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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十九章 谷底Ⅶ

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第百三十四話 谷底仲間

翌朝、リーゼは滝壺へ向かう一行を前に、昨日作ったばかりの記録板を確認していた。


漂着物を今後どう扱うか。


物置であれだけ議論した結果、方針は単純なところへ落ち着いた。


生活に必要な木材や金属を回収することは止めない。ただし、持ち帰る前に可能な範囲で、発見位置、周囲の状態、同時に流れ着いていた物、文字や特徴を記録する。


今までなら「使える」「使えない」「危険そう」で終わっていた漂着物へ、もう一つ、由来を調べるための記録を加える。


その最初の実地調査だった。


「方位、距離、簡単な見取り図。細かくやりすぎるなよ」


リーゼが言った。


スージーが記録板を受け取る。


「現場で全部精密測量なんてしないわよ。流される前に必要な情報を押さえるだけ」


「話が早い」


「大尉のところと私のところ、その辺はほとんど変わらないみたいね」


「そうらしいな」


二人が頷き合う。


その横で、シズクが一本の長い棒を差し出した。


「スージーさん。こちらを」


スージーが見る。


ただの棒だった。


自分の身長より長い。


先端も特別な形にはなっていない。


「……これは?」


「棒です」


「それは見れば分かるわ」


「漂着物を見る時に使います」


スージーの猫耳が少し動いた。


「何に?」


シズクは穏やかに答えた。


「最初に突きます」


スージーが止まった。


昨日。


滝壺の砂浜。


壊れた箱。


持ち上げようとした瞬間、その下から大量に溢れた黒い虫。


猫耳が横へ寝た。


「……それ、昨日欲しかった」


リーゼが振り向く。


「何かあったのか?」


「箱を拾おうとしたら、下から黒い虫が大量に出た」


シズクが少し驚いた。


「直接触ったのですか?」


「知らなかったのよ!」


「それは危なかったですね」


「今なら分かる!」


シズクは棒を渡した。


「ですので、まず棒です」


スージーは受け取った。


考古学者の道具としては、あまりにも原始的だった。


だが。


「合理的ね」


リーゼが言った。


「納得するのか」


「未知の漂着物へ手を突っ込むよりいいでしょ」


「そこも話が早いな」


ティセラも一本持っている。


スージーが教授を見る。


「教授も?」


「谷底では標準的な安全対策です」


「学術調査用なの?」


「いいえ。生存用です」


「そこまで?」


リーゼが答えた。


「貴様も昨日、虫で学んだだろう」


「それはそうだけど」


一行は滝壺へ向かった。


リーゼ。


スージー。


ティセラ。


シズク。


ネイラ。


今日は回収そのものより、新しい記録方法の試験が目的なので人数は少ない。


エヴァなら大きな漂着物も一人で運べるが、今回はあえて来てもらっていない。


理由は単純だった。


「あいつがいると、調査が終わる前に持ち上げる」


リーゼが言った。


シズクが苦笑する。


「エヴァなら、ありそうですね」


スージーが聞く。


「今までどうしてたの?」


「使えそうなら持って帰っていた」


「……生活としては正しいのよね」


「そうだ」


「考古学者としてつらいだけで」


「諦めろ」


やがて、水の音が大きくなった。


谷底そのものを震わせるような轟音。


白い水煙。


さらに進むと、巨大な滝壺が見えてくる。


スージーは足を止めた。


昨日も見た。


だが。


改めて見ても、やはりおかしい。


黒い岩壁が左右へ延びている。


どこまで続くのか分からない。


上を見れば、岩壁は白い靄の向こうへ消えている。


頂上が見えない。


そして、その一部から。


巨大な滝が落ちている。


川が落ちているというより、空そのものが崩れているように見える。


滝壺も広すぎる。


