるだけだった!」
スージーが言う。
「終わったわよ」
「終わったから帰れ!」
「でも記録装置の話が」
「明日!」
ティセラが言う。
「では明日――」
「教授は予定を確定するな!」
クロエがネイラを見る。
「使えそうな部品を確認しておけ」
ネイラが頷く。
「分かった、クロエ母さん」
「貴様らも勝手に開始するな!」
アスラまで言った。
「私は記録用の術式を考えておこう」
「同じ世界の違う技術を同時に持ち込むなああああっ!」
リーゼの声が作業場へ響いた。
その直後。
外から。
「コケッ」
スージーの猫耳が動いた。
ティセラも窓を見る。
リーゼが二人を指差した。
「見るな」
「何も言ってない」
「私も何も」
「明日、鶏の木を調べる相談を始める顔だ!」
スージーとティセラが顔を見合わせる。
スージーが言った。
「でも、鳴く仕組みは気になるわよね」
「はい」
「ほら見ろ!」
スージーは笑った。
今日分かったのは、正体不明の機械の正体ではなかった。
リーゼと自分の文明には、かなり多くの共通する技術的な常識がある。
クロエとアスラは、同じ世界にいながら、その常識の遥か先を別方向へ伸びている。
ティセラは、さらに別の世界で魔術を科学として体系化している。
そして。
誰も正体を知らないものが、滝壺から普通に流れ着いてくる。
考古学者として。
これほど面白い場所は、そうそうない。
スージーの猫耳が嬉しそうに立っていた。
それを見たリーゼは、深いため息をついた。
「貴様、もう帰る気がなくなってないか?」
スージーは少し考えた。
「帰りたいわよ」
「そうか」
「仲間も心配だし、秘宝も探したい」
「そうだな」
「でも」
スージーは作業場を見回した。
正体不明の漂着物。
発電機。
魔術測定具。
クロエの解析機器。
アスラの魔法陣。
そして、物置にはまだ山ほど未分類の品がある。
「調べたいもの、多いのよね」
リーゼが頭を抱えた。
「やはり教授が増えただけではないか……」
外で、もう一度。
「コケッ」
と鶏の木が鳴いた。
スージーとティセラが同時に窓を見た。
リーゼは机を叩いた。
「だから見るなああああっ!」




