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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十八章 冒険Ⅰ

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第百三十話 帝国の軍人

スージーが次に目を覚ました時、最初に見えたのは木の天井だった。


しかも、やたらと高い。


自分が寝かされている寝台も大きかった。掛けられている布は清潔で、身体は乾いている。濡れていた服も脱がされ、代わりに柔らかな上衣を着せられていた。


スージーはしばらく天井を見たあと、勢いよく身体を起こした。


「秘宝!」


頭がくらりとした。


「まだ急に起きない方がいいです」


すぐ近くから声がした。


スージーの猫耳が立つ。


黒髪の女が椅子へ座っていた。落ち着いた顔立ちで、見慣れない服を着ている。傍らには水差しと器が置かれていた。


「ここは?」


「館です」


「館?」


「はい。谷底にある、聖者の館です」


谷底。


その言葉で記憶が戻る。


果ての見えない断崖。


空から落ちるような巨大瀑布。


鳥のような巨大生物を、水中から飛び出した魚のような巨大生物が食べた。


漂着物の下から溢れた黒い虫。


幅十メートルほどの奇妙な道。


どこからともなく聞こえたニワトリの鳴き声。


そして。


四メートルほどの。


三つ頭の。


喋る化け物。


スージーの顔から血の気が引いた。


「化け物!」


「キマイラでしたら、外にいます」


「いるの!?」


「はい」


黒髪の女は普通に答えた。


「あなたをここまで運んでくれました」


スージーは固まった。


「運んだ?」


「獅子頭が、あなたの服を咥えて」


「咥えられた!?」


「傷つけないよう、かなり気をつけていたそうです」


「そこじゃない!」


黒髪の女が少し首を傾げる。


「はい?」


スージーは両手で顔を覆った。


自分は、あれに拾われたらしい。


しかも食われたわけではない。


救助された。


理解が追いつかない。


「……あなたは?」


「あ、申し遅れました。シズクと申します」


「シズク」


「はい」


「人間?」


シズクは自分の身体を見た。


「人間です」


「よかった……」


スージーは心の底から言った。


シズクが少し困ったように笑う。


「ここでは、それほど重要ではないかもしれません」


「どういう意味?」


その時、部屋の外から声がした。


「起きたか?」


次に入ってきた女を見て、スージーは少し安心した。


金髪。


長身。


凄まじく鍛えられた身体。


人間に見える。


「エヴァです」


シズクが紹介する。


エヴァは寝台の近くまで来ると、スージーを上から下まで見た。


「顔色は戻ったな」


「あなたも人間?」


「まあな」


「よかった……」


「その確認、何人までやるつもりだ?」


「さっき四メートルのキマイラに会ったばっかりなの!」


「なるほど」


エヴァは納得した。


それから廊下へ向かって言う。


「大丈夫そうだぞ」


続いて何人か入ってくる。


まず金髪の短い髪の女。


きっちりした立ち方。


その次に眼鏡をかけた女。


さらに褐色の肌と銀髪の尖った耳を持つ女。


青い肌と紫色の髪を持つ女。


その後ろから若い女が二人。


スージーの猫耳が忙しく動いた。


「ちょっと待って」


全員が止まる。


スージーは一人ずつ指差した。


「人間」


シズク。


「たぶん人間」


エヴァ。


「人間」


金髪の短髪。


「……人間?」


眼鏡の女。


ティセラが答えた。


「人間です」


「ダークエルフ?」


クロエが頷く。


「そうだ」


「魔族?」


アスラが答える。


「そうだ」


「この二人は?」


ネイラが答えた。


「ネイラです」


ルヴァナが続く。


「ルヴァナでーす」


スージーは二人を見る。


「種族を聞いたんだけど」


ルヴァナが笑う。


「そこからなんだ」


ネイラも少し笑った。


「説明すると長くなるので、今は人型と思っていただければ」


スージーの耳が横へ寝た。


「既に長くなりそうなんだけど」


最後に。


扉の向こうから男の声がした。


「僕は入らない方がいいかな」


スージーが振り向く。


扉の外。


廊下に大きな影がある。


角。


黒髪。


金色の目。


人間より明らかに大きい。


スージーの猫耳が一気に立った。


「今度は何!?」


男は困ったように笑った。


「ノア。オーガだよ」


「オーガ!?」


「やっぱり外にいるね」


「待って! いや、待たなくていい! そこでいい!」


ノアはそのまま廊下へ下がった。


リーゼが額を押さえる。


「キマイラの直後に聖者は刺激が強すぎたか」


「聖者?」


スージーが聞き返す。


シズクが説明する。


「この館を建てた方です」


スージーはもう一度、巨大な部屋を見る。


太い丸太。


高い天井。


巨大な扉。


大きな家具。


そして廊下の向こうにいるオーガ。


「……なるほど」


少し納得した。


「それなら、この大きさは分かる」


リーゼが言った。


「そこは皆、一度通る」


スージーは改めて自分の身体を見る。


「私の服は?」


「洗っています」


