↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十八章 冒険Ⅰ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/193

第百二十九話 最後の獅子

「ルヴァナっちー!」


朝食を終えたばかりの館の前で、山羊頭の声が響いた。


洗濯物を抱えていたルヴァナが振り返る。


「なにー?」


四メートル級のキマイラが、館へ向かって歩いてくる。


獅子の身体に、獅子頭、山羊頭、竜頭。そして後ろでは蛇の尻尾が揺れている。


ただ、いつもと違う。


獅子頭が妙に得意そうな顔をしていた。


さらに、その口には何かを咥えている。


「なんか拾ったー」


山羊頭が楽しそうに言った。


ルヴァナが目を細める。


ネイラも洗濯物を抱えたまま隣へ並んだ。


リーゼも館から出てくる。


「拾ったとは何を――」


そこで言葉が止まった。


キマイラが近づく。


獅子頭が咥えていたものが、はっきり見えてきた。


脚。


腕。


服。


長い髪。


そして頭には、人間にはない二つの耳。


ルヴァナが叫んだ。


「人じゃん!」


獅子頭の口から、成人女性がぶら下がっていた。


正確には身体そのものを噛んでいるわけではない。


衣服の背中側を、牙を立てないよう慎重に咥えている。


それでも四メートル級のキマイラが女性一人を咥えて歩いてくる光景には、かなり問題があった。


リーゼが走ってくる。


「まず下ろせ!」


獅子頭が不満そうに唸った。


「傷つけてないし」


「そういう問題ではない!」


山羊頭が軽い調子で言う。


「ちゃんとそーっと持ってきたよー」


竜頭も頷いた。


「獅子、ずっと力加減してたぞ」


獅子頭が少し胸を張る。


「当然でしょ。柔らかいし」


リーゼが頭を抱えた。


「人間を拾得物のように扱うな!」


ネイラが女性の顔を見た。


「気を失っています」


ルヴァナも近づく。


「猫耳ある」


女性の頭には、確かに猫のような耳が二つあった。


飾りには見えない。


髪の間から自然に生えている。


片方が少しだけ動いた。


ルヴァナが目を丸くする。


「動いた」


シズクも館から出てきた。


「どうしました?」


「キマイラが人拾ってきた!」


シズクは一瞬だけ止まり、それからすぐ女性へ近づいた。


谷底へ来てから、漂着者を見るのは初めてではない。


倒れている。


濡れている。


傷がある。


なら、やることは同じだった。


「息はありますか?」


ネイラが女性の口元へ手を近づける。


「あります」


「脈は?」


「確認します」


リーゼがキマイラを見る。


「地面へ下ろせるか。ただしゆっくりだ」


獅子頭がむっとした。


「分かってるし」


身体を低くする。


前脚を折る。


口を地面近くまで下げ、それから女性の衣服を離した。


ルヴァナとネイラが左右から身体を支える。


女性は反応しなかった。


だが、呼吸はしている。


ネイラが首筋へ指を当てた。


「脈もあります。少し速いですけど、弱くはありません」


リーゼがしゃがみ込む。


「外傷は?」


衣服は濡れている。


泥もついている。


擦れ。


小さな切り傷。


だが、大きな出血は見当たらない。


シズクが言った。


「水から上がってきたのでしょうか」


リーゼがキマイラを見る。


「どこで見つけた」


三つの頭が顔を見合わせた。


最初に山羊頭が答える。


「鶏の木の道ー」


ルヴァナが首を傾げる。


「鶏の木のところ?」


「そー。朝みんなで走ったあと、ちょっと戻ってたらいたー」


獅子頭が付け加える。


「道の真ん中」


竜頭も言う。


「急に倒れた」


リーゼが眉を寄せる。


「急に?」


山羊頭が楽しそうに説明する。


「こっち見てー、なんか言ってー、倒れたー」


「何と言った」


三つの頭が少し考えた。


獅子頭。


「らし……」


山羊頭。


「らしあほ?」