湖と言うべきか。


海と言うべきか。


対岸は見えない。


スージーはしばらく黙っていた。


リーゼが横へ立つ。


「二度目でもそうなるか」


「なるわよ」


「小官も最初はそうだった」


「大尉の世界壁も大きいんでしょう?」


「大きい。だが、小官が知っている場所にはこんな滝はなかった」


スージーは岩壁を見る。


「私の地図にもない」


「だから現在地不明だ」


「言わないで。昨日から考えないようにしてるんだから」


砂浜へ出る。


流木。


板。


縄。


小さな箱。


割れた容器。


布。


何かの靴。


金属片。


水際へ沿うように、様々な物が打ち上げられている。


スージーの顔が変わった。


考古学者の顔になる。


「これ、今日だけで?」


リーゼが答える。


「昨日から増えたものもあるだろう。全部を監視しているわけではない」


「毎日?」


「量は違うがな」


スージーは周囲を見る。


「これだけ定期的に流れ着くなら、水の向こうにはかなり大きな生活圏がある可能性がある」


リーゼが頷く。


「小官も考えた」


ティセラが言う。


「ただし、一つの生活圏から流れているとは限りません」


スージーもすぐ頷く。


「そうね。材質も技術水準も違いすぎる」


リーゼが少し嬉しそうになる。


「そこだ」


「何?」


「同じことを言ってくれる」


「普通に見ればそうなるでしょ?」


「その普通がありがたいんだ」


まず、基準地点を決める。


リーゼが簡易的な方位と距離を確認し、スージーが見取り図を描く。


水際。


大きな岩。


流木の集積。


漂着物。


シズクとネイラは回収する物へ仮札を付ける。


そして。


最初の箱。


スージーが近づいた。


手を伸ばす。


止まる。


長い棒を見る。


「……棒」


シズクが頷く。


「棒です」


スージーは箱を棒の先で押した。


動かない。


横から突く。


少し動く。


さらに持ち上げるように棒を差し込む。


箱の下から。


ざざざざざっ。


大量の黒い虫が飛び出した。


スージーが三歩下がった。


猫耳が完全に伏せる。


ティセラは冷静に観察している。


シズクが言った。


「このようになります」


スージーは虫が去っていくのを見た。


「昨日のやつ!」


「同じ種類でしょうか」


ティセラが近づこうとする。


リーゼが服の背中を掴んだ。


「教授」


「何でしょう」


「追うな」


「個体を一つだけ――」


「今日は漂着物だ!」


スージーが虫の消えた方向を見る。


「でも種類は気になるわね」


リーゼが今度はスージーを見る。


「貴様まで行くな」


「行かないわよ」


「本当だな?」


「記録だけ」


スージーは紙の隅へ書き込む。


箱の下に黒色小型節足生物多数。


箱移動時に散開。


直接接触なし。


リーゼが覗く。


「そこまで書くのか」


「後で同じ条件で見つかるかもしれないでしょ」


ティセラが嬉しそうに頷いた。


「非常に良いですね」


リーゼが教授を見る。


「褒めるな。加速する」


次に見つけたのは金属製の筒だった。


半分ほど砂へ埋まっている。


棒で周囲を確認する。


虫なし。


動くものなし。


刺激しても反応なし。


スージーが手袋をして持ち上げる。


「中空」


リーゼも見る。


「管の一部か?」


「ねじ切りがある」


「接続用だな」


「規格は?」


「小官の国のものとは違う」


スージーが自分の指と比較する。


「私のところとも違う。でも工作精度は近い」


「工場製品だと思うか」


「たぶん。手作業でこれだけ均一にねじを切る意味が薄い」


「同意する」


ティセラが二人を見る。


「こういう時は本当に会話が早いですね」


リーゼが胸を張る。


「そうだろう」


スージーも少し笑う。


「教授の魔術具を見てる時とは大違い」


「小官はあれを見るたびに自信を失う」


「私も昨日失った」


二人で金属管の寸法を測り、採取位置を記録する。


次。


割れた陶器。