シズクが答える。


「持ち物は?」


ネイラが小さな革袋と筆記具を持ってきた。


「確認できたのはこちらだけです」


スージーの表情が変わった。


「円盤は?」


「円盤?」


「これくらいの大きさで、輪が何重にも重なってて、中央に透明な石が入ってる。金属みたいで、でも普通の金属じゃなくて――」


全員の顔を見る。


誰も心当たりのある顔をしていない。


スージーは寝台から降りようとした。


リーゼが止める。


「待て」


「探さないと!」


「どこで失くしたか分かるのか?」


「分からない!」


「なら今飛び出しても見つからん!」


「でも!」


リーゼの声が少し強くなる。


「まず状況を話せ。探すにしても、それからだ」


スージーは金髪の女を睨んだ。


言い方はきつい。


だが正しい。


そして何より。


その立ち方。


命令口調。


周囲を見ながら話す癖。


「……あなた」


「何だ」


「軍人?」


リーゼは胸を張った。


「帝国航空隊大尉、リーゼロッテ・ヴァイスだ」


スージーの猫耳が、ぴん、と立った。


「帝国?」


「そうだ」


「航空隊?」


「そうだ」


「大尉?」


「だからそう言っている!」


スージーの目が細くなる。


一歩。


寝台の奥へ下がる。


リーゼが眉を寄せた。


「何だ、その反応は」


「……ドイス残党?」


「何だそれは!」


即答だった。


シズクが首を傾げる。


「ドイスというのは?」


スージーはリーゼから目を離さない。


「滅んだ軍事国家。今も残党が各地で活動してるの」


エヴァがリーゼを見る。


「大尉。疑われてるぞ」


「見れば分かる!」


クロエもリーゼを見る。


「帝国軍人だからか」


「貴様まで話をややこしくするな!」


アスラが腕を組む。


「確かに新参者から見れば、帝国、軍人、大尉と揃っている」


「事実を並べるな!」


ルヴァナが吹き出した。


「大尉、めっちゃ怪しいじゃん」


「貴様まで!」


ネイラだけが冷静だった。


「スージーさんの知る帝国と、リーゼさんの帝国が同じとは限りませんよね」


スージーがネイラを見る。


「それはそうだけど」


「確認すればいいと思います」


「そうね」


スージーはリーゼを見る。


「ドイスの首都は?」


「知らん!」


「旧政権の紋章は?」


「知らん!」


「南方軍総司令部は?」


「知らんと言っている!」


「ドイス語は?」


「そもそも今初めてその国の名を聞いた!」


スージーは少し考える。


「残党なら、知らないって言うわよね」


「どう答えても駄目ではないか!」


リーゼの声が館へ響いた。


廊下の向こうでノアが笑いを堪えている。


エヴァは完全に笑っている。


「お前、谷底へ落ちてきた時は俺たちを警戒してたのにな」


「それとこれとは別だ!」


「今度は新入りに敵扱いされてる」


「うるさい!」


スージーの猫耳が少し下がった。


本当に知らないらしい。


それに、周囲の反応を見る限り、この女が嘘をついている可能性は低そうだった。


少なくとも。


ドイス残党の潜伏員としては、あまりに隠す気がない。


「……ごめんなさい」


「分かればいい」


「でも、まだ完全には信用してない」


「何故だ!」


クロエが静かに言った。


「現時点では無関係ということだな」


リーゼが振り向く。


「現時点では、を付けるな!」


スージーは思わず笑った。


少しだけ緊張が抜ける。


リーゼは不満そうだったが、椅子を一つ引き寄せて座った。


「では、最初からだ。名前」


「スージー」


「それだけか?」


「スージーでいいわ」


「職業」


「考古学者」


ティセラの目が変わった。


スージーはすぐ気づいた。


「何その顔」


「考古学者」


ティセラが繰り返す。


「古代文明を研究する?」


「そうだけど」


「遺物の年代測定、碑文解読、発掘層の記録などを?」


「やるわよ」


「後で話を」


リーゼが割り込む。


「教授!」


「はい」


「今は事情聴取だ!」


「分かっています」


ティセラは少し残念そうに黙った。


スージーは眼鏡の女を見る。


「この人も学者?」


「教授です」


シズクが答える。


「何の?」


「魔術科学」


スージーは止まった。


「魔術?」


ティセラが頷く。


「はい」


スージーはアスラを見る。


青い肌。


魔法陣のような意匠。


「……本当にあるの?」


アスラが片手を上げる。


掌の上に小さな魔法陣が開いた。


淡い光。


スージーの猫耳がまた立つ。


「あるんだ……」


リーゼが深く頷いた。


「その反応だけは小官も分かる」


「あなたのところにも魔術ないの?」


「ない」


スージーがリーゼを見る。


「やっぱりドイスじゃないわね」


「そこが決め手なのか!?」


エヴァがまた笑った。


リーゼは諦めたように手を振る。


「続けろ。何を探していた?」


スージーの表情が少し真面目になる。


「ラシアホ」


シズクが聞く。


「らしあほ?」


「理想郷よ」


今度は全員が聞く側になった。


スージーは水を一口飲んだ。


喉を潤してから話し始める。


「霧に覆われた秘境、チキトン。その奥にラシアホという土地があるって伝承が残ってるの。古い話では、飢えも病も戦争もない。水と実りに恵まれて、失われた知識が今も残っている場所」