竜頭。


「そんな感じ」


リーゼはシズクを見る。


シズクも首を振った。


「聞いたことがありません」


ルヴァナが言う。


「名前かな?」


ネイラは女性を見る。


「それより、キマイラを見て気絶したのでは?」


沈黙があった。


三つの頭が同時にネイラを見る。


獅子頭が少し傷ついた顔をした。


「何でよ」


山羊頭が笑う。


「うちら見て気絶したってことー?」


竜頭が胸を張る。


「刺激が強かったか」


リーゼが言った。


「初めて貴様らを見れば普通は驚く!」


獅子頭が不満そうに言う。


「失礼じゃない?」


「四メートル級の三つ首の獅子が喋りかけてくるんだぞ!」


「普通じゃん」


「貴様らの普通を持ち込むな!」


蛇の尻尾が女性へ顔を近づける。


「このお姉ちゃん、お兄ちゃんのお友達?」


リーゼが振り向く。


「黒は関係ない!」


蛇尾は残念そうに引っ込んだ。


そこへティセラもやってきた。


「新しい漂着者ですか?」


「まだ漂着者と決まったわけではない」


リーゼはそう言ったが、言いながら女性の濡れた服を見る。


滝壺。


鶏の木方面。


見知らぬ女性。


他に考えにくい。


ティセラは女性の横へしゃがみ込む。


瞼。


呼吸。


脈。


手足。


皮膚。


順番に確認する。


そして猫耳を見る。


少しだけ教授の顔になった。


リーゼがすぐ気づく。


「教授」


「はい」


「今は観察対象ではなく患者だ」


「分かっています」


「その耳を見る目が研究者だったぞ」


「生体構造として興味深いだけです」


「後にしろ!」


ティセラは素直に女性へ視線を戻した。


「大きな外傷は確認できません。呼吸も安定しています。極度の疲労、低体温、脱水の可能性があります」


ノアも外へ出てきた。


新しい女性が倒れているのを見ると、いつものように少し離れた位置で止まった。


「大丈夫?」


リーゼが答える。


「今のところ命に関わる状態には見えん。教授もそう見ている」


ティセラが頷く。


「緊急の治療は必要なさそうです。まず濡れた衣服を替え、身体を温めましょう」


シズクがすぐ館へ向かう。


「着替えと布を用意します」


「私も」


ネイラが立つ。


ルヴァナは女性を見ながら言った。


「運ぶ?」


エヴァが館から出てきた。


状況を見る。


「何だ。また拾ったのか」


リーゼが即座に言う。


「またと言うな!」


「拾ったんだろ?」


「キマイラがな!」


エヴァは女性へ近づいた。


猫耳を見る。


「今度は猫か」


ルヴァナが笑う。


「猫耳のお姉さん」


「生きてるなら運ぶぞ」


エヴァが女性の身体へ手を伸ばす。


リーゼが止める。


「待て。今回は小脇に抱えるな」


「何でだ」


「新しく来た人間を最初から荷物扱いするな!」


シズクが館の中から言った。


「私はもう慣れました」


「シズクは黙っていろ!」


結局、エヴァが女性を普通に両腕で抱え上げた。


ルヴァナが感心する。


「師匠が普通に抱っこしてる」


「俺だってできる」


「珍し」


「お前まで言うか」


キマイラはその様子を見ていた。


獅子頭が少し落ち着かない。


「ちゃんと生きてる?」


ティセラが答える。


「生きていますよ」


「ならいい」


獅子頭はそう言いながら、少し得意そうな顔へ戻った。


山羊頭が笑う。


「獅子、めっちゃ心配してたもんねー」


「してないし」


「道で倒れた瞬間、すっごい慌ててたじゃん」


「人が倒れたら普通でしょ!」


竜頭が横から言う。


「咥える場所を三回変えていたな」


「黙って!」


ルヴァナが笑った。


「ちゃんと拾ってきて偉いじゃん」


獅子頭の耳が少し動いた。


「まあね」


褒められたかったらしい。


館へ運ばれた女性は、シズクたちによって濡れた服を脱がされ、身体を拭かれた。


大きな傷はなかった。


服の下にも、擦り傷や打ち身がある程度。


普通なら、あの滝壺へ流れ着いた者としては軽すぎる。