次。


布。


次。


小さな革靴。


次。


銅線らしきものが巻かれた金属部品。


スージーが止まった。


リーゼも止まった。


二人が同時にしゃがむ。


ネイラが言った。


「同じ反応ですね」


「ちょっと待って」


スージーが周囲を棒で確認する。


問題なし。


リーゼが砂を少し除ける。


金属製の円筒。


内部に細い線が何重にも巻かれている。


一部は腐食しているが、構造は残っていた。


スージーが言う。


「巻線」


リーゼが頷く。


「電気機械の一部に見える」


「発電機か電動機?」


「可能性はある」


「でもこれだけじゃ決められない」


「そうだ」


二人が顔を見合わせた。


スージーが笑う。


「この辺、本当に同じ文明レベルね」


「小官も今、同じことを思った」


ティセラが覗く。


「魔力反応はありません」


リーゼが言う。


「今回はそれが安心材料になるのが嫌だな」


スージーは周囲を調べた。


「他の部品は?」


ネイラが少し離れた場所を指す。


「金属片がいくつかあります」


すぐには拾わない。


位置を記録する。


互いの距離。


水際との位置関係。


同じ漂着物だった可能性。


砂への埋まり方。


スージーは簡単な見取り図を描いた。


リーゼが言う。


「写真があれば楽なんだがな」


「私のところなら発掘記録に写真も使う」


リーゼが振り向く。


「貴様のところにも写真機があるか」


「当然あるわよ」


「小官のところにもある」


「持ってきてないの?」


「飛行機に積んでいたものは残っていない」


「私も鞄ごとない」


二人は同時にため息をついた。


クロエがいれば、何かもっと便利な記録方法を平然と出してくるのだろう。


そう思ったところで。


リーゼが先に言った。


「クロエへ頼むな」


スージーが見る。


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてある」


「でも、あの人なら画像を――」


「出すだろう。しかも小官たちが理解できない方式で」


「……ありそう」


「そうするとまた科学文明人としての自信を失う」


「じゃあ今日は図で」


「それがいい」


調査を続ける。


しばらくすると。


水面の上を、大きな影が横切った。


スージーの猫耳が動く。


巨大な鳥のような生物。


翼を広げて水面近くを飛んでいる。


昨日見たものと同じ種類かもしれない。


「大尉」


「見えている」


リーゼも水面を見る。


ティセラが記録板を取り出した。


スージーが言う。


「教授まで準備早くない?」


「何度か観察していますから」


鳥のような生物は水面近くへ降りた。


その瞬間。


水が盛り上がった。


巨大な魚のようなものが跳び上がる。


口が開く。


鳥が消える。


次の瞬間には、巨大魚が水面へ落ちた。


轟音。


大量の水飛沫。


スージーは固まった。


昨日も見た。


二度目だ。


だが。


二度見れば納得できるというものではない。


「……ねえ」


リーゼが答える。


「何だ」


「あの鳥、かなり大きいわよね」


「距離があるから正確ではないがな」


「それを一口で食べる魚がいる」


「いる」


「その魚を食べるものは?」


リーゼが止まる。


「分からん」


スージーが水面を見る。


「じゃあ、あれが上位捕食者?」


ティセラが答える。


「それも断定できません」


スージーが教授を見る。


「もっと大きいのがいる可能性?」


「あります」


スージーの猫耳がゆっくり伏せた。


「聞かなきゃよかった」


リーゼが深く頷く。


「小官もその段階を通った」


ティセラは真面目だった。


「大型魚類の死骸が別の生物に損傷された状態で見つかったことも――」


「教授」


リーゼが止める。


「何でしょう」


「今日は漂着物だ」


「関連する生態系情報ですが」


「スージーの顔を見ろ」


ティセラが見る。


スージーは滝壺を凝視していた。


「泳がない」


リーゼが言う。