エヴァが聞く。


「本当にあるのか?」


「それを確かめるのが私の仕事」


「ないかもしれないのか」


「だから探すのよ」


リーゼが少し頷いた。


「学者らしいな」


スージーの猫耳が少し誇らしげに動いた。


「ラシアホへの道を残したと言われているのが、ウテキト文明。私が長年追ってた古代文明よ」


ティセラがすぐ聞く。


「年代は?」


「地域ごとの編年がまだ完全に一致してないから断定できない。少なくとも現在知られている王朝群より古い」


「文字体系は?」


「独自。時代によって字形が変わるけど、読める」


「記録媒体は?」


「石碑、粘土板、金属板――」


リーゼが二人を見る。


「教授」


「はい」


「後だ」


ティセラはまた黙った。


スージーが少し笑う。


「学者ってどこでも同じなのね」


「全員が教授ほどではない」


リーゼが言った。


ティセラは否定しなかった。


スージーは話を戻す。


「ウテキトの記録には、ラシアホへ至るための鍵が何度も出てくる。それがウテキトの秘宝。私は何年も探して、ようやくチキトンの遺跡で見つけた」


ネイラが尋ねる。


「それが先ほどの円盤ですか?」


「そう」


「どんな力があるものなんです?」


スージーは答えかけて。


止まった。


「分からない」


ルヴァナが首を傾げる。


「秘宝なのに?」


「見つけた直後に遺跡が崩れたの!」


「調べる暇なかったんだ」


「全然!」


スージーは頭を抱えた。


「ドイス残党まで追ってきてたし、銃は撃つし、水路は壊すし、秘宝は動き出すし、遺跡全部揺れるし!」


リーゼが少し引っ掛かった。


「秘宝が動いた?」


「外側の輪が回った。中央も光った。そのあと古い水門まで動いた」


クロエの視線も鋭くなる。


「機械式か?」


「分からない。歯車らしいものは見えなかった」


アスラが聞く。


「魔術では?」


「私のところに魔術という学問はないわよ」


「なら未知の技術か」


クロエが言う。


「可能性はある」


リーゼが二人を見る。


「貴様らも後だ!」


今度はクロエとアスラが黙った。


スージーは続ける。


「崩壊の途中で仲間と離れた。私は地下へ落ちて、水へ流された。最後に秘宝を持っていたところまでは覚えてる。でも目が覚めたら、あの滝壺の砂浜だった」


シズクが静かに尋ねた。


「お仲間は一緒ではなかったのですね」


スージーの猫耳が少し伏せる。


「いなかった」


「では、遺跡から逃げられた可能性もありますね」


スージーがシズクを見る。


シズクは続ける。


「スージーだけが水へ落ちたのでしたら、お仲間までこちらへ来たとは限りません」


スージーは少し黙った。


「……そうね」


その可能性を信じたい。


仲間二人は出口側にいた。


自分が手を離したことで、巻き込まれずに済んだかもしれない。


ルヴァナが聞く。


「で、滝壺で起きてからキマイラに会ったの?」


「その前にも色々あったの!」


スージーの耳がまた立つ。


「まず断崖よ! 何なの、あれ!」


リーゼが答える。


「分からん」


「分からないの!?」


「我々もそれぞれ別の場所から落ちてきた」


スージーが全員を見る。


「全員?」


エヴァが手を上げる。


「俺は崖から」


シズクも。


「私は大瀑布から」


リーゼ。


「小官は飛行機ごと墜落した」


ティセラ。


「私は捕食された状態で漂着しました」


スージーが止まる。


「最後の人、ちょっと待って」


「後で話します」


ティセラは平然としていた。


クロエが言う。


「私は分かつ河から流された」


アスラも。


「私もだ」


スージーは頭を押さえた。


「ここ、何なの?」