リーゼはそのことには触れなかった。


今までにも似た例がある。


まずは助ける。


理由を考えるのは後でいい。


女性は館の寝台へ寝かされた。


猫耳だけが時折、小さく動いている。


シズクはそれを見て少し安心した。


「眠っているようですね」


ティセラも頷く。


「意識を失ったというより、現在は睡眠へ移行している可能性があります」


ネイラが女性の荷物を確認する。


「ほとんど何も持っていません」


腰に残っていた小さな革袋。


濡れた筆記具。


細かな道具が少し。


それだけだった。


リーゼが言う。


「身元を示すものは?」


「今のところありません」


「武器は?」


「見当たりません」


クロエが革袋を見る。


「文字資料もほぼないな」


アスラは猫耳を見た。


「起きれば本人へ聞けばよい」


「それが一番だ」


リーゼも頷く。


ルヴァナは窓の外を見る。


キマイラがまだ館の前にいる。


「帰らないのかな」


ネイラも見る。


「起きるまで気になるんじゃない?」


外では山羊頭が何か喋っている。


竜頭もそれに返している。


蛇尾は黒が走っていった方向を見ながら、


「お兄ちゃん、まだかなー」


と呟いている。


獅子頭だけは館の方を時々見ていた。


ルヴァナが窓を開ける。


「大丈夫だってー!」


獅子頭が顔を上げる。


「ほんと?」


「寝てるだけみたい!」


「そ」


獅子頭は素っ気なく答えた。


だが尻尾が少し揺れた。


山羊頭が笑う。


「よかったねー」


「うるさい!」


館の中では、いつもの仕事が少しだけ止まっていた。


木材回収。


草むしり。


洗濯。


水路点検。


送風機の調整。


朝食の時には、それぞれ今日やることを決めていた。


だが、新しい漂着者らしき女性が一人増えた。


リーゼは予定を書いた板を見る。


少し考える。


「木材回収は午後へ回す。畑と水路は最低限だけ確認。洗濯は続けろ。教授はしばらくここにいてくれ」


ティセラが頷く。


「分かりました」


エヴァが言う。


「俺は?」


「畑へ行け」


「木は?」


「午後だ!」


「分かった」


「素直だと逆に怖いな」


「どうしろってんだ」


シズクが小さく笑った。


ノアは女性が眠る部屋へ入らず、廊下の外から様子だけを見る。


「目が覚めたら、僕はいったん離れてた方がいいね」


リーゼが頷く。


「そうだな。いきなりオーガの巨体を見せる必要もない」


エヴァが笑う。


「キマイラ見て気絶した後だしな」


リーゼが女性を見る。


「……それが本当なら、次に聖者を見せる順番は考えた方がよさそうだ」


ルヴァナが指を折る。


「四メートルのキマイラ見て気絶して、次に二メートル超えのオーガ?」


ネイラが冷静に言う。


「小さくはなっています」


「比較がおかしい!」


リーゼの声が館に響いた。


その声に反応したのか。


寝台の上で。


猫耳がぴくりと動いた。


全員が止まる。


もう一度。


耳が動く。


女性の眉が少し寄った。


シズクが静かに声をかける。


「聞こえますか?」


反応はない。


だが。


眠りは浅くなっている。


ティセラが言った。


「もうすぐ目を覚ますかもしれません」


リーゼは腕を組んだ。


エヴァは壁へ寄りかかる。


ネイラとルヴァナも寝台を見る。


外では鶏の木が鳴いている。


「コケッ」


幼木も続く。


「ピヨ」


少し遠くでは、水車が回っている。


さらに。


ばん。


水槌ポンプがいつもの音を立てた。


朝と何も変わらない谷底の音だった。


ただ一つ。


館の寝台に。


猫耳の見知らぬ女が増えていた。


そして本人はまだ知らない。


自分が目を覚ました時。


そこにいる者たちの誰一人として。


ラシアホも。


ウテキトも。


ドイスも。


知らないということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。