「それがいい」


「絶対泳がない」


「小官も勧めん」


シズクが静かに言った。


「水辺へ近づきすぎない方がよいと思います」


「それ、最初に聞きたかった」


「今お伝えしました」


「ありがとう……」


そこからスージーは、水際へ近づくたびに以前より慎重になった。


それでも調査自体は止めない。


漂着した板。


文字のある瓶。


用途不明の金属製留め具。


同じ形の釘が大量に入った小箱。


そして。


古い布に包まれた、壊れた器具。


記録する。


棒で確認する。


周囲を見る。


持ち上げる。


札を付ける。


一連の流れが少しずつ形になっていく。


昼前。


回収用の籠がいっぱいになった。


スージーは記録板を見る。


「これなら続けられる」


リーゼも頷く。


「毎回ここまで細かくは無理だぞ」


「分かってる。珍しいもの、文字があるもの、構造物、まとまって漂着したものを優先しましょう」


「木材一本ごとに測量を始めると言われたら止めるつもりだった」


「やらないわよ!」


「教授ならやりかねん」


二人がティセラを見る。


ティセラが言った。


「研究目的によります」


リーゼとスージーが同時に言った。


「やるんだ」


ティセラは否定しなかった。


帰り道。


スージーは長い棒を肩へ担いでいた。


昨日までなら、考古学者の装備には見えない。


今は違う。


リーゼが見る。


「持って帰るのか」


「これ?」


スージーが棒を見る。


「持って帰る」


「気に入ったか」


「安全だから」


「合理的だ」


「遺跡でも使えるかもしれないし」


「そこまでか」


スージーは少し笑った。


「考古学者って、罠がある場所にも入るのよ。長い棒は普通に便利」


シズクが嬉しそうに言った。


「では、スージーさんの棒を決めておきましょうか」


「専用になるの?」


「皆、よく使いますから」


「じゃあ印つけようかな」


リーゼが呆れた。


「完全に谷底へ適応しているではないか」


「巨大魚には適応してない」


「そこは小官もだ」


「鶏の木にも」


「小官もだ」


「四メートルのキマイラにも」


「慣れろ。あいつは貴様を助けた」


「それは分かってる」


「植物が十倍で育つのは?」


「理解できない」


「小官もだ」


二人は少し黙った。


そして。


スージーが言った。


「大尉」


「何だ」


「やっぱり仲間ね」


リーゼは少しだけ笑った。


「ああ」


そこへティセラが後ろから言った。


「では午後から、今日採取した漂着物と既存資料を比較しましょう」


スージーの猫耳が立った。


「やる」


リーゼの笑顔が消えた。


「待て」


「何?」


「今、いい感じで終わっただろう!」


「研究は終わってないわよ」


「そういうところだ!」


ティセラが続ける。


「先ほどの巻線部品は、最近作った小型発電機とも構造比較できますね」


スージーの歩みが速くなる。


「それ見たい!」


「待て!」


「クロエにも来てもらいましょう」


「何故そこでクロエまで追加する!」


ネイラが笑いながら後ろを歩く。


「大尉」


「何だ!」


「もう止めるの無理だと思います」


リーゼは、前を歩くスージーとティセラを見た。


片方は科学技術文明の考古学者。


片方は魔術科学の教授。


そこへサイバー技術の忍者まで加わろうとしている。


しかも調べる対象は、正体不明の漂着物。


「……午後が終わらん気がする」


水槌ポンプの音が遠くから聞こえた。


ばん。


さらに。


「コケッ」


鶏の木が鳴く。


スージーが足を止めた。


「あれも調べたい」


リーゼが即答した。


「今日はやらん!」


「一回だけ」


「やらん!」


「鳴く仕組みだけでも」


「教授を見るな!」


ティセラが言った。


「内部構造については、まだ十分な資料が――」


リーゼの声が谷底へ響いた。


「教授も煽るなああああっ!」

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