エヴァがあっさり答える。


「俺たちの家」


「そういう意味じゃない!」


「住むには悪くないぞ」


「四メートルのキマイラが散歩してて、巨大鳥を巨大魚が食べる場所で!?」


シズクが言った。


「慣れます」


「慣れたくない!」


ルヴァナが笑う。


「でもあたしも最初、滝壺見た時はびっくりしたよ」


ネイラも頷いた。


「生態系については、今でも驚くことがあります」


「それが普通の反応よ!」


スージーは息を整えた。


そして、ふと思い出す。


「そうだ。ニワトリ」


全員が少し止まる。


「途中でニワトリの声がしたの。人がいると思って探したのに、一羽もいなかった」


ルヴァナが笑い始めた。


「鶏の木だ」


「何それ」


シズクが説明する。


「木です」


「それは聞けば分かる!」


「鶏のように鳴きます」


「分からなくなった!」


ネイラが補足する。


「幼木は『ピヨ』と鳴きます」


「何で!?」


ティセラが答える。


「現在調査中です」


スージーは教授を見る。


初めて少し仲間意識を感じた。


「調査するわよね、そこは!」


「もちろんです」


「よかった。ここにも正常な学者がいた」


リーゼが言った。


「教授を正常側へ置く判断は早いぞ」


「何があったの?」


「長くなる」


「この館、長くなる話多すぎない?」


その時。


外から大きな声がした。


「ルヴァナっちー! お姉ちゃん起きたー?」


スージーが硬直した。


聞き覚えがある。


あの声。


山羊頭。


猫耳が完全に伏せた。


ルヴァナが窓の方へ向かう。


「起きたよー!」


「よかったー!」


続いて獅子頭らしい声。


「別に心配してなかったけど!」


山羊頭。


「めっちゃ心配してたじゃーん」


「してない!」


竜頭まで聞こえる。


「咥える場所を三回変えていた」


「言うな!」


ルヴァナが笑っている。


スージーは寝台の上で固まったままだった。


シズクが優しく言う。


「悪い方々ではありませんよ」


「分かってる」


「助けてくれましたし」


「分かってるの」


「では?」


スージーは窓の外を見る。


四メートル級のキマイラの頭が、少しだけ窓から見えている。


「理解と感情は別なの!」


リーゼが深く頷いた。


「それも小官にはよく分かる」


スージーはもう一度寝台へ座り直した。


ラシアホ。


ウテキト。


ドイス残党。


失った秘宝。


逃げ切ったかもしれない仲間。


果ての見えない谷底。


巨大生物。


鳴く木。


喋るキマイラ。


そして、何故かドイス残党に見えてしまった帝国航空隊大尉。


情報が多すぎる。


それでも一つだけは分かった。


ここがラシアホなのかどうかは、まだ分からない。


だが。


少なくとも自分が長年想像していた理想郷とは、かなり違う。


スージーは深く息を吐いた。


「……とりあえず」


リーゼが聞く。


「何だ」


「もう一回寝てもいい?」


シズクが微笑んだ。


「どうぞ」


スージーは布団へ倒れ込んだ。


猫耳までぺたりと寝る。


外では鶏の木が鳴いていた。


「コケッ」


幼木が続く。


「ピヨ」


さらに遠くでは水車が回り、水槌ポンプが、ばん、と鳴った。


山羊頭の声も聞こえる。


「ルヴァナっちー、あとで遊ぼー!」


「いいよー!」


スージーは目を閉じたまま呟いた。


「……やっぱり理想郷じゃない気がする」


エヴァが笑った。


「だから、俺たちの家だって」


スージーは返事をしなかった。


今は、その説明が一番分かりやすい気がしていた。

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